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中松義郎博士「日本は負けていない ―超経験者しか知らない史実―」 [思想]

≪本論文はフィクションではなく本筆者が自ら直接見聞きした事実に基づく真の近現代史である。≫ではじまるドクター中松こと中松義郎博士のこの論文は、アパグループが募集した第四回「真の近現代史観」懸賞で社会人部門優秀賞に選ばれた論文。ちなみに第一回最優秀賞を受賞したのが田母神俊雄氏のかの論文だった。「賀川豊彦」を検索していて出会った。戦後67年の戦後史が全く違った形で見えてくる。かなり長いので再読しつつ要所要所をひろってみた。

昭和二十年八月十五日正午、最後の帝国海軍将校生徒だった中松氏は兵学校の校庭で玉音放送を聞いた。
 
≪「本土決戦が近いので頑張るようにとの天皇陛下御自らの激励のお言葉」と全員が受け取った。当時の日本人は全国民が「歴史上敗れたことがない神国日本は最後には必ず勝つ」と信じており、全国民誰一人として日本が負けるなどと考える者はいなかった。特に軍は全軍士気旺盛だった。 ≫

日本ではかねてより仁科博士を中心に原爆開発が進められており、杉山参謀総長がハワイに落とすことを陛下に上奏するまでに至っていた。(しかし陛下はその非人道性のゆえに却下、しかし杉山参謀長は、ご意向に反し「軍人は戦争に勝つために打てる手を全て打つ」として開発を継続。その責を負って杉山総参謀長は終戦直後に切腹。)

≪陛下は米の原爆に対し非道だと禁じた原爆で応じたのなら「人類の文明が滅亡する」と終戦を御聖断された。米が原爆を落とせば日本もこれに応じて米に原爆を落とす。このことによって日米の多数の人が死に、この原爆戦争が世界に及び世界中の人が死ぬ。これを防ぐために米が日本に原爆を落とした時点で終戦にされたのであって、日本が原爆を落とされたから、または負けたので終戦にしたのではない。日本は負けていないのに終戦したのである。≫

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「モモ」を読むーーますみのむすび [思想]

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ミヒャエル・エンデ著『モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語』を読んだ。


実は20数年前、4分の1ほど読みかけてそのままになっていた。その時、もっと落ち着いた気持ちで読まねばこの本に申し訳ない、そんな気持ちで大事に取っていた、そう言ってもいいかもしれない。ちょうどその頃書いた文章があった。(「週刊置賜」昭和60.1.1)

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身近な方の戦争体験記二つ―「シベリア抑留記」と「満州からの逃避行」 [メモがわり]

大正9年生れ、現在90歳で現役時計屋のHさん。奥さんからの頼まれごとで、家はそう遠くはないが雨模様なので車を運転して来られ、「お茶をどうぞ」と上がってもらって思いがけずシベリアでの体験談を聞くことになった。

国民年金のほかに恩給ももらっているとの話から戦争の話になり、4年間のシベリア抑留生活のことへ。「さぞ大変だったでしょう?」の問いの答えは思いがけないものだった。

満州奉天で終戦、武装解除でソ連に連れてゆかれることになった。それまでの日本兵の中国人たちに対する処遇から判断して、何をされるかわからないと覚悟してのシベリア行きだった。

連れてゆかれたところはウクライナのバスタロードというところ、忘れそうなのでメモしておいたのだが、今この地名を検索しても出てこない。「シベリア抑留日本人収容地区所在地図」によると、収容地区としてはウクライナは最も西。冬も雪は降らず気候は比較的温暖。従事した仕事は主に綿花を摘む仕事。朝は8時半から夕方の4時までの仕事で、きっちり始まりきっちり終わる。全然辛くはない。しかもロシア人女性と一緒。ロシア人女性は親切で気立てがよく、日本人捕虜を何かと気遣ってくれる。少しずつ言葉も通じるようになると、日本に残した家族のことなども話題にしてくれる。ロシアの新聞の情報から、日本への帰還見通しを探ってくれたのも女性たちであったとか。「女はどこの国でもおんなじだ」。いい奥さんと優しい娘さんに恵まれたHさんらしい述懐でした。

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「小沢一郎支援行動」に向けてのぼり等作らせてください! [政治]

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12月19日午後7時より六本木で、世川行介氏の呼びかけによる「小沢一郎支援行動」が行われます。要点を引用します。

(引用はじめ)

19日。午後7時。六本木の歩道に、僕は立つ
2011年11月12日 00時56分16秒

・・・11月19日、午後8時30分から、
 小沢一郎が田原総一郎と、徹底討論をします。

 場所は、六本木です。 ・・・・・

 皆さんご存知のとおり、
 田原総一郎という評論家は、小沢一郎に対して、きわめて批判的な人物でした。
 僕は、いつだったか、彼が、
 森善朗か誰かに向かって、
「小沢さんだけは駄目ですよ。
 あの人にだけは政権を取らせては駄目ですよ」
 と言ったのを、今でも記憶しています。
 少し真面目に物申せば、
 田原総一郎という人物は、
 社会主義の毒を飲み込んで、その毒を吐き出せずにここまで来た男でした。
 その田原総一郎と、小沢一郎は、徹底討論するのです。

