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戦後日本の分水嶺 [日本の独立]

安保法制の成り行き、国会での政府対応をみるにつけ、「戦争で負けたんだからしょうがない」と日々「敗戦の悲哀」を噛みしめさせられているようなってしまっている今の日本ですが、30年前の1980年代は、戦争なんて遠い遠い昔の出来事で、あえてあの戦争を言うならば「こんなに豊かなのは敗けたおかげ」、そんな風潮の時代だった。今はとんと名前を聞くこともないが、竹村健一という評論家が日曜の朝のフジテレビ、どこぞの立派な庭でパイプをくゆらしながら「日本人はもう汗水たらして働くことはない。利息で食ってゆける」とうそぶいていたのを思い起こす。その後バブルがはじけたりリーマンショックがあったり、そのたびに「あんな時代もあったっけ」あの頃の竹村健一氏がうさんくささを伴いつつ浮かんでくる。中曽根首相とともに日本絶好調時代の象徴的人物だった。

 

その絶好調時代が崩れる日本の分水嶺は1991(平成3)年の湾岸戦争だったことを教えてくれる、当時ワシントンで取材の最前線に在った田中良紹氏 の記事を今朝読んだ。http://www.asyura2.com/15/senkyo192/msg/641.html

 

湾岸戦争はイラクのフセイン大統領が19908月クウェートに侵攻し、これを占領。国連安保理はイラクに対して期限までに撤退するよう求めるが、フセイン大統領はそれに応じなかったため19911月、アメリカを主力とする多国籍軍が空爆を開始して始まった戦争。日本は平和憲法を楯に自衛隊派遣を断り、代わりに130億ドルを拠出して国際社会の要請に応えた。その金があって初めて多国籍軍は戦うことができた。当時現場に在った田中氏は、日本に対する米国政府、米国民の感謝をしっかり実感した。

 

しかし経済で日本に痛い目に遭っていた米国は、感謝の姿勢を見せることはなく、むしろ湾岸戦争を日本たたきの材料にする。》

 

「ショー・ザ・フラッグ」「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」。日本はこの脅しにひるむことなく、日本人の血税を集めてつくった130億ドルの拠出について堂々と胸を張るべきだった。「平和憲法」の理念が日本政府に浸透していればそうしたはずだった。しかしできなかった。ここを機にアメリカはどんどん日本の弱気につけ込むことになる。脅せば獲れる。その延長上に今の日本が在る。

 

田中氏の記事と軌を一にした東京新聞の社説(912日)もあわせて転載させていただく。

 

   *   *   *   *   *

 

「米国の嘘」を鵜呑みにする愚鈍な頭と「米国の嘘」で国民をだます悪辣な頭ー(田中良紹氏)

http://www.asyura2.com/15/senkyo192/msg/641.html

投稿者 赤かぶ 日時 2015 年 月 13 日 00:11:05: igsppGRN/E9PQ


「米国の嘘」を鵜呑みにする愚鈍な頭と「米国の嘘」で国民をだます悪辣な頭ー(田中良紹氏)
http://www.twitlonger.com/show/n_1snehg1
12th Sep 2015 市村 悦延 · @hellotomhanks

来週の成立が取りざたされる安保法案は国会でいまだに意味不明の審議を続けているが、政府・与党の議論を聞いていると、日本政府は「米国の嘘」を鵜呑みにする愚鈍な頭脳しかないか、あるいは「米国の嘘」を利用して国民をだまそうとする悪辣な頭を持っているか、そのどちらかと考えられる。

フーテンの言う「米国の嘘」とは、1991年の湾岸戦争に日本が拠出した130億ドルは国際社会から全く評価されず、人的貢献がなければ世界から感謝されないと主張する「嘘」である。

