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天皇のお言葉(1) 「国体」と「政体」 [思想]

一昨日(8日)の天皇のお言葉をどう受けとめるか、どう受けとめたか、いろんな議論が交わされる中で、「放知技」板での議論をメモっておきます。飯山氏言われる如く、何度も読み返さねばならぬ「堺のおっさん」の天皇論です。

 *   *   *   *   * 

159:堺のおっさん:
2016/08/09 (Tue) 10:46:31
host:*.ocn.ne.jp

昨日の玉音放送の何を受け止めるのかを考え、時間が過ぎた。

 

「国体衰弱すれど、いまだ健在なり。」これが一日考えた末の現時点での感想。


昭和64年、私は大喪の礼のど真ん中にいた。あの何とも言えない重たい空気は、フクイチのトリチウム水蒸気をも凌ぐ重さだったと記憶している。どんよりなどと言うものではない。とにもかくにも空気が重かった。今上陛下の天皇としてのスタートはここから始まる。あの大喪の礼は、国体としての祭祀ではなく、間違いなく政体の国威発揚だった。今上陛下が、今回あえて大喪の礼に触れたのは、現在の象徴天皇制が都合よく政体にゆがめられている現実を目の当たりにしたからだろう。


日本という国家は、世界的にも珍しい統治形態が連綿と続く。それは俗にいう「天皇制」ではない。まず国体があって、政体が時々の権力を行使するが、形式上は絶対に国体を上位に置く不文律。国体と政体の綱引きも連綿と続いてきた。


しかし、それが本格的に歪められたのは、明治維新にさかのぼる。明治の大日本帝国憲法は国体を政体の一部に取り込んだことが特徴だ。


それから70年、敗戦に至る歴史は不文律を犯したゆえの必然ともいえる。続く現在の憲法は、国体を取り込むのではなく、政体に幽閉する憲法。想像以上の抵抗を示した日本の力の源泉を国体であると見たマッカーサーが国体を占領政策上廃止はできないが、幽閉できれば利用しうると考えた憲法。


GHQ解散後も時の政体を通じて国体は利用され続けてきた。それを皇太子時代を通じ、肌で感じてきた今上陛下が昭和天皇以上に慰霊の巡業を続け、国体の維持に努められてきたのは、おそらく昭和天皇の遺言だろう。


さきの大戦の真の責任者は誰か? 間違いなく時の政体以外ありえない。昭和天皇が、国体と政体の関係を切り離した日本本来の姿に戻そうと努力されたと考えるのはあながち間違いではないだろう。悲惨な末路の原因こそ、国体が政体に取り込まれた国家体制にあると気付かれたと思う。


占領下では、切り離す代わりに「幽閉」されることを認めざるを得なかった。条件付きながら、政体のコントロール下に国体を置くということでもある。


親子二代にわたる執念の悲願こそ、日本本来の国体と政体の分離された国家のありようへの復帰だったのではないか。


言うまでもなく、国体のなすことはお言葉でも再三述べられていたように、「国家、国民の安寧を祈願すること」だけである。しかしながら、この当たり前のことが政体では絶対になしえないことである以上国体がやらねば誰がやるのか?違った表現をすれば、国民に誰が、この当たり前のことを導くのか?


国体とは、その核が今上陛下である。国体の総体は言うまでもなく国民だ。それは、政体のゆがみを正すとてつもないパワーを持つ。


長文陳謝。


161:飯山一郎 : 2016/08/09 (Tue) 12:52:11 host:153.120.128.64

>>159

↑↑この堺のおっさんの文章は,小生,すでに3回読みました.

これから限りなく美しい青州市の街なかのジャングルのような公園に行き,緑陰のベンチで,あと最低5回は読みます.

それほどに価値のある文章です.

この国の歴史と政治の構造を見事に解き明かした知的作業に敬意を表します.


162しょうりん2016/08/09 (Tue) 18:31:14 host:121.166.155.138

>>159

堺のおっさん 敬服致します

私の様な考えの浅いものでもこの国の有りようが見えて参りました

有難う御座います。


164:堺のおっさん : 2016/08/09 (Tue) 19:09:25 host:*.ocn.ne.jp

>>159

日本という国の特異性を復活させないために、宗主国による戦後の刷り込みが徹底的に行われた。そのため、天皇に悪感情を持つ国民は少なからずいる。私もかつてはその一人だった。そのことを恥じてもいないし、右翼に転向したとも思わない。ただ、極東の島国に成立した日本という国の捉え方を、他の大陸国家や異文化の国家を見る手法で見てはゆがむと確信するだけである。


ところが、明治維新で日本という国は植民地支配をはねつけ、列強に並ぶ強国に成長できたとほとんどの日本人が信じている。とんでもないことで、私は日本の不幸の始まりであったと考える。グローバリズムなど、すでにこの時から始まっている。脱亜入欧、富国強兵。そして西欧の王政君主的天皇制。西欧思考では、政体とは別に国体が存在するなど理解もできないし、それは不完全な統治機構と映るだろう。事実、諸外国は天皇と幕府のどちらと交渉すべきか、最後までわからなかった。


明治維新政府もそのように考え、国体を政体に組み込む西欧的統治機構を導入。錦の御旗を押し立てた「近代化」は目覚ましい成果を挙げ、ロシアに打ち勝つまで破竹の成長を遂げた。(ユダヤ系の意図的な肩入れもあっただろうがそのことは論点がずれるのでここでは省く)明治以降の日本が、西欧的視点でここまでのし上がるとは想像外であったろう。わずか40年弱の出来事。出る杭は打たれる。その後の展開は既知。


日本では当たり前であった国体と政体分離。この日本的国家のありようが「近代化」されて以降、日本人の観念から消えてしまった。

その為、明治的天皇制が日本の歴史を貫く制度であるかのような誤解もあるし、「王政復古」のスローガンなど実は歴史的デマであったと考える。日本会議の面々は、皇室典範で幽閉された象徴天皇制の維持か、あわよくば政体にとって最も都合の良かった明治憲法への回帰をもくろんでいる。


国家・国民の安寧を祈願する天皇の地位譲位を政体にゆだねないことは、国体と政体分離の第一歩である。


166:飯山一郎 : 2016/08/09 (Tue) 19:48:51 host:59.106.217.207

>>162

別板で揚げ足取りがイチャモンつけてるが,ワケワカメの難癖にすぎない.

堺のおっさんは善悪や好嫌の感情を超えた視点!から,天皇制を主題にしてこの国の有りようを分析したのであって,それは「天皇の本質」を明らかにする知的作業でもあった.

「天皇の本質」とは,国家・国民の安寧を祈願する行為に徹することにあり,その非政治性の自覚は,「天皇様逃げてくだされ~!」などというミ~ハ~な実感とは対極にある.

世界一長命な「日本の王制」の長寿の秘訣は,まさに「国体と政体の二元性」にあり,それは西欧流の政治学で言えば「政治と信仰の分離」に近く,これこそが「天皇制の本質」と言える.

今回,議論すべき価値のある意見とは,たとえば新井信介氏の「天皇論」で,新井信介氏の「説」は,「象徴天皇」をめぐる議論の格好の土台になる.

先ずは新井信介氏の説(http://www.k2o.co.jp/blog4/2016/08/post-227.php)を熟読したうえで,堺のおっさんの「論」と「説」の深さが理解できるだろう.

私は,新井信介氏の「説」にも,堺のおっさんの「論」にも,敬服したい.


しょうりん氏は,堺のおっさんの「論」を読後…,「この国の有りようが見えて参りました」との「感」を記したが,正当である.

天皇が好きの嫌いの,善いの悪いのという「私感」を述べるだけのワケワカメとは違って,堺のおっさんの「論」が「私感」を超越したうえでの「論」であることを,しょうりん氏は見事に感じ取った.


なお…,

新井信介氏は,「まさか、これほどのご決意とは!」との感慨に打たれたのであるが,「天皇の決意」の深さを読み取るのは今後の課題である.


