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粡町自主防災訓練、参加者54名! [地元のこと]

22-DSCF8799.JPG5月20日、市の水害対応総合訓練に合わせて粡町自主防災訓練が行われました。一昨年は10月、昨年は6月、今年は5月とだんだん早まりました。昨年(6月25日)、さくらんぼ農家にとって一番の繁忙期との苦情で今年の5月になったとのことですが、新しい地区役員体制のところでは大変です。粡町もどうなるか心配でしたが、最高の天気となり、在住者122名中54名、昨年を超える参加者でした。(昨年48名。一昨年45名)若い人の参加が多いのも良かったです。一年に一度、粡町のみんなが一堂に会する貴重な機会として定着してきました。粡町にとって菅野市郎防災士の存在も大きいです。用意周到、貴重な話をしていただきました。その後、消防団による消火器使用訓練と放水訓練。今年から役員の元中学先生の進行も見事で、和気あいあいのうちに終了。そのまま解散するのが名残惜しいような集まりでした。

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松坂世紀記念財団奨励賞受賞(粡町商店街) [宮内よもやま歴史絵巻]

粡町商店街が「一般財団法人松坂世紀記念財団」の平成29年度奨励者に選ばれて奨励金5万円を受けてきました。受賞理由は次の通り。

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1-DSCF8745-001.JPG 「粡町商店街」は、衰退する商店街を再興するために、地元出身の著名人や地域の歴史を紹介する活動を平成21年度から始めた。当初は「天地人絵巻」の布幕を街角に掲示したことが始まりであり、今では「宮内よもやま絵巻」として32枚のアルミ製パネルを家の壁面や塀に設置し、歴史ミュージアムのような商店街に雰囲気を変えている。
 今後は、これまで作成したパネルを冊子にして多くの人に見ていただく計画であり、奨励金はその冊子作成費用として活用し、郷土の文化・歴史を後世に残していく意向である。

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松坂世紀記念財団.jpg10万円をあてにしての5万円で、これから冊子発行にこぎつけるまでの金策を考えると大変ですが、何より世紀工業の創業者堤菁氏の思いのこもった賞をいただいたことの感慨があります。置賜にあって堤氏は特別な存在のように思えていた方です。たまたま私の遠縁が堤氏と親しいことから、30年ぐらい前に一度お会いしたことがありました。ちょうど地図の線引きにはまっていた頃のことで、私とは全然レベルがちがうところで堤氏も同じようなことをやっておられ、そのお話をお聞きしたのでした。数学的に解明できたということで論文を書き、「ネイチャー」だったかに掲載してもらう段取りになっているとのお話だったような気がします。あの研究がその後どうなったのか。とにかく「プラスチック成型加工に革命をもたらした」という実業上の業績にとどまらず、文化的造詣の深さも別格でした。しかしその偉大さにもかかわらずネットで探しても堤氏についてわかるサイトが見つかりません。市の文化係が窓口だったのですが、応募に際していただいた資料の中に、亀岡博氏がまとめられた文章がありました。「松坂世紀記念財団」の松坂二郎氏についてもよくわかります。以下転載させていただきます。

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mespesadoさんの経済談義(3)「放知技感覚」 [mespesadoさんによる1億人のための経済講]

現在の国際政治の見方の基本が示されています。「放知技感覚」と言っていいと思います。私自身「放知技」板の議論に学ぶことで身につけた感覚です。結論は「パワー・ポリティクスの時代」などとんでもない、「真の国際協調が可能となった時代」であるといえると思うのです。そういう意味ではリベラルがよく揶揄される「世界市民」的理想に実は近づいていると言えるのです。》です。昨晩の議論、飯山御大(232)への堺のおっさんの反応(235)《激しいせめぎあいの果てに出てくるのは、結局、新時代の大東亜共栄圏構想。それもロシアまで巻き込むスケールアップした途轍もない構想。アジアの繁栄を予見させます。また、これによりロシアでのネオコンの影響力が弱まり、プーチンの基盤が盤石になるなら、真にアメリカからアジアへ覇権の移行が完遂することとなります。トランプも安心してモンロー主義を前面に打ち出し、アメリカの再建に着手できるでしょう。その流れは、中東にも及びます。》に通底します。ウヨクサヨクは言うに及ばず、国境をも超えて広がる雄大雄渾の世界が見えてきます。

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mespesadoさんの経済談義(2)本格的「財政出動」への期待 [mespesadoさんによる1億人のための経済講]

「これからの日本経済はどうあるべきか」の道筋が、1990代以降のこれまでの流れをふまえた上で、見事に示されます。本格的「財政出動」への期待が膨らみます。必要なところには金は惜しみなく行き渡る世の中になるはずです。いい時代です。これからは、クヨクヨケチケチせず、思いっきり夢を描く能力が問われます。若者がんばれ!おれたちもまだまだがんばるぞー!