当時フーテンはワシントンに事務所を構え、米国議会の議論を日本に配信する仕事をしていた。駐米大使は村田良平氏であった。当時の日米関係は経済摩擦が激しく、ソ連の軍事的脅威より日本の経済的脅威の方が米国にとって深刻で、米国民は日本政府や日本企業を敵と見ていた。米国民の誤解を解くため、村田大使はフーテンが提携する米国の政治専門テレビ局C-SPANに出演して直接米国民と対話を行い、日本の真意を訴えていた。

90年8月2日、イラク軍が突如クウェートに侵攻して湾岸危機が始まる。西側の各国は夏休みが終わる8月末、各国とも議会を招集し、危機にどう対処するか議論を始めた。しかし日本だけは国会を開かなかった。当時の外務省北米一課長はフーテンに、国会を開けば土井たか子委員長率いる社会党が「何でも反対」して収拾がつかなくなると説明した。

一方国連は、それまで東西冷戦のため安保理の常任理事国が一致できずにいたが、湾岸危機に際して初めて一致することができた。これは第一次世界大戦以来、戦争防止のために作られた国際連盟の理想がようやく可能になった歴史的瞬間である。これを米国のブッシュ大統領は「新世界秩序」と呼び、国連主導の「多国籍軍」が作られた。

当時の小沢一郎自民党幹事長は、日本の自衛隊は平和憲法があり戦闘はできないが、「多国籍軍」に協力することは憲法違反にならないとして自衛隊の活用を主張したが、それを理解できる政治家がおらず、橋本龍太郎財務大臣が米国のブレイディ財務長官と交渉して日本は資金提供を行うことになった。その方針が固まってから10月になって国会は開かれ、130億ドルの財源として臨時の法人税徴収が行われた。日本と同様に平和憲法を持つドイツは、地中海に展開する米艦隊が湾岸に移動できるようドイツ艦隊を地中海に派遣した。米国では出征した兵士の家に黄色いリボンが飾られ、出征兵士の帰国を待つ家族からは出兵させない国への不満も聞かれた。

一方で日本やドイツに平和憲法があることを知った米国人の中にはうらやましがる声も多く、「日本は良い国だ」とフーテンに声をかけてくるタクシー運転手もいた。そして米国政府は、実は日本からの130億ドルを大変に感謝していた。それがなければ「多国籍軍」が戦うことは出来なかったからである。

しかし経済で日本に痛い目に遭っていた米国は、感謝の姿勢を見せることはなく、むしろ湾岸戦争を日本たたきの材料にする。フーテンが直接耳にしたワシントンでの日本批判は次のようなものである。「日本は経済大国である。いずれ米国と肩を並べ、さらに米国を追い抜く可能性があると我々は考えていた。しかしこのたびの対応は日本が米国のジュニア・パートナー(子分)に過ぎないことを証明した。なぜなら日本経済はエネルギー源をほとんど中東に頼っていて、中東に危機が起きれば最も打撃を受けるのは日本である。ところが湾岸危機が起きても日本は国会を開いて議論せず、つまり国家国民の問題として捉えず、ひたすら米国にすがりついてきた。自分の危機を自分で判断せず、他国に頼るような国は大国になれない」。そして米国は「日本いじめ」を始めるのである。上から目線で「ショー・ザ・フラッグ」とか「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」と言い出した。「ショー・ザー・フラッグ」とは「旗幟鮮明にしろ」という意味だから、日本政府を「あいまいな態度をとるな」と脅している訳だ。また「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」は「観客席にいないで戦場に入ってこい」と戦争参加を促している。

いたぶれば日本は何でも言うことを聞くとばかりの言動を米国は始めたが、情けないのは日本の外務省である。それをいちいちごもっともとゴマをする。しかし当時の村田駐米大使は硬骨の人であった。「自伝」を読めば、米国政府が本心では日本に感謝しているのに経済競争で負けた腹いせでわざと日本に感謝しないふりをしたことを見抜いている。問題はその後の外務省である。湾岸戦争時の駐米大使の言うことを聞かずに、「米国の嘘」の宣伝拡大に努め、それを国民をだます材料に利用している。ここでは詳しく論じないが「中国の著しい軍事的台頭」も「北朝鮮の核ミサイル脅威」も「いたぶれば何でも言うことを聞く日本」に向けられた米国の宣伝であり、全くの「嘘」とは言わないが「嘘」に近い表現で日本を洗脳する言葉である。その「米国の嘘」に慌てて反応する国家は、自分の問題を自分の頭で判断せずに他人に頼ろうとする国家と米国から見られる。