169:堺のおっさん : 2016/08/09 (Tue) 20:54:28 host:*.ocn.ne.jp

私ごときの天皇論。叩きどころ満載の粗デッサン。賛否を超え、ご意見いただきましたことに御礼申し上げます。


国体と政体という二元論は、実のところ、ここ放知技で学びました。始めはあまりピンとこず、「国体」? 何を言ってるんだろうくらいでした。


しかし、3.11以降、今上陛下が普段から質素な生活に徹しているとか、食事は一什一菜だとかの情報に接し、常々今上陛下が表明している、国民に寄り添う、ということを愚直に実践しているのかな、そして、それは個人の資質によるものなのか、それとも立場が行わせるものなのかに思いが至りました。


若かりし頃、今上陛下は決して素行の良いものではなかった! という話も聞いていました。だとすれば、それは天皇という立場の使命感なくしてはやり遂げられない日常だろうと想像したのです。


見たわけではないので、そこまで言うのはただの追っかけに過ぎないとの批判も受けそうですが、敢えて、嘘はないだろうと。考えても見てください。嘘でも食生活が一什一菜だとしたら、政体の皆様の日常に対するこれほど痛烈な皮肉はないでしょう。広まってはまずい情報では?


人気取り? 何のため? こうした思考過程でどうやら、国体という存在が、政体とは全く別の役割を持っていることに気付いたのです。


まあ、私ごときの天皇論などこの程度の気づきと仮定から出発しているので適当にからかってもらえればいいんじゃないでしょーか。


これからの日本国、新日本国、そのありようにも思いをはせる時に、なにを国の芯に据えるのかは重要な問題です。議論は不得意ですが、問題提起で一助になれば幸いです。


170:堺のおっさん : 2016/08/09 (Tue) 21:41:03 host:*.ocn.ne.jp

英国の王室とよく比較される天皇家。正直、迷惑千万。かの王室は好戦的で、世界帝国の冠。


本来、大唐帝国の迫害から亡命してきた流れからも領土的野心はない天皇家。それが、英国王室をはじめ西欧の王室を真似、政体に取り込まれたとたん、日本は領土的野心満載の国家へ変貌。


日本の天皇家が英国王室はじめ、西欧の王室とは違う存在だということは歴史的事実。そこに着眼した。


どのような日本を取り戻すのか。


171:飯山ファン : 2016/08/09 (Tue) 21:44:02 host:*.zaq.ne.jp

天皇のお言葉について


ふつーの人たちは、天皇の発言を天皇ご自身のお身体の問題だけの問題と思っています。(私の母やいろいろ人たちの話をきくと、何の興味もないみたいです)

ここの掲示板に来る人たちのような深読みはしようとはしません。

私はというと、ビデオということで、そんな大胆な発言は無理だろうとは思いながらも期待していましたが、、、

正直がっかりしました。

日本の最大の問題、福島のことに関しては、ニュアンスというかなにもありませんでした。本当にがっかりでした。


飯山先生の

>天皇様は「稲」を刈り取らぬまま退位なされるのか?!

そ,んなことはないだろう! という視点で,天皇様の今後に思いを馳せる私

期待してもいいのかなと思いながら、もうそんなことは考えるのはやめようという今日この頃です。


174:堺のおっさん : 2016/08/09 (Tue) 22:07:07 host:*.ocn.ne.jp

>>171 飯山ファンさん

おっしゃること、わかります。言いたいことはそれだけ? ってか。ですな。

しかし、まずは国民的に合意の取れる問題から行動を起こしたということだと思います。

国体の手法は国民の意見が大きく割れるような手法は取りません。「そりゃ、ごもっとも」という合意を積み上げ、囲碁のように後になって効いてくる布石を打ってるのだと思います。


たとえばですよ…、体調がすぐれない原因を度重なる東北慰問時の被曝によるものと機会を得て、それとなく表明される。このような発言があった場合その衝撃は今回の比ではありません。しかし、今回はビデオメッセージ。そうした内容が含まれれば、絶対に放送されなかったでしょうね。


国体の最大の武器はそのお体です。その使い時を慎重に見極めているところだと愚考します。


さて、明日も早いのでそろそろ寝ます。


176:飯山一郎 : 2016/08/09 (Tue) 22:50:27 host:59.106.219.237

>>171  「飯山ファン 」さん

>天皇のお言葉について…,正直がっかりしました。

新井信介氏は「深読み」の名手ですが…,天皇のお言葉を読んだ感想は↓↓あなたとは反対で,

>まさか、これほどのご決意とは。(http://goo.gl/a4oQb0

新井氏は,こういう↑↑感慨に打たれています.

ようするに…,読みに深さがあれば,天皇の言葉が如何に深いものか?! が読み取れるのです.

文章の表面ズラを読んで,実感だけを言うのは浅すぎます.

日本語の表現方法の深さは,万葉集の時代に完成していました.

『日本書紀』も,オモテの意味とウラの意味は全く違います.


「日本」という国名自体が,二重の意味を持っています.

この造語能力の深さを↑中国の則天武后は分かっていました.

国名に二重・三重の意味が籠められている!←これは「日本」だけです.


178:西尾コウヘイ仁秀hirohide KOHHEI nishio : 2016/08/09 (Tue) 22:59:16 host:*.openmobile.ne.jp

生前退位

言霊式結界術


179:飯山一郎 : 2016/08/09 (Tue) 23:08:28 host:59.106.219.237

>>176

>国名に二重・三重の意味が籠められている!←これは「日本」だけです.


 ↑「どういうことなのか?! 早く書け!」と,早々に叱られました.

すびばせんでした _(..)_ 書きます↓


1.「日本」は,日の本の方角にある国です!と,国の位置を示した.

2.「日の本」にある輝かしい国だ!と国民に誇りをもたせた.

3.「日本」には百済人もいるが,「百済国」とは全く違う国です!

4.日の本にあり,天(アマ)を照らすような輝かしい歴史をもった国です.

5.日出ずる国(東の国)は,日没する国(西の国)に,欠かさず朝貢します!


以上.「日本」には,だいたい5つの意味が籠められています.


「五つの意味」は,時の超大国・中国を意識しながら籠めたようです.


182:飯山一郎 : 2016/08/09 (Tue) 23:30:52 host:59.106.219.237

>>178

>生前退位 言霊式結界術

西尾さん. ↑↑端的で見事な解釈です!

天皇は,政体側の「王政的憲法」に対して…,「生前退位」と「象徴天皇」という『言霊』を駆使して,国体のまわりに『結界』をめぐらしました.

そうして,その結界の中に「国民」を取り込みました!


信条暦29日.jpg


【追記 28.8.12】

 

232 名前:堺のおっさん

2016/08/11 (Thu) 22:04:12

 host:*.ocn.ne.jp

御大にも過分な評価をいただいた、天皇論。
自分で読み返して、やはり、大筋間違っていないなと。

日本人の歴史観はゆがんでいる。わかっていてもやめられない。
その主犯の一人は司馬遼太郎だろう。

彼の「竜馬がいく」を読んで感動した日本人は数知れず。
明治維新と志士への賛美は日本人の「常識」。我もその一人。
…だった。

しかし、天皇を「錦の御旗」として積極的に利用、活用した
明治が本当に日本の進化なのかどうかは歴史を見る尺度で
180度変わる。

近代の10年は中世の100年に匹敵し古代の1000年に
匹敵すると現代人は考えるが、それは傲慢というものだ。
エジプトの碑文に「最近の若者はだらしない…」的な記述が
あるそうだが、同じことを現代人も吐き続けている。

科学全般は進化したが、人間はほとんど進化していない。
にもかかわらず、現代人は古代人よりも偉いと勘違いしてる。

こう考えると、歴史を見る尺度は1000年くらいの単位で
大づかみしたほうが物事の本質に迫れると思う。

覇権の800年周期説の是非はともかく、尺度としては正しい。
言い換えれば、歴史の本質に迫れる尺度だ。

その尺度で日本の歴史を振り返ると…

古代、日本国が成立し、国体と政体の二元国家体制を藤原氏が
確立した。それが理にかなったものであったことは連綿と続く
結果が証明している。途中親政もあったが、うまくいかず、
むしろ混乱した時期を迎える。

