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「復活論」との出会い [イエス]

立て続けに「復活」についての二つの文章に行き当たった。2週間ほど前の夜とその翌朝のことだ。それぞれ単独なら読み過ごしたかもしれない。シンクロニシティ。以来、「復活」をリアルなこととしてイメージするようになっている。

まず前日の晩。

≪かつての私は「復活論は比喩だ」と言っていました。しかし、キリストの復活論が単なる比喩だとしたら、こんな馬鹿な作り話を創作する理由はどこにあったのか?もう一つは、キリストが十字架刑に処せられる時は逃げまくって腰抜けだった弟子たちは、イエスの復活を見たあと、なぜ死ぬ恐怖のないパワフルな伝道師に変わったのかというクエスチョンです。キリストが死ぬときにそばに残っていたのは女性だけでした。ではなぜ、その腰抜けの、イエスの教えが全然理解できていなかった連中から、2000年間も続いてきた、勇気とビジョン溢れるキリストの教えを説こうという情熱が生れたのか?そのように180度転換する何か特殊な体験があったのでしょう。

 インドでもヨギ(聖者)が亡くなった後、弟子の前に、生前と同じ姿で現われたという話があります。ですから復活したのは、キリストばかりではありません。バイロケーション(同じからだが同時に二ヶ所に現われる)ということもありますね。キリストやインドのヨギの話から、生前と同じ姿をした、手で触れることの可能な肉体として復活するメカニズムがDNAにはあるということです。≫ (エハン・デラヴィ「近未来の予言と予測」月刊ザ・フナイ 2008 4月号)

 

そして翌朝。

≪「ニコライ・フョードロフは、死を人間の根源的な悪とみなし、その克服にキリスト教の奥義はあると考えた。死を避けがたい宿命とみることなく、ユニークなアプローチをしてみせた。死を徹底的な研究の対象とすべきものとしたばかりでなく、自然界の諸力をコントロールすることで死を克服し、ついには『死んだ父祖達を甦らせる』ことこそ、キリスト教の意味であり、その延長線上に、ゴルゴダで十字架に架けられたキリストの、真の肉体的復活は可能になると考えたのである」(『「カラマーゾフの兄弟」続編を構想する』[亀山郁夫著・光文社新書より])・・・・・彼はたったひとつの真理をそこで発見します。科学技術がこの先、進むと、人間を総合科学の力によって生きていたときの状態で復活させることが可能になる。しかもその順番も直近に死んだ人間から復活させて、最後にアダムとエバが出てくる。そうすると地球上で土地が足りなくなる、空気が足りなくなる、そのため惑星開発が必要になる。そこで宇宙ロケットをつくらなければいけないと考えるようになったのです。≫(副島隆彦×佐藤優『暴走する国家 恐慌化する世界』日本文芸社 200812

 

エハン・デラヴィは同じ文章の中で次のようにも言っていた。

≪現在の人間はインターネットにより結ばれていますが、近い将来は「テレパシー」を通じて多次元意識を使い、宇宙のあらゆる情報やエネルギーにアクセスできる。それが、来たるべき「シンクロニシティ文明」であると私は考えます。≫(エハン・デラヴィ「近未来の予言と予測」月刊ザ・フナイ 2008 4月号)

 

そしてそれからしばらくして出会った次の文章。

≪実在のより根源的水準では時間も空間も存在せず、明白な因果関係―なにかがほかのなにかにぶつかり、時間や空間的にみてある種の原因と結果になること―もないことを示唆しはじめていた。絶対的な時間や空間というニュートン流の考えも、あるいは、相対的時空というアインシュタインの考えでさえも、もっと真実に近い世界観に置き換わろうとしていた。つまり、この宇宙は、ある一時点における時空の全ての点が表現された、膨大な「いま」のなかに存在している、というのだ。もし原子内粒子があらゆる時空を超えて相互作用しうるのなら、原子で構成されるもっと大きな物質でも同じではないのか。ゼロ・ポイント・フィールドの量子世界、純粋な確率が支配する原子内世界では、この世はひとつの巨大な「現在」として存在する。≫(リン・マクタガード『フィールド 響き合う生命・意識・宇宙』インターシフト)

神道でいう「中今」にも通じます。アセンションに向けた意識の変容を体験しつつあるのかもしれません。


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コメント 5

トモーノ

「意識」というものは、時間と空間の中で今現在生きて存在している、実存する我々自身のものなのではないでしょうか?

> 実在のより根源的水準では時間も空間も存在せず、明白な因果関係
> ―なにかがほかのなにかにぶつかり、時間や空間的にみてある種の
> 原因と結果になること―もないことを示唆しはじめていた。

その示唆しはじめていたというのはいったい誰なのでしょうか?私には、人が時間も空間も、ある時から自分自身で認識出来なくなりましたら、それはその人が死んだということだとしか思えないのですが。ふと「植物人間」と呼ばれる方を連想しましたが、「植物人間」が「生きている」のは、本人には自覚が無いことで、家族の思いで生かされているかと思います。

私は、個々の死という、この世に生きる全ての生命に課せられた有限性に、善悪を当てはめてることなど出来ないのではと思います。

仮に死者を蘇らせることが、将来科学技術的に可能になるとしても、蘇らせようとするその人自身に、その選択が、一体どんな根拠でもたらされるのでしょうか。ある人が好ましく思っていて、蘇らせたいと思うから蘇らせるという以外に、どのような正当な理由を挙げることが可能でしょうか。

どんな賢者も酷い為政者も、その人生が一度きりであったことからしか、我々が今後の参考にすることは出来ませんし、一度死んだ人間が生き返ることが可能であるならば、それが可能となった時から歴史の持つ意味も無くなると思います。

死を人間の根源的な悪とみなすならば、私なら副島隆彦先生の著書やウェブ・サイトから知った、アイン・ランドの、日本では現在3冊出ている翻訳書を参考にします。「肩をすくめるアトラス」、「水源」、「利己主義という気概」です。

めいさんは副島本からの引用もされておりますが、私とめいさんでは、副島本から感じ入るところが、随分違うんだなあと思いました。

by トモーノ (2009-02-21 00:58) 

めい

トモーノさん、お久しぶりです。先のコメント、大分後に気付いて、気になりながらついそのままになっていました。申し訳ありません。

復活論に出会ってから、生と死とが同一地平で考えられるようになってきています。

副島板でアイン・ランドの「利己主義という気概」について書かれたのを読みましたが、根っこのところでの私との発想の違いを思いました。その辺をいつかじっくり書けたらなあと思います。私にとって、いちばん大事な問題かもしれませんので。
by めい (2009-02-27 00:10) 

めい

久しぶりに何の気なしに芦名定道先生のブログに行ったら「イエスの復活」について書いておられた。プロテスタントの人たちは「イエスの復活」を事実として認めることができない。いろんな理屈を生み出してはことを複雑にしてしまう。

「イエスが一緒にいるのだと。それで、今ここでイエスから力強く神の王国を委ねられているということを説明する手段を見つけようと葛藤したわけです。その手段が、復活物語だったのです」

マグダラのマリアの体験をそっくりそのまま真実の体験だったとどうして思うことができないのだろうか。「もどかしい」、子供の頃からプロテスタントの教会に対して感じつづけてきたことのような気がする。

   *   *   *   *   *

現代聖書学から、クロッサン8
http://logosoffice.blog90.fc2.com/blog-entry-1369.html

 連続して取りあげてきた、ジョン・ドミニク・クロッサン『イエスとは誰か──史的イエスに関する疑問に答える』(新教出版社、2013年)も、大詰めに近づいてきました。比較的コンパクトな文献で、しかもかなりかみ砕いた明瞭な内容となっていますので、現代聖書学に関心のある方は、一読されてはいかがでしょうか。
 今回は、いよいよ、聖書学的に最も難問の一つである、イエスの復活です。復活はキリスト教信仰の土台であり最重要問題ですが、「信じる」か「信じない」かの両極端を論じる前に、復活理解の幅を確定しておいた方が生産的な議論ができるはずです。わたくしも、自分の「信じる」の意味が説明できる時間をもらえる前提に、「信じる」と答えることにしています。「信じる」か「信じない」かの二者択一、あれかこれかといった態度は、結論としてはまだしも、そこから議論をスタートには不適当です。