これは、小沢一郎が、
 たった独りで、  
 世間に向かって、
「自分は、これから、どんな障害物とも戦って行く」
 という覚悟を示したものなのです。・・・・・

 はっきり言って、
 今の状況では、
 小沢一郎が国家権力に「勝つ」は難しい。
 法権力を握った官僚システムに、今の孤独な小沢一郎は、どうしても、勝てない。
 であるなら、
 勝たないまでも、「敗けない戦い」の道を探すべきではないのか、
 と思うに至りました。

 といったことを考えた挙句に、僕は皆さんに訴えたい。

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KH君への弔辞 [メモがわり]

10月25日、中学の時の同級生のKH君が亡くなった。ご主人とともに老人施設におられる担任の遠藤先生にお報せしたところ、先生も参列してくださったのはほんとうにありがたかった。先生にとってはずっと気になる生徒だったのだと思う。

    *   *   *   *   *

   弔 辞

 運転している君と車同士ですれ違って、一瞬だったが久しぶりに相変わらずの君の姿を見て、ほっとしたのが十日ぐらい前のことでした。それから間もなく、あまりに突然の訃報、あてにされても「がんばれ」という以外、何の役にも立つことができなかった不甲斐ない自分を省みつつ、逝ってしまった君の顔を拝しました。穏やかないい顔でした。がんばってがんばって生き通して果たし終えた顔にも見えました。

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彼岸の中日 宮内熊野大社から見る日の出 [地元のこと]

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「春の彼岸の中日、晴れ上がった気持ちのいい朝だった。熊野大社に参拝にでかけ、日の出を背に感じつつ石段を上りながら自分の影がまっすぐ石段に平行であることに気づいた。振り返ると太陽が正面に顔を出しつつある。登りきって見ると太陽が山の端から顔を出しおえたところ、時計を見るとちょうど六時を指していた。熊野大社の石段は彼岸の中日の日の出の方向ぴったりの向きに造られていたのである。」(「宮内熊野大社の位置の不思議」)

このことに気付いたのはもう20年以上も前のことだった。秋彼岸の中日の今日、目覚めたら久しぶりに東の空がきれいに晴れていた。こういう機会はありそうでなかなかなかった。カメラを持って出かけてあらためて確認してきました。

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「9.11 」10周年です [政治]

「9.11 」10周年です。

当時、「新しい歴史教科書をつくる会山形県支部」の正気煥発掲示i板を運営していました。9.11直後から活発な意見のやりとりがありました。私にとって、つくる会の本流から距離をおくきっかけとなったのが9.11でした。その後間もなくの9月25日、東京でのつくる会総会で、山形県支部の報告の機会を与えられ、その時9.11への日本の対応に対する異和を述べて野次の応酬に会いました。以来、心血を注ぎ込んできたつくる会の運動の限界を自覚するようになりました。

ふと思い出して、以下を読んだところです。私にとっての10年前の今日と、9.11に関わるその後をまざまざと思い起こしています。

ターニングポイントとしての9.11(Ⅰ)http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2006-04-06

ターニングポイントとしての9.11(Ⅱ)http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2006-04-07

ターニングポイントとしての9.11(Ⅲ)http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2006-04-08

今となっては、9.11が「やらせ」であったことは、ネット上では自明といわざるを得ません。

【ウィキペディア】アメリカ同時多発テロ事件陰謀説http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%8C%E6%99%82%E5%A4%9A%E7%99%BA%E3%83%86%E3%83%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E9%99%B0%E8%AC%80%E8%AA%AC

以下が、野次の応酬に会った総会での発言です。

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「日本一の芋煮会」への苦言 [地元のこと]

土曜日に帰ってきた首都圏に住む娘が「日本一の芋煮会に行ってみたい」と言い出した。

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芋煮会といえば子供の頃からの数々の思い出が甦る。毎年河原で学校の芋煮会があった。今思えば、調理を覚えた原点が芋煮会だった。高校最後の秋、親しい友人同士3人だけの芋煮会も忘れられない。岡山の旭川のすぐそばに住んでいた頃、山形を懐かしんでやった旭川河畔での芋煮会もあった。最近は芋煮会と銘打っての座敷での飲み会がほとんどで、河原での芋煮会はここ数十年すっかり遠ざかっている。これまで「日本一の芋煮会フェスティバル」に行くことなど考えたこともなかったが、間もなく結婚式を挙げる娘の提案に従うことにした。

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ずぶぬれ日本 [政治]

4年前、「かつて平和な時代があった」の中で次のように書いていた。

(引用はじめ)

