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ずっと心に懸っていたこと [新しい歴史教科書をつくる会]

西尾先生が日録で藤岡先生の党員歴について書かれた。http://nishiokanji.com/blog/2006/04/post_311.html
やはりそのことが問題になっていたのだ。
このことについては私も「日本人にとって共通意思は可能か」で書いた.。
http://blog.so-net.ne.jp/oshosina/2006-03-12
実はその時、正気煥発板でのSaphoさんという方との「キリストの幕屋」をめぐっての忘れられないやりとりが頭にあった。あえて掘り出してみることにした。

まずSapho氏登場の弁。

(転載はじめ)

投稿日 : 2002/06/22(Sat) 07:44
投稿者 : Sapho
タイトル : キリストの幕屋

はじめまして。
Saphoと申します。みなさまの御活躍に敬意を表しております。

みなさまに申し上げます。最近になって知りましたが、つくる会に賛同しているようですが、キリストの幕屋というのは、実はアメリカ合衆国政府の謀略機関の手先であるとのことです。

であれば、思い当たることもありますので、とりあえずお知らせしておきます。

(転載おわり)

その後正気板常連の方々とのかなり緊迫したやりとりがあり幕屋の方も登場された。Sapho氏は次のようにも言う。

(転載はじめ)

投稿日 : 2002年06月24日 02時53分
投稿者 : Sapho
タイトル : Re: キリストの幕屋について

Saphoです。

純也さんという幕屋の方が登場されました。
良いことですね。

>私も幕屋の一員として説明文を載せてもらいます。
>【戦後教育の誤り】  
>手 島 郁 郎

>しかし、私は聖書を深く読めば読むはど、民主主義というものには反対です。
>民主主義は、一つの政治形態としては良いでしょうが、それが最高だとは思いません。神に聴いて政治が行なわれることが理想です。愚かな人間がただ寄り集まって、その多数決で決めてゆくような政治社会が良い社会だとは思えません。そして、その傾向はますます強くなりました。

>しかし、聖書を読めば読むほど、私はそう思いません。聖書は神本位、神中心の社会ができることを説いているのであって、人民の知恵や常識、考えが通るような社会を考えてはおりません。
>それも、人間が作った原理主義でなく、まず神にすべてを聴いて生きる者たちの社会、国家を造ることが、聖書の国家観、社会観であります。
>
>
>長々と申し訳ございません。幕屋の事について少しでも理解頂けたなら幸いです。詳しくは下記HPにアクセス願います。
>http://www.makuya.or.jp/

御指摘のこのHPのなかの:

http://www.makuya.or.jp/chuto.htm

に見られる論説を読まれることもお勧めいたします。

ここに見られる中東問題に関する幕屋の主張が
昨年の同時テロに関する小林よしのり氏などの主張と
まるで、水と油でであることはどなたにでも御理解いただけると
思います。(どちらが良い悪いの判断とは無関係にです)

つくる会の弱点がここにもあります。一応小林氏は自分で出ていった
ことになっているようですが、本質は違います。
例の「ヤジ問題」の本質もこの点に潜んでいます。

(転載おわり)

信頼できる幕屋の友人を持つ私だが、ふと気になることがあって書いたことから次のような展開が生れることになった。藤岡先生への言及もある。

(転載はじめ)

投稿日 : 2002年07月04日 10時42分
投稿者 : 管理人
タイトル : ユダヤとの邂逅

幕屋の創立者である手島郁郎氏がユダヤといつ接点を持つようになったかが幕屋のHPに「初めての出会い」として書いてありました。

≪1954年9月1日、秋晴れの一日、イスラエルから来日していたユダヤ人・スロムニツキー博士夫妻は、九州行きの列車に乗り、静かにヘブライ語を話していました。そこへ突然、夫妻に話しかけてきた日本人がいました。
「エクスキューズ・ミー。お二人の話しておられる言葉はヘブライ語でしょうか?」
 それは手島郁郎先生でした。その7年後、手島先生は博士を通してイスラエルを隅々まで旅することになります。それがはじめての聖地巡礼でした。爾来、手島先生は、たびたび聖地を訪れました。≫
http://www.makuya.or.jp/makuya/history/index.htm