8 復活の日に何があったか
「復活物語を文字通りに読めないとすれば、どう読むべきか」、「イエスの支持者たちが何ヶ月も何年もあけて、彼の死と彼に力づけられている自分たちの体験とを理解しようとした、その格闘を反映しています」、「復活したイエスがいろいろな人に現われる物語は、実は全くの「幻」ではなくて、原始教会の指導権争いに触発された文学上のフィクションです」、「復活とは、イエスが支持者や友人と今も一緒にいるという感覚を表現する一つの、あくまで一つの隠喩なのです」(156)
「イエスが墓があったかどうか疑わしい」(157)
「運動の予想外の持続」(158)
「イエスが一緒にいるのだと。それで、今ここでイエスから力強く神の王国を委ねられているということを説明する手段を見つけようと葛藤したわけです。その手段が、復活物語だったのです。」(159)
「信仰を失ったからではなく、あの事件にもかかわらずどうして信仰を貫けるのか、そこを理解し説明しようとしたからです」(160)
「復活の日の事件をそのまま記録したという意味で史実かどうかといえば、史実ではない。けれども、キリスト教徒たちの中の時間経過を描いたという意味では、確かに史実なのです」、「自分たちの探していた手がかりを伝承の中に見つけた」(161)
「エマオの物語は事実ではありませんが真実です」
「復活とは、「イエスが一緒にいる」という体験に関するいつくもあり得る考え方のたった一つにすぎません」、「パウロ」(162)
「このイエス体験を彼はどう解釈したか。大勢の復活が始まったのだ、と結論したでしょう」、「間違っていたとは言いません。ただ、パウロの体験はパウロの体験でしかないのです」(163)
「支持者のうちでも、ガリラヤの農民たちはイエスが今もいることを素肌で知っていました。エルサレムの文人たちは聖書研究でイエスと再会しました。だから、復活というカテゴリーをパウロが使うのは、支持者と一緒に生き続けるイエスの力を語る手段の一つでしかないわけです」(164)
「信仰を劇で表現する手段」、「神の力がイエスを通じて、時間や空間に限定されず、誰でも今それを信じて体験する人の手に入るということが、私にとっては復活の核心です」(165)
「ペテロの一番乗りを横取りする」、「権威の起源」(166)、「ヨハネ二〇章では、愛弟子の共同体でマグダラのマリヤの権威が、パウロやトマスの権威と同じく、挑戦を受けたということを伝えています」、「原始キリスト教団の中の地位と権力をめぐる争いを描いているのです」、「すでに男性優先の教会に向かって歩いています。イエスの出発点から離れているのです」(167)
「復活とは、新しい信仰の出発ではなくて、古い信仰の継続です」(168)
「不死の隠喩」「私自身は死後の生命を信じるか。信じませんが、正直言って特に重大な問題とも思いません」、「永遠の生命を当てにしないと今の人生には意味がないというなら、それは間違いでしょう。永遠の生命を見込んで現在の世界と不正に鈍感になるとしたら、それは間違いです。」(169)
「天国も地獄も今ここにあります」、「私たちが、この世界を天国にも地獄にもするのです」(170)

 以上のクロッサンの議論は、基本的にわたくしにとって納得の行くものです。わたくしも、復活をどう考えるか、理解するのかと問われたら、同様の類似した仕方で答えます。
「イエスが一緒にいるのだと。それで、今ここでイエスから力強く神の王国を委ねられているということを説明する手段を見つけようと葛藤したわけです。その手段が、復活物語だったのです」、「信仰を失ったからではなく、あの事件にもかかわらずどうして信仰を貫けるのか、そこを理解し説明しようとしたからです」、「復活の日の事件をそのまま記録したという意味で史実かどうかといえば、史実ではない。けれども、キリスト教徒たちの中の時間経過を描いたという意味では、確かに史実なのです」、「自分たちの探していた手がかりを伝承の中に見つけた」。
 クロッサンは、隠喩という言葉を用いていますが、これは聖書学者として彼が出発した際の研究テーマであった「イエスの譬え」に関連した議論を前提にしたものです。隠喩あるいは物語という観点から、宗教的現実・実在と人間の自己同一性を論じるという点は、わたくしも、共有するものであり、そもそもわたくしがクロッサンを読み出したのは、この点からでした。

2014-06-23 : 文献紹介・神学、キリスト教思想

by めい (2014-06-23 17:31) 

めい

おととい芦名先生の、私にはいささかもどかしく思えてしょうがない文章をあげておいたら、こんどは副島先生が日本のプロテスタントについて書かれた。
そもそもフリーメーソンとユニテリアン協会との類似性をつきとめたという中で、安中教会の江守牧師との出会いが語られ、日本のプロテスタント教会の内部事情まで話が及ぶ。その思想は、無神論に限りなく近い理神論。芦名先生へのもどかしさのゆえんがよくわかる。長いが全文コピーしておきます。
http://www.snsi.jp/tops/kouhou

   *   *   *   *   *

 「1460」 7月1日に、SNSI論文集第7弾『フリーメイソン=ユニテリアン教会が明治日本を動かした』が出ます。従来の教科書や歴史書では描かれない明治期以降の日本真実の姿を描き出しました。2014年6月25日

 副島隆彦を囲む会の中田安彦です。今日は2014年6月25日です。

 最初の『金儲けの精神をユダヤ思想に学ぶ』(祥伝社、2005年)から数えて第7冊目になるSNSI・副島国家戦略研究所の研究論文集が刊行になります(現在、全国の書店やネット書店アマゾンなどで予約中です)。

 『フリーメイソン=ユニテリアン教会が明治日本を動かした』(成甲書房)というタイトルです。その名の通り、「フリーメイソンとユニテリアン協会は、ほぼ同じものであり、それが明治日本の政治と経済の裏面から日本を動かした」という本です。

★ 「はじめに」

 はじめに──副島隆彦

 この本は、世界最大の秘密結社であるフリーメイソン(リー)が、幕末・明治の日本にどれほど強い影響を与えたかを解明する本である。

 幕末・維新、そして明治の日本の指導者たち11人の「偉人伝」を読み解いてゆくことで、明治の元勲たちの中にフリーメイソンの思想が、どのようにびっしりと入(はい)り込んだかを、正確な歴史史料に基づいて解明しようとする本である。

 フリーメイソンの思想が入り込んだ、というよりも明治の指導者(最高権力者)たち自身が、自ら進んで新しい時代の先駆者となるべくヨーロッパとアメリカで、それぞれ自分の先生(パトロン)を見つけ、彼らから徹底的に指導を受け、資金援助と人脈(ネットワーク)の紹介もあって、それでアジアの新興国・日本がいち早く華々しく擬似(ぎじ)近代国家として成長を遂げたのである。偉人たちの人名は、後(うし)ろのほうで列挙する。

 私はこの本で弟子たちと共同研究をして、秘密結社(ザ・シークレット・ソサエティ)のフリーメイソンが、実はそのままユニテリアン派のキリスト教会と表裏(ひょうり)となって深くつながっており、その実態は全く同じ思想運動であることを証拠つきで突き留めた。ユニテリアン教会は、確かにキリスト教プロテスタントの主要な一派(セクト)なのだが、その思想(教義)の中身が、一体どのようなものであるのか、これまで日本人は、なかなか把握しづらかった。

 私は弟子たちと、この共同論文集で、フリーメイソンリー Freemasonry という闇に隠れた(ことになっている)恐ろしい秘密結社であり、長い間、有識者たちの間でヒソヒソと語られてきた思想集団が、実は18、19世紀には、極めて優れた、開明的で先進的な人々の集まりであることを究明した。と同時に、私たちはユニテリアンUnitariansというプロテスタントの一派が、ものすごく魅力的な、当時の世界規模の最先端での政治思想(ポリティカル・ソート)であることも同時に突き留めた。

