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天皇のお言葉(2) 「国民のために祈るという務め」 [思想]

昨日、天皇のお言葉をどう受けとめるかについての或る方の見解を記した文章を、仙台のEさんからいただきました。


天皇のお言葉の中には「祈る」という言葉がニ度出てきます。

私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ました」「天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。」

普通の感覚ですっと読むと「祈る」は「心に念ずる」程度で読み過ごしてしまいます。しかし、天皇の日々のお務めの中で「祈る」行為はその中核を成しています。そのことに気づくと、あらためて天皇のお言葉のほんとうの重大性が見えてきます。以下、昨日いただいた文章をコピーさせていただきました。


ただし最後段、安倍首相は歴代首相の中で最も真摯に「宮中祭祀」に臨んでおられ、御親祭には殆ど全て参列しておられる。そして今上陛下の御真意を謹んで正確に受け留めておられるようである・・・云々》については「えっ!?」と思いました。ネットではもっぱら天皇陛下のお言葉へのコメントを発表した安倍首相の去り際の不敬な態度」というのが一般的評価ですから。とりあえずは、安倍首相がほんとうに「御親祭には殆ど全て参列」なのかどうか確認せねばなりません。(安倍総理が昨日、宮中祭祀の御親祭である「春季皇靈祭」・「春季神殿祭」に参列されました。/総理ご就任以来、私の知る限り天皇陛下御親祭の宮中祭祀に安倍総理は必ずご参列されてゐます。/これは、戰後の宰相では初めてのことではないかと思ひます。/日本に於ける政治家は總べてかうでなければならないと思ふのです。》という小林隆(傳承文化研究所)氏の記事がありました。)さらに、今上陛下の平和への切なる祈りを安倍総理がどこまで理解しておられるかどうか、そのことがいちばんの問題であることはいうまでもありません。

 

 *   *   *   *   *

(前略)先日の今上陛下の「生前退位(失礼な言い方で、「御譲位」と申し上げるべきかと思います)については皆様 様々のお考えがあると思います。

此の度この事に関しまして、私(Eさん)が心から尊敬申し上げる或る方から頂いたものが、殆どの所謂知識人が「高齢による御負担〜」と「目に見える」事のみを言うのに対しまして、「天下万民のために祈り給う宮中祭祀」という「目に見えない」世界に言及された卓見と思いますので、その方の了承のもとに皆様にお報せし、御参考にしていただければ・・と思います。(*に続く小文字は私(Eさん)の書いたものです)


【或る方から頂いた文章の抜粋】

 (前略)この問題(*今回のいわゆる「生前退位」のこと)について誰も殆ど言挙げしない「宮中祭祀」の御事についても謹んで憶念申し上げるべきものと拝察いたします。

即ち天皇陛下の最も重要なお役目は「宮中祭祀」であり、それを誰よりも深く御心得あそぱすのは、今上陛下ご自身であらせられるものと拝します。然るに終戦後、GHQ(を動かした勢力)とその手先達(戦後利得者達)は入江某(侍従長)、富田某(宮内庁長官)などを筆頭に「宮中祭祀」の形の「簡素化(=実は破壊)に血道を上げて来たという事実、先帝陛下も今上陛下も、その「実」を懸

命に守り抜いてこられたと云う真実が厳然としてあるものと拝します。そのような経緯から、今上陛下は宮中祭祀の「御手振り(秘儀等)」を確実に皇太子殿下に継承あそばされるために、その「習礼(シュライ)」の総仕上げを成し給い、お見とどけあそぱすために、近未来において「御譲位」あそぱされるのではないか、と拝察申し上げるところです。それだけではありませんが、最も尊重されるべきことは「皇室よ立ち枯れよ!」という呪胆以外の何物でもない「現行法令」によってではサラサラなく、また思慮に乏しい国民大衆の「愛とか人気とか」でもなく、「今上陛下と皇室」の御意向にこそ沿い奉り、そのためには何を復さねぱならないか、から思いを致すべきものと拝察いたします。

 「一体どこへ訴えれば良いのか?」現下の地には訴えを聞き届けてくれる処がどこにも無いからこそ、吾々「草莽の微臣・民草」の一人一人が、先ずは「WGIP (*下記をご覧ください)の呪縛」から覚醒し、「真実の歴史観と正しい国家観」を蘇生・回復するための運動に奔走しているのではありませんか。そして覚醒した日本人を一人また一人と地道に増やして行く以外に道はありません。

そして畏けれども、天皇陛下は宮中三殿において皇祖神・御歴代皇霊・天神地祇を祀り玉うところですが、本来の日本人が数を重ね心を合わせて祈らなければ、天の感応は顕われるものではないと敬信致します。

 *WGIPとは「ウオー・ギルト・インフォメーション・プログラム」の略で戦争の罪悪感を日本人に植え付ける宣伝計画のこと。終戦後の昭和20年から主権回復した昭和27年までの占領下で行われたといいます。昭和54年に江藤淳氏がその存在を主張し、平成27年に近現代史研究家の関野通夫氏が「GHQ/SCAI)文書」にその存在を確認して「正論」(平成27年5月号)で発表されています

 (中略)「皇室典範」を思慮の浅い(しかも「洗脳」された)国民大衆の、その時の気分で左右される「法律」に貶められたままにしておくのは、如何にも不忠そのものであり、危険極まりないヒガゴトでもありますので、今般の「今上陛下の御譲位の御意向」の一件を奇貨として、謹んで改め奉るべき「天機」となすべきものと拝します。(今日新聞広告にあったSAPIO9月号)の項目に「畏るべき天皇陛下・・・暗黙の御聖断」(小林よしのり)とありましたが、今上陛下の思し召しは「高齢によるご公務の軽減を‥・」などと云う次元の低いところにあるのでは更々ないものであろうと拝します。)

 先帝陛下も「御譲位」の御意向を洩らされたことがあると承ります。それは戦後の皇室御側の表(宮内庁)と奥(侍従達)を牛耳った不忠の逆臣の筆頭である富田某と入江某が、陛下の大御心(御意向)に真正面から逆らって「宮中祭祀」の簡略化(破壊)を強行したことを御不満とせられての思し召しであり、今般の今上陛下の「御譲位」の御意向も、君側の奸どもが、年中の「宮中祭祀」の中でも最も重要な御祭儀である「新嘗祭」の「暁の御儀」の御斎行を阻止(中止)した頃からのことであるとも洩れ承っています。