実はこれを読んで思い起こしたのが、日露戦争の資金捻出のためロンドンに渡った高橋是清とユダヤ人金融家シフとの出会いでした。「高橋是清自伝」にあたってみようと思い、昨日図書館で借りてきました。

≪●英貨公債の契約成立

 交渉相手の的を銀行に絞ってからは、私は以前より一層熱心に交渉を進めた。考えてみれば、銀行家たちが日本公債の引き受けを躊躇するのは無理からぬことであった。当時、ロシア政府はフランスの銀行家と提携して後援を受けていたために、戦争開始以来、パリおよびロンドンにおけるロシアの公債の市価はあまり変動することなく、むしろ上がり気味であった。これに反し、日本の四分利付き英貨公債は、戦争前八十ポンド以上を唱えていたものが、たちまち六十ポンドまで暴落し、日本公債に対する市場人気は非常に低かった。そんなときに新しい公債を発行したところで、一般の引き受け手があるのか。そんな疑問がわくのは当然のことであった。
 しかし、それでも私は、粘り強く交渉を続けた。この戦争は日本としては国家生存のため、自衛上やむを得ず起ったものであること、日本国民は老若男女結束して一団となって戦っていること、さらには武士道の話や国家組織の単位が家族の上にあることなども話をした。
 そうして三月も過ぎ、四月の十日ころ、ようやく公債発行の目鼻がつきかけてきた。銀行業者たちは熟議の結果、こんな条件を示してきたのである。

一、発行公債はポンド公債とする
二、関税収入をもって抵当とする
三、利子は年六パーセントとする
四、期限は五年
五、発行価額九十二ポンド
六、発行額の最高限度三百万ポンド

 私は早速、本国政府と電報で連絡をとつた。そうして、銀行家たちに対し、発行額の最高限度三百万ポンドを五百万ポンド(政府希望の一千万ポンドの半額)に、期限の五年を七年に、発行価額九十二ポンドを九十三ポンドに、それぞれ条件訂正することを強硬に主張した。銀行家たちも、ついにはこれを受け入れた。また、関税収入を抵当とすることについて、英国から日本に人を派遣して税関を管理するという話が出たが、私はこれを拒絶した。
「日本政府は、従来、外債に村して、元金利払いともに一厘たりとも怠ったことはないではないか。余計な心配は無用である」
 と、突っ張り通したのである。しまいには銀行家たちも、
「それでは名のみの抵当権だ」
 と言いながらも、とうとう承認した。こうして、いよいよ仮契約を結ぶところまで漕ぎ着けたのが、四月の二十三日か二十四日であった。

 ところが、この後、ちょっとした偶然から大きな幸運が舞い込んだ。

 かつて、日本へきていた私の友人のヒル氏が、私が仮契約を結ぶところまで運んだことを聞きつけて、一日、夕食に招いてくれたのである。そのとき、ヒル氏の家で、米国人のシフという人に紹介された。シフ氏はニューヨークのクーンロエプ商会の首席代表者であった。
 食卓では、シフ氏は私の隣に座った。そうして、食事中、さかんに日本の経済状態や開戦後の人心について細かく質問する。私はそのひとつひとつに、できるだけていねいに応答した。その上で私は、ようやく五百万ポンドの公債発行について銀行と内約ができたこと、政府からは一千万ポンドの募集を申しつけられていること、なども話をした。
 ところがその翌日、シヤンド氏がやってきた。そして、私に、「実はわがパース銀行の取引先の銀行家で、ニューヨークのクーンロエプ商会のシフ氏という人がいます。そのシフ氏が、日本公債の残額五百万ポンドを自分で引き受けて、米国で発行したいとの希望を持っているのですが、あなたのご意見を聞かせてください」
 と話したのだった。

 私はシヤンド氏のこの言葉を聞いて、そのあまりの突然さに驚いた。なにしろシフ氏とは昨夜知り合ったばかりである。
 しかしながら、シヤンド氏のもたらした話は耳寄りのことであり、これが実現すれば日本政府にとつてまことにありがたい話である。私は言った。
「もしロンドンの銀行家たちが仲間に参加しても差し支えないというなら、私は少しも異存はありません。すみやかに話を進めてください」
 こうしてシフ氏との話がたちまちまとまって、英米で一時に一千万ポンドの公債を発行することができるようになった。私は、これは一に天佑なりとして、大いに喜んだ。≫
(『高橋是清伝』小学館1997)