言うまでもなく明治以降の政治体制は天皇の親政ではない。
この誤解が多くの日本人を捉えて離さないが、本来の二元性国家
からは程遠い体制であることを理解できないのも仕方がない。

このように考えていくと、国体と政体を分離する二元国家体制は、
知恵の結晶のようにも思えてくる。
これは、賛美論ではないことは申し添えておく。



【追記 28.10.20】
688:堺のおっさん : 

2016/10/20 (Thu) 09:03:11

 host:*.ocn.ne.jp
ttp://rdsig.yahoo.co.jp/_ylt=A2RiHMU.BghYShwAQmcy4TMj/RV=2/RE=1477007294/RH=cmRzaWcueWFob28uY28uanA-/RB=KF_pqJxuRCCajb.cpnC0nTAAHC4-/RU=aHR0cDovL2hlYWRsaW5lcy55YWhvby5jby5qcC9obD9hPTIwMTYxMDIwLTAwMDAwMDA4LW1haS1zb2NpAA--/RK=0/RS=YnANG1fefNecJfVVEPZmZvzZP_s-
皇后が発信。
「生前退位」という言い回しに「痛みを感じた」
正しく「譲位」という言葉に据えなおさなければならない。

いうことを聞かない、わがまま天皇に特別立法で対応するという
小手先対応ができなくなる。

「お疲れだからやめてもいいよ」というのが特別立法の目的。
しかし、譲位という概念で立法すると一代限りの特別立法は何とも不整合な
法律となる。

皇后はさらに踏み込んで、譲位の件は天皇と皇位継承者のみで判断しなければ
ならないとくぎを刺している。皇室典範を議論する以外に道はなくなる。

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コメント 11

めい

「天皇のお言葉」についての当面評価の行き着くところです。
(放知技板での堺のおっさんの上記天皇論は、当面評価の奥にまで踏み込んでいます。)

   *   *   *   *   *

我々以上に天皇に尊崇の念を持っている筈の似非右翼が、違憲行為と大騒ぎ、違憲政権に対する抵抗権行使という事です。
http://www.asyura2.com/16/cult16/msg/568.html
投稿者 小沢内閣待望論 日時 2016 年 8 月 09 日 08:07:37: 4sIKljvd9SgGs j6yR8pPginSR0pZdmF8
   
安倍周辺の似非右翼は天皇崇拝などではなく、ドル詐欺崇拝という事で、天皇に尊敬の念もなければ、憲法を尊重擁護する気持ちなどこれっぽっちもなく、憲法の守護神である天皇に一喝されたという事です。
国民は常識豊かな天皇の言葉を、天皇制廃止論者も含めて受け止めた訳で、安倍周辺の異常さが際立ちます。
本来、国民統合の象徴と国民の代表の意向は一致していて当然ですが、正反対である事が明らかになった訳ですが、簡単な理由で、天皇が錯乱した訳でも、国民がおかしな判断を繰り返した訳でもなく、電通マンサックスが不正報道を繰り返し、ムサシマンサックスが不正集計を繰り返し、小沢にコテンパンにされて終わった安倍を不正に四連勝させたからで、原因はドル詐欺にあります。
ドル詐欺は、日本に一見理想的な憲法を押し付けておいて、日本の軍事力を封じておいて、都合が悪くなると警察予備隊を作らせ、それでも不十分となると、自衛隊に衣替えさせて、防衛庁を防衛省に昇格させて、自衛隊が戦争をできるように自衛隊をいじりまくって来た訳で、とうとう平和憲法が邪魔になり、戦争をできるように改正させようと無理を重ねて来た訳ですが、日本は戦後、前憲法と血の繋がりはなくても、ドル詐欺の思惑は分かっていても、平和憲法を我が物として育んで来たのであり、もはや、憲法が生まれた経緯は問題ではなく、とりわけ、9条はドル詐欺の思惑を離れて日本人のオリジナルの条文になったのであり、そこを変える事は戦後日本の耐え難きを耐えて忍び難きを忍んできた努力を無にするもので、昭和の妖怪の孫などに勝手な事をさせては先祖に申し訳が立たない訳です。
今回の天皇の言葉は、法律への目配りはあるものの、似非右翼連中が屁理屈をこねて、違憲行為だと主張する事は可能ですが、お前が言うなの類いで、ドル詐欺をバックとして安倍周辺の似非右翼が違憲行為を繰り返し、違憲立法を繰り返してきた事に対する、法の砦としての抵抗権行使で、本来ならば、司法の役割ですが、司法もドル詐欺に歪められた中での、やむにやまれぬ発言で、ロジックだけで違憲行為だなどと騒ぐ事は馬鹿げており、違憲を繰り返してきたお前らが、方便としての抑制的で常識的な違憲すれすれの行動をとやかく言うなという話ですが、天皇の大御心は、キムチ以外の国民と中露の元首の胸にバシッと受け止められた筈です。
僭越ながら、天皇の今回の行動は、捨て身の戦いをした石田や鳥越同様に、国民の盾となった弁慶そのもので、国民はドル詐欺と背のりのゲスな野望を打ち砕かなければいけません。  

by めい (2016-08-10 07:16) 

めい

《今回の突然、「生前退位」の意向を提起したのはおそらくある現実的な「危機感」によるもので、この危機感は安倍政権の動向と深く関係していると考えられる。》
海外メディアの指摘が的確です。

   *   *   *   *   *

ニュース分析:日本の明仁天皇の「生前退位」談話は示唆に富む
jp.xinhuanet.com | 発表時間 2016-08-09 16:17:45 | 新華網 | 編集: 吴寒冰 小中大
http://jp.xinhuanet.com/2016-08/09/c_135579578.htm

 新華網北京8月9日 (新華社記者/馮武勇)日本の明仁天皇は8日、テレビの録画映像を通じて談話を発表し、高齢のため、現行の憲法で定める国の行事と国家と国民の象徴としての公務を継続して履行できないと語り、「生前退位」を示唆し、民衆の理解を得ることを希望した。
 明仁天皇は高齢で健康状態が優れず、公務が多忙という事情はこの1~2年のことではないが、今回の突然、「生前退位」の意向を提起したのはおそらくある現実的な「危機感」によるもので、この危機感は安倍政権の動向と深く関係していると考えられる。
 7月14日、日本放送協会(NHK)は明仁天皇に「生前退位」の意向があるという特ダネのニュースを放送した。この情報は日本社会で大きな波紋を引き起こした。この「独ダネ」報道の3日前に、日本の国会参議院選挙結果が公表された。連立与党を含む「憲法改正派」の勢力が3分の2以上の議席を占め、執政党の衆議院の議席も3分の2を占めたことから、安倍政権は衆参両院で「憲法改正の提議」を行うための重要な難関を通り越したことを意味する。
 明仁天皇の「危機感」はまさに安倍首相の自民党の「憲法改正」が紙面から現実に変わったことに起因する。2012年4月、自民党は「日本国憲法修正草案」を公布した。草案は少なくとも2点の重大な修正が明仁天皇の一貫した信念と価値観と相反している。第一に、草案は現行の憲法第九条の「武力を持たず、交戦権を持たない」という表現を削除し、「国防軍」発足の必要性を提起している。これは一貫して戦争への深い反省を主張してきた明仁天皇にとって大きな衝撃だった。第二に、草案で天皇の地位を「元首」に昇格させることは明仁天皇が在位28年間に模索してきた国民と苦楽や禍福を共にする「象徴天皇」の位置づけと逆の方向に進むものだ。
 明仁天皇のもう一つの「危機感」は、安倍政権が皇室の継承問題で保守的で閉鎖的な立場を維持していることだ。日本メディアの報道によると、安倍首相は一貫して女系天皇、「女性宮家」などの制度の創設に断じて反対している者だ。徳仁皇太子に男の後継ぎがおらず、皇太子妃の健康状態も良好でないため、日本の一部の保守勢力は多くの不満を訴え、一部の街頭の新聞や雑誌でもいわゆる「宮闘」(後宮の闘い)をめぐる世間での根拠のないうわさを度々、騒ぎ立てている。明仁天皇に「生前退位」の意向があるのは、自身の後の皇位継承に混乱が生じることを懸念する可能性もある。
 明仁天皇は談話で「あと2年で平成30年だ。」と言及している。これは明仁天皇が2年後に「生前退位」の望みを叶えることを希望していることを暗示するかも知れない。この期間に安倍政権の本来の構想であった憲法改正を優先的に推進するという政治スケジュールは、これでより多くの変化が生じる恐れがある。明仁天皇の初志がどのようなものであっても、安倍首相の「憲法改正の野心」に難題が降りかかったことになる。