かつて日本の経済的台頭に脅威を感じた米国は、日本に敵愾心を抱く一方で、自分を追い抜く存在として一目も二目も置いていた。ところが湾岸戦争で日本は「大国になれない国」であることを知ると、日本を馬鹿にし始め、何でも言うことを聞かせようとしてきた。そして「言うことを聞くとますます馬鹿にする」という負のサイクルに日米関係ははまり込んでいる。

政府・与党からは「安保環境はこれまでになく厳しさを増している」、「日米同盟を強化すれば抑止力が増す」、「国民を守るための集団的自衛権行使」などの言葉を何度も何度も聞かされてきたが、しょせんそれらはすべて湾岸戦争時の「米国の嘘」をベースに作られた言葉である。湾岸戦争とその後のアフガン、イラク戦争は本質が全く異なるものであることを知らないと、戦前の日本が日露戦争を勝利したと錯覚して悲惨な末路をたどったように、日本は再び戦争で大きな誤りを犯すことになる。まずは湾岸戦争で人的貢献をしなかったから日本は国際社会から評価されなかったという「米国の嘘」を否定するところから始めないと、「嘘」で固められた法案が出来上がることになる。

東京新聞

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2015091202000135.html

【社説】

湾岸戦争のトラウマ 安保法案に通じるだまし


2015
912

 

 自衛隊海外派遣の必要性を意味する「湾岸戦争のトラウマ(心的外傷)」。安全保障関連法案の制定を目指す安倍晋三首相も、これにとらわれている。


感謝広告になかった日本

 トラウマの原点は一九九一年の湾岸戦争にある。イラクの侵攻から解放されたクウェートが米国の新聞に出した感謝の広告には三十の国名が並び、百三十億ドルの巨費を負担した「日本」の名前はなかった。日本政府の衝撃は大きかったが、間もなく政府は自衛隊海外派遣の必要性を訴えるキャッチフレーズとして使い始める。

 米国が始めたイラク戦争に自衛隊を派遣するためのイラク復興支援特別措置法を審議した二〇〇三年六月の衆院特別委員会。当時の石破茂防衛庁長官は「湾岸戦争から学んだものは、やはり、お金だけでは責任を果たしたことにはならない」と述べ、“トラウマ効果”を利用した。

 湾岸戦争の後、衆院に初当選した安倍首相もこのトラウマを共有している。〇六年の著書「美しい国へ」では「このとき日本は、国際社会では人的貢献ぬきにしては、とても評価などされないのだ、という現実を思い知ったのである」と書いている。

 なぜ、意見広告に日本の名前がなかったのだろうか。政府はこれを調べることなく、人的貢献の必要性を言いはやし、翌九二年、自衛隊を海外へ派遣する国連平和維持活動(PKO)協力法を成立させて陸上自衛隊をカンボジアに派遣した。

 派遣後の九三年四月になって、政府は追加分九十億ドル(当時のレートで一兆一千七百億円)の使途を公表した。配分先のトップは米国で一兆七百九十億円、次いで英国三百九十億円と続き、肝心のクウェートへは十二カ国中、下から二番目の六億三千万円しか渡されていない。大半は戦費に回され、本来の目的である戦後復興に使われなかったのである。


「逆手」にとった日本政府

 それだけでも感謝の広告に名前が出ない理由になり得るが、本紙の取材であらたな証言が飛び出した。湾岸戦争当時、東京駐在だったクウェート外交官で現在、政府外郭団体の代表は「あれは『多国籍軍に感謝を示そうじゃないか』と米国にいたクウェート大使が言い出した」と明かし、米国防総省に求めた多国籍軍リストがそのまま広告になったという。多国籍軍に参加していない日本の名前がないのは当たり前だったことになる。