「偶然の幸運が積み重なって日本の歴史がつくられてきた。天佑、天佑。」というのは、「善意」の日本人にはわかりやすい感覚なのですが、そうばかりは言っておれないこともあるかもしれないという疑念が湧いてくるのです。

このたび見つけた関連サイト紹介しておきます。

ユダヤ資本の金融力で戦った日露戦争
http://village.infoweb.ne.jp/~fwgc0017/9811/981115.htm

ユダヤ人、ジャコブ・シフと日露戦争
http://members.tripod.co.jp/J_Coffee/tamatebako2.html#jakobu

外債だよりの戦争         
http://216.239.33.100/search?q=cache:7AoQ3sGygEYC:faculty.tama.ac.jp/aoyama/no4/143.htm+%E9%AB%98%E6%A9%8B%E6%98%AF%E6%B8%85%E3%80%80%E6%97%A5%E9%9C%B2%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%80%80%E3%82%B7%E3%83%95&hl=ja&ie=UTF-8&inlang=ja

ボンドを売って戦争に勝つ。国債セールスの凄腕野郎
http://www.ex.sakura.ne.jp/~ere/slg/slg_20010801.html

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投稿日 : 2002年07月05日 06時 0分
投稿者 : Sapho
タイトル : Re: ユダヤとの邂逅

管理人さま

Saphoです。

高橋是清の日露大戦の金策についてはよく知られた史実ですね。
彼が後に青年将校の手で暗殺されたことによって日本が破滅の途に陥ったことも史実です。
わたくしが警告していることはしかし、もっと現実的なことです。
ヒントの第2弾として、つい最近、ある左翼系のHPへの以下の投稿をここに引用いたします。
ただし、これは、わたくしの書いたものではなく単なる情報であることを、念のため付け加えさせていただきます。

事態は極めて複雑ですが、つくる会の上部の方には既知のことも多いと思われます。特にここに書かれているように藤岡先生はよく御存知であることは事実です。藤岡先生に幕屋とのなれそめをお尋ねになれば、背景がかなり理解しやすくなるでしょう。
御参考まで。
〔以下は引用)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
中東に関する世論操作をたくらむ「幕屋」
  
天皇崇拝とキリスト教信仰を習合すると称する、原理主義団体「キリストの幕屋」は、今年の4月に、機関誌『みるとす』を隔月刊で再刊しました。「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝・東大教授の最大の支持母体としてしられるこの新興宗教団体は、イスラエル旅行の通訳派遣など行っていますが、神保町 (東京・神田) にある出版社「ミルトス」は、そのダミー会社です。機関誌『みるとす』は、廃刊されましたが、今年の4月に、イスラエルは「ハイレグ発祥の地」などとのたまう、俗悪な漫画を掲載し、隔月号として再刊されました。イスラエルの拡張政策を支持し、パレスチナ人への誹謗に満ちた同誌は、以前は、南京事件を否定する東中野教授の著作を盛んに褒めそやしていました。「キリストの幕屋」は、麹町(千代田区) のイスラエル大使館や広尾 (渋谷区) の日本ユダヤ教団に信者を巧みに送り込んでいます。

バス停にビニール袋に入った『生命之光』なる小冊子の版元が「幕屋」です。みなさん、くれぐれも気をつけて下さい !!

http://www.myrtos.co.jp/
http://www.makuya.or.jp/index.htm#menu
http://www1.ocn.ne.jp/~sinryaku/uhazinmyaku.htm
http://www.linkclub.or.jp/~teppei-y/tawara%20HP/kokumin%20no%20rekisi.html
http://www.asahi.com/special/newtext/010317a.html
http://www.asahi.com/osaka/116/010904c.html
http://www8.plala.or.jp/yas-noda/ken80.html
http://www1.jca.apc.org/aml/9911/14910.html
http://www.asyura.com/sora/bd12/msg/966.html
http://member.nifty.ne.jp/KIMAGUREhachi/papa/h3_main.htm