 (中略)8月8日に拝聴いたしました今上陛下の「思し召し」は、先帝陛下の終戦の「御聖断」と並ぶほどの平成の「御聖断」とも申し上げるべきものであると恐懼しております。そしてその「核心」は、今上陛下の「宮中祭祀堅守」の大御心であらせられると謹んで拝察申し上げるところです。

 大東亜戦争の敗戦後70年余を経ても、吾々国民大衆は、何とも卒然として、未だにGHQに強要された「現行憲法」と云う「座敷牢」に天皇陛下と皇族方を押し込め奉ったまま、これを放置していると云う不忠極まる現実があり、その上にグローバリズム勢力(ユダヤの邪神)の手先共が、宮内庁をはじめ皇居の内外の要所を堅牢に包囲して、今上陛下の御意向に逆らい「御公務の軽減」と云う邪理屈を立てて宸襟をないがしろにし、天皇陛下の最も重要なお務めである「宮中祭祀」を妨害し続けてきた、吾々国民大衆は為すすべなく、いや為すべきところを忘れ呆けてしまい、斯く至らしめた、それを許してしまった、と云う「大罪」を犯しているという厳然たる事実がある、承久の変(三上皇様の遠島)にもまさる不忠の極みではないか、と恐懼に耐えないところであり、そのような大僻を将に最後のー線において今上陛下御自らが明確に避け玉うた「平成の御聖断」であったと畏み畏みて拝察申し上げるところです。


 (中略)先日秋の皇居勤労奉仕の打ち合わせの会合に参加した御仁(神社神道関係者)から、安倍首相と哩懇のお方(政治家やブレーンの学者ではないようですが、お名前は明らかにされませんでした)から仄聞したところとして「安倍首相は歴代首相の中で最も真摯に「宮中祭祀」に臨んでおられ、御親祭には殆ど全て参列しておられる。そして今上陛下の御真意を謹んで正確に受け留めておられるようである。今般の今上陛下の「思し召し」が広く国民に伝わるように、宮内庁に「TV放映」を仕向けさせ、御放映後直ちに「重く受け留める」と首相として意志を明示されたことに深く思いを致す必要がある」旨を承りました。安倍首相の思想信念については、つくる会(*新しい歴史教科書をつくる会)等では昨年夏の「戦後70年談話」や年末の「日韓同意」等で不信感を募らせる同志達が数多く(小生もその一人ですが)、このことについては次元の高い視座からしっかりと受け留め、凝視をしてゆきたいと考えており、それを念頭に御祈念を深めてまいる所存です。(後略)



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めい

お言葉の中の「国民のために祈る」に着目した記事です。
《国民の中に痛む人があれば、行って共に痛みを感じ、分かち合い、国民の中に喜びがあるなら、それもまた共に喜びを分かち合う。「その心に全身全霊を開く」ということが、明仁天皇が皇太子時代から半世紀余、身をもって探究し、創造し実践してきた「象徴天皇の祈り」ではないか。》との指摘です。それはそれでなるほどですが、「宮中祭祀」としての「祈り」が先ず以て第一であることは間違いありません。

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天皇陛下の深い教養とノブレス・オブリージュ なぜ玉音放送を望まれたのか
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47662
2016.8.22 伊東 乾 JBpress

 天皇の「お気持ち」放送以降、国内外で様々な反応がありますが、そうした場であまり触れられていない観点を1つ考えてみたいと思います。

ポイントは「普通の国民の気持ちと一つになって天皇という個人が祈る/心身ともに存在し、生きる」という点です。

■神話からの卒業

 今回の「お気持ち」では、想像を超えて天皇という「個人」の行動と努力、そして加齢や健康によるその限界が詳細に論じられています。

 被災地を訪問し、国民と同じ目線で労いいたわろう明仁天皇の努力は「憲法順守」ならびに「無私」という2点が従来から指摘されてきましたが、今回の放送を通じて「国民と一体化する」という天皇個人の思いを強く感じられた方は少なくないでしょう。

 仮に加齢や病によって寝たきりになったような場合でも、摂政を立てたり、メッセージを発したりすることで「象徴としての務めを果たす」ことができるのではないか。

 そのような意見や反問に、天皇は「そうではない、違う」と非常に強く反論、否定したといった消息も伝えられています。

 では、明仁天皇が皇太子時代から真摯に考え続け、即位以来まさに「全身全霊」をもって考えてこられた「象徴」としての天皇のあり方とはどういうものなのか。

 以下は幾人か関係される方から消息をうかがった私個人の考えに過ぎませんが、明仁天皇は西欧先進国の立憲君主制での王室のあり方を念頭に、キリスト教の倫理に深く影響を受けた判断と行動に努めておられるのではないかと思われます。

 1つには、幼時からカトリックのミッションスクール(聖心女子学院)で学んだ美智子皇后が、3.11直後も、今回も「玉音放送」に(原稿推敲時から深く)サポートしているといった事情が考えられます。

 また東宮参与として天皇、皇太子の憲法と象徴天皇制に関する相談相手であられ、のちにカトリックに入信し「トマス・アクウィナス」の洗礼名を持った團藤重光東京大学教授からうかがった「ネオ・トミズム」の背景を考えることができるでしょう。

 「トミスム」などと言っても、今日の日本語の情報環境はピンとこないかもしれません。

 これは「トマス・アクィナス主義」すなわちEUの統合にあたって、新旧両キリスト教圏にまたがる欧州を「成文法を超えて一体化させる」道徳律として旧約新約の両聖書を第一の規範とし、トマス・アクウィナスの神学を道徳律の参照点としようという考え方と、ここではざっくり述べておきたいと思います。

 EUの心臓部は独仏両大国に挟まれたべネルクス、すなわちべルギー、ルクセンブルクとオランダの3カ国に集中していますが、べルギーはカトリック、オランダとルクセンブルクはプロテスタントで、ウエストファリア条約(1648)以来、新旧教勢力が国内に併存しつつ、各々の独立したコミュニティを維持し続けています。

 第1次と第2次、20世紀の両世界大戦に至る経緯にも、こうした国内勢力の分断や対立が明確に影響を及ぼしている。

 様々な反省に立って20世紀後半という半世紀を懸けて「欧州統合」を推し進めてきたEU中枢が共通の価値観として堅持してきた背骨、それが「ネオ・トミスム」新トマス・アクウィナス主義と言えます。

