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日本人にとって共通意思は可能か [新しい歴史教科書をつくる会]

半年前に書いたきり、IDもパスワードもわからなくなってしまっていました。
西尾先生の日録のコメントhttp://nishiokanji.com/blog/2006/03/post_298.html#commentsで、てっくさんという方から「自分でブログをつくったら」と言われて思い出し、IDとパスワードの再通知を受けて書き始めたところです。

正気煥発板がどういうわけかアクセス不能になってしまい、以来書かせていただいていた知足さんの掲示板http://bbs1.parks.jp/29/hirokuri/bbs.cgi?Page=1に次の書き込みをしてきました。

(転載はじめ)
そもそも「日本人としての共通意思」をつくる可能性をつくる会そのものが最初から内包していなかったのではなかったかという思いにとらわれています。とすると私自身の運動への関わりはなんだったのか。時の勢いに乗せられてしまった。大きな流れの中で自分を見失ってしまった。気づいたらひとりでたたずんでいる自分がいる。つくる会の運動自体、「日本人の共通意思づくり」どころか、反対に本来日本人に備わった保守感覚をずたずたにする方向に向けた運動になってしまった。

東京支部の掲示板に、「護民官」という方が昨日の会議で伊藤隆先生が出された理事辞意の表明文を載せておられました。http://www.e-towncom.jp/iasga/sv/eBBS_Main?uid=5428&aid=2&1142122325221

   *   *   *   *   *

 つくる会発足以来の理事であり、歴史の専門家がいない中、故坂本多加雄氏とともにつくる会の良心だった伊藤隆先生が、衝撃的な辞表を種子島会長に突きつけた。
 本日の支部長会議で読み上げられたので、テープを起こして紹介する。

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 新しい歴史教科書をつくる会の立ち上げ当初から理事として参加してきましたが、教科書ができた段階で、自分のしなければならぬ仕事に専念するために辞意を申し上げておりました。形だけでもよいから残留してほしいと、当時の田中英道会長から慰留され、さらに私が信頼する八木秀次会長に交替したときにはそのままにしておりました。
 たいしたことはできないが、多少なりともお役に立てればと思って今日に至りました。
 ところが今回の騒動で、私が積極的に参加していた時期にも内紛が繰り返されていて、その際必ず藤岡信勝氏がその紛乱の中心の首謀者だったこと、それがこの会の発展の阻害要因となってきたことを思い出しました。
 私が信頼する八木会長を解任した藤岡氏が会の実質上のリーダーとなるような今日の事態の下で、もはや理事として名を連ねることは、全国の運動を推進されている会員の皆様に対して責任を果たすゆえんでないと判断し、改めて理事を辞退させていただきたく存じます。
 なにとぞご了承くださるようお願い申し上げます。
                           伊藤隆

   *   *   *   *   *

共産党だった藤岡先生が、アメリカ滞在中に出会った湾岸戦争をきっかけに司馬史観に共鳴するようになったということはよく知られた話ですが、へえーと思いつつもなんかよくわからないとずーっと思いつづけてきたことでした。伊藤理事による名指しの辞意表明に対して、藤岡先生がどのような弁明をなされたのか知りたいです。

藤岡先生の岳父は、青木書店から「戦後道徳教育論史」を出しておられる船山謙次元北海道教育大学学長。その兄の船山信一という方は唯物論哲学者でフォイエルバッハ研究の第一人者。立命館大学教授でした。前にも書きましたが、私の隣町の名家のご出身で学者として筋金入りの方です。全10巻の著作集もあります。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/%91D%8ER%90M%88%EA++++++++++++++++++++++++++++++++/list.html
それらのつながりを振り切っての転向には容易ならざるものがあったはずです。
(転載おわり)

これを書いたきっかけは、神奈川支援板http://f35.aaa.livedoor.jp/~masa/c-board358sp2c/c-board358sp2c/c-board.cgi?cmd=all;page=1;id=で、呆-管理人さんが
≪日本人としての共通意思づくりのチャンス>
今の日本でこれを作るのはちょっと無理でしょう、こんな大きなアウトラインを構想するには民度が高すぎ、多様化しすぎています。≫
と書いておられたからです。「土台無理」から出発したほうが可能性がかえって開けてくるのかもしれないとふと思ったのでした。この先どうなるのかわかりませんが、つくる会のゴタゴタがいろいろ昔のことを思い出させてくれるようになったので、原点に戻って何か書けたらと思っているところです。


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めい

阿修羅板で二つの記事を読んでここを思い出した。ひとつは、安倍首相はおかしい、いかがわしいという思いが政権党の中でも次第に充満してきつつあるということ。60人に及ぶ大臣待機組がある中でみんな今は我慢しているが、内閣改造後、大臣になれなかった人たちも含めて一挙に安倍批判が高まるという可能性の指摘。もうひとつは田中良紹による「レインボー政治」への期待。田中氏が言うのは、野党連合だが、私には先の記事から、自民党内まとも派も含めた連合を思った。だれにもわかる「まともさ>いかがわしさ」。そこから「日本人としての共通意思」の可能性が出て来はしないか。そんな期待がふと過って、ここを思い出した次第。以下、二つの記事。

