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mespesadoさんによる1億人のための経済講座Ⅲ(最終回) よくわかる「mes理論」の基本 [mespesadoさんによる1億人のための経済講]

これまで『「アベノミクス」の真相』(浜矩子 日経新書 2013)、『この経済政策が民主主義を救う』松尾匡 大月書店 2016)、『アベノミクスによろしく』(明石順平 インターナショナル新書 2017)の書評として展開されてきた「mes理論」のいちばんの基本・眼目・エキス・アルファでありオメガが、初めての人にもわかるように語られる「1億人のための経済講座」にふさわしい最終回です。mespesadoさん、ありがとうございました。(あとで読み返す時のために、傍線感覚で太字にさせていただいています。ご了承下さい)

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899:mespesado : 2018/05/03 (Thu) 21:00:16 host:*.itscom.jp
>>799
 さて、『アベノミクスによろしく』第7章すなわち財務省の洗脳ストーリーへの反論の「回答」です。もう答なんか知ってるからもういいよ、という方も多いと思いますが、実はこの連載を『アベノミクスによろしく』のレビューで参照してもらおうと思っているので、初めての人にもわかるように一応説明しておきます。
 まずは基本的なところを再確認しておきましょう。
 私は、個人の家計や企業と政府では、通貨発行権の有無により、借金の意味が全く異なるということを再三にわたり述べてきました。
 つまり政府が国債を発行すると、これが購入者に対する借金になり、その償還時には国債の持ち主に約束した金額を支払わなければならないわけですが、政府は通貨発行権を持つので、その額面の通貨を「作っ」て相手に渡せばよいので、借金が返せなくなるということは原理的にあり得ないのに対し、個人や企業の借金は、自分で通貨を「作る」ことができないので、何らかの経済活動により、よそからオカネを調達することに成功しなければ借金を返すことができず、その調達に失敗すれば、それは即「破綻」を意味します。
 でも、ちょっと待ってくださいね。実際に政府が「作れる」オカネは「硬貨」だけです。実際に国債が償還を迎えたときに硬貨だけで持ち主に支払うなんてことはしていないはずです。現金払いの場合、「お札」すなわち「日本銀行券」で支払いますよね。つまり、別の国債を発行して得たオカネ、すなわち「日本銀行券」で償還を迎えた客には支払っていることになります。すると、この「日本銀行券」はその名の通り「日銀」が発行してるんですから、このプロセスの中で、政府が「通貨発行権」を行使しているところはどこにもないわけです。
 何が言いたいかというと、ある私企業Aがあったとして、A社が社債を発行したとします。この社債を買った人が、償還を迎えたのでA社に支払いを要求したら、A社は別の社債を発行して得たオカネ(=日本銀行券)でもって支払うことができます。これ、A社は通貨発行権を持たないのに、国債と同じ方法を使ってますから、A社の場合も借金を返せなくなることは「原理的にあり得ない」ことになっちゃいませんか?どこがおかしいんでしょう?
 答は、私企業の場合、社債を発行しても、それを買ってくれる人がいるかどうか定かでないわけです。ですから、ある人が償還を迎えた社債を持ってきたとき、その支払いのために別の社債を売って日銀券を手に入れようとしても、(会社の信用が毀損されるなどで)その社債が売れなかったら日銀券は手に入りません。なので、この時点でA社は破綻してしまうわけですね。
 国債だって、実は同じことなわけですが、国債の場合は、「いざとなれば日銀が買ってくれる」という理由で大丈夫なわけです。つまり政府には「日銀」という「統合政府」の相棒がいるので、国債を発行して日銀に引き取らせることによって、自分の代わりに日銀にオカネを作ってもらうことができるわけです。ただ、これは財政法第5条で一応の規制があるのですが、一旦市場に買わせてから日銀が買い取ればスルーできるので実際は問題になりません。
 つまり、日銀を「統合政府」の相棒にできる、という事実が「通貨発行権」の行使の一つの形態である、ということです(一般の私企業が勝手に発行した社債を日銀に持ってっても換金してはくれません)。ただし、黒田バズーカでは国債以外の有価証券も日銀が買い取ったりしましたから、一部の私企業には事実上通貨発行権を付与したのと同じことになっていますけどね。ただ、どの有価証券を対象にするかは日銀という政府の「相棒」の意思次第ですが。
 では次。国がそうやってオカネを作って借金を返していくと、市場にオカネが溢れて大変なインフレになるじゃないか、という議論があります。そもそもインフレやデフレになるのは需要と供給の関係で価格が決まるからです。
 つまり、供給(生産量)に比べて需要が上回れば(セリの原理により)物価は上がり、逆に供給に比べて需要が下回れば(バナナの叩き売りの原理で)物価は下がります。