(新華社より)

by めい (2016-08-10 07:22) 

めい

西村眞悟前参院議員の感想です。真正右翼による至極まっとうな感想と評価します。
《「天皇」は、クロード・レブィストロースが指摘する「太古の神話から発する権威の世界」におられる。従って、「お気持ち」は、「権威の世界」に在り「法的世界」に在るのではない。よって、「法的世界」の憲法は、「権威の世界」の「お気持ち」に及ばない。つまり、そもそも「お気持ち」に「憲法」に違反するか違反しないかの議論はあり得ないのだ。 これが「日本」なのだ。》

   *   *   *   *   *

直立して「お気持ち」を拝聴する
平成28年8月9日(火)

 八月八日午後三時、
 天皇陛下の「お気持ち」をテレビの前に起立して拝聴した。
 
 天皇陛下は、
 一片の私心もなく、
 伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致され、
 我が国の百二十五代にわたる長い天皇の歴史を改めて振り返られつつ、
 ただ、
 「天皇として大切な、
  国民を思い、
  国民のために祈るという務め」
 を全身全霊をもって果たしてゆくべきお立場から、
 国民に「お気持ち」を伝えられた。
 
 その「お気持ち」を伝えられる天皇陛下の「声」
 それは、まさに「玉音」であった。
 涙して拝聴した方も多いと思う。

 この「玉音」は、「法的地位」からではなく、
 「神秘に淵源する権威」の世界から発せられたものである。
 「天照大神の天壌無窮の神勅」から発せられたものである。
 そう、フランスの社会人類学者であるクロード・レブィストロースが
 次のように言った世界に我々日本人がいる。
 天皇陛下の「お気持ち」は、
 その世界からの「玉音」であった。

 「われわれ西洋人にとっては、
  神話と歴史の間に、ぽっかりと深淵が開いている。
  日本の最大の魅力の一つは、これとは反対に、
  そこでは誰もが歴史とも神話とも
  密接な絆をむすんでいられるという点にあるのだ。」

 この「玉音」を拝聴した我々日本人は、
 まさに「御民(みたみ)吾 生ける験(しるし)あり」(万葉集)ではないか。
 
 何をか言わん。
 「お気持ち」に従うのが我らの道である。

 なお、天皇陛下が冒頭に指摘された
 「戦後七十年の大きな節目」
 の出発点となった
 昭和天皇の終戦の「御聖断」は、
 昭和二十年八月九日に開会された「御前会議」において発せられたのである。
 「お気持ち」が発せられた昨日の平成二十八年八月八日は、
 昭和天皇の御聖断から七十一年を経る前日にあたる。
 この「御聖断」は、日本の未来のために、
 アメリカ軍の将官が次ぎに書いたような世界の歴史上前例のない終戦をもたらした。
 「七百万(事実は八百万)におよぶ精神的にも肉体的にも強靱な日本軍が
 一斉に武器を置くという『歴史上、前例のない降伏』をもたらし」、
 現在の日本の出発点になったのである。
 
 そして、「お気持ち」も、「御聖断」と同じく日本の未来のために、
 次のように締めくくられている。
 「このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、
 これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、
 相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、
 そして、象徴天皇の務めが常に途切れることなく、
 安定的に続いていくことをひとえに念じ、
 ここに私の気持ちをお話しいたしました。
 国民の理解を得られることを、切に願っています。」


 最後に不本意ながら、マスコミ界と政界に、
 この度の天皇陛下の「お気持ち」の発表が憲法に反するのではないか、
 というグロテスクな議論があるので書かねばならない。
 官房長官の記者会見において、どこの馬鹿マスコミ記者か判らないが、
 日本を知らない者か反日の者が、
 「お気持ちの内容に憲法違反があるのではないか」と質問したらしい。
 そこで言っておく。
 「憲法」は昭和二十二年五月三日に施行された「法的世界」の問題である。
 「天皇」は、クロード・レブィストロースが指摘する
 「太古の神話から発する権威の世界」におられる。
 従って、「お気持ち」は、「権威の世界」に在り「法的世界」に在るのではない。
 よって、「法的世界」の憲法は、「権威の世界」の「お気持ち」に及ばない。
 つまり、そもそも「お気持ち」に
 「憲法」に違反するか違反しないかの議論はあり得ないのだ。
 これが「日本」なのだ。

by めい (2016-08-20 21:47) 

めい

「明治の思想家・福沢諭吉は、・・・憲法実施後の国会で政治的対立が激化することを見越して、そういう権力闘争の外に天皇が存在することが、対立への『緩和力』となり、国民統合にとって有益だと考えた。」
天皇御自身が「『日本国の象徴』というより、『日本国民統合の象徴』に力点を置かれている」という視点からの三谷太一郎東京大学名誉教授による解説です。上記本文、堺のおっさんの「日本という国家は、世界的にも珍しい統治形態が連綿と続く。それは俗にいう「天皇制」ではない。まず国体があって、政体が時々の権力を行使するが、形式上は絶対に国体を上位に置く不文律。国体と政体の綱引きも連綿と続いてきた。」の考えと軌を一にします。

要点部を書き出しておきます。

《「象徴天皇は、非行動的な存在と受けとられているかもしれませんが、旧憲法下の天皇よりも強い能動性を持ちうる可能性がある。今の天皇は、その可能性を積極的に開いていこうとされている。それが、『日本国の象徴』というより、『日本国民統合の象徴』に力点を置かれている理由ではないか、と先ほどお話ししたことの意味です。積極的な象徴天皇像をお持ちだという印象を、私が接した限りでも受けてはいましたが、今回、そのお考えが非常にはっきり表れたと思います」・・・
「明治の思想家・福沢諭吉は、大日本帝国憲法が発布される7年前の1882(明治15)年に、日本における皇室のあり方を論じた『帝室論』を発表しました。福沢は、憲法実施後の国会で政治的対立が激化することを見越して、そういう権力闘争の外に天皇が存在することが、対立への『緩和力』となり、国民統合にとって有益だと考えた。この『帝室論』は、戦後、象徴天皇制が作られていく上で大きな影響力がありました」・・・
「現在の日本の政治は、懸案は多数で決めさえすればよいという多数決主義と、それに抵抗する少数者の意見を尊重すべきだという議論が非生産的に対立しています。しかし、多数・少数を超えた、憲法にいう『国民の総意』に基づく権威を欠いた、権力闘争だけでは、安定した政治秩序は作れない。」》

以下全文です。http://digital.asahi.com/articles/DA3S12516717.html?_requesturl=articles%2FDA3S12516717.html&rm=149

   *   *   *   *   *

(インタビュー)「お言葉」から考える 東京大学名誉教授・三谷太一郎さん
2016年8月18日05時00分

「旧憲法下でもそうでしたが、天皇が自らの意思を国民にどう伝えるかは、古くからの難問です」=早坂元興撮影

 天皇陛下が「象徴としてのお務め」についての考えを示した「お言葉」を、主権者である国民はどう受け止めるのか。戦後民主主義における象徴天皇の役割とは何だろうか。歴史学者として明治以来の政治と天皇制の関係に詳しく、宮内庁参与(2006~15年)として天皇家の相談役を務めた三谷太一郎東大名誉教授に聞いた。

特集:天皇陛下、お気持ち表明
 ――「お言葉」をどう読まれましたか。

 「深く印象づけられたのは、『行動者』としての象徴天皇というか、象徴天皇の『能動性』が強く出ていたことです。天皇は『国旗』のような単に静的な『国の象徴』ではなく、動的な『国民統合の象徴』でもある、ということに力点が置かれている。ただ存在するだけの消極的な存在ではなく、国民統合の象徴であることを、日々の行動によって実証しなければならない、という緊張感、責任感が感じられました」