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投稿日 : 2002年07月05日 09時17分
投稿者 : 管理人
タイトル : Re: Re: ユダヤとの邂逅

Saphoさま

うまく真意が伝わらなかったようで、書き方が悪かったかと反省しています。

これまでの運動で作り上げてきたことをご破算にしてしまってはならないと考えます。自分自身が変わることもたえず視野に置きつつ、常に新たな地平を探ってゆかねばならないと考えています。敵は「対立すること」です。

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投稿日 : 2002年07月06日 07時16分
投稿者 : Sapho
タイトル : Re: Re: Re: ユダヤとの邂逅

管理人さま

Saphoです。

>Saphoさま
>
>うまく真意が伝わらなかったようで、書き方が悪かったかと反省しています。

いえいえ、そんなことはございません。一国のことであれ、個人のことであれ「邂逅」は運命的なものです。人生においては邂逅ほど大切なことはないと存じます。
これを「有り難いこと」として記憶し、回顧し、感謝するのは大変大切なことだと、常々思い知らされております。歴史はクレオパトラとシーザーではありませんが、家族史であれ国史であれ、常に個人と個人の出会いから始まるものです。

高橋是清のユダヤ人との出会いがなければ、日本の近代史は全く別のものになったでしょう。それがどうなったかについて後になって詮索するのは無意味でしょう。
ありとあらゆる可能性が考えられるからです。歴史は一回きりしかありませんので。
だからこそ、このような幸運な「邂逅」には感謝すべきだと存じます。
管理人さまのように回顧されるのは、志のある人には大変必要ななことだと思います。

>これまでの運動で作り上げてきたことをご破算にしてしまってはならないと考えます。自分自身が変わることもたえず視野に置きつつ、常に新たな地平を探ってゆかねばならないと考えています。敵は「対立すること」です。

おっしゃる通りです。他方で不幸な「邂逅」もやはり人生にはしばしばありますので、それをどれだけ早く見極めるかが大切だと思うのです。
その際に「対等に立ち合う」ことを心掛けないことには勝負は初めからついていることになります。それにはまず自己を知ることです。私はなぐさみで剣道をたしなみました
が、立ち合った瞬間にすでに勝負はついていますね。第三者に目に見える打ち合いはその結果でしかありません。不思議なことです。
つくる会の昨年の敗北もこのあたりに思い当たることがなければならいでしょう。

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投稿日 : 2002年07月06日 08時13分
投稿者 : 管理人
タイトル : 誤解があるようです

Saphoさま

やはり誤解があるようです。「邂逅」という言葉が悪かったのかもしれません。

高橋是清、手島郁郎両氏にとって「偶然の幸運な出会い」であり「天佑」であったことが、あるいは周到に準備されたものではなかったかという疑念が湧いてきたのです。

「目的のためには手段を選ばない」勢力と当事者として一戦を交えたことがありました。当然の敗北だったのですが、終わって振り返り、相手側の周到さに思い至って唖然としたことがあります。「嵌められた」。相手には人知を超えたものさえ感じます。その体験が重なりあっての疑念です。幕屋の方にも考えていただきたいゆえんです。「まこと」や「まごころ」、「善意」では太刀打ちできない世界もあるのです。いみじくも渡部悌治先生がおっしゃった「地を這うように生きること」、この言葉の重さを噛みしめているこの頃です。

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投稿日 : 2002年07月06日 23時57分
投稿者 : Sapho
タイトル : Re: 誤解があるようです

管理人さま

>Saphoさま
>
>やはり誤解があるようです。「邂逅」という言葉が悪かったのかもしれません。
>
>高橋是清、手島郁郎両氏にとって「偶然の幸運な出会い」であり「天佑」であったことが、あるいは周到に準備されたものではなかったかという疑念が湧いてきたのです。

なるほど、そういうことだったのですか。解りました。
手島氏の場合がどうであったかは、わかりませんが、高橋是清のユダヤ人投資家との出会いはもちろん準備されたものであったでしょう。それがどれだけ周到な準備であったかについては専門家の研究を待たねば判断が出来ませんが、貧困な当時の日本にとっては、天佑であったことは間違いありません。

