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熊野先生「白頭山天池登拝記」 [神道天行居]

天行居関連、前の記事に含めようと思いましたが別記事にします。これはこれで別の意味で重要ですので。

白頭山天池神事 昭和18年.jpg

神道天行居関連でハングルで書かれた記事を見つけました。写真を見ると白頭山天池での御神事です。(この写真は昭和18年の白頭山御神璽鎮斎10周年)翻訳サイトで訳してみました。

 

2012.5.20に書かれた記事で「日帝の鉄杭報道、何が問題か?」という題です。 かいつまむと、日本が朝鮮半島や中国大陸の風水撹乱のために、風水上重要なポイントに鉄杭を打ち込んで回ったという俗説があり、「週刊朝鮮」という雑誌が昭和18年に行った白頭山神事の写真をどこからか手に入れて、その俗説の証拠としたことから論議を呼んでいるということのようです。2ちゃんねるでも話題に上ったようです。以下、最初の部分の日本語訳です。


《鉢巻をして白い服を着た人と日本軍人が白頭山天池畔で両手を合わせて何ごとかをやっている。白い服を着た人の前には鉄杭らしきものが土地に打ち込まれ、その上には何かが置かれている。この写真は太平洋戦争が真っ最中だった1943年、日本軍龍山(ヨンサン)駐留18連隊隊員らと日本人植物学者などで構成された白頭山天池で戦争勝利を祈る姿だと説明する。この写真の公開によって日帝が我が国重要な血脈に鉄杭を打ち込んだという俗説が再び論議の対象になっている。最初この写真について『週刊朝鮮』はこの写真が白頭山(ペクトゥサン)に鉄杭を打ち込んだものと説明していた。


しかしこの写真だけでは鉄杭を打ち込んだのかどうかは明確でない。 『週刊朝鮮』は次号で、当時白頭山に上った日本軍一行の中には韓国人もおり、この行事は日本の
神道天行居という宗教団体の神職が祭事を主管したと後続報道をしている。 日本軍が日本の神職を迎えて白頭山で祭事をしたことは明らかだと言えるが、これが鉄杭を打ち込んだ証拠だと言うことにはためらいがある。
・・・


韓民族の気脈を断ち切るべく日帝が我が国の高い山ごとの頂に鉄杭を打ち込んだという日帝強制占領期間の時の話は、私たちが日帝の”蛮行について問題にする際、神社参拝や創氏改名と共に名前が挙がるほど有名になった。しかしそれが日帝によって組織的に、意図的に行われたという明白な証拠が出てこなくて論議は続いている。》


東亜圏主要地点相関図.jpg

そもそも司法者の前にあるのは「鉄杭」などではなく「八足」である。断定されているわけではないが、きっちり否定しておかねばならないと思いつつ『古道』を見ていたら、平成3年9月号に熊野先生が「白頭山天池登拝記」を書いておられた。読むと、そもそも白頭山天池における天行居の御神事が「世界恒久平和」を目指したものであることがよくわかる。


《朝鮮の併合を機として、日本のナショナリズムは、他国と他民族の犠牲において自国の発展をはかる我欲的ナショナリズムに転換する。古い歴史をもつ朝鮮を陰謀的手段によって併合したのは、日本のその後の罪悪史のはじまりのように思われる。》と書かれたのは大井魁先生だった。「罪悪史」は相互誤解を伴いつつ、今も深く尾を引いている。それがまた戦争の種にされかねない。白頭山天池の位置は東亜の要にある。「万有和合 世界霊化」を掲げる神道天行居の白頭山御神事の重さを思う。日中関係、日朝関係、困難であればこそ祈りが生れ、したがって御神助もある。「アジア人同士戦わず」、日本を戦争屋の餌食にしてはならない。

 

以下、『古道』より熊野先生の記事。(平成3年9月号)

 