 「とくに、現在の日本国だけでなく、戦没者が眠る旧日本帝国を含めた日本国の周辺部にも、自らの思いを寄せなければいけないという自覚が、慰霊の旅に触れた部分に鮮明に出ていると思います。沖縄問題に対する天皇の関心の強さもその表れであり、この問題への国民的関心を共有することは国民統合の象徴としての任務と不可分だ、と思っておられるからではないでしょうか」

 ――そのような思いがあるため、退位の願いがにじむ表現になったのでしょうか。

 「退位せず摂政を置く選択肢もありますが、天皇ご自身は摂政に明確に否定的です。象徴天皇の任務に強い責任感があり、その任務を現に果たしているという自負があって、摂政では天皇は代行できない、天皇は積極的な行動者でなくてはならない、と考えておられるのでしょう。高齢化に伴い気力や体力が弱ったならば自らの意思で譲位する以外の選択肢はない、と考えておられると思います」

 「もちろん憲法上の制約があることは踏まえた上で、天皇は自由な意思と責任の主体である、という自覚が『お言葉』には強く出ていると思います。天皇ご自身の人間的尊厳の表明と言ってよいかもしれません」

 「これを読んで思い出したのは1946(昭和21)年1月1日、昭和天皇が、天皇の神格の否定などを織り込んで出した詔書です。『人間宣言』と呼ばれるこの詔書と今回の『お言葉』には共通性がある。字句の上でもそうです」

 「『人間宣言』では、天皇と国民との間の紐帯(ちゅうたい)は『終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ』とされていました」

 「『お言葉』では『天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした』とある。全く同じ字句『信頼と敬愛』が使われています。今回の意思表明は、戦後の出発点となった昭和天皇の『人間宣言』を承継していると感じました」

     ■     ■

 ――「お言葉」の冒頭に「戦後七十年という大きな節目を過ぎ、二年後には、平成三十年を迎えます」とあります。

 「『平成三十年』というのは重要な意味を持っているのではないか、と思います。その前に天皇が代替わりをすると『平成三十年』はないわけですから、その年までは務めを果たす、という意思表示だと解釈できるのではないか」

 「もうひとつ大切なのは、『伝統の継承者』という言葉が出てきたことです。天皇として当然のことを述べたものですが、単なる古い伝統の継承者では足りない。『いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています』とある。新しい伝統をつくり、次の天皇に伝えたいという意思が感じられます」

 ――「新しい伝統」とは。

 「象徴天皇の大前提は、国民主権です。戦後、国民主権の下で、天皇はいかなる存在であるべきかという議論の中から、象徴天皇制が生まれてきた。国民主権と、長い伝統を持つ天皇というものを、どう接合させたらよいか」

 「現在の天皇は、即位した時からそういう問題意識を持っていた。今回の声明にも感じられます。国民統合の象徴としてその任務に全的責任を負う、その責任が果たせなくなったら自分の意思で退位する。それを『新しい伝統』としたい。摂政設置論に否定的な理由はそこにあると思います」

     ■     ■

 ――「お言葉」をうけて、政治の場で議論が始まります。天皇は政治的権能を持たないとする憲法の規定に反しませんか。

 「『お言葉』が、特定の立法措置に直接結びつくのは好ましくない。言うまでもないことです。しかし、これが天皇制についての自由な議論のきっかけになることは、大きな意味のあることです。天皇は天皇制を支えるただ一人の存在です。天皇とは何か、自分の務めを通して真剣に考えた人は、今の日本に一人しかいないのです。その天皇の考えを聞くことは、重要ではないでしょうか」

 ――「お言葉」という形式をとったことはいかがでしょうか。

 「憲法によって非常に強く政治的に制約されている象徴天皇が、その意思をどういう形で、主権者である国民に伝えられるか。象徴天皇として生きる限り、国民との対話は不可欠ですが、どんな形で可能なのか。おそらくそのことに苦慮され、深く考えられた結果ではないでしょうか。ひとつの先例を示されたと思います」

 ――象徴天皇のあり方は、憲法で定められており、固定的なものだと考えていました。

 「憲法上の規定はありますが、象徴天皇はこういう存在でなければならない、という自明のイメージがあるわけではない。天皇に就いた人が、自ら形成していかねばならない側面があります。天皇自身が、憲法の枠内で、自由意思を持つ者として、どうしたら国民統合の象徴の務めを果たせるのか、考えていかねばならないのです」

 「象徴天皇は、非行動的な存在と受けとられているかもしれませんが、旧憲法下の天皇よりも強い能動性を持ちうる可能性がある。今の天皇は、その可能性を積極的に開いていこうとされている。それが、『日本国の象徴』というより、『日本国民統合の象徴』に力点を置かれている理由ではないか、と先ほどお話ししたことの意味です。積極的な象徴天皇像をお持ちだという印象を、私が接した限りでも受けてはいましたが、今回、そのお考えが非常にはっきり表れたと思います」

 ――天皇は存在するだけで尊いとする保守の意見もあります。

 「それは、旧憲法下の大日本帝国天皇のイメージが残っているからではないでしょうか。『神聖不可侵』とされた天皇は、『非行動者』としての天皇です。行動すれば、『神聖不可侵』を保つことはできません。『非行動者』が、本来の天皇の姿であり、それを踏み越えるのは、行きすぎだと考えているのかもしれません」

     ■     ■

 ――一方、憲法学者の間には、天皇の政治的影響力の拡大につながるのではとの懸念もあります。

 「私はちょっと違う考え方をしています。今回の声明は、国民統合の象徴としての役割を果たすには、能動的でなくてはならない、という天皇のお考えを、主権者である国民に対し、問題として提起されたのだと思います。どのような象徴天皇のあり方が望ましいか。これは非常に重い問いで、日本国の将来を左右するに足る大きな問題です」

 「象徴天皇のあり方について、私たちはまだ十分な議論を積み重ねてきていない。憲法学者も政治学者も、象徴天皇の位置付けや任務について、あまり踏み込んだ議論をしてこなかった。それを考える重要な機会にすべきでしょう」

 ――そもそも、なぜ天皇制が必要なのかという議論もあります。

 「明治の思想家・福沢諭吉は、大日本帝国憲法が発布される7年前の1882(明治15)年に、日本における皇室のあり方を論じた『帝室論』を発表しました。福沢は、憲法実施後の国会で政治的対立が激化することを見越して、そういう権力闘争の外に天皇が存在することが、対立への『緩和力』となり、国民統合にとって有益だと考えた。この『帝室論』は、戦後、象徴天皇制が作られていく上で大きな影響力がありました」

 ――福沢の視点は、今も有効だとお考えですか。

 「現在の日本の政治は、懸案は多数で決めさえすればよいという多数決主義と、それに抵抗する少数者の意見を尊重すべきだという議論が非生産的に対立しています。しかし、多数・少数を超えた、憲法にいう『国民の総意』に基づく権威を欠いた、権力闘争だけでは、安定した政治秩序は作れない。日本の現状を見ると、そうした思いを禁じ得ません」

 「象徴天皇は、憲法によれば国民の総意に基づくわけですから、そもそもその総意とは何かを考えることが、象徴天皇のあり方を考えるために決定的に重要です」

 (聞き手 三浦俊章、石田祐樹)

     *

 みたにたいちろう 1936年生まれ。専門は日本政治外交史。著書に「日本政党政治の形成」「近代日本の戦争と政治」「人は時代といかに向き合うか」など。

by めい (2016-08-21 05:41) 

めい

いまいちピンと来ませんが、飯山一郎氏が下記のように評価している新井俊介氏の考えです。メモっておきます。

《419 名前:飯山一郎 2016/08/20 (Sat) 23:06:29 host:*.sakura.ne.jp
>>417 リスナーさん
「逝きし世の面影」氏は↓↓教条主義的な左翼論者ですな.知性が浅いです.
>8日15時の天皇のお言葉』は、1945年の玉音放送と同じで『日本の敗戦』
>の言葉が何処にも無かったので誰も気が付かなかったが極限まで劣化した
>71年遅れの『第二次玉音放送』だった。

 この物言いは↑↑日本語の深さが分からず,「天皇制」に反発しているだけ.
 読みの浅さと「天皇制」への感情的な反発は,左翼教条主義者の典型です.
 8月8日の天皇の言葉の深さと,衝撃的な政治的効果を見事に読み抜いた論者は,先ずは新井信介氏だろう.
 新井信介氏の下のサイトを読めば…,「逝きし世の面影」氏の読みが如何に 浅はかで浅いか! ←これが分かります.

