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新しい神代のはじまり―祭りの原点を問う [熊野大社]

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 夏祭りが近づいてきた。3.11以降を体験している今年はどんな気持ちをもって祭りを迎えればいいのだろうか。
 今から17年前に「祭りの本義」と題して書いた文章がある。

(転載はじめ)

本年の熊野大社例大祭は1188回目であつた。1188年という幾千幾万の祖先のこの土地への思いの深さがこめられている途方もない歴史に対しあたうかぎり謙虚にならねばと思う。目先の損得勘定にばかり振り回されがちな現代のわれわれを圧倒する重さがこの数字にはある。せめて五十年百年ぐらいの単位で物事を考えたいという気持ちが起きてくる。

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 祭りとは何か。戦後日本人の祭りに対する認識には大きな変化があった。

 昭和十六年発行の広辞林によると、「祭」は「神に奉仕してその霊威を慰め又は祈祷、祓禳、報賽のために行う儀式の総称」とのみある。平成五年の新明解国語辞典ではどうか。「①神霊に奉仕して、霊を慰めたり祈ったりする儀式。また、その時に行う行事。②記念・祝賀などのために行う行事。〔広義では、商店がある時期に行う特売宣伝をも指す〕」

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 ふるさとまつり、健康まつり、さくらまつり、菊まつり・・・これらから「神への奉仕云々」を連想するのはもはや不可能である。祭りから連想されるのは先ずもつて「賑わい」であり、したがって現代における祭りの成否は、ひとえに賑やかさの如何にかかっているといっても言い過ぎではない。そこでは祭りは、かつてそれ自体が目的であつた本来の意味は背景へと押しやられ、国語辞典の広義に挙げられるがごとく、往々にして経済効果を第一義とする手段にまでもおとしめられてしまったのである。すなわち、祖先への敬意もまたそれに連なる神霊への畏敬も、祭りを盛り上げる単なる道具立てのひとつに過ぎないとする本末転倒が時代を制しつつあるかに見える。いずれ将来、辞書においても第一義と第二義との交代がないとも限らない。


 いったいこれはどういうことなのか。この流れにそのまま身を委せていいのだろうか。
 思えば、戦後日本の思想界の主流ともなり、何よりも公教育の現場でわれわれにたたき込まれることになったいわゆるヒューマニズムなるものが祭りの本義とは相容れないものなのではなかったか。


 ヒューマニズムあるいは人間中心主義と言えばややもするときれいごとに彩られて聞こえはいいが、言ってしまえば「今生きている我れが第一」の個人主義思想。まずは「我れ」があっての物種、我れ以外の一切は常に第二義、極論すれば先祖から子孫までをも含めた他者のすべて、さらに自然存在のすべてを我れにとっての手段にまで貶めて恥じることなき、日本古来の感覚からすれば実にうとましくもおぞましきだき唾棄されてしかるべき感性に立脚するところの考え方ではなかったか。他者との、自然との、ひいては神々との心の通じあい、心の融和交流をもって本義とする祭りとは相容れようもなかったのである。
たかだか二、三百年、貨幣経済の伸展に歩調を合わせていまや世界を凌駕しつつある西洋に端を発した外来近代思想に、太古以来万世に及んで脈々と伝えられてきた祭り本来の意義を絡めとられてしまうようなことがあっては決してならないのである。このことは祭りを考える際の基本である。

   (転載おわり)

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 この思いは今も変わらない。震災の後、祭りを自粛しようという動きが起きたのは、本来の祭りからの逸脱の自覚のゆえと言っていい。本来の祭りはこういう時であればこそ必要なはずなのだから。今こそ本来の祭りに立ち帰らねばならない時なのだ。


 では、本来の祭りとは何なのか。
 「祭りの本義」で検索していいブログに出会った。「物語を物語る」というブログでどういう方が書いておられるのかわからない。「日本人がギリギリまで行った、その先にあるものは、『皇室・天皇』だ。」という言葉には深く納得共感した。そのブログに、宇野正人著「祭りと日本人」(青春出版社)からの引用があった。さらにそこから一部を引かせていただく。大変わかりやすく、要を得ている。

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《神の命令である「みこと」が神の代弁をする人「みこともち」によって具体的な言葉「祝詞、詔旨」として唱えられる。その言葉には神の霊力が乗っており、実効力を持っている。人はその言葉に示された神の御心のまま奉仕し、「みこと」の内容が具現化するようにつとめる。これが祭りの原義だと言うのだ。》

《日本古来の信仰の神髄は「唯神之道=かんながらのみち」である。これは、神の御心のままに生きる、ということだ。単に神に絶対服従することではない。人知を超えた大いなる威力を持った神と波長を合わせ、一体化していくことを願い、そこに幸福と歓び、人の生きる道を見出していたのである。》

《「祭り」になると、荘厳な気持ちになったり、血湧き肉躍る状態になったりするのは、まさに神霊と通じ合っているからで、神霊の波動が入ってくることによって、自身の魂が浄められ、威力が与えられ躍動するというように、私たち日本人の祖先は考えたのである。》

《「祭り」にはかならず祭主がいて、それぞれのお社のまわりには儀式の作法や心得を指導する者はいた。しかし、その教えはもっぱら行為と感覚によって伝達されるべきもので、常の日、常の席でこれを口にすることははばかられていた。そもそも口で説明できるようなことではないからだ。それらの儀式や作法は、祭りに参加した者だけが体験するべきもので、その体験を通して感得するものなのである。》

《人知を超えた大いなる存在と交流交歓するには、大変なエネルギーがいる。だから、最もふさわしい特別な日に、特別な場を設けて、集団で想いを一つにして、「祭り」を行ってきたのである。》

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ここからわからねばならないことは、祭りの根底、出発点にあらねばならないのはまずもって何よりも、神と通じ合うということなのである。しかるに、そのいちばん肝腎なところが見えなくなってしまっているのが今の日本なのではないか。このことについて指摘したのが葦津珍彦氏だった。

《古典によれば、古代人は禊祓によって、身を淨め、鎮魂につとめ、神々に接して、神意をきくのにつとめたのではなかったか。それこそが古神道の根幹なのではなかったか。》

《神懸りの神の啓示によって、一大事を決するのが古神道だった。だが奈良平安のころから段々とそれが乏しくなり、近世にはそれがなくなったとすれば、古神道の本質は、すでに十世紀も前に亡び去っているしまっているのではないか。神の意思のままに信じ、その信によって大事を決するのが神道ではないか。それなのに、神懸りなどはないものと決めて、神前では、人知のみによって思想しつづけ、ただ人間の側から神々に対して一方通行で祈っているとすれば、それは、ただ独りよがりの合理的人間主義で、本来の神道ではあるまい。》

《古神道にとって、この神懸りの神秘は、必須の大切なものだったはずである。その神懸りが権威を失った近世の神道は、古神道の生命を失って形骸を存するのみとも云い得るのではあるまいか。それは、神道でなくしてただの人間道なのではあるまいか。》(以上、葦津珍彦「古神道と近世国学神道」島津書房『神国の民の心』所収)

そもそも葦津氏の批判は賀茂真淵・本居宣長らによる近世国学に向けられたものであり、根は深い。日本において江戸期すでに神は死んでいた。いや、お隠れになっていたのだ。長い闇の時代を経て、いまようやく岩戸が開かれたのではないかと先に書いた。神と人とが通じ合う世の中、新たな神代のはじまりと受け止めたい。きっと祭りの原点に帰ること、貨幣経済の相対化、これらは軌を一にしているのだろう。

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