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「詩人の会」の余波? [メモがわり]

錦三郎先生は「詩人の会」開催メンバーのひとりだった。昨日の山形新聞「気炎」で、その錦先生の歌が大岡さんの「折々のうた」に二回取り上げられていることを知ってうれしかった。「詩人の会」がきっかけとなったお二人の交流があったのかもしれない。


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大岡信さんの詠進歌

 

 大岡信さんが5日、亡くなった。大岡さんは詩人、評論家として大活躍されたが、大岡さんと我々普通人とを結んだのは全国紙に6762回連載された「折々のうた」であっただろう。古今東西の多彩なジャンルの詩歌を取り上げ、180字ほどの寸評をそえたこのコラムは詩歌の魅力と言葉の持つ力に目を開かせてくれた。

 この「折々のうた」に父の短歌が2回登場した。初回は〈孫娘二人相和し唱ふこゑ「恋に生きたい二人です」ああ〉。大岡さんは、「独特の瓢逸昧」「何の気兼ねもないよさ」と評した。2回目は〈和同五年陸奥よりわかれし出羽の国その境界も大らかなりき〉。この時は「専門歌人臭がないところが貴重」「おっとりした歌い口が、そのまませせこましい現代生活への批評となっている」と論評した。

 父は中央歌壇に名を轟かせた歌人ではない。それなのに大岡さんはどうして父を厚遇したのか、不思議だった。その疑問が解けたのは丸谷才一さんのエッセー「歌会始に恋歌を」読んだ時だった。

 このエッセーは、大岡さんがある年の歌会始の儀(題は「幸」)の召人になり、〈いとけなき日のマドンナの幸ちゃんも孫三たりとぞeメール来る〉という歌を詠進した話から始まる。丸谷さんはこの歌を「歌会始の歌の詠みぷりに対する果敢でしかも粋な批評があ

る」と感心する。大岡さん自身も、歌会始という厳粛なしきたりに従順にしたがう気はないという態度の表明としてこの歌を提出した、と語っているという。日本文学の中心にあるのは和歌であり、そのまた中心にあるのが天皇の恋歌であるとする丸谷さんの持論を適えた歌でもあった。

 大岡さんの歌には何の気兼ねもない。専門歌人臭もない。現代生活への批評を含んでいる。大岡さんが父の歌を評価した理由がよく分かった気がした。(天見玲)


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