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191:mespesado : 2018/05/13 (Sun) 11:05:40 host:*.itscom.jp
>>189
 私の手元に野口旭氏の『アベノミクスが変えた日本経済』という本があります。この第1章は、日本の「失われた20年」と呼ばれる大不況時代をどのように克服しようとしてきたかを巡る歴史を振り返りながら、最後に登場したアベノミクスの効用を説明しているものですが、その中から一部を引用しておきましょう:

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mespesadoさんの経済談義(1)「限界費用ゼロ社会」に向かっている [mespesadoさんによる1億人のための経済講]

mespesadoさんに3年前に書いた記事に注目していただきました。安倍評価の見直し前、安倍批判の時代の記事です。たまたま「そもそも供給過剰社会で物価上昇はない」と書いていたことに目をつけていただいたのですが、このことをしっかり認識できるようになったのはmespesadoさんから指摘していただいてからのことでした。今回の議論も理屈だけの理解で満足するのでない、目配りの利いたmesさんらしい議論でよく納得させられました。「伊東氏は一点、ある現象を見逃しています」以下の議論です。

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189 名前:mespesado 2018/05/13 (Sun) 07:22:13 host:*.itscom.jp
 私が定期的に読みに行っている、例の「めい」さんの過去記事(2015年1月13日付)に次のような書評記事があります:

伊東光晴「アベノミクス批判―四本の矢を折る」を読む
http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2015-01-13
 その中に、次のような記述があります:

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『神になりたかった男 徳田虎雄』(3)希望  [徳田虎雄]

徳洲新聞300409 2.jpg徳田虎雄にとって30年間の政治への関わり、「ムリ、ムチャ、ムダ」にまみれた揚げ句が、2013年騒動だった。徳洲会は解体寸前まで追い込まれた。あれから5年、徳洲会は、「ムリ、ムチャ、ムダ」を切り捨てつつ再生を果たした。「徳洲新聞」から政治色は消え、どの紙面からも医療福祉面での前向きな姿勢が伝わってくる。4月9日号トップには「2,795人が新たな仲間に」の勢いある見出し。実は、徳田流「ムリ、ムチャ、ムダ」を赦し、裏で担保しているのが「医療福祉の実績」だった。「病院が必要なところがあれば、どんどん借金してどんどん建てるべし。必要なものはだれも潰せない。」それが徳田感覚だった。とはいうものの、現場でのカネにまつわる苦闘は並でない。綱渡りの連続。それがこの著につぶさに記されている。そして2013年にもろもろのつけが一挙に噴出した。しかし結局、徳田理念は貫徹を見た。4月9日号「直言」、福島安義副理事長は↓こう結ぶ。トラオ精神は健在と見た。
徳洲新聞300409 1.jpg徳洲会は創設者の徳田虎雄前理事長が1973年1月に大阪府松原市に徳田病院(現・松原徳洲会病院)を設立したところから始まりました。”生命だけは平等だ”という理念を掲げ、「いつでも、どこでも、誰でもが最善の医療を受けられる社会」の実現を目指し、活動してきました。離島・へき地にも病院をつくり、今日があります。/ 今年で徳洲会創立45周年を迎えましたが、この間、多くの職員が理念の実践に努めてきました。病のため夭折された職員もおられます。草創期の岸和田徳洲会病院(大阪府)の内科医であった井村和清医師も、そのひとりです。井村先生の残された著書のなかに、いくつかの詩があります。「あたりまえ」、「3つの不幸」、「3つの悲しみ」などです。「3つの悲しみ」という詩のなかの一部、最後の段落を紹介します。私たちは井村先生の思いを心にとめて、日常の業務に励みたいと思います。/「みっつめは、病気をしている人の気持ちになって医療をしていたつもりでも本当には病気をしている人の気持ちになれないという悲しさ。ですから、患者さんに対してはできる限りの努力を一生懸命していただきたいのです」/ 皆で頑張りましょう。》

以下は、『神になりたかった・・・』から、徳洲会の存続が決まる最終場面。

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『神になりたかった男 徳田虎雄』(2)無念、もうひとつ [徳田虎雄]