背景としては、もちろん投資家としての利潤計算が絶対条件としてあったでしょうが、やはりユダヤ人としての世界観も大きな動機であったでしょう。帝政ロシアの当時の反ユダヤ主義のすさまじさは驚くべき規模でした。ポグロム〔ユダヤ人虐殺)がロシア語であることが象徴的ですね。いわゆる「シオンの議定書」などの古典的「ユダヤ陰謀論」の故郷もロシアでした。

結果としては、帝政ロシアはその反ユダヤ主義のために、日本という敵に不本意にも塩を送る結果となり、敗戦し破滅の道に踏み込んだとも言えます。

また、この体験を日本は忘れておらず、後に満州経営のためにユダヤ資本を導入しようと多くの工作が水面下で行われたこともかなり知られています。結果は失敗しました。

>
>「目的のためには手段を選ばない」勢力と当事者として一戦を交えたことがありました。当然の敗北だったのですが、終わって振り返り、相手側の周到さに思い至って唖然としたことがあります。「嵌められた」。相手には人知を超えたものさえ感じます。その体験が重なりあっての疑念です。幕屋の方にも考えていただきたいゆえんです。「まこと」や「まごころ」、「善意」では太刀打ちできない世界もあるのです。いみじくも渡部悌治先生がおっしゃった「地を這うように生きること」、この言葉の重さを噛みしめているこの頃です。

その通りだと思います。とりわけ戦争についてはそうです。日本とユダヤ資本との結びつきも、お互いに「敵の敵は味方でありえる」という可能性が実現したひとつの史実であって、それ以上でも、それ以下でもありません。冷酷な論理です。

イスラエルが独立する前には、ナチドイツとシオニズムは英国が共通の敵としてありましたので、(あまり知られてはいませんし、現在のイスラエルでは当然タブーですが)水面下で取引があり、お互いに利益を得ました。ユダヤ人とナチスの協力という正史では考えられない史実は驚くべきことです。結果は、英国はパレスチナを失い、ナチスは滅び、イスラエルは独立しました。
そして、現在でもこの問題は世界の中心的ジレンマのひとつです。

いろいろ有り難うございました。

頓首

Sapho

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投稿日 : 2002年07月07日 08時40分
投稿者 : 管理人
タイトル : あらためて、日本人としてのアイデンテティーについて

ようやく噛みあったようです。

「新しい歴史教科書をつくる会」の運動に取り組む中で、「ユダヤ問題」にまで踏み込む必要性を感じてはいませんでした。しかし、9.11テロが安穏をぶち破りました。本板においても9.11テロを機に活発な議論が展開されました。過去ログが残っているかどうか確かめてはいませんが、たしか「日本人としてのアイデンテティーは」というスレッドが中心だったように記憶します。あのとき私は、日本人は西郷さんの感覚まで遡らねばならないのではと書きました。そのとき漠然とですが「ユダヤ問題」が頭にあったはずです。その後、副島隆彦氏の『属国・日本論』(五月書房)の明治維新論に目からウロコを体験しました。身につまされたところを引用してみます。

≪(『ペリー提督日本遠征日記』(木原悦子訳・小学館1996)を引用しつつ)米日間の外交交渉の様子は、現在も、このペリーの時と少しもちがわない。全く同じである、と言ってよい。日本側の官僚や政治家たちのオドオドした様子まで今も昔も、そっくりである。普通の日本国民は少しもこの真実に気づいていない。まるで米日が対等に整然と交渉していると思っている。真実の米日関係がどのようなものであるかが、これから少しずつ暴かれて行くだろう。

 交渉の様子はもっとおもしろい場面をさらけ出す。

 こと細かに観察するだけでは気がすまず、士官や乗組員らの後をついてまわり、機会さえあれ
 ば衣服に触ってみようとする。
  なかでもいちばん彼らの興味を引いたのはボタンで、なんとかして一つ二つ手に入れようと するのだった。乗艦を許された人々も同じように詮索好きで、近づけるところなら隅々までの ぞき込み、あちこちの寸法を測ったり、目に触れるものはなんでもかんでも独特の流儀で写生 したりする。ただ、その絵を見ただけでは、いったい何を描こうとしたのかよくわからないだ ろうが。
  日本人は自分の好奇心を満たすことにはたいへん熱心だが、自分自身のことを尋ねられると いきなり口が重くなる。                          (P186)