 この本の冒頭からあまりに断定的に書くと、嫌がられるだろうから、どうかこの本の個々の人物評伝を読んでください。

 私は、ユニテリアンというキリスト教の一派が、今もヨーロッパとアメリカの理科系の物理学者や工学者たちの間でさえも、一番信じられている宗教思想(普通に通う教会でもある)であることを知った。彼ら科学者(大学教授たち)は今もユニテリアンの教会に通う。ユニテリアンは、〝科学的(サイエンティフィック)なプロテスタント〟であるからだ。彼らは、イエス・キリスト(ジーザス、Jesus)という男の一生を信奉する。イエスの生き方と言葉を極めて素晴らしいものとして、崇(あが)め尊重する。そして、それ以外の、教会儀式や三位一体(さんみいったい)説という訳の分からないカソリック教会の教理(ドグマ)や、その他のキリスト教の大教団が持つ威圧的な僧侶(司祭や司教たち)の巨大な偽善の階層構造(ヒエラルヒー)を認めない。すなわち、神による奇跡(ミラクル)や恩寵(グレイス)や聖母マリアの処女懐胎(無原罪妊娠、むげんざいにんしん)などの、非合理で愚劣な宗教思想を峻拒(しゅんきょ)した。だからユニテリアン信徒たちは、密かにフリーメイソンリーの会員でもあるのだ。

 ここでひとつのエピソードを紹介する。これは、私が尊敬する、東京大学工学部名誉教授の西村肇(にしむらはじめ)先生(82歳、ご存命)から10年ぐらい前に直接聞いた話である。西村教授は本当に大変偉い東大の先生であるが、20年ぐらい前に、招かれて行ったハーヴァード大学(マサチューセッツ州ボストン市郊外にある)で物理学の教授と奥さまたちが集まるパーティーがあって、その席で西村先生があいさつのスピーチをした。そこで西村教授は英語でスピーチをした。西村先生の著
書から引用する。

 一度だけ忘れられない失敗をしたことがあります。……ごく普通の日本人の無神論(者)である私は、はじめて口にした言葉ですが アイム アン エイシイスト I’m an atheist. と答えました。エイシイスト Atheist は、無神論者という意味の英語だと知っていたからです。私がこう言った途端、一瞬、座に緊張が走ったのを忘れることはできません。それは、「(彼らにとって目の前で)絶対に聞いてはならない言葉」だったのです。あわててとりなしてくれたご婦人の言葉は、You mean you are a Buddhist.「あなたは自分は仏教徒だとおっしゃりたかったのですよね」でした。

(西村肇著『物理学者が発見した 米国ユダヤ人キリスト教の真実』本の森、2011年刊、99ページ)

「私は日本からやって来た無神論者(むしんろんじゃ、エイシイスト)です」と自己紹介を始めて、西村教授は自分のこれまでの業績などを話した。ところが、その場に居合わせたアメリカ人の大学教授とその奥さまたちが一斉にギョッとしたのである。その理由は、西村先生が「私は無神論者である」“ I am an atheist. ” 「アイ アム アン エイシスト」と言ってしまったからである。

 エイシスト(無神論者)あるいは、エイシイズム(無神論、atheism)は、日本人にしてみれば、どうということはない、「私は神を信じません。私には宗教や信仰はありません」という、ありふれたコトバである。ところが、だ。アメリカやヨーロッパでは何と現在でもなお、理科系の科学者たちの間においてさえ、この「私は神 ゴッドGod の存在を信じません」(無神論)と公言することがどれぐらい恐ろしいことであるか。日本人には分からないのである。今のハーヴァード大学の教授たちが「無神論者です」という日本人学者のコトバに動揺したのだ。西村教授は、穏やかに穏便に、私は日本人だからブッディスト(仏教徒)でありますとか、無信仰(ノンビリーバー non-believer 特定の宗教を持たない者)であります、と言えば良かったのである。

 アメリカのリベラル派が集まっているハーヴァード大学の一流の学者たちの集まりでさえ、いまだに無神論(エイシイズム)を公言することは憚(はばか)られる、を通り越して危険なことなのである。これ以上の説明は私はここではできない。だが少しだけ続ける。

 この無神論に輪をかけて難しい思想が、「理神論(りしんろん)」である。理神論というのは、デイズム Deism といって、「神(ゴッド)を合理的(ラシオナル rational)に理解する」という考えである。デイズムの De「デ」はギリシアの Deuz(デウス、ゼウス)のデである。デイズム(理神論)は、本当のことをズバリと言うと、無神論(神の否定)に至り着く一歩手前の、その途中にある政治思想である。「私は神 God の存在を疑う」と、ヨーロッパで、16世紀からようやく知識人層の間で公然と口に出来るようにはなった。しかし、神の否定(無神論)までは、皆、さすがに恐ろしくて言えない。捕まって異端審問(オーディール)で拷問にかけられて殺される。異端審問官 インクイズィター inquisitor という、ローマ・カトリック教会の恐ろしい政治(宗教)警察官(ソート・ポリス)が、ヨーロッパ中で目を光らせており、その子分たちがうようよいた。だから、無神論(神の否定)など、とても公言できなかった。だからその一歩手前の「神を疑う」(理神論、デイズム)のところでヨーロッパ近代人(モダンマン)たちは、踏みとどまり以後400年間もぐずぐずと悩んできたのだ。そして現在まで続いている。

 ローマ・カトリック教会は、中世ヨーロッパでたくさんの知識人を無神論者(エイシスト)と異端者 ヘレティック heretic (裏切り者)として焼き殺した。異教徒 ペイガン pagan なら侮辱され相手にされないからまだましだ。宗教支配者であるローマン・カトリック(その突撃隊がイエズス会)は長く血塗られた虐殺者の集団である。だから1517年からドイツでマルチン・ルターの宗教改革(ザ・リフォーメーション)が起きた。このキリスト教の宗教争い(宗教戦争)の中で育(はぐく)まれて500年悩み苦しんだ優れた思想が、デイズム(理神論)なのである。だから今のハーヴァード大学の教授たちの多くもユニテリアンの理神論者(デイスト)だ。決して無神論者(エイシスト)ではない。

 デカルトもニュートンもガリレオもパスカルもライプニッツもジョン・ロックも、その他、優れたすべてのヨーロッパ近代知識人たちは、すべてこの理神論(デイズム)の立場なのである。そして、それを継ぐフランス近代啓蒙思想家(ヴォルテールとダランベールが代表)たちもまた、デイスト(Deist 理神論者)である。17、18世紀でもまだ神の否定まで言うと、いくら彼らでも捕まって殺される危険性が高かった。だから、「神の合理的な説明」という形で、神の否定のギリギリ一歩手前のところで生き延びた。こういう大きな真実、大柄に人類史の全体を見渡す大きな思想(宗教)理解が日本の知識人世界で、いまだに出来ていない。皆、大きな真実を知らされていない。誰も、誰からも教えられていないのである。

 そして、この理神論(りしんろん)が今のハーヴァード大学(アメリカ東部のリベラル派の牙城)で生きており、そしてユニテリアン思想(教会や教団としても存在する)そのものなのである。欧米の理科系の大学教授たちは、いくらなんでも、ただのそこらのキリスト教会の坊主(司祭や神父や牧師たち)が説教する、くだらない、訳の分からない、日本の仏教の各宗派(全部で16派ある)の坊主と全く同じ、非合理的な話を信じるわけにはいかない。そんな坊主、神父、牧師(総称して聖職者 クラージマン という)の幼稚な説教など、いつまでもうなだれて聞いているわけにはいかなかった。だから、早くも17世紀からユニテリアン運動が起きたのである。

「私たちはイエス・キリストという極めて優れた人間のコトバと生き方を尊重し崇拝する」とまでしか、彼らはどうしても言わなかった。アメリカの賢人トマス・ジェファーソンやベンジャミン・フランクリンもそうである。