 世の中に出回るオカネが少なすぎれば、消費者にオカネが十分行き届かないのでいくら生産しても買える人が少ないので、売り手は売れなければ儲けはゼロなので、仕方なく値段を下げます(←バナナの叩き売りの原理!)。するとそれなら買えるからという人が出てきて儲けは出ます。出ますが、当初の計画より儲けは減るので従業員に対する給料も減り、今度は消費者の所得が減りますから、その下げた値段でさえ買える人がいなくなり、更に値下げをする…、というデフレスパイラルになります。
 すると、その逆で世の中に出回るオカネが多すぎればインフレスパイラル、つまりハイパーインフレになるんじゃないか、と思うかもしれません。でも「今の日本では」そうはなりません。なぜなら、普通の考え方だと、オカネが増えたんだから、今までオカネが無いのでモノが変えなくて購入を諦めていた人が、収入が増えたので購入者に加わって売り手市場になるから、「セリの原理によって」値段は上がるはずです。これが経済学の基礎となる「需要と供給の関係」です。ですが、今日の日本のような「人手が要らない機械による大量生産技術」の確立した世界では、購入希望者が増えても「人手を追加せずに」生産を増やすことができるので、供給不足になることがないのでセリになることがありません。結果としてインフレになることもないわけです。でも製造業でもクルマとか、家とかの製造にはまだ人手による部分がかなり残っているわけですが(だから未だにクルマと家は高い買い物のままですね)、これらは需要が増えてもセリの原理で値段が高くなると、消費者は(食料品のように直ちに必要なモノではないので)技術が進歩して安くなるまで購買を待つという行動を取るので、需給バランスが取れて、やはり値段が上がらないわけですね。
 こういうわけで、国の借金が増えても国民生活に何の影響も及ぼさないし、それどころか市中のオカネが増えれば、インフレになる代わりに家計や企業の貯蓄内部留保がその分だけ増えるわけですから、個人や企業は将来の破綻のリスクがそれだけ減ることになるので、安心して今までより従業員への還元(つまり賃上げ)や家計の消費を増やすことができる、というプラスの効果が出てくるわけです。つまり良いことずくめで心配することは何もないわけですね。
 つまり、いわゆる「リフレ派」の言う「デフレは悪いから逆のインフレにすべし。そのためには緩和政策を取る必要があり、出口戦略のためにインフレターゲットを設ける」というのは、その機序が実は間違っており、その手段としての「緩和政策」でオカネをばら撒くことそのものが景気を向上させるための秘訣だったわけですね。
 さて、上記の議論に対して、明石さんの本の第7章にも書いてあったことですが、「こんなのでごまかせるなら増税なんて要らない」とか「これは借金の元本を返さなくていいということだから、そもそも税金をとらない無税国家にすることだってできてしまうではないか」という問に対しては、「はい、そのとおりです。増税も要らないし、そもそも税金を取らない無税国家にしても全然かまわない」んです!
 では、なぜ増税やそもそも税金が必要かというと、前者の「増税」は財務省のウソのプロパガンダなので、これは本当に不要です。一方、後者の「税金そのもの」の方は、本当は世の中の人が全員善良な人たちなら、これも確かに「不要」です。しかし、世の中には必ず「よからぬ考え」を持つ「カネの亡者」な人が一定数存在しますから、オカネが儲かりすぎると、例えば生活必需品の買占めに走って一般の人が迷惑するとか、自分の私利私欲による悪意の「敵対買収」を企業に対して吹っかけたりする、といったことが頻発するでしょう。ですから、あまりに金儲けにより儲かったオカネを野放しにしておくとよくないので、何らかの「規制」のようなものが必要になります。ただ、資本主義経済で規制というものを増やすのは好ましくありませんから、規制ではなく、税金で多すぎるオカネを没収する、というような方法が必要になってくるのですが、実際は「悪い目的」に使いさえしなければ「没収」する必要すらありません。なので、私がかつて提唱したように、今までの税金分を国が「強制預かり制度」で預かり、「悪い目的でない利用」に限って還付することができる、という制度でもよいのです。今のように供給過多で企業の収益が不安定な時代には、税金として丸ごと没収するよりも、いざとなれば預けたオカネを返してくれるという制度の方が、企業にとっては不要な内部留保に走って賃金をケチる必要がなくなるので良い制度だと思うわけです。
 以上、一番肝心な骨格の部分を説明したので、第7節への回答としては、これで十分だと思いますが、いかがだったでしょうか。
 これで今回の明石順平著『アベノミクスによろしく』の書評を終わらせていただきますが、今後は特定の著書の書評という形ではなく、世間や新書で個別に気がついた問題について批評をしていくというスタイルで「経済談義」を続けていきたいと思っていますので、今後もよろしくお願いします。       (完)