 亡くなられた上智大学名誉教授、ホセ・ヨンパルト神父様から関連の話を多く教えていただきましたが、私自身は専門的にそれをここで論じることができません。

 以下では、聖書に記された幾つかの事績を、明仁天皇の行動と対照してみたいと思います。

■苦しむ人と同じ場所で同じ思いを共有する

 新約聖書「ヨハネによる福音書」5章には、イエス・キリストが、エルサレム「羊門」のそばにある池のほとりで、家族からも見放された重病や伝染疫に侵された人々の中に進んで入り、病気を快癒させていく様が描かれています。

 聖書はイエスのなした奇跡としてとしてこれを紹介しますが、今日のキリスト教会では私たち現代人が災いのもと、苦しみのもとにある人びとの知らせを受け取った時、どのように行動すべきかの規範をここから読み取り、説教などに生かされることも多い。

 地震や津波、火山災害などの被災地にボランティアとして出向き、現地の人々が直面する苦を我がものとして共有し、その痛みを痛み、苦しみを苦しむ・・・。

 クリスチャン的な文脈で日本社会では苦手な方が多いかもしれませんが、こうした倫理観がEU指導部を貫いている。

 そこから、シリアやレバントの紛争地域から亡命してくる「隣人」を受け入れ、難民指定を受けたものには住居と最低限の食を保証し、就労の機会も斡旋していくという政策が立案されます。

 ドイツのアンゲラ・メルケル首相がCDUすなわちキリスト教民主同盟の党首で、EU一体化に万策を尽くしているのは周知と思います。

 その背景は新トマス主義の倫理と、新約聖書福音書の事績があり、こうした典拠に基づきつつ西欧立憲君主制国家の元首や王族たちは、自らの行動の道徳律、倫理規範の直接の参考となしている。

 翻って、天皇の被災地訪問を考えてみましょう。

 避難所でスリッパを進められても「皆さんが履いておられないなら私も履きません」と靴下のまま被災者のもとを訪れ、膝を折って被災者と同じ目線で会話し「共に困難を共有したい」と明言される明仁天皇の発言と行動は、日本の歴代天皇では初めてのことと言われ、天皇が皇太子時代に自ら創始され、今日の皇族に共有されていると聞き及びます。

 ダイレクトにキリスト教の名を挙げると抵抗感を感じる方があるかもしれませんが、国連加盟国の先進立憲君主国で、ほぼすべての王族が道徳の範と見る新約聖書福音書の行動と深く響き合う姿勢であることは、私自身他で目にしたことはないのですが、指摘しておいてよいように思います。

 「象徴天皇」 が「国民のために祈る」というのは、民衆から見えない高御座で、本当は天皇個人がどう思っているか正体不明のまま、元老や側近、あるいは摂政などが形式だけを踏襲し、その実ドーナッツの穴となって、1930~40年代の戦争を防ぐごとができなかった「あの天皇制」を二度と繰り返すことなく、身の詰まった生身の個人としての天皇が、自ら足を運び、その場に身を置き、国民の誰一人ともその立場を入れ替えることができる視点に立って痛みを痛み、苦しみを苦しみ、その打開と超克を念じる。

 意識と悟性、主体をもった象徴的個人としての天皇であり続けることが心身一如・全身全霊の「祈り」であると言っている。この基本姿勢 は、病と災いのただ中に自ら進んで歩み入る「池のほとりのイエス・キリスト」に通じるものであると言って構わないように思います。

 少なくとも日本国内のキリスト教関係者は、ほぼ100%、こうした天皇の「象徴天皇としての行動」に、イエスの言行を想起するものと思います。

■天皇の福音

 今回の「お気持ち」の中で、これにダイレクトに触れた部分があります。引用してみましょう

 「私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えてきましたが、同時にことにあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えてきました」

 「何よりもまず国民の安寧と幸せを祈る」

 「祈る」という言葉は難しい。実際にどのように「祈り」を実践すればよいのか。そういうお手本が存在しているわけではありません。

 何より、宮中の伝統儀式には様々な「祈り」があり得るけれど、「皇祖皇宗」に祈るといったことはあっても、日本国憲法を順守して象徴天皇が「国民のために天皇が祈る」という行動を、どのように取ったらよいのか、どこにもお手本は存在しなかった。

 そんな中で「全身象徴天皇」が、あるいは美智子皇后と相談し、あるいは團藤教授はじめブレインのアドバイスを受け、先進各国の立憲君主たちの行動や道徳律を知り、そこで常に参照される新旧約聖書をはじめとする聖典にも十分な配慮をもって、一つひとつ検討し、決意し、現実に行動に移してきたのが「スリッパを履かない」であり「膝を折って同じ目線で言葉に耳を傾ける」です。

 こうした行動の一つひとつが、つまり「象徴天皇として国民のために祈る」こと、そのものなのではないかと考えられます。

 国民の中に痛む人があれば、行って共に痛みを感じ、分かち合い、国民の中に喜びがあるなら、それもまた共に喜びを分かち合う。「その心に全身全霊を開く」ということが、明仁天皇が皇太子時代から半世紀余、身をもって探究し、創造し実践してきた「象徴天皇の祈り」ではないか。

 天皇皇后が訪問した被災地で、彼らを悪く言う風評を私はほとんど知りません。言いたい放題の落書きのようなインターネットですらそうです。実はこれはすごいことで、多くの国で反王権の悪口は普通に聞かれる中、いかに考え抜かれ、徹底して行動されているかが分かるように思います。

 周知のように明仁天皇は平成13年12月の天皇誕生日、日韓共催のワールドカップに触れ、祖先である桓武天皇の生母が百済武寧王由来の血筋との故事を引き合いに「韓国とのゆかり」に触れるという、大変勇気ある発言をしています。

 それから15年を経た2016年の今日でも、日本国内では残念ながら卑劣なヘイトスピーチを目や耳にすることが珍しくない。

 このような「差別」に対して、決然と「ゆかり」を宣言するという姿勢に、キリスト教関係者の中には「よきサマリア人のたとえ」を想起した人が少なくないのではないでしょうか?