 この生き方の態度は、ミケランジェロとモーツァルトとゲーテとニーチェら、ヨーロッパ最大級の芸術家や思想家たちの中で受け継がれてきた考え方でもある(このことは私の他の本で論証した)。そして彼らの敵は、まさしくただひたすらローマ・カトリック教会(バチカン)である。ローマ教会という、キリストというひとりの男の、本当のまじめな思想表明を裏切って、キリストを神棚に飾って、祭り上げ、ただただ民衆に拝ませることで、彼ら僧侶(モンク)の集団自身が人類を支配する巨大な悪(イーヴル)と偽善(ヒポクリシー)の大教団を作った。このワルの創作者がペテロとパウロである。このローマ教会との文字どおり命懸けの闘いこそは、ヨーロッパ500年間の知識人たちの中心の闘いであった。

 この一点の真実が分からなければ、私たち日本人が、〝近代(モダン)ヨーロッパなるもの〟を理解したことにはならない。そして、このことを英米世界(イギリスとアメリカとその他の英語圏)に限ると、西暦1534年に、英国王ヘンリー8世(チューダー朝)が離婚したことで、ローマ教会に逆らって破門(エクスコミュニケーション)されたので、別個にイギリス国教会(アングリカン・チャーチ)(=聖公会 せいこうかい)が出来た。そしてユニテリアンたちは、ローマ教会だけでなく、このイギリス国教会(イギリス国王が最高の神的存在となった)にも公然と逆らうことは、なかなかできなかった。が、ずっとこっちからも嫌われ、いやがられ続けた。21世紀の今の今でもそうなのだ。だから、西村肇(にしむらはじめ)東大教授がハーヴァード大学のパーティーで「私は(日本からやって来た)無神論者(エイシスト)です」と言ったコトバが、今の欧米人にとってさえ、ギョギョギョとされることなのだ。お分かりいただけましたか?

 私は、ここまでローマ・カトリック教会への強い悪口を書いた。しかし、カトリックの個々の神父(ファーザー)たち(そのほとんどは強度の偽善者である)の中にも立派な人々が少数だがいる。例えば、1970年代の南米諸国(ラテンアメリカ)で、飢えた貧しい民衆を救けるために「解放の神学」(セオロジー・フォー・リベレーション)を唱えて、自ら武器を持ってゲリラ戦の中に身を投じた神父たちを私は深く尊敬している。

 中南米諸国(セントラル・アンド・サウス・アメリカ)は、アメリカ合衆国の巨大企業(グローバリスト)たちが鉱物資源を長期契約ですべて抑えてしまって、生産工場も武装した経営者側の私兵の守衛たちによる奴隷工場のようだった。この北米ヤンキー帝国主義(新植民地主義 ネオコロニアにズム)と闘うには、南米各国の民衆の絶望的な貧しさの中で、もはや解放の神学のカトリックの神父たちが武力闘争に立ち上がるしか他になかった。多くの善良なる神父たちが軍事独裁政府 フンタ Junta(裏からアメリカCIAがバックアップした)に殺された。この他に、1980年代に、ヨーロッパの下層白人(ローワー・ホワイト)である北アイルランドのアイルランド人(ケルト系)の独立闘争を秘かに武器援助し、ポーランドの独立運動である「連帯(ソリダリニテ)」を応援した、法王ヨハネ・パウロ二世(この人は信徒に大変人気があった。ポーランド人)を、私は好きだった。だから、私はカトリックのすべてを否定しているわけではない。

 だからこのローマン・カトリックから毛虫のように嫌われ続けたフリーメイソン=イルミナティ=ユニテリアン思想は、これまで、日本の出版業界が「おどろおどろしい闇の支配者たち」だとか、「裏に隠れた悪魔の集団」などという愚か極まりない理解を日本国内に蔓延させた。一部の脳タリンの陰謀論者(いんぼうろんじゃ、コンスピラシー・セオリスト。私はこの愚かな ×「陰謀論」というコトバを使わない。拒絶する。私はコンスピラシー conspiracy のことを「権力者共同謀議(きょうどうぼうぎ)」と正しく訳し訂正した)たちが巧妙に煽動されたのである。

 その真の元凶は、やはりローマ・カトリック教団そのものである。彼らは、この世の諸悪の根源である。実は、フリーメイソン=イルミナティの思想が、ローマ・カトリック教団の中にまでじわじわと潜り込んでゆき、自分たちの巨大な偽善(ヒポクリシー)を暴いて突き壊しに来るのがイヤでイヤでたまらないのだ。このことは、たとえばローマ教会の協賛で作られた近年の映画「天使と悪魔(エンジェルズ・アンド・デーモンズ)」(2009年。ロン・ハワード監督、ダン・ブラウン原作)を見るとよく分かる。だから、今もフリーメイソン=ユニテリアン教会が自分たちにとって一番危険な思想集団であるとして、カトリックとイギリス国教会(アメリカではエピスコパリアンと名乗る)は、フリーメイソンやユニテリアン思想をひどく嫌ったのである。このように、私、副島隆彦はついに大きな真実を読み破った。

 だが、ところがである。どうもきっかり20世紀(1900年代)に入ったあたりで、本当にフリーメイソンリーとイルミナティ(こっちは現存するか分からない)は、世界を頂点のところで支配する超権力者(スーパークラス)たちの、秘密の集団(ビルダーバーグ会議やロックフェラー財団など)によって乗っ取られて大きく変質をとげたようである。どうやら、このことは事実のようである。フリーメイソンリーは上の方から組織全体を彼らに乗っ取られていったのだ。

 だが、19世紀(1890年代)中までは、そうではなかった。すなわち日本の明治時代(1868〜1912年)を生き生きと作った指導者たちがフリーメイソン=ユニテリアンに加入していた頃までは腐敗していない。19世紀までは、大変優れた開明派の知識人、実業家たちが結集する組織であったらしいのだ。決して今のような、世界を上から操る非公式の超財界人の権力者たちの集まりではなかった。

 この本では、石井利明(しいとしあき)くんが、福澤諭吉(ふくざわゆきち)についてその人物像を深く研究した。慶応義塾を創立した福澤諭吉は日本が誇るべき、本当に優れた偉大なる知識人である。石井くんは、このあと本書に載せた論文で、「ユニテリアンは、フリーメイソンであった」の大発見もした。この学問業績は、のちのち高く評価されるだろう。

 私たちは、この本でまるまる一冊、明治時代の新しい日本を創った指導者たちで、後に「偉人」とされた人々に光を当てた。この明治の偉人たちはフリーメイソン=ユニテリアン教会と、何らかの深い関係があった事実を私たちは丁寧に掘り起こした。

 古村治彦くんは尾崎行雄(おざきゆきお)を、中田安彦くんは後藤新平(ごとうしんぺい)を、吉田祐二くんは新渡戸稲造(にとべいなぞう)を、津谷侑太(つやゆうた)くんは板垣退助(いたがきたいすけ)を、六城雅敦(ろくじょうつねあつ)くんは森鷗外(もりおうがい)と西周(にしあまね)そして横井小楠(よこいししょうなん)を、長井大輔(ながいだいすけ)くんは榎本武揚(えのもとたけあき)を、田中進二郎くんは西周を、下條竜夫(げじょうたつお)くんは山尾庸三(やまおようぞう)を、足助友子(あすけゆうこ)さんは津田梅子(つだうめこ)を、そして私は新島襄(にいじまじょう)について、それぞれ論究した。

 それから、鴨川光(かもがわひろし)くんが、巻末に『ブリタニカ大百科事典(第15版)』 ザ・ニュー・エンサイクロペディア・ブリタニカ The New Encyclopædia Britannica, th 15ed. 1994 から、この論文集のテーマであるフリーメイソンリー Freemasonry とユニテリアン Uunitarians とデイズム 理神論 Deism を翻訳した。これで、日本人は初めて正面からヨーロッパの重要なこれらの大思想に向き合うことになる。

 明治元年(1868年)から数えて今年で146年が経っている。私たち学問道場(SNSI、エスエヌエスアイ)は、果たしてこのあとどこまで世界基準(ワールド・ヴァリューズ)の知識と思想を、日本国に正確に導入し輸入し定着させることが出来るか。私たちは、どれだけの苦闘を今後も続けることが出来るか。在野にあって何の特権もなくどこの組織にも属さず貧しいままの私たちであるが、誰に命令されることなく、自力でやれるところまでやる。それだけの潔(いさぎよ)い堅い決意さえあればよい。ただひたすら、狡猾に深く隠され続けているこの世の大きな真実を探りあて、掘り出し、暴き立て白日の下に晒すことで、大きな真実を皆のものにする。

