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作谷沢まんだら(烏兎沼宏之)—「伝国の辞」碑の源流 [上杉鷹山]

やまがた再発見 烏兎沼宏之.jpg菊地和博先生の「やまがた再発見(366)烏兎沼宏之」(山形新聞日曜)は力作だった。3回にわたって掲載されたが、最終回(7/30)を読んで、「白鷹山に『伝国の辞』碑をつくる会」の前史が甦った。

キャロライン・ケネディ大使との交流バルバドスとの交流もそもそも「白鷹山に『伝国の辞』碑をつくる会」に発するのだが、その会は「白鷹山に『伝国の辞』碑を」という齊藤喜一会長の山形新聞への投書がきっかけだった。新聞投書の類いは普段それで終るのだが、それを読んだ作谷沢の樋口和男山辺町議が共鳴の声を寄せてきたことから思いがけない進展が始まった。実は当時すでに齋藤会長と樋口氏の間には「作谷沢まんだら」を介した交流があったのだった。

平成21年に南陽鷹の会で発行した『里山暦』というのがある。平成20年度山形県みどり推進機構助成金を得て作成された。21年4月から26年3月まで5年間のカレンダー付。新月と十五夜がわかるようにも工夫した。(残部僅少。からころ館と駅の駅なんようにあります。200円)久しぶりに開いてみて、齊藤会長のさまざまな提案に極力応えながら手間隙惜しまずに作ったことがよくわかる。私が20日間近く入院生活を余儀なくされたおかげだ。病院のベッドでできた冊子で、ツンドク状態だった渡辺三省著『人間良寛』を読んで感銘し、良寛さんの歌を各月に一首ずつ載せている。時間のたっぷりある病床なればこその思いつきだ。良寛さんと直江兼続公の深い縁にも気づいたのも大きい。良寛さんが米沢を訪れたのは直江公に惹かれてのことにちがいない。)その中に5万分の一の地図にあわせた「作谷沢まんだら」もある。その前年の「鷹の道トレッキング」の参加記念を齊藤会長から依頼されて、クロスにプリントするために作成した図。そのクロスが樋口氏の手に入って、それ以来の交流があって、投書への共感となったのだ。そーしてこーしてあーなった、「作谷沢まんだら」が物事の連鎖の妙を思い起こさせてくれた。

この機会に『里山暦』全ページ、アップしておきます。(画面上クリック拡大)


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