 「よきサマリア人のたとえ」というのは新約聖書ルカによる福音書10章25節以下に記された、生前のイエスが語ったとされる以下のような喩え話です

 ある人がエルサレムからジェリコに向かって旅をしていたが、途中盗賊に襲われ、身ぐるみ剥がれて半死半生のまま道端に倒れていた。

 この人の傍らをユダヤ教の祭司など神殿に関わる人々が通り過ぎたが、見て見ぬふりをして無視して行った。

 しかしユダヤ教徒たちからいわれなく差別されていたサマリア人たちは、この重症の人を助け、傷口を手当てし、世話の費用まで負担した。

 本当の意味の「隣人」とは誰か。根拠のない差別で排除するのではない、こういうサマリア人たちこそが本当の「隣人」ではないのか。

 様々な負の歴史と、今に続く永続的な韓国朝鮮への差別を明仁天皇が知らないわけがありません。

 そんな中で、W杯という大切なタイミングで「真の隣人」との「ゆかり」を典拠に基づきつつ果断に語る明仁天皇の姿勢。私はここに「戦後民主主義」といった比較的日の浅いレッテルではなく、2000年来世界各国で敲かれ、試されてきた、聖書由来の深い教養と「ノブレス・オブリージュ」を強く感じました。

 国際社会に背を向け、独善的な「日本の伝統」を振り回すのではなく、内外の歴史と伝統に尊重と敬意の眼差しを向けながら、そこで「国民統合の象徴」という前代未聞の存在を、生身の人間として生きるとはいかなることか。

 それを自ら厳しく問い、決然と実行してきた明仁天皇の、優に半世紀を上回る実践に裏打ちされた「真の国際的賢慮」を、ここに見ないわけにはいかないでしょう。

 この発言の後、私は團藤重光教授から東宮参与として当時皇太子だった明仁親王ご一家と交わされた議論、その核心をうかがう巡り合わせとなりました。

(つづく)

by めい (2016-08-22 05:35) 

めい

《安倍晋三は天皇に傲然と歯向かった逆臣として、歴史に名を残すだろう。》!

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≪安倍ワリオ≫よしのり氏「(生前退位問題は)天皇陛下と安倍政権の戦争なのである」
http://www.asyura2.com/16/senkyo211/msg/614.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 8 月 23 日 00:10:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU    

【安倍ワリオ】よしのり氏「(生前退位問題は)天皇陛下と安倍政権の戦争なのである」
http://xn--nyqy26a13k.jp/archives/20884
2016/08/22 健康になるためのブログ

http://blogos.com/article/187707/

国民は気づいてないだろうが、これは天皇陛下と安倍政権の戦争なのである。
万が一、「一代限りの特別立法」などという姑息な誤魔化しをやろうものなら、陛下はもっと凄い手を打って来られると思う。
決して明かさぬが、わしにも予想できる次の一手がある。
安倍晋三は天皇に傲然と歯向かった逆臣として、歴史に名を残すだろう。
安倍政権の者たち、日本会議の者たちは、これが恐るべき事態だと気づいた方がいい。
世の識者たちも、憲法とか、政治的発言とか、国民主権とか、そんな矮小な議論を超えた事態に入っていることに気付け。
わしは徹底的に天皇陛下に付く。
諸君らはどうだ?

by めい (2016-08-23 05:30) 

めい

《天皇の「本当の狙い」を推測することをお許し願いたい。天皇は国民に対して「天皇は元首ではない。国民に寄り添う象徴である!」と明言された。》

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日本会議と戦う!?「度胸の天皇陛下」がついに決意された(サンデー毎日)
http://www.asyura2.com/16/senkyo211/msg/657.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 8 月 24 日 00:08:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
   

日本会議と戦う!?「度胸の天皇陛下」がついに決意された
http://mainichibooks.com/sundaymainichi/column/2016/09/04/post-1066.html
サンデー毎日 2016年9月 4日号
牧太郎の青い空白い雲 584

畏れ多いことながら"ある事件"以来、「今上天皇は度胸で誰にも負けない!」と思うようになった。

「ある事件」とは......2004年の園遊会の席上、東京都教育委員を務める棋士の米長邦雄さんが「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と話した時のことだ。

 これを聞いた天皇は(いつもと同じように和やかではあったが)、「やはり、強制になるということではないことが望ましい」と述べられた。米長さんは「もちろん、そう、本当に素晴らしいお言葉をいただき、ありがとうございました」と答えるしかなかった。

 天皇が国旗・国歌問題に言及するとは意外だった。宮内庁次長は園遊会後、発言の趣旨を確認したとした上で「陛下の趣旨は自発的に掲げる、あるいは歌うということが好ましいと言われたのだと思います」と説明した。しかし、「日の丸・君が代」を巡っては長い間、教育現場で対立が続いていた。とすれば、この天皇発言は「政治」に踏み込んだ、と見なされても仕方ない。それを十分認識されていながら天皇はサラリと「国旗観・国歌観」を披露された。

 畏れ多いことだが「天皇は度胸がある!」と舌を巻いた。

    ×  ×  ×

 ビデオメッセージ「生前退位のお気持ち」を聞いた時、多くの人が「第2の人間宣言」と思ったのではないか。昭和天皇は1946年1月1日の詔書で「天皇の神格」を否定された。天皇を現人神(あらひとがみ)とし、それを根拠に日本民族が他民族より優越すると説く観念を否定する!と宣言した。「人間天皇」である。今回のメッセージは「個人として」「常に国民と共にある自覚」「残される家族」―との文言が並ぶ。私的な側面、換言すれば「個人」の思いを前面に出された。だから「第2の人間宣言」と見る向きも多い。

 しかし、それだけではない。天皇は(政治家も、学者も、国民も避けて通って来た)「象徴天皇とは」に言及された。これはびっくりするほど「度胸ある論陣」だった。

    ×  ×  ×

「その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」

「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました」

「象徴天皇」とは「国民に寄り添うこと」である。全身全霊で「日本国憲法」に従い、国民を守ってきたという自負。天皇は「護憲の立場」を度胸よく明確にされた。

    ×  ×  ×

 ところが、世の中は「天皇の護憲意思」と逆の方向に動いている。

 2012年4月に発表された「自民党憲法草案」は第1条に「天皇は、日本国の元首」と明記。現行憲法第99条には「天皇又は摂政」は憲法尊重擁護の義務を負う旨の言葉はあるが、自民党憲法草案第102条は「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」と書いてある。「天皇又は摂政」の文字はない。憲法が国民を守るのではなく、国民が憲法に従う。天皇は違和感を持たれたのでは......。先の大戦への反省の上、現憲法が大事にする「国民主権・平和主義・基本的人権の尊重」の柱がいつの間にか消えている。