  ・ 陛下の覚悟。「生前退位」表明。(by 新井信介)
     http://www.k2o.co.jp/blog4/2016/08/post-227.php
  ・ 新井信介:2016年8月のメッセージ     http://www.k2o.co.jp/blog4/2016/08/201682016819.php

   *   *   *   *   *

陛下の覚悟。「生前退位」表明。摂政も置かず、殯(もがり)も否定で、政治概念の「神聖さ」消失。
http://www.k2o.co.jp/blog4/2016/08/post-227.php

 熊本から戻って、東京のK2O事務所で、陛下の会見内容を確認しました。
 まさか、これほどのご決意とは。 これが、私の感想です。
 法改正の難しさなどを踏まえ、自らは、退位するが、摂政を残すのではないか、と予想していたのですが、今回の生前退位のご意向では、摂政も置かず、しかも、殯(もがり)に伴う、一連の儀式まで、完全に否定されました。
 昭和天皇の「大葬の礼」と 今上陛下の即位の儀では、「神である天皇」としての神格の継承式の面があったのですが、 今回陛下は、完全に、日本国憲法が規定する、日本国の天皇、すなわち、国家と、国民統合の象徴である自分を、改めて表明し、それを、日本国民に求めました。これは、自らの神格の完全否定です。国民の安寧を祈る、祭主である、との宣言です。
 それ以外のいかなる考えも認めず、為政者は、自分を利用するな、という厳命です。
これは、現代の天皇には、明治憲法での「神聖にして不可侵」という神威はなく、それを語ること、その神威を前提にして、国事行為をすることを、すべて、戒めるものです。
 これは実は、明治憲法での、皇国史観ファンタジーを否定するにとどまらず、日本書記から続いている、天皇像や天皇観を完全に脱却するものです。
 具体的に言えば、戦前の軍国主義ノスタルジーに没頭する人間の否定です。神武天皇の赤子(せきし)からなる民がいるのが日本国だ、という政治概念を語る人間に対し、そんなお伽話をもうやめなさい、と叱責しているのです。
 これに伴って、当然のこと、日本の神社界の体系も変わります。
 日本会議や神社本庁の面々には、戦後、国家(統治体)と国民統合の象徴となった天皇に、明治期に伊藤博文らによって政治的に創作された、日本民族の中核として神聖さを、この21世紀に再度持たせ、自らはその輔弼をしたり、場合によって、自らがその代理になったとして、天皇の神意を広めるという名目で、対外的な軍事拡大を正当化する、もくろみの者がいました。そうした人間に対し、完全に、その根拠を消しているのです。そして、自らが、国民の声に耳を傾けるとして、民意を無視して戦争に向かいたがる為政者に、大叱責をしたのです。しかも、この放送を、CNNが全世界に流した。これは実は、1300年前に藤原不比等によって作られた、天皇の政治的な神聖さの終焉をなすものです。摂政も、モガリも、天皇の神聖さを担保するものとして、その地位や儀式が存在したのですが、もう、不要だと。これは、いわば、不比等が作り出した、イザナギ・イザナミによってオノコロ島(沼島)で国が誕生したという、国産み神話に、もはや、何ら、現実世界での政治的力を与えてはならないとする宣言です。今上陛下は、みずから、天皇ファンタジ―を終わりにしたのです。
 実は、日本列島に、「天皇を創った」という一族があって、その長老が、この2月7日に亡くなったばかりでした(この人物の死は、4月6日に関係者に流れ出した)。今回、天皇にまつわる、政治的「神威」が無くなったことは、昨年9月の国連総会で、バチカンの法王フランシスコが、「十字架には神の力はない。神は、私たちが撒いた種を生長させ、花を咲かせ、実をならせる力である」と、言ったことに呼応します。政治が神を語ることで、国民を戦争に駆りだしてきたのが、これまでの人類社会ですが、これが、日本では、ようやく、今日、完全に否定されたのです。
 2016年8月8日は、永遠に、記録される記念日になりました。まさに、今日の放送は、「稲の根本に鎌をあてがう」のそのトドメの一撃になりました。陛下御本人が、日本会議や神社本庁、そして、日本版の軍産複合体の知的幼さと、政治的危うさに、本当に心を痛めていらしたことが、判ります。
 私たちは、日本文化の核としての、天皇について、もっと、きちんとした定義つくりが必要になりました。今上陛下の言葉にある「国民の声に耳をあてがう」。 ここに、私は、第二代目の綏靖(カム・ヌナカワ・ミミ)の名前との共通点を見て、同じ姿勢を感じます。 ヌナカワとは、縄文の女神であり、自然そのものです。記紀にある、神話編から続けられる人間天皇の誕生と、実際の日本列島での王権の誕生とその推移のドラマを、きちんと対比させないといけません。
 特に、カムヤマトイワレビコとは何者か? さらに、神武とは、何者なのか?
 なぜ、ハツクニシラスが、初代の神武と、第10代の崇神にあるのか?
そして、縄文時代からの霊性は、今の天皇に、どのように、引き継がれているのか?これらは、私たちが、12年間、真剣に、解明に努めてきたことです。「内の先祖が天皇を創った」という、イカヅチこと金井氏の祖先は、第10代崇神のときに、日本史に登場しています。これは、3世紀で、黄巾の乱の後の、卑弥呼の時代のことでした。私は、大陸・半島・列島の人間が、それぞれ納得できる古代史を完成させたいと思います。

by めい (2016-08-21 06:30) 

めい

《天皇陛下が「平成の玉音放送」をされたのを境に「日本国民の天皇陛下」から「世界の天皇陛下」を諸国民が意識するようになり、「地球連邦政府樹立・地球連邦軍創設」に向けての動きが、顕著になっている。》

「前原元外相、代表選挙に立候補を正式表明」モニュースに「えっ」と思いましたが、その背景指摘の記事です。

一次情報の詳細が知りたいです。
https://www.spf.org/event/article_21300.html

   *   *   *   *   *

民進党の前原誠司元外相は、代表選挙に立候補を正式表明、背後で「小沢一郎代表」が総指揮を執っている(板垣 英憲)
http://www.asyura2.com/16/senkyo211/msg/742.html
投稿者 笑坊 日時 2016 年 8 月 26 日 08:47:48: EaaOcpw/cGfrA j86WVg
http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/ea6ffac95b33dce067f780ad0e7498b8
2016年08月26日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」

◆〔特別情報1〕
 天皇陛下が「平成の玉音放送」をされたのを境に「日本国民の天皇陛下」から「世界の天皇陛下」を諸国民が意識するようになり、「地球連邦政府樹立・地球連邦軍創設」に向けての動きが、顕著になっている。米国エドウィン・O・ライシャワー東アジア研究所のケント・E・カルダー博士は8月24日午後、公益財団法人「笹川平和財団」(東京都港区虎ノ門1-15-16 笹川平和財団ビル11階)で、「中国・欧州関係の進展とその世界的影響」という演題で講演し、「欧州―ロシア(途中駅)―ユーラシア―中国」のなかで起きている大変化に影響を受けて、日本も大きく変化せざるを得ないと力説した。日本では、「天皇陛下と小沢一郎代表」による巨大な力が、根本的な大変革を促している。その現象の1つが、「『政局秋の陣』安倍独裁の自民党分裂、民進党は分解へ~ジャパンハンドラーズが安倍晋三政権打倒を指示(イスラエル国民が再び亡国、日本か満州へ移住)」だ。民進党の前原誠司元外相は8月25日、代表選挙(9月2日告示、15日投開票)に立候補することを正式に表明した。この背後で、「小沢一郎代表」が総指揮を執っている。
by めい (2016-08-26 11:02) 