 クウェート政府に問い合わせていれば、たちまち明らかになった話だろう。解明しようとせず、「湾岸戦争のトラウマ」を逆手にとって焼け太りを図る様は、まともな政府のやることではない。

 このトラウマがイメージを先行させる手法だとすれば、安倍政権下で健在である。

 首相は憲法で禁じられた集団的自衛権の行使が例外的に許される「存立危機事態」の事例としてホルムズ海峡の機雷除去を挙げる。「わが国が武力行使を受けた場合と同様な深刻重大な被害が及ぶことが明らかな状況。石油が途絶え、ガスも途絶えてしまうと、厳寒の時期に生命自体が危うくなる」(七月三十日参院特別委)と「生命の危機」を強調した。

 野党から、主要六カ国と核開発問題で合意したイランが機雷封鎖する前提は非現実的と指摘されようとも、また中東の石油はパイプラインを通じて海峡を通過せずに輸入できるし、日本には二百日分を超える石油備蓄があると反論されても、どこ吹く風である。

 米軍の輸送艦に乗った日本人母子のポンチ絵を前に「まさに紛争国から逃れようとしているお父さんやお母さんや、おじいさんやおばあさん、子供たちかもしれない。彼らが乗っている米国の船を今、私たちは守ることができない」(一四年五月十五日の記者会見)と熱弁を振るったものの、野党からこの話のどこが「存立危機」なのかと問われた中谷元・防衛相は「邦人が乗っているかは判断の要素の一つではあるが、絶対的なものではない」(八月二十六日参院特別委)と答え、首相のパフォーマンスは足元から揺らいだ。


採決急がず審議で正体を

 安保関連法案をめぐり、首相は「自衛隊がかつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはこれからも決してない」「外国を守るために日本が戦争に巻き込まれるという誤解があるが、あり得ない」と断言する。

 「湾岸戦争のトラウマ」を利用し続けた政府の言葉を信用できるだろうか。国民をだましているのではないか、との疑念は国会審議を通じて、高まりつつある。政府は急ぎたいだろうが、参院では拙速な採決に走ってはならない。答弁を重ね、国民に法案の正体を説明する義務がある。


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めい

「金への執着を捨てなさい。そうすればアメリカとの悪縁はひとりでに切れて幸福な独立日本が戻ってくる。」
新ベンチャーさんの発想の転換。なるほど、納得です。
http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/35257855.html

   *   *   *   *   *

 かつてフィリピンは在比米軍の追い出しに成功しましたが、そのキッカケはピナツボ火山の大噴火で、在比米軍の基地が使用不能になったからと言われています。

 日本でも、富士山大噴火で横田基地が使用不能となれば、一時的に在日米軍は撤退するでしょうが、それだけでは十分ではありません。

 それより、日本経済が破綻して貧乏国に転落する方が効果的です。

 米戦争屋の植民地戦略は一般的には、彼らが植民地にしたい国に豊富な資源があって、それを奪取することです。ところが、日本には彼らにとって魅力的な資源はありません、その代り、日本には膨大な金融資産(1500兆円規模)があります。そこで、日本が経済的に貧乏国に転落すれば、彼らにとって日本を植民地にする価値がなくなって、ほっておいても彼らは勝手に日本から撤退します。

 上記は冗談に聞こえるかも知れませんが、われら日本人の選択肢は限られます。その選択肢でもっとも効果的なものは、われら日本国民の金融資産を欧米銀行屋に奪われて、日本が経済的に貧乏化することです、そうすれば、厄病神の米戦争屋は日本から勝手に出て行き、そうなって初めて、日本に真の平和が訪れるでしょう。

by めい (2015-09-13 15:47) 

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