    ×  ×  ×

 与党が参院選で圧勝した3日後、憲法改正論議が始まろうとした矢先の7月13日、「天皇に生前退位の意向がある」とNHKニュースが報じた。このタイミングに「天皇の度胸」を感じる。

 天皇の「本当の狙い」を推測することをお許し願いたい。天皇は国民に対して「天皇は元首ではない。国民に寄り添う象徴である!」と明言された。

 安倍首相は困惑した。「国民に向けご発言されたことを重く受け止める」と1分にも満たない原稿を棒読みすると、記者団の前からそそくさと去って行ってしまった。この素っ気ない対応の裏には、このメッセージが安倍内閣に対するものと、政権を支える「日本会議」への「お諫(いさ)め」であることを知っているからではないか。

 大日本帝国憲法を復活させ天皇を元首にしたい日本会議からすれば、生前退位は絶対に認められないはずだ。"万世一系の天皇"という神話的な「地位」から、加齢などを理由に退職できる「職位」になってしまうからだ。

 天皇と日本会議の緊張関係。我々は時が経(た)つと、天皇の「お気持ち」が日本会議への「お諫め」であったことに気づくはずだ。

by めい (2016-08-25 18:42) 

めい

《存在するだけで、その個人の思考や行動、実践が国民の目から、また国際社会から見えない「機関説的天皇」ではなく、自ら内外に隠れなく「象徴的行為」を実践し続けることによって義とされる、新しい憲法下で新しい生命を得た象徴天皇へ、という主体的な選択。/ 押しつけでも諸外国の便宜や力関係でもない、内側からの、團藤先生の言葉をお借りすれば陽明学による本質的な「天命の改革」として、人間天皇個人の主体性が選び取られた。》《自ら平和の具現者となり、戦前の消極的でファンクショナルな天皇、御真影だけが奉られ、生きた等身大の人間像が隠された「神聖にしておかすべからざる」存在から、常に「いま・ここ」で、国民一人ひとりの目線と互いに交換可能な「国民統合の象徴」として、主体的にアクションし続ける存在へと飛翔》の表現としての「天皇のお言葉」であった。《私たちもまた主体的に、一言一句をしっかり受け止め、今度は私たち国民が、あるべき明日を模索するアクションで応えるタイミングであろうと思うのです。》

   *   *   *   *   *

世界に誇れる法治国家としての「天皇機関説」
象徴天皇は、目に見えず止まった存在であってはならない
2016.9.7(水) 伊東 乾
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47804

 1935年と言えば今から81年前になりますから、昔話と思われる方が多いかもしれません。
 でも1933年生まれの明仁天皇にとっては、いまだ物心つく以前とはいえ、12月で83歳を迎える今日まで直結する、ある出来事が起きた年に当たります。
 「天皇機関説事件」。
 東京帝国大学名誉教授で貴族院議員であった美濃部達吉が社会的に非難の的となり、そののち2.26事件の動乱を経て、日本が翼賛体制と無謀な戦争に突入して行った、1つの道標となった出来事でした。
 2016年8月8日の「天皇放送」を読み解く重要なカギの1つが、ここにあります。
 1988年、平成に入って、元最高裁判事、前東宮職参与の團藤重光・東京大学法学部名誉教授は、天皇の相談役となるべく宮内庁参与に就任します。
 当時75歳だった團藤教授にとっては、1935年の「天皇機関説事件」も36年の「2.26事件」も、法律を修めた一青年として直面した現実で、その後のGHQとの交渉などで襟を正した毅然たる態度を一貫する大きなきっかけになったのでした。