 私は、この本のきっかけを作るために、2013年9月7日に、同志社大学の創立者である新島襄(にいじまじょう)の出身地である群馬県安中(あんなか)市に行った。ここで私は大きな収穫を得た。私にとっての人生の十大出合いのひとつに数えられるぐらいの大発見をさせてもらった。この地に安中教会(あんなかきょうかい)という、新島襄と彼の支援者たちがつくった教会が有る。そこの牧師さんである江守秀夫(えもりひでお)氏からお話を聞いた。このことと関係する私の新島襄論及び妻の八重(やえ)の話はあとの方に載せた。

 私が江守牧師の説教を聞いてびっくりしたことがいろいろあった。このときユニテリアン教会というキリスト教の一派の宗派のことが大まかに私の脳の中でついに解明された。私は長い間ずっと分からないまま放置していた。江守牧師自身は、「自分たち(同志社大学神学部を出た者たち)は、組合教会(くみあいきょうかい、あるいは合同教会。コングリゲイショナリスト)派です」と自己定義している。

 私は江守牧師に、内村鑑三(うちむらかんぞう)とはどういう人ですかと、唐突に聞いたら、「ああ、あの人はもう、人の言うことを聞かない人間です」と、一言で斬り捨てた。

 この考えに、私自身は思わず「その通りです」と相槌を打った。「内村鑑三が始めた日本独自の無教会派(むきょうかいは)というキリスト教の活動(聖書だけを集まって読む)が日本にずっとあるのですが」と私が畳みかけた。矢内原忠雄(やないはらただお 1893~1961)という東大総長にもなった経済学者がいて、彼らのグループが内村鑑三(1861~1930)の影響を受けて「聖書を読む会」を続けた。今も東大学者の中に無教会派というユニテリアンに近いキリスト教徒(クリスチャン)の太い流れが存在する。

 明治の偉人たちの多くは、アメリカの古都ボストンの「アメリカン・ボード」The American Board という団体とつながっていた。アジア諸国にまでプロテスタント・キリスト教の布教活動(プロパガンダ、宣教師の派遣、信者の育成)をするための団体だ。内村鑑三はまさしく新島襄の紹介でボストンに留学できたのだ。彼は本当に「協調性のない人」だった。私もない。だから内村の気持ちとカンシャク持ちの生き方がしみじみとよく分かる。

 私は、かつて内村のことを調べたときに事実そうだった。誰とでもけんかをする男だった。自分のお父さんの葬式のときに、誰も葬式に来る人がいないので、お父さんの遺骸を棺桶に入れて、墓場までひとりで大八車(だいはちぐるま)で運んだ人だ。棺桶といってもそのころはまだ、丸い大きな樽(たる)だった。醤油(しょうゆ)用の樽だ。

 内村鑑三は出来たばかりの札幌農学校に入った。今も北海道大学の敷地にある有名なクラークの銅像というが、クラークなんて実際はたった半年しか北海道にいない。クラークは、グラント将軍(リンカーンのあと第18代米大統領になった)の子分で、まさしくユニテリアンだ。ハーヴァード大学の化学の教授だった。黒田清隆(くろだきよたか)がグラントの忠実な子分で北海道を開拓した。

 私が江守牧師と話して、もっとびっくりしたのは、彼はコングリゲイショナリスト(大きくはユニテリアン)というキリスト教の牧師なのだが、「私(たち)は神ゴッドという言葉なんか使いたくもない」と吐き捨てるように言ったときだ。そのときに私は愕然として椅子からずり落ちそうになった。やっぱり、そうだったか。彼らはすでにもう無神論(atheism エイシズム)の思想スレスレにまで近づき、たどりついている人たちなのだと、これではっきり分かったからだ。私の人生の十大ビックリのひとつだ。彼らは、ローマ教会とイギリス国教会(アングリカン・チャーチ)が押しつける神が大嫌いなのだ。彼らはイエス・キリスト ジーザス Jesus という男しか信じない。アメリカ独立革命の偉大な父(ファウンダー)たちであるベンジャミン・フランクリンやトマス・ジェファーソンもそうだ。皆、堂々たるフリーメイソンの当時の大幹部でもある。

 前述したとおり、エイシイズム atheism 一歩手前で、神(いわゆる God)を疑いながらも、まだキリスト教徒のままであり続けたこの人たちの信仰運動が、欧米で現在まで300年間ぐらい続いている。それが前述した デイズム deism 理神論(りしんろん)である。ヨーロッパ全体では、大きな勢力としてはオランダで始まった Jansenisme(ヤンセニズム)がある。オランダ人のコルネリウス・ジャンセン(あるいはヤンセン。1585~1638)という神学者が始めた。修道院(アビー)運動もやった。

 だがその大きな建物は、貧しい女性たちを集団で住まわせて、お針子さんとか刺繍をさせて、それを市中で売って収入にした慈善(フィランソロピー)の修道院運動である。現在の社会福祉運動の先駆けである。ヤンセニズム(オランダ改革派)もヨーロッパ中で大変人気があった。ミケランジェロが、ローマで晩年の1560年代に信じたのも、このヤンセニズムに近いものだったようだ。

 だからヤンセニズム(オランダ改革派。ピューリタンも含まれる)もまた、まさしくデイズム deism だ。パスカルというフランス人の化学者がヤンセニズムの大変な信奉者で、ローマ・カトリック教に対する激しい批判の言論を行っている。カトリックというよりも、その中心に今も隠然と居座っているイエズス会(ソサエティ・オブ・ジーザス Jesuit ジェズーイット、Society of Jesus)との激しい宗教論争をパスカルはやっている。デカルトもそうだ。このヤンセニズム(オランダ改革派)をも組み込みながら、ユニテリアンが全ヨーロッパと北米で台頭したのだ。

 安中教会は大谷石(おおやいし)で出来ていて、小造りだけれども立派なチャペルだ。中の礼拝堂の祭壇の背後に簡素な十字架がステンドグラスの中に織り込んであった(写真参照)。ところが、その左右のステンドグラスには、それぞれ30センチぐらいの丸い形で、右側にダビデの紋章(六芒星 ろくぼうせい)ヘキサグラムHexagram がちゃんとあった。左側にはハンマーと草刈り鎌(かま)というか、鍬(くわ)みたいなマークがあった。これはフリーメイソンのマークの変形だ。コンパスと定規ではないが、よく似ていた。そのことを私は質問して、「ここの教会はフリーメイソンと関係がありますか」と聞いたら、「いや、私は知りません」ということだった。明治の日本人の設計者が、ステンドガラスごと、恐らくボストンかどこかから持ち込んだのだ。

 明治時代には、軽井沢と日光中禅寺湖(にっこうちゅうぜんじこ)と横浜に集まっていた欧米白人の貿易商や外交官や宣教師たちは、ユニテリアン教会をつくっていた。その教会の2階には極秘でフリーメイソンの秘密の儀式を行う集会所も秘かに作られていた。長崎のグラバー邸もそうだ。

 フリーメイソンリーというのは、都市の裕福な人々が、商業活動や営利事業をすることを認め合いながら、規律ある生活を自分たちに課し、ともに商業で栄えるということを理念に置いている結社(アソシエイション)だ。その現在の末端の下部機関がロータリークラブやライオンズクラブである。それに対してローマ・カトリック教会は、どうしても人間の本性(ネイチャー)である営利活動や都市商工民の華やかな暮らしぶりを蔑(さげす)んで見下し禁止しようとした。だから両者は互いに激しい憎み合いに入った。