◎白頭山天地登拝記


 とかく霊的な事は、思いもかけぬ突然な事態の展開の中で、急激に進展して参りますが、今回の降って湧いた様な白頭山登拝も、私にとって全く夢想だにしなかった唐突極まる出来事で、顧みますと神界の強力な直接的御指導をひしひしと痛感致した次第であります。その直前に東京支部より、宗主先生には既に御連絡があっていた様でしたが、私がこの事を知ったのは、七月一日本部の全員協議会の席上に練馬のO同志より、電話がかかって参り、今回企画しか中国旅行に、一名キャンセルが出たので、明後年の白頭山天池神璽例祭六十周年の現地祭典のための調査の意味で、本部から参加してはどうかとの問合せがあり、当日会議に御出席の宗主先生より是非パスポート所持者の熊野が参加せよとの御指示があり、その会議の席から急遽参加を申し込んだものであります。この旅行はO同志の外にT同志、O氏の義兄に当るT氏と私という四名グループによる、北京を中心に白頭山のある中国東北地方から、内蒙古にわたるもので、旅行の全行程については十月号古道にT氏が健筆を揮って頂くこととなって居りますので、この紙面では、白頭山登拝のみに限定し、私の使命である平成五年七月末、天池神璽例祭の現地祭典の可能である事の、調査報告記事と致します。


 白頭山神璽御鎮斎は昭和八年七月三十日、先師をはじめ天行居諸先達の、大変な御苦労が重積されて、奇びな御神助により、当時殆ど不可能視されていた白頭山天池に、神界の御命令のまにまに、大神璽を御鎮斎申し上げたもので、神道天行居として日本国外に、大神璽を奉鎮し奉った最初のもののように承って居ります。先師も「天関打開の根幹的準備は今回の白頭山大池神事を以て成就したり」と神事の直後に御記述になって居られ、しかもその御鎮斎の大神璽については「天池神儀」として「神儀は第一殿と第二殿とから出来て居り、第二殿は御主神天照大御神を始め奉り皇典に明記してある文武の大神十幾柱の神々が斎き奉ってある。然るに第一殿は豊受姫神一柱が斎き奉ってあるのである。第ニ殿の神儀は畏れながら終始私が奉仕したのであるが、第一殿の神儀は四十年前に於て堀天竜斎先生が殆ど諸儀謹修奉仕を完了しておかれたもので、その一二の最後の御儀だけを堀先生の命令通りに私が奉仕したものである」亦「豊受姫神は愛の女神であり—仁慈の女神であり、平和の女神である。この大神を天行居で地上霊的気線の要点の一たる白頭山天地に奉斎したのは天行居の大理想が皇道の大義に基く世界恒久平和にあるからである、天行居は決して非平和的な霊的団体ではないのである。天関打開の目標も美はしい平和的なものであること勿論である」と言及して居られ、天行居の鎮斎し奉る数々の霊的重大施設の中でも、殊別けて格別の霊的重大遽点と拝する次第で、この事は皆様も熟知せられるところであります。昭和八年の御鎮斎に当っては、北朝鮮側からの困難な登拝経路を辿って居られ、朝鮮側の呼称である「白頭山」の名称で、この神事が名付けられていますが、中国側では「長白山」と称ばれ、山頂の天池はほぼ中央に中国、北朝鮮の国境線が敷かれていて、現に晴れた日には、湖の左岸には国境線に沿ってコンクリート障壁が、山嶺から湖岸に急な山肌を下っているのが望見され、観る者は皆緊張を覚えるのであります。このため時間があっても天池湖畔を一周することは不可能であります。


(中略)