目に見えない「機関」の落とし穴

 1935年、22歳の團藤教授は東京帝国大学法学部を首席で卒業、直ちに助手に就任し、小野清一郎教授の下、いわゆる「新古典的」な刑法(「後期旧派刑法学」)の研究に着手したところでした。
 そこで発生した天皇機関説事件は「トンでもないモノだった」と團藤先生は言われます。
 「うちの近くに住んでいた菊池という軍人の代議士がね、美濃部先生を非難するひどい演説をした。それが新聞にも載って、それはひどいことになったものだった・・・」
 團藤先生には、美濃部教授は歴史上の人物ではなく、直接教えを受けた教授の1人として等身大の記憶があります。
 「本郷通りを歩いていたら美濃部先生が向かいから来られて、帽子をヒョッと、こう、上げてね、会釈される、そのしぐさがなんとも上品でね・・・」
 そんな美濃部教授が攻撃を受けた「天皇機関説」とは、どのようなものだったのでしょうか?
 美濃部教授の指導教官である一木喜徳郎教授は、年齢が美濃部と6歳しか変わらず、ドイツ留学を経て少壮教授として後進を育成したのち、貴族院議員、枢密顧問官、宮内大臣などを歴任、「天皇機関説事件」の1935年は68歳で現役の枢密院議長の要職にありましたが、美濃部同様やり玉に挙げられています。
 一木はドイツ留学中、イェーリングがドイツ皇帝を「国家機関」と位置づける進んだ学説を学び、これを大日本帝国憲法に適用して「天皇機関説」を主唱、教え子の美濃部はこれを継承、発展させました。
 「天皇機関説」とは、統治の権利を天皇「個人」に帰するのではなく、法人たる国家に帰属させ、天皇はその国家の最高「機関」として、内閣その他の輔弼を得て統治権を行使するいう考え方で、すでに大正時代には十分普及し、当然の解釈として流通していたものです。
 と言っても分かりにくいかもしれません。少し噛み砕いて考えてみましょう。
 例えばどこかの殿様が「今日、私は鷹狩がしたい。兵を出せ、鷹狩じゃ」と言ったとしましょう。 江戸時代ならあり得た話かと思います。思いついたその日に気分で命令されれば、その当時でも臣下の心は殿様から離れた可能性は高いかと思います。
 ここまで極端でないとしても、旧幕藩体制では、将軍なり殿様なりが「個人」として領地を治め、その行動は極論すれば「気分次第」、文字に書かれ精密に推敲された成文法によるのではなく「私がルールブックです」状態で、良く言えば柔軟、悪く言えば行きあたりばったりの、前近代的な支配がまかり通っていた。
 「そんなことでは、通商に際して我が国民最低限の権利や交易、ないしは身体の安全を保証されない」
 として、英米仏などの先進国列強は江戸幕府時代の日本と不平等条約を結びました。「治外法権の適用」「関税自主権を与えない」などなど、屈辱的なその実態は、小中学校の歴史の授業でも必ず一度は教わることでしょう。
 ちなみにこの当時、まだイタリアとドイツは国民国家の統一にたどり着いていません。のちに枢軸国として連携する日独伊の3国が「後発先進国」と言われるゆえんです。
 日本が近代国家として世界各国と同等に渡り合っていくにあたり、必要不可欠とされたのは、西欧列強が認める「法治の徹底」、端的には「憲法を定め、議会を開き、民主的な手続きと法の定めをもって国家が運営されること」を最低必要条件として、不平等条約の改正には応じようとしなかった。
 西南戦争で財政的には一度ほぼ「失敗国家」化しかかった明治新政府は、一方で松方デフレに代表される財政再建政策を敢行、他方で欧州各国に学んで憲法の制定と議会開設を急ぎます。
 いち早く民主化し、また産業革命の旗手であった英国、またいち早く市民革命を達成し人権思想のメッカとなっていたフランスと比べると、後発先進国であったドイツは「追いつけ、追い越せ」の国是遂行に当たって国力を集中した方が有利な面がありました。
 明治維新とほぼ同時期に統一を達成したイタリアやドイツで、ロンブローゾの犯罪人類学やフォン・リスト、フェリらの新派刑法など権力による支配強化につながる学説や法思想が発達したのは、決して故なきことではなかったと言えるでしょう。
 そんな中、絶対的な力を持つ皇帝権が私的に濫用されるのではなく、国家機構の最高「機関」として働く、と明確に規定することで、幕藩体制期のお殿様が「鷹狩じゃ!」と言うような水準とは明確に一線を画して、法治国家での機能を明確化した皇帝権を確固たるものにしたのが「ドイツ皇帝機関説」でした。
 こうした状況は、やはり後発先進国、しかも極東の小さな島国である日本にとっても同様、かつ切実な事情があったわけです。
 そこで日本は、似たような事情を抱えるドイツ法制をより多く参考にして憲法を作り、皇帝機関説を日本型に咀嚼し、また進んだドイツの「新派刑法学」なども導入して国の機構を整えた。
 そういう「法治の根幹」を、ならず者のようになし崩しにしたのが「天皇機関説事件」であったというわけです。

機関説から解釈する天皇の戦争免責

 8月8日の天皇放送では「象徴天皇として行うべき天皇の象徴的行為」の決定的な重要性が語られています。
 なぜ天皇は単に象徴として「存在」するだけではダメなのか。何が不足しているのか?
 行為が不足している。象徴天皇は自ら行為し続けなければならない、と天皇放送原稿は繰り返し強調しています。摂政では足りない、天皇自身が分別を持って判断し行為行動し続けなければいけない。
 これを裏返すと「象徴天皇は(目に見えない、また止まった)機関であってはならない」と言うことができるかもしれません。事実「機関説的天皇」は、功罪両面を持って戦後に検討されることになりました。
 1945年8月15日、昭和天皇は最初の「玉音放送」を行い、ポツダム宣言が受諾され日本は連合軍に無条件降伏します。
 この時点で、昭和天皇は自らの死を覚悟し、また天皇制の廃絶をも覚悟した可能性が高いでしょう。このような戦争を起こしてしまったことへの慙愧の念は、想像するにあまりあります。
 やがて連合軍総司令官ダグラス・マッカーサーが来日し、9月27日、昭和天皇自らが出向いてマッカーサーと会見、自分はどうなってもよいから、我が身を犠牲にすべてを収拾することを願い出、むしろマッカーサーが天皇助命に奔走することになった経緯にはすでに触れました。
 これを、占領国の安全な統治上の便宜、あるいはソ連と赤色革命の脅威に対する防波堤といった、諸外国の「日本利用」の観点から考えるなら「天皇は生かされた」という話になってしまう。
 よく、日本は戦後、ドイツのように自らを裁かなかったから、いまだに過去を引きずっているという話が出ます。私も少なからずそのように思いますが、自ら戦後の新しい日本を選び取り、作っていこうと考えた1940年代後半の日本のリーダーたちは、いったい何をどう考えたのか?