実は一昨日、出先でお会いした自衛隊関係の方から次のような話をうかがったばかりだった。

「いま自衛隊が想定している仮想敵国の順位はどうなっていると思うか。甲はアメリカ、中国が乙で、北朝鮮は丙、ロシアは問題外。」

(引用おわり)

3.11が人工地震だとすると、すでに日本は戦争状態にあるといっていいはずだ。しかし、このことをだれも言おうとしない。そう認識すること自体をだれもが避けている。あるいは言わせないような、認めさせないような規制が働いているようにも見える。「本当かデマか 3・11[人工地震説の根拠]衝撃検証」のアマゾンカスタマーレヴュー、まだひとつもアップされていないのはどういうわけか。このブログも、人工地震について書いた後、気のせいか昨日の朝からアクセスに不自然な滞りが生じ、だれかに監視されているような気がしてならない。いつのまに異様さに馴らされてしまった日本になっている。

NHKの朝ドラ「おひさま」の昨日。昭和25年頃のこと、主人公陽子の初恋の人、満州帰りの川原が、すっかり平和に慣れきって宝くじを話題に盛り上がる陽子達に向けて叫んだセリフ、

「どうなっているんだ、この国は。すっかりなかったことになっているのか、戦争が!」

敗戦を敗戦として認識することをいいかげんにしたままで、戦勝国が差し出してくれた傘の下に入ってのうのうと日々を送って60有余年、その傘から外されて雨ざらしになっているのに、まだ傘の中にいるつもりで、しかも情けないことに自分がずぶぬれになっていることも認識できないままでいるのが、いまの日本なのではないか。としたら、まず自分がずぶぬれの状態にあることをしっかり認識するところからはじめねばならない。

浜田和幸政務官のブログから。

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「本当かデマか 3・11[人工地震説の根拠]衝撃検証(超☆はらはら)」を読んだ [政治]

3.11によって報道されなくなってしまった出来事がある。3月13日に行われる名古屋市議選だ。ここから日本が変わってゆけるかもしれない、そんな希望が見えていた意義深い選挙のはずだった。

「日刊サイゾー」から転載する。

(転載はじめ)

◎ついに「3月13日」に決起!? 「小沢新党立ち上げ」の永田町情報

 「在日外国人」や「脱税企業」からの献金問題で前原誠司外相が辞任に追い込まれ、絶体絶命のピンチに立たされた菅直人首相。菅政権をここまで追い込んだきっかけを作ったのは、民主党最大勢力の小沢一郎グループであることは、衆目の一致するところだろう。

「実際、小沢支持派の衆参議員16人が会派離脱したのに続き、小沢さんの側近中の側近である松木謙公氏が農水政務官の辞表を叩き付け、ついに今日8日には記者団を前に『菅首相が1秒でも早く辞めてくれることが大事です』と公然と辞任要求するアクションに出ました」(政治部記者)

 この松木氏たちの勢い、ただのカラ元気ではない。その裏で、菅政権を崩壊させようと、あるプランが淡々と進行しているというのだ。民主党関係者が打ち明ける。

「名古屋市の市議選が行われる3月13日に、小沢グループによる新党の旗揚げがあるかもしれない」

 注目の名古屋市議選は、議会と対立した河村たかし市長が仕掛けたもので、自らリコール運動の先陣を切って議会を解散させた経緯がある。今月4日に告示されており、定員75議席の枠に対し、河村市長率いる新党「減税日本」は断トツの41人を擁立。民主候補の27人、自民の24人を大きく引き離しており、新党の当選者は過半数に迫る勢いともいわれている。

 実は、この市議選に深くコミットしているのが、小沢グループだという。前出の民主党関係者が続ける。

「2月8日に、河村市長と大村秀章・愛知県知事が小沢さんのもとを訪ねているんだが、この際、新党構想に話が及んだようだ」

 この関係者によると、河村市長側と小沢サイドは「3月13日」の市議選を決起日に設定。その後の話し合いで、こんな方向性が決まったという。

「離脱グループ16人と『減税日本』がドッキングし、ここに小沢グループの中核『一新会』メンバーが加わる計画が練られている。さらに、原口一博(元総務相)さんの『日本維新連合』、中田宏・元横浜市長らの『日本創新党』も合流する可能性がある。要するに『反菅、非自民』で結集しようという構想で、100人に迫る巨大な新党が出現するかもしれない」(前出・民主党関係者)

 もちろん、一寸先が闇の昨今の政局を見ると、この新党構想がすんなりと着地するかは予断を許さない。だがすでに、名古屋市議選で激しい選挙戦を繰り広げている河村市長に対し、松木氏が支援の手を差し伸べているといい、「小沢グループから選挙資金も投入されたというまことしやかな話も出ている」(地元記者)という。

 どうやら、「3・13」は、ただの地方選挙には終わらない、不穏な一日になりそうな気配だ。

(転載おわり)

結果は、

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