白頭山遊覧路線図.jpg

天池賓館は標高一、二七〇米で、朝夕天候によっては、相当冷え込んで来ますので、防寒(下着類)の用意が必要であります。ホテルから車で二、三分のところにゲート(写真③)があり、こゝで入山料を徴収されますが、中国人は無料、車輛を利用する外国人は一人五十元、歩めば無料(一元はその時により変動しますが、四十円程度に考えておけば宜しいです)となっています。外国人はここでパスポートを提出して登録を済ませ、軍や警察関係者から一人々々チェックを受けてから、登山道路に入ります。このゲートの正式名称は白然保護区旅游處であり、外国人旅行者には一種の監視所であります。ここから天池山頂まで途中の登山道路は二股に分れて居り、右に進めば三十分で温泉場に達します。ここの温度は六八度Cで、入口は男女に分れていて一人二元で入浴出来ますが、日本人で入浴している人は居らぬ様でした。そこから遠望する長白瀑布は壮観であり、落差六八米三本の白竜に似た景観は実に神秘な霊気を揺曳して居りました。この滝壷の下方から、河を渉って落石に注意しながら、瀑布を左手に約一時間登高を続ければ、明後年七月の修法予定地「補天石」(朴天石とも)に到り、ここで初めて天池湖面に直接することが出来るのであります。図①の分岐点で左側の道を行けば相当の急坂を立派な登山道路が山頂に向けて開通して居り、一昨年までは歩んで七時間もかかった道も、車で一時間足らずで天文峯の直下に到着できるのであります。下車して気象台の背後を通り、天文峯まで二十分位いの距離を歩めば、夢にまで見たエメラルド色に澄み渡る、水深三七三米の天池の深淵が俯瞰されるのであります。当日は山頂は風が強く、高山特有の烟霧の漠々たる神荒れの中で、座り込んで約一時間修法を致しました。中国側の最高峰は標高二七六八米の白雲峯で、湖水を隔てて相対する天文峯は、大分白雲峯よりは低いようでした。私共登拝した七月十四日は、約一時間三十分の滞頂時間の間に、白雲峯を拝したのはほんの一瞬でした。天文峯は流れる雲烟の中で数名頂上に登って居るのが見えましたが、風の強い時は危険な絶壁状の大岩磐上の前縁であり、ここでの修法は無理な様であります。持参の斎みものを捧じ、土乃美多麻を撒布、周辺の霊石を若干頂戴し、天池の御水は長白爆布の上方、万年雪の中をかき分けて採取し奉る。斎務の霊符用に用意した、五〇〇ccのポリウレタン製の瓶三本に、なみなみと頂きましたが、金属性の水筒や瓶類は、飛行機のセキュリティー検査に引っかかるので厳禁であります。


 今回の登拝は、六十周年例祭の可能性の探査でしたが、どうも企画段階から神界の御加護が大小公私にわたって感得され、恐惶することが多かった中に、下山後数時間のマイクロバスの走行で延吉に帰還、同市の白山大厦に宿泊した夜、 十一時三十分頃睡りかけていた私は、耳もとで女性の明快な張りのある、中国語の大声を聞きました。直ちに跳ね起きて、その言葉をメモして、その翌日ガイドの関紅霞女史に尋ねると「弟よ、さらばだ」との意昧でありました。その前後の霊的事象から、三十歳くらいの中国婦人で、明かに白頭山仙区の女仙の一柱と感得致して居り、改めて先師の御霊啓に感佩久しう致した次第であります。(後略)


「弟よ、さらばだ」—うれしい言葉として受け止めたい。

 


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めい

↓占星術師マドモアゼル愛さんのご託宣です。白頭山天池はユーラシア時代の要ともいえそうです。東亜主要地点相関図は平成元年にできたものですが、ユーラシア大陸全体に広げると気宇壮大感を養うにいいかもしれません。放射能とも真っ向勝負のつもりで。

   *   *   *   *   *

■ ギリシャデフォルト 第二弾情報 New!
http://www.love-ai.com/diary/diary.cgi?date=20150628
2015年06月28日(SUN)

先日、ギリシャデフォルトの危険についてブログにアップしましたが、今回はその二回目となります。

どうやら昨日、ギリシャはIMFの返済プラン実行の是非を、国民投票で7月の何日かに問うので、それまで返済を待って欲しい、、、と突然告げました。

それに対して、債権者側は怒りを込めて拒否。ついにギリシャデフォルトは現実の形になる可能性が高くなりました。

一見すると、この流れはどうにもならないように見えて、用意周到に作られた流れとも考えられます。

通常ならば、ここでデフォルトされると債権者サイドは慌てるはずですが、ギリシャの突然の言い分に開いた口が塞がらない、、、とばかり怒りを込めて融資打ち切りを発表したわけです。

ギリシャ融資にはかなりのレバレッジが効いているデリバティブがあるようですから、単なる債務返済がかなわないだけでない、ヨーロッパの銀行を本当なら慌てさせる内容のはずです。

しかし、怒りを見せることで打ち切り、、、とは、あまりに短絡的。借りている方がこうなると強いのですから、貸している方は、あの手この手で懐柔策を用いるはず。しかし怒って打ち切った、、、

こうは考えられないでしょうか。まず、ギリシャには裏にロシアがついた、、、なので、もう返すもんか、、、IMFのいうことを聞いてひどい目にあった韓国のようになんかなるものか、、、という考えがまずあるでしょう。