めい

「天皇制と民主主義」についての基本認識が示されている重要な議論と受けとめました。
《『古事記』では、大国主神らが領土領民を力で支配する「うしはく」の政治を行っていたが、天照大神はみんなで情報を共有し、みんなで協力しながら国づくりをする「しらす」の政治を掲げて国譲りを迫る。大国主神は納得して国を譲り、以来、天皇制の本質は「しらす」になった。
 ・・・・・・・
今上天皇がビデオメッセージで国民に語り掛けられたのはまさしく「しらす」のやり方である。天皇は国民に自らの考えを知らせ、国民の判断を仰ぎながら道を探している。「しらす」に戻ることが「象徴天皇制」を末永く続ける道だと考え、明治政府が政治利用のために作り上げた皇室典範を改正することを願っている。》

   *   *   *   *   *

日本の民主主義を前進させる「天皇のお言葉」を捻じ曲げようとする政治家たちー(田中良紹氏)
http://www.asyura2.com/16/senkyo212/msg/157.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 8 月 31 日 13:30:30: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
   
日本の民主主義を前進させる「天皇のお言葉」を捻じ曲げようとする政治家たちー(田中良紹氏)
http://www.twitlonger.com/show/n_1sp2ctl
31st Aug 2016 市村 悦延 · @hellotomhanks

日本の民主主義を間違いなく前進させると思う「天皇のお言葉」を捻じ曲げようとする勢力が与野党の中に存在する。

その勢力は「天皇のお言葉」に「速やかに応える」ため「時間のかかる」皇室典範の改正には手を付けず、特別立法による一代限りの生前退位を実現させようとしている。この勢力をフーテンは「民主主義の敵」と考える。

天皇のビデオメッセージを何度見直しても、天皇が願っているのは一代限りの生前退位ではない。常に国民に寄り添い国民の安寧と幸せを祈る「象徴天皇制」が安定的に継続していくことを願っている。

それは明治からの天皇の在り方を根本的に見直し、古代から日本の歴史に刻み込まれてきた「天皇の道」を今一度振り返ることで、「象徴天皇制」を未来につなげようとする願いである。

そしてそれは日本の民主主義を前進させることはあっても決して後退させるものではない。「お言葉」の直後ブログに書いたが、イギリスのジョージ5世は議会の貴族院と庶民院が対立した時、庶民院の側に立つことを宣言し、それが貴族院に決定権を失わせ、イギリス議会は初めて本格的な民主主義の議会となった。100年ほど前の話である。

明治以来の天皇は現人神として絶対君主のように思われたが、実のところは薩長藩閥の官僚支配に政治利用されてきた存在である。日本民主主義の源流となる自由民権運動は国会の開設を要求し、第一回の選挙で選ばれた衆議院議員が官僚政府の予算案を否決するが、政府は天皇の大権を理由に否決を拒み、議員の切り崩しを図って強引に予算を成立させた。

「東洋のルソー」と呼ばれた思想家中江兆民はこれに怒り、衆議院議員の職を辞すが、天皇を支配の道具に利用した官僚政府は徹底して民主主義の勃興を弾圧、それが自由民権運動家を急進的な運動に追い込む。兆民の弟子である幸徳秋水は無政府主義者となり、明治天皇暗殺の容疑をかけられて死刑となるが、事件には官僚政府による捏造の疑いがあった。

明治天皇は日清戦争にも日露戦争にも反対したが、官僚たちはその声を聞かず、昭和になると今度は軍部が天皇を政治利用する。こうして戦前の天皇は官僚と軍部による民主主義抑圧の強権政治に利用され続けた。

しかし古代から続く天皇制の本質は大和言葉で「うしはく」と表現される強権政治にあるのではない。むしろ国民に知らしめ、国民とともに判断する「しらす」の政治にあることをフーテンは片山杜秀著『失われたファシズム』(新潮選書)で知った。

『古事記』では、大国主神らが領土領民を力で支配する「うしはく」の政治を行っていたが、天照大神はみんなで情報を共有し、みんなで協力しながら国づくりをする「しらす」の政治を掲げて国譲りを迫る。大国主神は納得して国を譲り、以来、天皇制の本質は「しらす」になった。

こうして外国が力による政治を行うのに対し、日本ははるか昔から君民一体の政治を行い、その体制を変えないために万世一系の伝統的権威を中心に据える思想が生み出された。力による変化を避けるためである。

ところが徳川幕府を倒すために尊王を掲げた薩長は力で幕府を倒し、力で日本近代化を推し進め、天皇を現人神と国民に信じ込ませるパフォーマンスで、伝統とは逆の「うしはく」を行う。それなのに「しらす」で西洋の覇道に勝てると妄想し自滅したのである。

今上天皇がビデオメッセージで国民に語り掛けられたのはまさしく「しらす」のやり方である。天皇は国民に自らの考えを知らせ、国民の判断を仰ぎながら道を探している。「しらす」に戻ることが「象徴天皇制」を末永く続ける道だと考え、明治政府が政治利用のために作り上げた皇室典範を改正することを願っている。

アメリカ政治を10年余見続け、その関連でイギリス議会にも触れたことのあるフーテンは、日本国内で語られる民主主義に違和感を感ずることがしばしばある。例えば「民主主義は多数決」と言う人を見ると「正気なのか」と反論したくなる。

多数決で決まった結論は一つの目安に過ぎず、決して正しい結論というわけではない。むしろ少数意見を尊重し可能な限りその内容を取り入れるのが民主主義で、選挙で国民の多数から支持された政策でも、それをよりよくするために修正を行うのが議会の務めである。 国会は「国権の最高機関」と言われるが、しかし国民は国会における多数党の横暴に目を光らせなければならない。

イギリスにはBBC,日本にはHNKという公共放送があるが、放送の質がまるで異なる。BBCは政権批判を徹底してやるが、NHKはこれまで一度も政権批判をしたことがない。 それは放送免許を総務省からもらい、予算を国会で承認されなければ執行できない仕組みがあるからである。

国会がいわばNHKの株主総会に当たり、多数党は大株主と言うことになる。大株主に逆らえる企業がないようにNHKは常に与党の言いなりにならざるを得ない。 BBCはなぜ政権批判ができるのか。それは王室から免許を貰っているからである。そのため政治の干渉から守られ、国民の側に立つ放送が可能である。

日本には天皇制と民主主義を対立的に捉える人もいるが、しかし欧州には立憲君主国が多く、それらの国はみな日本より数倍も民主的である。天皇制と民主主義は調和が可能であり、むしろ政治の横暴から国民を守ることもできる。

フーテンは「天皇のお言葉」を聞いて、国民に寄り添うことを末永く安定的に継続していく天皇の強い意志を感じ、そのためには明治政府が「しらす」を天皇制の本質と認めながら、政治利用によって「うしはく」を推し進める結果になった旧皇室典範からの脱却が必要だと考えた。

ところが先日、与野党の立場を問わず政治家や憲法学者らが「時間がない」ことを理由に、「まずは一代限りの生前退位」という議論をしているテレビ番組を見た。どうやら政治の世界は落としどころとして特別立法でお茶を濁すつもりでいるようだ。中には皇室典範の改正をするにしても、肝心な部分は特別立法で定めることにすればよいという悪辣な意見もあった。

日本の近代には伝統を破壊し天皇を政治利用してきた苦い歴史がある。その歴史と決別し本来の伝統を取り戻していかないと、日本は国際社会から尊敬されなくなるとフーテンは思う。そのことを天皇は国民に語り掛けられたのではないか。

天皇が示されたタイムリミットは平成30年、2年間の時間的余裕があるのに特別立法でお茶を濁そうとする輩は「民主主義の敵」だとフーテンは断ずることにする。

by めい (2016-09-01 01:58) 

めい

日本の起源、天皇制の起源についての、ほんとうとしたらすごい議論が展開されています。
《現在の「平壌」が,天皇制にあこがれ,擬似天皇制(金王朝)を採用している…,これまさしく,“不思議に満ちた地政学” といえましょう.》