日本人が主体的に選び取った新しい未来

 GHQと戦後の刑事司法をゼロから立ち上げた團藤教授は、戦前の法制度の中で天皇「個人」の責任を追及しても意味がないと認識しておられました。
 この話題について明確に「天皇機関説」という言葉で團藤先生から伺ったことはありません。
 しかし戦後の新体制を作り出していくうえで、かつての過ちを顧み、それを改めていく、変化し向上していく人間の主体性と可能性を多とする「自由法学」の観点から、広く一般の刑事事件に対して「死刑廃止」を主張されるに至った團藤先生の議論を、そのまま「天皇の戦争責任」に重ねて考えれば、当然このような結論が出てくることになります。
 かつての日本は、明らかに判断を誤り、取り返しのつかない多大な犠牲を生みながら敗戦を迎えた。
 ここから新しい日本を作り出そうという時、例えば、首謀者をシンボリックに処刑するといった政治のシナリオが描かれやすく、実際日本でも極東軍事裁判が開廷され、A級戦犯の責任が問われました。
 ここで明示的に求責されなかった昭和天皇には、その誕生日に合わせて新しい憲法が準備され、象徴天皇としての新しい日々が準備された。
 逆に言えば、その新しい生命を、全力をかけて生き、生かしていく必要があった、そのように捉えることができると思います。またその思いが昭和天皇以上に切実であったのは、当時14~15歳という多感な年齢にあった明仁皇太子であるに違いありません。
 昭和天皇の在世中、「いつか天皇に即位するであろう自分の行動」をどのように考えればよいかは、常に明仁皇太子にとって大きな課題であり続けます。
 浩宮が大学を卒業した年、東宮職参与として皇太子家・・・次代そして次々代の天皇となるべき人々の様々な相談の相手役に就任した團藤教授は、必ずしも「べき論」で、大所高所から大ナタを振るうような議論はされていないご様子でした。
 むしろ、具体的な局面に応じて、70代以降の短くない期間、様々な議論を重ねる過程で「国民の目線で考えてみる」「国民の目から見た天皇像を天皇ご自身もお考えになる」といったやりとりの中から「私の象徴実践」として明仁皇太子~明仁天皇が、どのような決然たる「象徴的行為」を主体的に決意し、実行してこられたか。
 その1つの集大成として、8月8日の放送は様々なことを実は雄弁に語っていると思います。
 存在するだけで、その個人の思考や行動、実践が国民の目から、また国際社会から見えない「機関説的天皇」ではなく、自ら内外に隠れなく「象徴的行為」を実践し続けることによって義とされる、新しい憲法下で新しい生命を得た象徴天皇へ、という主体的な選択。
 押しつけでも諸外国の便宜や力関係でもない、内側からの、團藤先生の言葉をお借りすれば陽明学による本質的な「天命の改革」として、人間天皇個人の主体性が選び取られた。
 ここに「團藤説」こと、前々回にお話しした「目的的行動論」における「行為無価値」「結果無価値」の議論がぴたりと重なってくるわけです。
 あの戦争を食い止めることができなかったという「結果」のマイナスは問われないわけにはいきません。
 しかし、それを乗り越え、日本国憲法の新たな体制下、新たな命として提示された「象徴天皇制」を、かつての落とし穴に嵌らせないために、天皇は常に「象徴的行為」を行為し続けます。
 そして自ら平和の具現者となり、戦前の消極的でファンクショナルな天皇、御真影だけが奉られ、生きた等身大の人間像が隠された「神聖にしておかすべからざる」存在から、常に「いま・ここ」で、国民一人ひとりの目線と互いに交換可能な「国民統合の象徴」として、主体的にアクションし続ける存在へと飛翔していった。
 A級戦犯たちが刑に服した15歳の誕生日のあの日から68年、即位してからなら28年、このような「天皇実践」を日々自らに問い、決断し、実行する中で、被災者の前で膝も折れば、朝鮮半島との「ゆかり」にも果断に言及してこられた、半世紀を優に超す明仁天皇のひたむきで無私な努力に、私たち国民も謙虚に目を開き、耳を澄ますべきではないかと思うのです。
 そんな中でも、とりわけ勇気ある1つのジャンプとして、私たちは2016年8月8日の天皇放送を見ない、聴かないわけにはいきません。
 天皇がそうされたように、私たちもまた主体的に、一言一句をしっかり受け止め、今度は私たち国民が、あるべき明日を模索するアクションで応えるタイミングであろうと思うのです。

[あわせてお読みください]
天皇誕生日の戦犯訴追・処刑と日本国憲法 (2016.9.2 伊東 乾)
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多くの示唆に富んだ天皇陛下の玉音放送 (2016.8.17 伊東 乾)
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by めい (2016-09-07 06:53) 

めい

《象徴としての務めは「全身全霊をもって」果さねばならないという天皇の宣言は、改憲草案のめざす「終身国家元首」という記号的存在であることを正面から否定したものだと私は理解します。》《国家元首たる天皇に権限を集中させると同時に国民から隔離して、事実上無力化すること。それが改憲のねらいです。》

   *   *   *   *   *

「天皇の生前退位についてある媒体から寄稿を求められた:内田樹氏」
http://www.asyura2.com/16/senkyo212/msg/603.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 9 月 11 日 00:02:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
   
「天皇の生前退位についてある媒体から寄稿を求められた:内田樹氏」
http://sun.ap.teacup.com/souun/20718.html
2016/9/11 晴耕雨読

https://twitter.com/levinassien

天皇陛下の生前退位についてある媒体に少し長いものを書きました。http://blog.tatsuru.com/  

お時間のあるときにどぞ。

天皇の生前退位についての論は、その直前に書いた山本七平『日本人と中国人』の没解説https://t.co/yrOAiN3zKYと併せて読んでおいていただくと、話がぐっとわかりやすいです。

---------------------
http://blog.tatsuru.com/
2016.09.10
生前退位について

天皇の生前退位についてある媒体から寄稿を求められた。もう発売日をだいぶ過ぎたので公開。

参院選挙で改憲勢力が3分の2の議席を獲得し、改憲の動きが出てきたタイミングで、天皇の「生前退位」の意向が示されました。時期的に見て、それなりの政治的配慮があったはずです。8日に放映された「お言葉」をよく読み返すと、さらにその感が深まります。

海外メディアは今回の「お言葉」について、「安倍首相に改憲を思いとどまるようにとのシグナルを送った」という解釈を報じています。私もそれが「お言葉」についての常識的な解釈だと思います。

天皇はこれまでも節目節目でつねに「憲法擁護」を語ってこられました。戦争被害を受けた内外の人々に対する反省と慰藉の言葉を繰り返し語り、鎮魂のための旅を続けてこられた。

現在の日本の公人で、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」という99条に定めた憲法尊重擁護義務を天皇ほど遵守されている人はいないと思います。国会議員たちは公然と憲法を批判し、地方自治体では「護憲」集会に対して「政治的に偏向している」という理由で会場の貸し出しや後援を拒むところが続出しています。

安倍首相の改憲路線に対する最後のハードルの一つが、護憲の思いを語ることで迂回的な表現ながら「改憲には反対」というメッセージを発し続けてきた天皇です。

自民党改憲草案第1条では、天皇は「象徴」でなく「日本国の元首」とされています。現行憲法の第7条では、天皇の国事行為には「内閣の助言と承認」が必要とされているのに対し、改憲草案では、単に「内閣の進言」とされている。これは内閣の承認がなくても、国会の解散や召集を含む国事行為を行うことができるという解釈の余地を残すための文言修正です。

なぜ、改憲派は天皇への権限集中を狙うのか。それは戦前の「天皇親政」システムの「うまみ」を知っているからです。まず天皇を雲上に祭り上げ、「御簾の内」に追い込み、国民との接点をなくし、個人的な発言や行動も禁じる。そして、「上奏」を許された少数の人間だけが天皇の威を借りて、「畏れ多くも畏き辺りにおかせられましては」という呪文を唱えて、超憲法的な権威を揮う。そういう仕組みを彼らは作ろうとしている。