 勃興するフリーメイソンたちは、だんだんと教会の僧侶(クラージマン、神父、聖職者)を嫌うようになり、「神」という言葉を使いたくなくなった。そしてその代わりに、フランス革命(1789〜92年)の前後からプロビデンス(摂理せつり、providence)とか、合理性(ラチオ、レイシオratio)という言葉を神の別名として、宇宙(ユニヴァース)を支配する原理とし、人類の新しい指導原理にした。フリーメイソン=ユニテリアンは、このプロビデンスとリーズン(reason 合理。フランス語ではレゾン。ドイツ語ではフェアヌンフト)という言葉を非常に大事にする。フランス革命の時に出来た人権宣言(レ・ドロア・ド・ユマニテ)は、「神によっ(テ)てではなくプロビデンスによって、ここに人権(ユマニテ、ヒューマン・ライツ)を宣言(デクララシオン)する」と書いている。これら大きなコトバ(ビッグ・ワード)は摂理(せつり)、合理(ごうり)と日本語では訳すしかない。

 ユニテリアンとフリーメイソンは、組織として表裏一体の関係になっている。彼らは一応、キリスト教信徒としてユニテリアン教会に行く。だが、もうほとんど神(ゴッド)を信じていない。しかし、そのことを互いに口に出してはいけない。そういう苦しい闘いを、もう何とこの300年間ぐらいずっと、欧米の知的上層の人々は続けているのだ。このことを私はようやく最近わかるようになった。欧米白人世界のキリスト教の支配というのはこれほどに恐ろしいものなのだ。

 フリーメイソンリー=ユニテリアン運動は、金持ち層になっていった技術屋とか職人頭(職工長。マイスター)みたいな人たちや、モーツァルトのような音楽家、芸術家たちといった立派な都市市民(シトワイヨン、シチズン、ビュルガートゥーム)によって担われた。彼ら新興ブルジョワジー(イギリスならジェントルマン、郷紳階級 ごうしんかいきゅう)たちは、当然に、王侯貴族及び僧侶との激しい憎しみ合いになった。彼ら新興階級を、貴族や坊主たちが蔑み、見下したからだ。だから彼らは秘かにフリーメイソンの結社を全ヨーロッパそして北アメリカのすべての都市に作っていった。そして時代が100年進んで、1840年代になると、ヨーロッパに労働者(ワーカー)という階層が出現してくる。このワーカーたちの中から生まれた思想が、社会主義(ソシアリズム)という思想だ。

 ヨーロッパのすべての主要な都市の中心の広場(メルクト)には、17世紀(1600年代)ぐらいからフリーメイソン会館という建物が必ず出来て、今もある。彼らフリーメイソンたちは、新たに出現してきた工場労働者たちを、かわいそうだと思って応援した。だから、このメイソン会館を貸してあげて、この建物の中で、労働者たちの待遇改善運動の政治集会が開かれた。

 いくらヨーロッパでも、他に集会場というようなホールはまだない。市役所(シティホール)という建物はあるが、ここは民衆が会合を開く場所ではない。だからメイソンの支援を受けて、初期の社会主義者たちの運動が起こってくる。カール・マルクスたちの国際労働者協会(インターナショナル・レイバラーズ・ユニオン)もヨーロッパと北アメリカの各都市のメイソン会館で集会を開いている。この事実が大事だ。

 私はこのあと江守牧師に、日本のプロテスタント各派は現在、その内部はどのようになっているか、と割とずけずけと聞いた。江守牧師は簡潔にスラスラと答えてくれた。

 日本基督教団(にほんきりすときょうだん)という団体がある。ここに戦前からずっとプロテスタントの諸派が寄り集まっている。さすがにイギリス国教会(アングリカン・チャーチ)は、保守派、体制派だから、早い時期に、この日本基督教団から抜けたようだ。ここの活動は今もある。どうやら日本基督教団(33派からなるプロテスタント合同教会)の中で、江守さんたちの「日本組合キリスト教会派」は少数派である。プレズビテリアン Presbyterianism(長老派)が、今も大きな派閥であるようだ。長老派というのはスコットランド・カルヴァン派である。思想系譜でいうとカルヴァン派(カルヴィニズム)だ。

 1517年に、マルチン・ルターが北ドイツで宗教改革の狼煙(のろし)を上げた。次第にジュネーブのカルヴァン派とルター派は争うようになる。同じプロテスタントなのにやはり闘いになる。カルヴァン派は市民や農民の商業活動を大いに認めるプロテスタントの宗派だ。カルヴィニズムが近代資本主義の精神(デア・ガイスト・デア・モデルネ・カピタリスムス)を作ったとよく言われる。しかし非常に保守的な面を持っている。女性は皆、黒づくめだ。組織の命令に従えという考え方をする。この話は、ここではこれ以上しない。

 それに対して、江守さんたち同志社大学神学部卒の牧師たちは、「人はそれぞれ自分の良心(コンシェンス)において自由である」という思想を強固に大事にする。これはどうも、新島襄本人が日本に持ち込んだ思想だ。だから、人の言うことを聞かない。他の人と妥協しない。ひたすら自分ひとりとイエス・キリスト(聖書)の関係しか大事にしない。だから、なかなか団体組織として大きくまとまろうとしない。組織の上からの命令という考え方をものすごく嫌う。たとえば1970年代の東京・渋谷の山の手教会とかの開明的な牧師たちは、急進リベラル派の運動家であり、新左翼(過激派)を応援していた牧師たちだ。だから反戦・平和運動や、靖国神社の国家保護反対運動をやる。この流れが現在のプロテスタントの中の少数派の運動として残っている。

 江守牧師たちは、Presbyterianism(長老派、カルヴァン派)たちと穏やかな論争を今も日本基督教団の中で行っているらしい。しかしそれでも日本基督教団という、日本におけるプロテスタントの大きな合同団体の総会では、「203(長老派)対197(その他全部)ぐらいで、自分たち少数派もかなり数としてはいる。クエーカーやバプテイスト系などが少数派で自分たちの仲間だ」と言った。

 私が江守牧師に、「安中教会に派遣されてきたんですか」と聞いたら、「いや、派遣ではありません。招聘(しょうへい)されて来たのです」という言い方をした。長老派だったら組織から命令されて、それに従って派遣されてその教会の牧師をやる。それに対して「自分は招かれてここに来ている」という言い方をする。このあたりがユニテリアン系の思想の非常に大切な点だ。だから、きっと内部に命令系統がなく、なかなか団結しないから、皆バラバラでまとまりがないのだろう。決まり(規則)を中心にできている団体ではないということが分かった。

 江守牧師は、1995年の阪神・淡路大震災のときに大変な目に遭った。神戸の東灘区に教会があって、その教会が全部焼けて壊れてしまったそうだ。その後、この安中教会に牧師として来た。

 コングリゲイション(合同教会)運動については、新島襄自身が、どうも日本国内でプロテスタントが大きく合同しようという動きに反対だった人だ。新島襄は早く死んでしまって(46歳、1890年)いるので、きちんとした本を残していない。手紙とかそういうものだけが残っている。アメリカン・ボードというのは、このコングリゲイションの運動そのものであり、世界中に、宣教師を派遣するためのアメリカ東部の大きな機関だった。どうも新島襄はアメリカン・ボードとも分かれたようだ。彼は、日本独自のキリスト教の信仰をつくっていくべきだ、と考えたらしい。

 同志社大学には、理事長を20年やった野本真也(のもとしんや)さんというショーペンハウエル(Arthur Schopenhauer)の研究をやっていた人がいる。学者ではない。江守牧師は、その人が自分の先生だと言った。それに対して佐藤優(さとうまさる)氏のことを私が聞いたら、「彼は私の後輩だ。よく知っている。佐藤君の本を私も読みますよ」とおっしゃった。緒方純雄(おがたすみお)という神学部の教授に佐藤優氏は師事していて、「組織神学(そしきしんがく)」という考え方なのだと江守牧師は言った。岡林信康(おかばやしのぶやす)という反戦フォークシンガーとして70年代に有名だった人も同志社大神学部の出だ。多数派である Presbyterian(プレズテビリアン、長老派) はキリスト教の教義学の考え方を強く中心にするらしい。それを江守さんは批判した。