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めい

mespesadoさんによる補論です。
《「デフレ」の反対は「物価の安定」であって決して「物価上昇」じゃない。》ここをしっかりおさえて考えること。

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117:mespesado : 2018/05/10 (Thu) 23:44:31 host:*.itscom.jp
 「へっぴりごし」さんとこで参照されていた日経の記事:

物価「下振れリスク大きい」 日銀総裁が講演
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO3029652010052018EAF000/?n_cid=SNSTW001

>  黒田総裁は物価上昇率が目標の2%に高まる仕組みについて、2段階
> に分けて説明した。第1は需要が供給を上回る段階で、企業が賃金や価
> 格設定で積極的なスタンスになることが物価の上昇につながる。

>  第2段階では現実の物価が上昇し、人々の将来の物価上昇への期待も
> 高まっていくとした。

 物価上昇への「期待」ってあんた…。
 物価が上昇して喜ぶ人がいるんでしょうか???
 どうもリフレ派の人って、「デフレを脱却する」イコール「物価が上昇し始める」だと思ってる節がある。そりゃあ、定義からすると、デフレの反対はインフレだからそう思っちゃうんだろうけど…。
 復習になりますが、アベノミクス以降の物価上昇って、実は為替が円安になっている局面で輸入物価が上昇したことによる原材料費の高騰によるものか、または消費増税の影響「だけ」しかないことは既に明らかにしたとおり。
 「デフレ」の反対は「物価の安定」であって決して「物価上昇」じゃない。なぜなら、今のような「供給過多」+「購入経路の多様化」の時代には、物価は上昇しないから。でも賃金は徐々に上がってる。
 高度成長期には、「三種の神器」ブームで製造業が儲かったので、まず製造業で賃上げが起き、それ以外の業種では売り上げ個数が増えないので「値上げ」によって単価を上げることによって所得を増やして「三種の神器」を手に入れる豊かさを国民みんなで分かち合った。
 これに対し、現代では緩和政策により、円高の是正で輸出で儲かった企業がまず内部留保を増やし、将来の不安が減ったので従業員に還元し、賃上げが行われた。だけど消費者(家計)はまだ内部留保(つまり預貯金)が不十分だから将来の不安が減らないので消費は増えない。
 だから、緩和政策を更に続けることで、徐々に家計も内部留保が増えて臨界点に達したところで初めて将来の不安が無くなり、消費が増える。この機序のどこにも「物価上昇」なんて出てこない。ただ、ひたすら緩和政策を続けることだけが必要。まあ、日銀も、このような機序に実は気付いていて、緩和政策を続ける口実として物価が「下振れリスクが大きい」などと発言して、(財務省を始めとする)緩和政策を終わらせようとする勢力を牽制しているだけなのかもしれませんが。

by めい (2018-05-13 07:55) 

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