ロシアが後ろにいてくれるので、EU離脱だって怖くない、、、という思いがあったはずです。

次にドイツの態度です。ドイツはこうなることがわかっていた可能性が捨てきれません。

ドイツ、フランスの銀行がひどい目にあうわけですから、本当なら目の色を変えて、表面だけでも取り繕い、デフォルトだけは何があっても避けたはず。

償還される金額はわずか2100億円だったのですから、その後が延々と続くにしても、とりあえずデフォルトを避けるようにと何等かの融資に傾かなければおかしい。

ドイツの本音として、こりゃ、もうダメだ、、、ギリシャがダメなら、次にイタリア、スペインも同様になるので、もうEU連合は破たん確実だろう、、、との読みはあったはずです。

EU連合はどちらかというとアメリカと同様戦争屋が主軸となる連合体。ロシアはそこから一抜けた状態。それがギリシャを助ける。

ここは、無理にEUに固執するよりも、大きな枠組みを変え、近代国家の枠組みを超えた、本来の地政学にもとずく、大ユーラシア連合がイメージされてきたのではないでしょうか。

ドイツのメルケルとロシアのプーチンは非常に仲が良い感じですし、ギリシャ問題を通して、EUからユーラシア構想へ舵を切り替えたと思われるのです。

そうでなければ、こんなあっさりとデフォルトが成立しないはず。ギリシャの首相の軽さを見ても、どう見ても操りやすいように見えてしまう。なんだか出来レースではないか、、、の印象を私はもっています。

しかし何であれ、そうなると枠組みが大きく変更せざるを得ない。イギリス、アメリカは没落気味となり、アジアヨーロッパが一体となるユーラシアの時代が見えてくるわけです。

アメリカ、イギリスの戦争屋は、そうなると手段が少なくなる。安倍政権に頑張ってもらいたいところだったでしょうが、どうも時間切れの様相。

このまま、日本では戦争法案が通るとは思えないし、もし強行採決で通ったとしても、その後に無理があり、安倍退陣は濃厚です。

もしかしたら、安倍自身が実はわかっていて、わざと遅らせ、わざと国民に反発させ、日本憲法を守る働きをする、見事な芝居だったのかしら、、、、と、そんなことないのはわかっていながら、つい成り行きを見るとそう思えてしまう。

シリア空爆の際に、オバマの支持要請を安倍は受け入れずにロシアなどと協議する、、、という態度を見て、椅子から落ちそうなほど驚いたことがあったが、ようやくその意味がここに来てまとまってくる。ほとんど偶然なのだと思うけど。

しかし、安倍首相自身、ロシアに重い関心があることは伝わるし、アメリカはそれを察して、向こうにいかないでね、、、、と最近何度も念押ししてくる。

何かおかしいぞ、、、という雰囲気。いずれにせよ、ドイツの態度を見ると、戦争屋の言うことを聞いているようにふるまいながら、結果は違う、、、という方向にどの国も行き出している。

不思議不思議、、、、そうなると、戦争屋の残された手口は北朝鮮しかないかも。北が日本に責めたらあっという間に勝敗が決するので無理ですし、日本を責める理由はない。

表向きはつくれるし、やらせとしては日本攻撃もあるかもしれないけど、おそらくやらない。それならば南に進行する方が選択肢としてはありえます。しかし、それも時期を逸した感があり、戦争屋はやはり追い詰められてしまい、近代国家を作った潜在的勢力は自然な流れであるユーラシア時代の幕開けの前に、なすすべもなく段々となくなっていくのでは、、、と思えるのです。

さて明日から市場がオープンします。シドニーから始まる市場は次に東京に引き継がれます。東京ではどういう反応が見られることでしょう。

買われるはずはなく、やはり売られて始まるはず。買い支えが露骨に入るのでしょうが、それでも売られるはずです。明日の東京、、昼の上海、、、夜のニューヨーク、、、安倍政権の今後、、、

いよいよ佳境に入ってきました。時代はユーラシアに向けて進みだすと思います。出口王仁三郎が言う、ロシアの三日天下の始まりです。

そのあとが日本の時代、、政治は文化の振興が要、、、このことが分かった国から危機を脱出していくことになると思います。
by めい (2015-06-29 03:43) 