 立教大学はイギリス聖公会(せいこうかい)だ。聖公会とは、前述したイギリス国教会(アングリカン・チャーチ)のことだ。イギリス聖公会は、ほとんどカトリックと見まごうがごとき体制派であり秩序派だ。「ヘンリーの戯言(たわごと)」という有名な言葉がある。それを江守さんもおっしゃった。ヘンリー8世が、自分が好きな女と次々と結婚したかったものだから、「離婚を認めろ」と要求した。それでローマン・カトリックと大げんかになって、ヘンリー8世は破門されて、それでイギリスは1534年にローマ教会から分裂した。

 だがイギリス聖公会はローマ教会と同じく、当然、日本でも「三位一体説(さんみいったいせつ)」を掲げている。この三位一体、トリニティ Trinity は、アタナシウス派が作った。西暦325年のニケア宗教会議で確立した。三位一体説(ニケア信条)とは、「父と子と聖霊 ホーリー・スピリット holy spirit この3つ全部で God 神 だ」とする。私は、この三位一体は、きわめておかしな宗教思想(教義)だと判断する。「神と子と聖霊」のうちの「神(父)」は、天(ヘヴンHeaven)にいるデウス(ゼウス、天帝)である。その「子」というのがイエス・キリストだ。そのあとの「聖霊(ホウリー・スピリット)」というのが、これが一体何なのか分からない。全く分からない。いくら、この「三位一体説を頭から(どっぷり)信じなさい。理解しなさい」と言われても、私は拒絶する。

 そして日本で、イギリス国教会(聖公会)は、この「三位一体」を何と、「父と子と天皇陛下」という言い方に変えたそうだ。そのように日本国に妥協して、日本の信者を取り込んだ。これにはさすがの私もたまげて腰が抜けそうになった。イギリス本国では、だから、まさしくこの三位一体が「父とその御子と女王陛下」という言葉になっているそうだ。恐らくイギリスでは今でもそうなのだろう。びっくり仰天、のけぞるぐらい恐るべき話だ。だから、戦争中に日本のキリスト教教会が、戦争に加担、翼賛したことの責任問題で敗戦後に内部で大激論になった。それでイギリス聖公会は、日本基督教団から出ていったらしい。

「青山学院が、Presbyterian ですよね」と私が聞いたら、「あそこは合同(統一)教会派のプレズビテリアンが支配している」という言い方を江守牧師はした。私には意味不明だ。「関西学院大学もそうなのですか」と聞いたら、そうだと言われた。その他のメソジストやバプテイストの話は、もうここでは書かない。

 これで日本基督教団(プロテスタント系の集まり)の内部の対立の様子が私に大きく分かった。プロテスタント系全体としては、オーソドキシー(正統派)であるカトリックとの対立になる。カトリックというのは「普遍(カソ)」という意味だ。ローマン・カトリックの教えは、「一つの問いに対して答えは一つのみ」という考え方なのだそうだ。これが人類にとっての巨大な官僚主義(ビューロクラシー)の悪(あく)の思想を生んだのだ。

 もうこれぐらいにしましょう。私のこの「はじめに」を道標(みちしるべ)にして、このあとの私の弟子たちの論文を、どうか興味深くお読みください。

★「おわりに」原稿

 おわりに──副島隆彦

 この本は、私と「学問道場」の弟子たちのSNSI(エスエヌエスアイ)第7論文集である。

 この本を編んで私が最後に思うことは、19世紀(1800年代)までは、フリーメイソン=ユニテリアンは、欧米白人の中のすばらしい人々の集まりだったという事実だ。ところが、1901(明治34)年に、福澤諭吉とビクトリア女王が死んでいる。この年からが20世紀だ。この時から人類は理性(リーズン)の光を失った。この本で私が弟子たちと、正確に史料を使って論究したとおり、1800年代までは、フリーメイソン=ユニテリアンたちは極めて立派であり、開明的で優れた欧米知識人の集団であった。ハーヴァード大学神学部でユニテリアン宣教師のアーサー・メイ・ナップが1887年に来日した。さらに1889年に、そのナップがハーヴァード大学から仲間のユニテリアンの優れた若い教授たち3人を連れ戻った。彼らは、慶応義塾大学の招きで、日本に真実の社会思想と最高水準の学問を教えに来た。そのことが明治日本にとって計り知れない成果、財産となった。

 ところがどうか。20世紀に入った途端に、フリーメイソン=ユニテリアン思想は激しく劣化し、奇妙な変質を遂げている。優れた人々の結社(けっしゃ、フェアアイニング・アソシエイション)でなくなっている。

 一体、何があったのか? おそらくこの組織は大悪人たちに乗っ取られたのだ。その大悪人たちが、現在のフリーメイソンリー秘密結社を世界中で運営して、世界各国を非公式の権力で操っている。

 日本が誇る大知識人である福澤諭吉と、明治の最高権力者のワルの頂点である伊藤博文には共通の考えがあった。それは、「日本はインドや中国やエジプトやトルコのように外債(がいさい、外国からの借金)を理由に西洋人に騙されて西洋列強パウアズ(とりわけ大英帝国ブリティッシュ・コモンウェルス)の悲惨な支配下に置かれないように、急いで欧米の(当時)最先端の政治思想と諸学問(理工系の科学技術だけでなく)を輸入し(翻訳し)、身につけなければならない」と、共に切迫した気持ちで考えたことだ。

 だから、当時、隆盛しつつある新興国のアメリカの東部の名門ハーヴァード大学から、優れた4人(ユニテリアンたち)の教授を1880年代に招聘(しょうへい)して、彼らから真剣に学んだ。

 それに対して、イギリス国教会(アングリカン・チャーチ)から来た宣教師(教授)は、大英帝国のビクトリア女王の〝女王陛下のスパイ〟であるから、福澤は彼らを上手に敬遠しなければならなかった。そのように福澤と伊藤という日本の最高の頭脳(伊藤の大悪人性を判った上でも)が同じことを考えていた。だから、このことを日本で初めて解明した本書は、将来、高い評価を受けるだろう。

 福澤は、伊藤博文らに謀(はか)られて追いつめられ決起した西郷隆盛の自刃(1877=明治10年、西南の役)のあと立憲運動として起きた自由民権運動が、同じく狡猾な伊藤によって、自由民権運動の最大のヒーロー(頭目、自由党総裁)となった土佐の板垣退助(いたがきたいすけ)が早くも1881(明治14)年には、洋行の資金で籠絡(ろうらく)されててっぺんから切り崩されていく様(さま)をずっと苦々(にがにが)しく見つめていた。板垣が伊藤の子分になり下がって自由民権を内部から壊(こわ)したのだ。だから福澤は、終始一貫して、伊藤博文ら買弁(ばいべん)指導者たちに一歩も譲らなかった。知識、思想、学問の方が現実の政治権力よりも常に上に立つべきだ、と生涯この説を通した。その言論証拠はたくさん残っている。偉大な福澤の生き方を本書の私の弟子たちの論文を読むことで、明治の20、30年代がどのような時代であったか、その全体像を私はようやく掴んだ。

 それでも福澤死後も8年生きた(政敵の同じ長州のワルの山縣有朋に暗殺された)伊藤は、朝鮮併合(1910年)に反対し、日露開戦(1904年)に反対している。この辺りの謎を今後、私たちは究明しなければならない。

 この本を作るために、成甲書房の田中亮介氏の並々ならぬお世話になった。私は急いで弟子たちを育てなければならない。私自身の人生月日が限られて(先が見えて)きた。私は、この本の企画の続きとして、『明治偉人伝のウソ』という原初 げんしょ(元々)の構想の本を、この本の執筆陣と出す。まだ書き足りない重要なことがゴロゴロとあるからだ。

 優れた歴史書読み物には、ギラリと光る、真実の発見があるべきだ。真実(トゥルース)は権力(パウア)よりも強いはずなのだ。まだまだ未熟の私の弟子たちの才能を開花させるために、皆さま秀れた読書人からの厚いご支援を賜(たまわ)りたい。

2014年5月副島隆彦

(貼り付け終わり)

本書は7月1日ころ発売です。

現在、オンライン書店のアマゾンだけではなく全国の書店で予約を承っております。

フリーメイソン=ユニテリアン教会が明治日本を動かした
posted with amazlet at 14.06.25
副島 隆彦 SNSI 副島国家戦略研究所
成甲書房

by めい (2014-06-26 06:21) 