 この人なつっこさと、好奇心のかたまりになる日本人の性格特徴は今の私たちにも引き継がれている。アジア人の中でもきわだっているらしい。更に、やたらと指で触わりたがったりする点や、親しさを表わそうとして相手の体に触わろうとしたりする。

 五人の全権委員たちにしても、
              
  この演し物は非常に愉快で、座を大いに沸かせてくれた。謹厳な林(大学頭)でさえ釣りこ まれて、クリステイの観客にも負けないほど、同僚たちといっしょに大笑いしていた。日暮れ にな って艦を離れるころには、全員がいやというほどワインをきこしめしていた。
 松崎などは、私の首に両腕をまわして、「ニッポンもアメリカも心は一つ」という意味のこと を 日本語でくどくどと繰り返していた。こんなふうに酔って抱きつかれたせいで、私のおろ したての肩章は台無しになってしまった。
  翌日、条約調印前の最後の詰めのために条約舘で会ったとき、この老紳士は苦虫をかみつぶ し たような顔をしていた。艦上で羽目を外したのがきっと決まり悪かったのだろう。
 (p202)

 この松崎満太郎という幕府の重役は、全体の監視役で、目付として派遣された人で、ペリーから、前々から次のように観察されている。

  五人めの松崎満太郎は、地位も称号も私にはわからない。年齢は六十歳ぐらい、長身痩躯  で、強度の近視である。外見はいかめしくて取っつきにくそうだが、(贅沢や)世俗的な快楽 が嫌いでもなさそうに見受けられた。私の見るところ、これはこの国の上流階級すべてに見ら れる傾向のようだ。

  この人物が委員団のうちでどんな仕事をしていたのか、正確にはわからない。ほかの委員た ちとともに長椅子に腰はおろすものの、場所は部屋の入り口に近いはうの端である。そして彼 の前 には書記が一人ひざまずいていて、時には上司にうながされたりしながら、たえずその 場の出来事をせっせと記録しているのだった。              (P195)

 ここまで克明に記録されてしまうと、日本国内がこのあと激動期に入って体制がひっくりかえってたくさんの人間が殺し合ったり悲惨な目にあったりした事実までが、何だか嘘みたいな話になってしまう。
 遅れた国の国民は、内部で勝手に自分たちだけの価値観で、必死の形相でてんやわんやの大騒動をやっているものなのだ、ということを、ここから学ばなければならないだろう。そして、進んだ国の人間たちからは、全てが丸見えなのである。≫(P159~162)

 明治維新が今の時代と地続きになりました。そして、日本人的感覚での「まこと」や「まごころ」、「善意」に依っての行動は平面空間を這いずり回るいわば「蟻んこ」の視点、それを上から眺める視点があることをあらためて考えさせられるようになりました。と同時に、日本人的感覚によってさらにその「上からの視点」をも眺め尽くす視点があるのではないかという思いも拭いきれません。そこにこそ、国際社会においても通用しうる「日本人としてのアイデンテティー」の拠りどころがあるように思えます。もっと自分自身整理して詳しく説明しなければならないことかもしれませんが、田下先生の「子育て論」や夏目さんの「性の問題」への着目はその延長線上であることもとりあえずご理解ください。

>イスラエルが独立する前には、ナチドイツとシオニズムは英国が共通の敵としてありましたので、(あまり知られてはいませんし、現在のイスラエルでは当然タブーですが)水面下で取引があり、お互いに利益を得ました。ユダヤ人とナチスの協力という正史では考えられない史実は驚くべきことです。結果は、英国はパレスチナを失い、ナチスは滅び、イスラエルは独立しました。
>そして、現在でもこの問題は世界の中心的ジレンマのひとつです。

初めて知りました。私にとって新たな視点ですので勉強してみたいことです。関連サイトでもあればご紹介ください。

>いろいろ有り難うございました。

今後ともいろいろご教示ください。

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投稿日 : 2002年07月08日 00時16分
投稿者 : Sapho
タイトル : Re: あらためて、日本人としてのアイデンテティーについて