もうひとつ、無念の記憶を甦えさせられた。平成8年(1996)10月の総選挙。中選挙区制に代わり小選挙区比例代表並立制で行われたはじめての総選挙だった。置賜は旧山形一区から山形二区となり、遠藤武彦と近藤鉄雄が自民党公認を争ったが、近藤が勝ち遠藤は無所属で出馬せざるをえなくなった。このとき、唯一政党として遠藤を推薦支援したのが自由連合だった。米沢市民会館を満席にした演説会に中央から駆けつけた応援弁士、江本孟紀田村公平両議員はともに自由連合所属だった。結果は遠藤武彦が94,211票で近藤鉄雄(74,500票)を敗り当選を果たした。しかしこのとき、肝心要の徳田虎雄が落選し、すべての目算は狂った。多くの候補者を推薦擁立した自由連合だったが、当選したのは遠藤武彦ひとりだった。その後遠藤武彦は自由連合副代表に就いている。しかし徳田なき自由連合は体をなしえない。いつのまにか遠藤は自民党幹事長加藤紘一の誘いのままに自民党へ鞍替え、裏切られた気持ちがないでもなかったがやむを得ないことだった。翌年4月に宮内で徳田講演会を開催しているが、徳田さん、浪人中のことだった。宮内への病院建設も成らなかった。

徳田虎雄講演会9.4.5.jpg

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『神になりたかった男 徳田虎雄』(1)政治の世界での空回り [徳田虎雄]

神になりたかった男.jpg読むほどに口惜しくてならない場面が記されていた。平成2年2月、3度目の挑戦で「保徳戦争」を制し衆議院初当選を果たした時についての記述だ。おそらくその頃だったと思う。「文藝春秋」だったか「週刊文春」だったかに徳田さんが「天中殺にあたっている人」のひとりとして取り上げられた。階段に登っている姿の1ページグラビア写真で記憶する。政治家としての徳田さんを見てきて、何度もその記事を思い出した。そしてこのたび、徳田虎雄の政治家としての最初の躓きを知った。おそらくこれ以降「ムリ、ムダ、ムチャ」に拍車がかかった。それが躓きから立ち直るひとつの方途だったのかもしれないが、政治家としては、本来政治の流れには乗ることができないまま、ルサンチマン政治家の道を歩まざるを得なかった。無念に思う。

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吉里吉里忌(5)置賜人 井上ひさし [井上ひさし]

きらめく星座is.jpg以前書いた「きらめく星座」観劇記のコメント欄に、東北芸工大教授の経歴ももつ田島正樹千葉大教授による容赦ない酷評がメモってあった。いわく人物造形はやりきれないほど類型的で、紙芝居のようにどれも薄っぺらく、ウソくさい。社会的背景もげんなりするくらいステレオタイプ的な描き方で、リアリティも生活臭もまるでない。》《私は当時が実際どうであったかを語る資格はないが、こんなものではなかったということは、はっきり断言できる。》《井上ひさしの劇が〈嘘〉なのは、それが〈今〉を感じさせない点にはっきり現れる。》《井上ひさしは、観客の知性を見くびっているとしか思えない。》《要するに、井上ひさしは人生を見くびっているのだ。》概ね私が先に吉里吉里忌(2)で書いた「つくりもの」説に対応する批判でわからないでもないが、それはそれ、七転八倒から生まれる井上戯曲の趣向のそれなりを楽しめばいいわけで、サヨク感覚が気に入らないと言えば言えるが、いずれ過去の遺物になるにしても、それも時代のひとつのあり方、時代の証言、何と言っても私にとって井上ひさしは「置賜人」としての共通感覚ゆえの共感によって井上ひさしなのだと思う。井上作品が古典になりえず、時代とともに忘れ去られるとしても、井上ひさし氏の置賜愛のゆえに、置賜人にとっての井上ひさしは永遠なのです、と思いたい。「週刊置賜」連載の井上ひさし南陽講演録の表題は「世界の中の置賜人」でした。

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吉里吉里忌(4)『組曲虐殺』  [井上ひさし]

組曲虐殺』61dtbVgIo0L._SY445_.jpg吉里吉里忌(1)で《平成3年に「しみじみ日本・乃木大将」の舞台を観て以来、もう井上ひさしの芝居は観なくていいと思いこんできたのだが、あるいは栗山氏との二人三脚の結果か、井上芝居は新たな地平が切り拓かれていたのかもしれない。不明を恥ず。栗山氏の思いの極みにふれて、切に栗山氏演出の舞台を観たいと思った。》と言いながら、(2)で《「私」という言葉へのこだわりが耳に障ったことと「記憶」へのこだわりに白けることとの感覚の共通性を思った。共に容易に「つくりもの」に転化する。こだわればこだわるほど「実存」から離れてゆく。勘ぐれば、井上ひさしという人の根源の苦悩がその辺にあったのではないだろうか》と言う、私にとっての井上ひさしに対する思いの振幅は何なのか。そう思いつつ最後の作品、小林多喜二の『組曲虐殺』を読んで、納得したような気がした。きっと井上作品にはどの作品にも、その場面のために他の場面があるというような場面があるのではないか。そこにたどり着くための七転八倒、それは所詮「つくりもの」なのだが、肝心の「その場面」は作者にとってのまごうことなき「真実」の世界。つくられた「私」も「記憶」も超えた、たしかな感動がある。以下、それを思った場面。

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