めい

今日の記事http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2017-09-11を書くにあたって知ったシジフォスさんが、白頭山登頂記を書いていました。http://s.webry.info/sp/53317837.at.webry.info/201708/article_11.html
《社会主義が崩壊しなかったこの国は、未だに全世界を「敵」に回しても急速な発展途上にある。そして米国の圧力に苦しむ多くの非同盟諸国からは希望の光明として仰がれている。しかし、日本は未だに「過去の清算」を行わないどころか、仮想敵国として嫌い、差別(侮蔑)し、「制裁」を続け、国交を結ばない。日朝関係が抜本的に改善されれば、米軍基地も巨額な防衛費も一切いらなくなり、平和が訪れるのに、まったく逆方向に進んでいる。》

   *   *   *   *   *

初めての白頭山は澄み渡り素晴らしかった
2017/08/23 06:40

土曜日深夜に帰国し、平常に戻るまで3日かかった。体調だけではなく、日本の喧噪に慣れるまで…(苦笑)。朝鮮民主主義共和国は、それほどまでに静かで平穏で平和だった。今回も平壌の宿泊場所は羊角島ホテルで、そこではアルジャジーラと北京のニュースしか入らず、日本がミサイル問題で大騒ぎしている模様はまったく理解できない日常が1週間続いた。今回の訪朝のメインは「第5回白頭山偉人を讃える国際祭典」への参加であり、世界58カ国73団体196人と朝鮮人民による集会等への参加だった。白頭山は朝鮮半島で最も高い山であり、金日成主席が抗日パルチザンを行い、金正日総書記が生まれた地として、革命の聖地と言われる。そして今年は主席生誕105年、総書記生誕65年ということで、その白頭山頂上でで8月14日、盛大な式典が開催された。

参加するまで知らなかったが、白頭山は100年に1度大噴火を起す活火山でもある。16世紀の大噴火では日本にも大量の火山灰が落ち、それが琵琶湖の湖底にもあるそうで、現在も噴火調査が継続されているし、日本を含め世界の研究者が多数訪れている。しかし、標高2750mの頂上で集会を開くなど前代未聞であり、自分を含め高齢者が多数参加している国際集会をどうやって開催するのか…???。 チャーター便2機で降りた空港にはロシア製の大馬力小型バスが多数置かれていて、何とこの車で全員を頂上手前まで連れて行った。十数台が連なって朝鮮カラ松の原生林から火山岩の岩肌を延々と上っていく姿は壮観で、世界でも初めてかもしれない。

もちろん山頂の絶景は素晴らしく、いくつもの火口湖は神秘の色をたたえ、空は真っ青で年に数回しかないというほどの天候だった。ここで300名が集会を開き、「反帝国主義、社会主義の砦である朝鮮を支持する活動をさらに力強く展開していく」との「2017年白頭山宣言」を採択、シュプレヒコールをあげ、下の駐車場までデモも行った。私たち日本代表団18名は、バスの中で覚えた「白頭山へ行く」の歌を朝鮮語で大合唱した。3年前につくられたというこの「カリラ ペットゥサヌロ」は誰もが知っており、訪朝期間中100回以上耳にし、今も脳裏にこびりついている(苦笑)。

8/15に平壌の人民文化宮殿で3千人参加により行われた「2017年白頭山偉人を称える大会」などについては、朝鮮新報に書かれている。写真も多く添付されているので参照されたい。なお、大会や大祝賀宴には朝鮮のナンバー2である89歳の金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員会委員長も参加されていた。

><前略>国際準備委員会共同委員長であるアジア太平洋地域・都市&自治体連合(UCLG&ASPAC)のピーター・ウッズ連合大使が今大会の準備過程について報告。「今回の祭典は、21世紀を金正恩委員長の世紀として輝かせようとする世界の進歩的な人々の熱意を全世界に誇示する意義深い会合となるだろう」と表明した。
 16日に行われた連帯集会では、集会参加者らによる国連事務総長宛の書簡が採択。国連安保理の対朝鮮「制裁」決議は不法であると主張、朝鮮に対する「制裁」を即時撤回するよう強く求めた。
 そのほかにも国家宇宙開発局科学者との座談会(16日)、親善交換会(17日)など多彩な行事が連日にわたって行われ、終始友好的な雰囲気の中で祭典は幕を閉じた。
 祭典には日本からも18人の代表が参加。国際準備委員会共同委員長を務めた日森文尋・朝鮮の自主的統一平和統一支持日本委員会議長は、「対朝鮮バッシングが跋扈する日本の状況でともすれば運動において孤立を感じてしまうが、世界には朝鮮を支持する友好団体がこんなにもたくさん存在する。そのことにたいへん勇気付けられた。祭典には米帝国主義の横暴への怒りと平和を目指す国際連帯の温かみがあふれた。昨今、米国による朝鮮への軍事行動が喧伝されているが、日本では米軍に加担するための集団的自衛権の行使容認など『北の脅威論』を利用した軍国主義化が進められている。このような動きを阻止するためにも朝鮮との関係をもっと緊密にし、日朝国交正常化、自主的平和統一の実現をめざして努力していく。時間はかかるかもしれないが、今回の祭典を通じその決意を新たにした」と力を込めて語った。(朝鮮新報 2017.8.19 「白頭山に響いた平和のシュプレヒコール」より http://chosonsinbo.com/jp/2017/08/py_170819/