管理人さま

Saphoです。

>ようやく噛みあったようです。

と思っていたとたん、わたしのことを本論以外で非難する方々がいらっしゃるようですので、残念ながらせっかくですが撤退させていただきます。
これからが、実のある内容になるのではと期待していたのですが、仕方がありません。
私も、仕事がありこのような雑音にかまけて嫌な思いはしたくありませんので、御理解ください。

最後にひとつだけ、お仕事の染め物の伝統を維持くださることをお祈りいたします。
伝統的職人技術は日本の文化を支えてきた土台ですので何ものにも代えがたいものです。

お仕事への尊敬をこめて

さようなら

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投稿日 : 2002年07月08日 08時14分
投稿者 : 管理人
タイトル : 誤解は解いていただいて・・・

Saphoさま

JJさんや本板についての誤解があるようです。

>私も、仕事がありこのような雑音にかまけて嫌な思いはしたくありませんので、御理解ください。

みんな仕事や学業を抱え、忙しい中でのことです。ただ、日々の生業の中では考えられない世界がネット上に展開されています。そこでの日常の暮らしの中では考えられないいろんな方々との出会い、たとえはじめは異和を感じてもその機縁をたいせつにすることで新しい世界が広がることをこれまでも体験してきましたし、これからもそうありたいと考えています。Saphoさんに投じていただいた一石がどれだけ大きな波紋を描いて広がっているかはこのスレッドの量が表しています。それだけ大切な問題提起だったと、管理人としてもありがたく思っております。あまり「撤退宣言」とかにこだわらずに、気持ちが向いたときにはいつでも書き込んでいただけたらと思います。

>最後にひとつだけ、お仕事の染め物の伝統を維持くださることをお祈りいたします。
>伝統的職人技術は日本の文化を支えてきた土台ですので何ものにも代えがたいものです。

うーん、そうは思うのですが、なかなか難しいのです。心がけるようにはしてゆきたいと思います。

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投稿日 : 2002年07月08日 05時36分
投稿者 : Sapho
タイトル : Re: あらためて、日本人としてのアイデンテティーについて

管理人さま

Saphoです。

いくらヤジで辟易して、小林よしのりさんの二の舞いになったといっても、誠実にお答え下さっている管理人さまには、大変失礼なので、以下、最低限のお返事だけさしあげて終わりに致します。

>ようやく噛みあったようです。
>
>「新しい歴史教科書をつくる会」の運動に取り組む中で、「ユダヤ問題」にまで踏み込む必要性を感じてはいませんでした。しかし、9.11テロが安穏をぶち破りました。本板においても9.11テロを機に活発な議論が展開されました。過去ログが残っているかどうか確かめてはいませんが、たしか「日本人としてのアイデンテティーは」というスレッドが中心だったように記憶します。あのとき私は、日本人は西郷さんの感覚まで遡らねばならないのではと書きました。>

このおっしゃる「日本人としてのアイデンテティー」についても討論したかったのですが、やむをえません。
また「蟻の目、鳥の目」の日本人の姿勢についても同様です。せっかく9・11以降の問題で「鳥の目の視野」の必要性を感じていた管理人さまの興味も、ここでも「ヤジ」で芽が摘まれたようです。つくる会にとって大きな損失であるとおもいます。

>初めて知りました。私にとって新たな視点ですので勉強してみたいことです。関連サイトでもあればご紹介ください。

これについては昨年専門書が翻訳出版されています。

法政大学出版局のHPから引用します:
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2001年6月26日発売
定価(本体4800円+税)四六判
レニ・ブレンナー/芝 健介 訳
《叢書ウニベルシタス705》
ファシズム時代のシオニズム
ISBN4-588-00705-X C1322
二つの世界大戦の谷間でユダヤ人たちがホロコーストの予兆におびえていたファシズムの時代に,シオニストたちは何を考え,どのように行動したか――シオニズム運動を世界史的視野で考察しつつ,シオニストとナチとの知られざる関係をえぐりだし,全体主義に覆われた20世紀の暗部を鋭く照射する画期的な反シオニズム史論。
〔現代史・シオニズム論〕
・・・・・・・・・・・・・・・・・