   *   *   *   *   *

石破に反撃された安倍首相の狼狽  天木 直人
http://www.asyura2.com/14/senkyo170/msg/355.html
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 8 月 24 日 09:40:05: igsppGRN/E9PQ

石破に反撃された安倍首相の狼狽
http://bylines.news.yahoo.co.jp/amakinaoto/20140824-00038519/
2014年8月24日 9時31分 天木 直人 | 外交評論家

どうやら石破幹事長が安倍首相の要請を断って安保法制担当大臣のポストを断る事にしたようだ。

私が注目したのは、断る理由として安保政策で安倍首相と考えが違う、だから安保相を引き受けると閣内不一致になるからよくないといって固辞したことだ。

これは痛烈な安倍批判だ。
石破がここでいう安保政策の違いとは、もちろん集団的自衛権行使の考え方の違いである。

集団的自衛権を行使するという事は、米国の戦争に自衛隊の血を流す覚悟してともに戦う、ということだ。

石破ならずとも、安保懇の北岡など安保政策の専門家なら皆そう考えている。

ところが安倍首相は7月1日の記者会見で、漫画絵を使って、おじいちゃん、おばあちゃん、赤ちゃんの命を守るために集団的自衛権の行使は必要だとやった。

その後も、公明党や野党におされて、平和憲法は守るとやった。

こんな馬鹿な答弁はない。

そんな安倍首相の考えを国会で代弁できる者は、安倍の言いなりになる奴か、大臣になりたいだけのバカしかにない。

少なくとも石破は馬鹿ではなかったということだ。

面白くなってきた。

9月3日の安倍改造内閣では誰が安保法制担当大臣になるのだろうか。

私は安倍首相が兼任するしかないと思う。
それが一番いいと思う。

なぜなら安倍首相しか安倍首相の考えている集団的自衛権行使が説明できないからだ。

おもしろくなってきた。

石破の固辞は、石破が安倍降ろしに回るかという政局よりも、安倍集団的自衛権の馬鹿さ加減が浮き彫りになるという意味で面白いのである(了)


            ◇

石破氏、安保相を固辞 首相と考え方に隔たり
http://www.asahi.com/articles/ASG8R672PG8RUTFK007.html?iref=comtop_6_01
2014年8月24日07時37分 朝日新聞

 自民党の石破茂幹事長は23日、9月の党役員・内閣改造人事で、安倍晋三首相が打診している安全保障法制担当相を受けないと決めた。集団的自衛権の行使容認など安全保障政策で、首相と考え方の隔たりが大きいことが理由だ。首相が石破氏に他の閣僚ポストを提示するか、無役にするかが焦点となる。

 石破氏は近く、安保法制相を辞退する考えを首相に伝える見通しだ。ただ、他の閣僚への就任を打診された場合、受けるかどうかは慎重に検討する考えだ。

 石破氏は安保法制相を受けない理由として、周囲に「首相とは集団的自衛権の行使を容認して目指す国家観が違う。自分の考え方を抑えて国会で答弁するのは、政治家として自己否定になる。譲れないものがある」と説明している。

 石破氏は自民党が過去の国政選で公約に掲げた「国家安全保障基本法」を制定し、日本の安全保障の基本方針を定めたうえで、集団的自衛権の行使を容認すべきだ、という考えだ。一方、首相は基本法の制定には消極的で、憲法解釈変更の閣議決定で行使を容認し、現在ある関連法の改正で対応は可能としている。

 石破氏は2012年の自民党総裁選の地方票でトップになるなど、来年秋に予定される総裁選で首相の最大のライバルとなる可能性がある。石破氏に近い国会議員には、入閣せずに無役となった方が得策との意見が大勢だ。

 一方、首相は将来の解散・総選挙をにらみ、選挙の実務を仕切る幹事長を自らに近い議員に交代させる意向とみられるが、石破氏の処遇を含めて、人事構想の練り直しを迫られる。

   *   *   *   *   *

日本に「レインボー政治」は出現するか  田中 良紹
http://www.asyura2.com/14/senkyo170/msg/373.html
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 8 月 24 日 22:04:05: igsppGRN/E9PQ

日本に「レインボー政治」は出現するか
http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakayoshitsugu/20140824-00038527/
2014年8月24日 15時17分 田中 良紹 | ジャーナリスト

2012年製作のチリ映画「NO」を観た。カンヌをはじめ各国の映画祭で賞を獲得した作品だが、重厚で芸術性が高いという訳ではない。それとは対照的に「軽く明るく楽しい」キャンペーンで軍事独裁政権を倒した実話を基にしている。政治を考える上で示唆に富む映画である。

南米チリは大統領を元首とする共和制国家だが、1970年に社会党と共産党の連合によるアジェンデ政権が誕生した。世界で史上初めての選挙による社会主義政権の誕生である。「社会主義は暴力革命でしか生まれない」と公言してきたアメリカは衝撃を受けた。