この国際集会には米国、中国を除くほとんどの主要国から代表団が参加していた。その代表団形態は、国の正式代表から、朝鮮友好団体、社会主義政党、平和団体など多様であり、日本だって自民・公明・民進・社民・新社会などの関係者や自治労・教組などの労組、大学教授やメディア関係など多彩なメンバーが参加した。毎回、訪朝する度に新たな発見や進歩で驚くが、今年も目を見張らされた。書き出せば切りがないが、順不同で一部だけ紹介して終わる。報告書づくり、団費会計報告等、後の作業がまだ続く。

○2年前はガラケーが多かったが、今はほぼスマホ全盛だ。ライン(?)や検索機能もあるらしく、平壌では多くの方が使用し、何と白頭山の山頂でも使えたという。
○2004年の訪朝時にJVCが初めて朝鮮に設置した太陽電池発電をテガン共同農場の保育園で見学したが、今や全国で多用され、開城ではアパートの各ベランダに軒並み置かれていた。
○とにかく次々に新しい建造物が設置されたり、リニューアルされている。今回は平壌の万景台学生少年宮殿を再訪したが、かつてとは一新、広く明るくなりまったく別の建物になっていた。ここでは全国から集まった特に優秀な子どもたちが、スポーツ、芸術、科学などの分野で先端教育を受けている。
○祖国解放戦争勝利記念館は4年前に開館されたが、その時は外観しか観られなかった。今回は、その一部だけだがやはり驚かされた。特に大田(テジョン)市の包囲攻防戦(朝鮮戦争中の1950年7月14~21日)の360度大パノラマ展示(しかも観客側が回転する)は壮観であり、米軍を完膚なきまでに破った歴史的勝利が実にリアルだった。
○最近開館した科学技術殿堂も巨大な施設で、その中心には2012年に人工衛星を打ち上げた銀河3号の巨大原寸模型が設置され、その前で国家宇宙開発局科学者の若い技術者が打ち上げに至る成功談を力説してくれた。自分たちだけの技術・資材で苦労の末に衛星が設置され、今や農漁業、自然環境、建設等あらゆる分野で恩恵を与えていると誇らしく原稿なしで語っていたが、その姿も感動的だった。
○若い女性たちはさらにお洒落になっていた。板門店へのバスに外国語大学の学生が同乗したが、日本のグラビアにも登場できる姿であり、ブレスレットやネックレスもつけ、歯の矯正までされていた。日傘やハイヒールは当たり前で、戦争中(朝鮮戦争は休戦中)であるとはまったく思えない。
○日本代表団としてソン・イルホ日本担当大使との懇談会も行った。日本の支配層の対米隷属への批判、医療・教育が完全無料という社会主義諸政策への自信、日朝交渉の舞台裏など多くの話を聞けたが、これは略。

今回も初めての訪朝という方が4人もいて、とにかく驚き、まったく見方が変ったと言っていた。社会主義が崩壊しなかったこの国は、未だに全世界を「敵」に回しても急速な発展途上にある。そして米国の圧力に苦しむ多くの非同盟諸国からは希望の光明として仰がれている。しかし、日本は未だに「過去の清算」を行わないどころか、仮想敵国として嫌い、差別(侮蔑)し、「制裁」を続け、国交を結ばない。日朝関係が抜本的に改善されれば、米軍基地も巨額な防衛費も一切いらなくなり、平和が訪れるのに、まったく逆方向に進んでいる。宋大使は「良い報告ができるはずです」と胸をはったが、私たちがやるべきことは沢山ある…。

by めい (2017-09-11 06:10) 

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