この本は原書が英語で、しかも専門書なのでかなり難解です。しかし日本では初めてのこの問題に関する研究の紹介です。

ではでは

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投稿日 : 2002年07月08日 08時20分
投稿者 : 管理人
タイトル : Re: Re: あらためて、日本人としてのアイデンテティーについて

>このおっしゃる「日本人としてのアイデンテティー」についても討論したかったのですが、やむをえません。

機械計算課長さんも復帰されたところですので、ぜひ引き続きお願いしたいのですが・・・

>この本は原書が英語で、しかも専門書なのでかなり難解です。しかし日本では初めてのこの問題に関する研究の紹介です。

どうも私には手におえないようですが、いい情報をいただきました。ありがとうございます。

(転載おわり)

以後Saphoさんは姿を消した。
西尾先生も求めておられる≪藤岡氏自身がこれから書くべき告白文章≫の如何が問われていると思う。藤岡先生の誠実さに期待したい。


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コメント 2

知足

興味深い話ですね。藤岡先生と幕屋の関係。
by 知足 (2006-04-09 13:33) 

めい

「隠謀論」に対する見解として重要です。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16457818/610/


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601:堺のおっさん : 2018/06/06 (Wed) 22:06:19 host:*.ocn.ne.jp
プーチン氏、習氏との誕生日祝いを赤裸々に語る
https://sptnkne.ws/hGv2
この記事を読んで、私はハタと膝を打った。
一見変哲もない記事に込められた国家トップの孤独。
プーチンだけではない。
習近平もトランプも、金正恩も。
安倍総理もそうだ。
ウォッカを飲みながら、二人の国家指導者は何を話したのか?
国家という巨大な集団というか組織は一枚岩などではない。
様々な立場の利益を共有する集団の集合体でもある。
合従連衡しながらも、一寸先は闇。
おそらく、まとめ上げるだけでも奇跡に近い。
国家とはそうした相反する集団の相克を力とするリバイアサン。

ボルトンが米朝会談の実務から外されたという流れも…
CIAという巨大な組織が一枚岩ではなく、様々な利益集団の集合体。
御大情報では10にも上るグループに分かれるそうだ。
ポンペオもボルトンとは違う利益を背景としたグループに属する。
どちらも毒だろうが、ポンペオは共和党が中間選挙で勝つことを支持した。
そのためには米朝会談の成功は必要と動いた。ボルトンに邪魔されながらも。
このように見ると、トランプがボルトンを遠ざけ、ポンペオを使う理由は明確だ。
政治とはこうした力で動いていくもの。
アメリカを支配する「黒体」もまた一枚岩ではない。
我々は、じっと観察分析し、自分の生きる道を探るしかない。
しかし、国家指導者に比べれば…
はるかに気楽なものといえよう。

610 名前: 亀さん 2018/06/07 (Thu) 06:10:54 host:*.t-com.ne.jp
>>601
堺のおっさん、
> 国家トップの孤独
御意。

過日の飯能ツーデーマーチで、プーチン、習近平、金正恩、トランプ、安倍晋三を動かしている(影で操っている)、〝裏の勢力〟あるやなしやということが話題に出ました。それに対して小生は、きっぱりと否定しています。つまり、今の世界を動かしているのは、実質的に国家のトップであると。換言すれば、国家トップは孤独であるということにつながりますね。

確かに、国家のトップの周りには、軍師(戦略アドバイザー)をはじめ、財界、宗教界、その他の勢力が存在していることは確かですが、あくまでも最終的な決断を下すのは国家のトップ。このあたり、裸一貫で事業を興し、自分の会社を成功させた堺のおっさんなら、言わずもがなといったところでせう。

だからこそ、プーチンと習近平という国家のトップ同士が、ウォッカーを酌み交わすという短い記事から、その行間を読み取るあたり、さすがです。

小生も同記事を読みながら、「国益」という言葉が脳裏に浮かびました。まさに、国益を背負うトップ同士が、膝を交えて語り合う友好ムードのなかにも、(目に見えぬ)火花を散らす場面もあったのではと思います。

ともあれ、世界を〝動かしている〟のは、ユダヤだの、フリーメーソンだの、統一教会だのと言う輩は、昼のワイドショーレベルなんだから、無視するに限ります。

亀さん@人生は冥途までの暇潰し
by めい (2018-06-07 06:22) 

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