   *   *   *   *   *

680:堺のおっさん : 2016/09/01 (Thu) 22:22:05 host:*.ocn.ne.jp
政体の上位に国体が存在する、世界的にも稀有な日本のありよう。
それはどのようにして形成されていったか?
百済はただの征服王朝ではなかった。征服王朝であれば、国体の上位に政体を位置付、百済的にすべてを塗り替えていったはず。
文化的に遅れた民族を征服した場合、通常古い文化は消滅する。支配、被支配という関係は政体の属性。しかし、日本の文化に今も根付く縄文の感性。
私は、国譲りの伝説はあながちウソではないと思う。政体の正当性を主張する目的の伝説ではなく、本当に国譲りがあったと思う。
国体を政体の上位に置くならば、潔く禅譲し新しい国づくりに協力しましょう、といった話し合いの場が持たれた。こうした視点で古代史の疑問に仮説を立てながら解明していくのも一興。
百済は古代日本に先進技術をもたらす代わりに国体の一部となることを条件にして、古代日本に受け入れられた。
出雲神社が消滅ではなく、本殿が「横向き」に存在するのも本当に国譲りがあったからだと考える。
ただ蝦夷征伐など征服行為が事実あった訳ですが、それは百済が実質的に吸収され、国体に完全に同化したのちの政体が行った征服行為とみることもできる。

なんだか、今日は古代妄想に浸る一日であった。

681:飯山一郎 : 2016/09/02 (Fri) 00:36:01 host:*.sakura.ne.jp
>>680 堺のおっさん.

「国体・政体」という『聖・俗二元体制』の起源は,百済国の前身 “馬韓国” にまでさかのぼれると思います.
古代朝鮮には,馬韓,辰韓,弁韓という国がありました.いわゆる 『三韓時代』 .この 『三韓』 は,いわば競合関係にあり.対立もしていました.もし,対立が深まり,戦争前夜のような深刻な事態になると,『辰王』 が仲介に入りました.『辰王』 とは,タイ国の 『プーミポン国王陛下』 のような存在だと思っていいでしょう.タイ国では,正式に 『プーミポンアドゥンラヤデート』 と お呼びしなければならない.『プーミポンアドゥンラヤデート』 とは 「大地の力・並ぶ事なき至高の権威」 という意味です.つまり,「最高権力」 ではなく,「最高権威」 .この点,注意されたい….

三韓時代の 『辰王』 は,必ず 「馬韓国」 の王が即位しました.『辰王』 は世襲制であり,首都は 「月支国」 にありました.『辰王』 は “鬼道” に優れ,“鬼道” によって三韓を支配下においていました.この “鬼道” は,自然崇拝・精霊崇拝(アニミズム) に近かったようです.『辰王』 の “鬼道” は,日本の古神道や “卑彌呼の鬼道” に近いと思います.ちなみに日本の天皇も,自然崇拝的な「祈り」の宗主,“鬼道”の使い手です.

さて,突然…,『辰王』 の統べる “馬韓国” に “侵入”してきたのは “扶余国” の残党でした.“扶余国” は,ツングース族の末裔です.ツングース族の王も,“鬼道” に優れた “草原のシャーマン”(巫師) でした.“シャーマン” とは,ツングース語の「šaman,シャマン」から派生してきた言葉です.“扶余国のシャーマン” は,“馬韓国の辰王” の地位を奪い,やがて,帯方郡の故地に新しい国家を立ち上げる.これが 『日本国』 の先祖 『百済国』 です.したがって…,『百済国』とは,“馬韓国” のアミニズムを吸収したシャーマニズムの国家なのです.
.
ここで…,これまでの物語を大雑把にまとめてみましょう.
卑彌呼の邪馬壹国が参内した帯方郡で,馬韓と扶余が合流し,百済国となり…,韓半島まで東遷 (東征) し,百済国が滅びると,日本に渡来してきた百済人.百済人の血は,馬韓人と扶余人と卑彌呼のDNAが渾然一体となった血脈で…,この血流の一貫性こそが,万世一系の神話の基礎になりました. ちなみに “馬韓国” は,帯方郡の南にありました.現在の平壌は,当時の “馬韓国” の南端部に位置しています.現在の「平壌」が,天皇制にあこがれ,擬似天皇制(金王朝)を採用している…,これまさしく,“不思議に満ちた地政学” といえましょう.

by めい (2016-09-02 04:01) 

めい

堺のおっさんの議論から目が離せません。
http://grnba.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=15862681
《人間社会の「絆」は言葉ではない。実在あってこそだ。》
《みんなの技術をみんなで守る。新日本国の「絆」はこれが実在です。》

   *   *   *   *   *

42:堺のおっさん : 2016/09/16 (Fri) 16:21:36 host:*.ocn.ne.jp
>日本は明治以来の近代化の過程で,村社会(地域共同体)が消滅した。

御一新から始まる近代化の中で村社会の消滅の大きな原因として指摘されるのが里山での「入会地」の所有権化。それまで誰のものでもなかった「入会地」を、共有地へと登記。権利は人数で頭割り。都会へ出る農民は権利を売る。
「みんなのもの」を失ったことは、地域共同体の衰退をもたらした。
やがて、誰も手入れをしなくなり里山は荒廃。今日の里山荒廃は実に150年の歴史を持つ。それが、ついに家族の崩壊までつながっていく。
人間社会の「絆」は言葉ではない。実在あってこそだ。
新日本国は、「入会地」を持つ村を基礎単位とすべきだろう。

47:魚座の五郎 : 2016/09/16 (Fri) 20:09:51 host:*.dion.ne.jp

>>46 すで爺さん

初めまして。
その中国には日本での学生を終えその翌年から余所様の国で学生を始める
年でした。確かに!堺のおっさん のコラムは深さの裏付けがが有り読む側を惹き付けます。ただ者じゃありませんよね。圧巻です!

48:すで爺 : 2016/09/16 (Fri) 20:39:20 host:*.bbiq.jp
>>47
魚座の五郎さん

てげてげと放知技を中心にして、関係のサイトを訪問すれば、日常 自分に必要な情報が全て得られますので、ネット・サーフィンの必要がありません。しかも放知技は匿名でも、中国で直接お会いする可能性の高い方たちです。爺になって与えられた大切な場だと思っています。

50:堺のおっさん : 2016/09/16 (Fri) 21:42:20 host:*.ocn.ne.jp
すで爺さん、五郎さん
ホメ殺し~。

調子に乗って、もうひと展開。
新日本国は領土を持てません。
土地を借りる立場では、「入会地」を持てません。
しかし、要はなくてはならない「みんなのもの」を作ればいいわけです。
それが、技術であってもいいわけです。
乳酸菌培養技術。これが入会地に代わる新日本国の「みんなのもの」筆頭です。
新日本国は、とても経済的な国家となります。
何せ、領土を持たないわけですから、国防の必要性がありません。
しかし、安全保障は必須です。乳酸菌技術はその担保にもなります。
御大もおそらくこうしたイメージで、乳酸菌技術の公開をとらえているはずです。
みんなの技術をみんなで守る。新日本国の「絆」はこれが実在です。

by めい (2016-09-17 04:36) 

めい

前記コメントのつづき。あらためて「祭り」の意義。

   *   *   *   *   *

62:堺のおっさん : 2016/09/17 (Sat) 08:53:13 host:*.ocn.ne.jp
岸和田のだんじり、今日明日が、宵宮と本宮。

「みんなのもの」は入会地消滅後も、農作業を助け合うことでつながってきたが、機械化のおかげで、田植え、稲刈りなどの共同作業も消滅。代わって農協という商社が税金を分捕る利益代表として農家の不動産屋化を促進。ただの圧力団体。/そんなご時世の中で、いろいろ問題を伝え聞くが「だんじり」は「みんなのもの」の片りんを今に伝える祭りです。/お天気も何とか持つか? 祝、岸和田だんじり祭り。

by めい (2016-09-18 04:19) 

めい

「皇后のお言葉」についての堺のおっさんの見解を【追記】しました。
by めい (2016-10-20 16:35) 

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