当時のニクソン政権はチリの反共勢力に肩入れする。その結果、1973年に軍がクーデターを起こし、陸軍司令長官のピノチェトを大統領とする軍事独裁政権が生まれた。ピノチェトはそれから16年間にわたって権力を維持するが、反対勢力を徹底的に弾圧する強権政治を行う。殺されたり消息不明になった者は公式発表で3千人以上、実数は数万人にのぼると言われる。百万人が弾圧を怖れて外国に亡命した。

社会主義経済から脱却するため、ピノチェトはレーガンよりもサッチャーよりも誰よりも早く「シカゴ学派」の経済政策、いわゆる新自由主義を取り入れた。国営企業の民営化、規制緩和、農業の経営大規模化、関税障壁の撤廃などで一時的には経済成長が実現する。「シカゴ学派」のミルトン・フリードマンはこれを「チリの奇跡」と呼んで絶賛した。

ところが新自由主義経済は富の集中をもたらし格差を拡大する。やがて貧困率はアジェンデ時代の2倍となり、インフレ率も数百%にまで上昇した。1982年には経済危機が始まる。経済成長はマイナスに転じ、失業率は20%を超え、国家的な産業である銅の鉱山でストライキが勃発した。

アメリカ政府は冷戦の間、ピノチェト独裁を見て見ぬふりしていた。しかしアメリカの中からも独裁を批判する声が上がるようになる。そうした中で1988年、ピノチェトはその後8年間の任期を認めるか認めないかを国民に問う選挙の時期を迎えた。

それまでピノチェトは2度の国民投票を行ったが、いずれも7割以上の圧倒的支持を得た。3度目となる国民投票では国際社会の目を意識して、ピノチェト賛成派と反対派に1日15分間の同等のテレビキャンペーンが認められた。そこから映画「NO」の物語が始まる。

反対派は新進気鋭のCMディレクターに制作を依頼するが、国のあらゆる組織を支配するピノチェトの勝利は確実で、CMディレクターは気乗りがしない。選挙は茶番に過ぎないと思いながら、自分の考えるCMを採用してくれるならという条件で引き受けた。

反対派の訴えたいことはピノチェト独裁に対する抗議である。国民を虐殺し、獄につなぎ、民主主義を蹂躙する政権に「NO」を突きつけたい。しかしCMディレクターはその考えに反対する。「暗い話を誰が見るのだ」と言う。反対派から非難されながらも彼は「国民に夢と希望を与える」CMを作ろうとする。

しかしまず何よりも問題なのは、反対派が17の党派に分裂している現実だった。そこでディレクターは「レインボー(虹)」を反対派のロゴマークにする。主張は様々で色合いは異なるがそれでもレインボーは一つである。こうしてピノチェトに反対する勢力は対抗馬を一本化する事に合意した。政策の違いなど政権交代の意義と比べれば小さな話だ。

そして反対派のCMは明るく軽快なメロディで「チリよ、喜びはもうすぐやってくる」という歌詞と夢のある映像を流し続けた。独裁政治の暴虐を非難するキャンペーンではなく、国民の宥和を訴えるキャンペーンである。CMは国民に「流れを変える時が来た」ことを訴え続けた。

一方の賛成派は、これまでの実績を訴え、政権が変われば安定は損なわれ、国民生活がダメージを受けるというCMを流す。やがて反対派のCM制作に様々な妨害が加えられるようになった。それは独裁政権側が追い詰められ焦っている証拠だと反対派は逆に腹を括る。

茶番と思われた選挙が茶番でなくなった。投票日には投票所に人々があふれた。ピノチェトは様々な謀略で権力維持を図ろうとする。しかし後ろ盾だったアメリカは冷戦の終わりを感じていた。翌年にはベルリンの壁が崩壊する。アメリカはピノチェトに投票結果を尊重するよう警告した。勝てる筈のない選挙で国民は独裁政権を打倒した。

私が冒頭で「示唆に富む」と書いたのは、日本の政治状況を念頭に置いての事である。「1強多弱」と言われる与野党の力関係の中で、政治を変える事は不可能であるかのようにメディアは報道する。しかし政治の世界に「絶対」も「不可能」もない。盤石な権力があっという間に倒れる様を私は何度も見てきた。

権力が無能だったためではない。政治という魔物は往々にして常識を覆すのである。日本ではいまだに国民がアベノミクスに幻惑されているが、それは70年代のチリと同じである。チリのように格差が拡大する前にどうにかしないと国民生活は傷付く。

そこでまず取り組むべきは「レインボー政治」の実現である。「政策が違う」などとつまらぬことを言わないで、対抗馬を一本化する事である。そして次に心がけるのは相手に対する批判ではなく、どのような未来を約束できるか、それを提示する事だ。

知能の低い日本のメディアはすぐにそれを「野合」と呼ぶが、そんな事に気をとられる政治家は政治家ではない。現状の変革こそが政治家の務めであり、主義主張やイデオロギーにとらわれるような小物に政治家は務まらない。それをチリの映画「NO」は教えてくれる。チリ映画「NO」は8月30日から日本でも公開予定である。

by めい (2014-08-25 06:08) 

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