彼らにとって、天皇はあくまで「神輿」に過ぎません。「生前退位」に自民党や右派イデオローグがむきになって反対しているのは、記号としての「終身国家元首」を最大限利用しようとする彼らの計画にとっては、天皇が個人的意見を持つことも、傷つき病む身体を持っていることも、ともに許しがたいことだからです。

「お言葉」の中で、天皇はその「象徴的行為として大切なもの」として、「人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添う」ために「日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅」を果すことを挙げました。それが天皇の本務であるにもかかわらず、健康上の理由で困難になっている。そのことが「生前退位」の理由として示されました。

象徴としての務めは「全身全霊をもって」果さねばならないという天皇の宣言は、改憲草案のめざす「終身国家元首」という記号的存在であることを正面から否定したものだと私は理解します。

「お言葉」の中で、天皇は「象徴」という言葉を8回繰り返しました。特に重要なのは「象徴的行為」という表現があったことです。それは具体的には「皇后と共に行おこなって来たほぼ全国に及ぶ旅」を指しています。けれども、よく考えると「象徴」と「行為」というのは論理的にはうまく結びつく言葉ではありません。「象徴」というのはただそこにいるだけで100%機能するから「象徴」と言われるのであって、それを裏づける「行為」などは要求されません。でも、天皇は「象徴的行為を十全に果しうるものが天皇であるべきだ」という新しい考え方を提示しました。これは「御簾の内」に天皇を幽閉して、その威光だけを政治利用しようとする人々に対する天皇から「否」の意思表示だったと私は思います。

2014年に、開催された政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」で、天皇と皇后が退席されようとした際に、安倍首相をはじめとする国会議員たちが突然、予定になかった「天皇陛下万歳!」を三唱し、両陛下が一瞬怪訝な表情を浮かべたことがありました。それはこの「万歳」が両陛下に対する素直な敬愛の気持ちから出たものではなく、「天皇陛下万歳」の呪文を功利的に利用しようという「計算ずく」のものであることが感じ取られたからでしょう。

今回も、自然発生的な敬意があれば、天皇の「お言葉」に対して内閣が木で鼻を括ったようなコメントで済ませるられるはずがない。天皇の本意のあるところをぜひ親しくお聞きしたいと言うはずです。でも、「天皇陛下万歳」は大声で叫ぶが、天皇の個人的な意見には一片の関心もない。

安倍首相のみならず、日本の歴史で天皇を政治利用しようとした勢力のふるまい方はつねに同じです。天皇を担いで、自分の敵勢力を「朝敵」と名指して倒してきた。倒幕運動のとき、天皇は「玉」と呼ばれていました。2・26事件の青年将校は天皇の軍を許可なく動かし、天皇が任命した重臣たちを殺害することに何のためらいも感じませんでした。8月15日の降伏に反対して「宮城事件」を起こし、「國體」護持のためには「ご聖断」に耳を傾ける必要はないと言い放った陸軍参謀たちに至るまで、そのマインドは変わっていません。

国家元首たる天皇に権限を集中させると同時に国民から隔離して、事実上無力化すること。それが改憲のねらいです。昨年の安全保障関連法の成立で示されたように、あるいは改憲草案の「非常事態条項」に見られるように、安倍政権は立憲主義を否定する立場にあります。内閣総理大臣を憲法に制約されない立場に置き、内閣が法律を起案し、かつ執行する独裁政体を作ること。これは端的に「法治国家」から、中国や北朝鮮のような「人治国家」への政体変換を意味しています。  

しかし、政体の変換がそこまで進むと、「同盟国」米国から反発が予測されます。米国は中国や北朝鮮というアジアのリスクファクターの制御のために日本と連携しようとしているわけですが、このまま安倍政権の思惑通りに政体改変が進めば、日本は「米国の独立宣言や憲法の価値観を全否定する同盟国」という奇妙な存在になってしまう。「北朝鮮化した日本」はアメリカの東アジアにおける新たなリスクファクターになる可能性がある。それは米国としても回避したい。

 確かに解釈改憲と安全保障関連法成立のせいで、自衛隊は米国にすれば使い勝手のよい「二軍」になりました。だから、自衛隊員が危険な任務において米兵を代替してくれることは大歓迎でしょう。しかし、米国にとって日本はかつての敵国です。「同盟国」としてどこまで信頼できるかわからない。「空気」一つで「鬼畜米英」から「対米従属」に一気に変わる国民性ですから、当てにはできない。ですから、米国内に「安保法制で取るべきものは取ったから、首相はもう少し米国の価値観に近い人間に替えてもらいたい」という考え方が出て来ても不思議はありません。改憲日程が具体化すると、「改憲は止めて欲しい」というメッセージがかなりはっきりと示されるでしょう。いずれにせよ、全面改憲の最後のハードルになるのは野党ではなく、天皇とホワイトハウスでしょう。日本が民主主義の主権国家ではなく、君主制を持つ米国の属国であるという現実が、そのとき露呈されるわけです。

by めい (2016-09-11 07:31) 

めい

上記コメントで《2014年に、開催された政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」で、天皇と皇后が退席されようとした際に、安倍首相をはじめとする国会議員たちが突然、予定になかった「天皇陛下万歳!」を三唱し、両陛下が一瞬怪訝な表情を浮かべたことがありました。それはこの「万歳」が両陛下に対する素直な敬愛の気持ちから出たものではなく、「天皇陛下万歳」の呪文を功利的に利用しようという「計算ずく」のものであることが感じ取られたからでしょう。》と評された「天皇陛下万歳」シーンの動画がありました。http://www.nicozon.net/player.html?video_id=sm20773505&k=1473632651.0.1.ODb8l9kvF86sLodLW6-Vx-qo258.aHR0cDovLzQ5LjIxMi4xNTkuMTgyL3JlZGlyZWN0L2luZGV4Lmh0bWw_dmlkZW9faWQ9c20yMDc3MzUwNQ%3D%3D...0

by めい (2016-09-11 07:40) 

めい

「日本国民にとってはほんとうに大事なのはお金ですか、命ですか?」「自分の問題として受けとめて考えていただきたい!」
「陛下のお声を真剣に受けとめよ」という新井俊介氏の訴えです。天皇のお言葉がもっているほんとうの意味がよくわかります。
https://www.youtube.com/watch?v=O8xw58yiLEE

by めい (2016-09-12 05:50) 

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