めい

マドモアゼル愛さんの「ゼロポイント」は、「ゼロ・ポイント・フィールドの量子世界」とリンクしそうな気がした。
《終わり無き世のめでたさとは、振動原理であり、作用反作用の世界を私たちが一つの命の元で生きていることなのです。/そしてその世界は、有のみを見るものには見えず、ゼロを知り、ゼロポイントを作ることによって、人間としての働きを待っているのです。》

   *   *   *   *   *

■ ゼロポイントエネルギー New! 2016年10月17日(MON)
http://www.love-ai.com/diary/diary.cgi?date=20161017

エネルギーは無からしか訪れない、、、ということをずっと話し続けていますが、実際に私たちの周囲には、ガソリンを使った車が走り、電柱が張り巡らされた世界で電気エネルギーを得て暮らしています。

それでも、本当はエネルギーは無からしか訪れないのです。ガソリンの爆発や電気のエネルギーは、実はエネルギーではなく、ある条件付けの設定に必要なだけなのです。

エネルギーを得るための条件付けだったものを、あたかもそれ自体にエネルギーがあると思ってしまっていたのです。

今も昔もこれからも、私たちは、無から来るフリーエネルギー以外のもので生きていくことなどできません。

無からしかエネルギーは得られないのです。動力や爆発燃焼や化学変化は、条件付けであり、それ自体に何かあるというのとは違います。

それらは、ゼロポイントをつくるための条件付けに必要だったのです。

あらゆる物質はゼロポイントをつくるために利用できます。もっとも簡単なゼロは拮抗状態です。

複雑なゼロポイント及び、それの連続は、ギャップを作り続けることによって可能になります。

ギャップを作り続けるもの、、、それは大自然です。大自然が作り出すギャップは、一度としてまったく同じものはありません。

打ち寄せる波は太古から続いていますが、その波は二度と同じものはなく、すべてが新しいものです。

そして常に新たなギャップによってエネルギーを得ているのです。波打ち際に打ち寄せて砕ける波の音、、、シュワシュワシュシュ、、とまるで炭酸がはじけるような音、、

小さなギャップが解消されていく際の音です。きれいなエネルギーがそこに花咲いているのです。

私は病人を乗せた神輿のようなものを何人かで担ぎ、波打ち際を歩くことを続ければ、そのうち病気はきっと治るのではないか、、、という気持ちをもっています。

暖かな服装で、病人を寝かせて神輿のようにして担ぎ、浪打際を歩く、、、、想像しただけでエネルギーが満ちてくる気がしますが、何も波打ち際でなくてもいいのです。

たくさんの葉が茂る木々に昇り、風が吹くたびに揺れ動く葉の中で昼寝でもしたら、エネルギーが体中に満ちてくるはずです。(ただし木から落ちないようにしてください)

無数の葉がおりなす風とのギャップが素晴らしいエネルギーをもたらしてくれてエネルギーによって満たされるのです。

これらは気分の問題ではなく、エネルギーの観点からの話しです。もちろん現代の科学では問題にもされないものです。

科学は迷信であり信仰である面が大きいのです。もちろん私たちは科学の恩恵を沢山受けているので悪く言うつもりはありませんが、ここまでくると、反動が大きくなり、副作用がすべてを壊しかねない状況に来ていると思います。

遠回りで不自然な条件付けのため、得るエネルギーに比べて副作用が大きすぎてしまう、、、それが今の科学や医学です。

もっと簡単にゼロポイントエネルギーをつくればいいのです。

ゼロポイントを人為的につくれれば、簡単にエネルギーを取り込めます。しかも副作用がありません。

副作用がなくエネルギーが取り込めるとは、最終的には不老不死に至る道になるはずです。

なるべく簡単でシンプルな条件付けでゼロポイントを作ることが重要です。

すべてのものは、フリーエネルギーを得て生存し活動しているのですが、よりシンプルな形のエネルギー取り込みがベターなのです。

大自然はすべての事象でギャップを作り、巧みにエネルギーを得て生き生きとしています。

風が吹くたびに周辺空気との間に、周辺物との間にギャプが生じ、そのたびにエネルギーが取り込めます。

水が動けば、同じことが起こります。風も水も動いている際は常にギャップを作り続けるので、エネルギーが補充されます。

なので、動いている風や動いている水は腐らないのです。エネルギーを補充し続けるからです。

人も同じです。ちょっとゆする、、、ちょっと動かす、、、それを常に行っていれば、基本的にエネルギーを得られます。

お腹がすいたら、腹筋や腹部を軽くゆすっていれば、10分もすれば空腹感が違ったものになってきます。

内臓をゆすることでエネルギーが得られるからです。と言って、思い切ってゆすったり、やりすぎると副作用で体を壊します。

天国の姿は、ですから、へちまが風にゆらゆらとのんびり揺れているようなものと言われるのです。

小さな動き、小さな動きの連続、、、木々の葉が常に揺れ続けるように揺れる軽快さ、、、心地よさ、、、それだけで十分に必要なエネルギーが得られるのです。そう考えれば、健康法もかなり違ったものになってくるはずです。

運動やスポーツは静止しがちな現代文明の補償として生じた面が大きく、副作用によって終止符を打つケースがほとんどです。

激しいスポーツはイメージの上で健康イメージを強制し、魅力的であり憧れたりもしますが、信仰や迷信と同じ構造を持っています。

激しいスポーツには、誰ひとり幸福にしない可能性があります。ほとんどの人が体を壊して中止に至り、間違った憧れと間違った健康イメージと間違った優劣を植え付けるだけで終えていきます。

体に負担をかけた無理するという副作用のため、スポーツは体を健康にした以上にそれによって体を壊した人数の方が多いはずです。

これを社会も国も教育も重要視し、危険に配慮しない面が大きくて心配です。

すべてが事実ではなく、イメージなのです。健康よりも健康そう、、、見せかけで優劣を競わせることで社会は収奪されていきます。スポーツはその頂点に立つ宣伝塔です。

台風の激しい風に当たった葉は、一定の方向に押さえつけられ、その運動からは大したエネルギー補充はかないません。デリケートに吹く風の方が葉にはうれしいのです。

人の体も同様です。動物は常に体のどこかを多少ですが動かしています。それでエネルギーが得られるのです。飼い猫や飼い犬になるとその動きが人間と同じようになり、運動と静止の極状態が増えていきます。

動物も飼われると人間に似てきます。大好きなご主人に似たくなるので、本当にかわいいわけですが、健康面の幸福度から見ると、人間に似てくるのは気の毒なことです。

自然である限り、人も動物も植物も、十分なエネルギーを得られるのです。ですから、問題は不自然ということに尽きます。

不自然な生活、、、不自然な生き方、、、不自然な考え、、、これらが不自然なエネルギーの得方へとつながり、その不自然さに比例した副作用によって私たちは苦しむのです。

有しか存在せず、有にしか問題の解決策はなく、有にしか目がいかず、有にしか関心がない、、、だから苦しみだすのです。

答えは反対にあります。無にしか力はなく、無にしか問題解決はない、ということになります。

ゼロポイントはそして人が人為的に作ることができるわけで、そのことが万物の長としての役割でもあるのです。

具体的なゼロポイントの作り方は、これまでにも何度もお話ししている通りです。

音と音、、、風と風、、、水と水、、、磁気と磁気、、、光と光、、、これらは簡単にゼロポイントエネルギーをもたらす条件付けとなります。

自然界はこうした状態や物や条件を使って、巧みにゼロポイントをつくり、永遠性を表現しています。

すべては振動原理なのです。すべては微振動し、微細なギャップをつくり、そこからフリーエネルギーを得ています。

終わり無き世のめでたさとは、振動原理であり、作用反作用の世界を私たちが一つの命の元で生きていることなのです。

そしてその世界は、有のみを見るものには見えず、ゼロを知り、ゼロポイントを作ることによって、人間としての働きを待っているのです。

by めい (2016-10-19 05:12) 

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