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農家伍什組合掟書屏風 [上杉鷹山]

1-1-3-DSCF1604.JPG一昨日の記事、純米酒の事から高畠町夏刈の長谷川平内さんを思い起こし、鷹山公も訪れたという長谷川家のその座敷にあった「農家伍什組合掟書」屏風について書き留めておきたくなった。そもそも伊達政宗公両親の墓のある資福寺跡の荒れ様に驚いた鷹山公が幾許かの墓守料を長谷川家に給するようになった経緯があると聞いている。上杉による伊達遺風一掃政策の異様さは、他藩から米沢に入った鷹山公によってはじめて一部正されることになる。

さてこの屏風、廃家となった長谷川家にあってもはや廃棄寸前のところなんとか救い出したく、とはいえ大型六曲の上、表装もボロボロ、どうしたものかと(公財)農村文化研究所の遠藤宏三理事長に相談して引き受けてもらったのだった。今はきれいになって研究所内民俗資料館にある。大きいので直筆かと思っていたら、遠藤理事長の見立てで刷り物とわかった。どういう技術だったのだろうか。あらためて江戸期のレベルの高さを思う。古文書読解の格好の教材です。(写真上クリック拡大なります)

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百姓の天職は農桑にて候、其農桑を勤めて父母

妻子を養ひ貢を上に納て四民御世話の料となし候故、

人々安く家々さかへ候といへとも人一人立にてハ遂難きもの故、

其組合を立置互に助て其生涯を安く過す事に候、是迄も

組合ハ有之といへとも頼母しき申定も聞へす候付、

農民の天職は農(農作物を作る)と桑(蚕を育てる)にある。これに励んで父母妻子を養い、税を納めて藩からの世話を受けつことで人々は安心を得て家々も栄えつづけてゆく。とはいえそれは一人がんばってできるものではない。互いに助け合う組合があって生涯の安寧も可能となる。これまでも組合はあったが十分頼りになるものではなかったようである。


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『宮内熊野に獅子が舞う』全国発信。本日午後6時〜 [熊野大社]

29年年賀状抄.jpgダイドードリンコの「日本の祭り」2016年版のひとつとして、『宮内熊野に獅子が舞う』が、本日(25日)午後6時より全国に紹介されます。3月11日には関東圏のみの放映も予定されています。日程は下記の通りです。

BS12(トウェルビ) 2月25日(土) 18:00~18:55(全国放送)
東京MXテレビ     3月11日(土) 12:00~12:55(関東圏)


527回山形放送番組審議会でこの番組が取り上げられ大変好評だったということで、12月27日に山形県内YBCで再放送されました。今日の放映については今年の年賀状でも知らせたところでした。→

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527回 山形放送番組審議会

宮内熊野の獅子祭り放送チラシ.jpg1. 開催日時 平成28年9月21日(火)午後1時30分~
2. 開催場所 山形メディアタワー
3. 出席委員 長南博昭委員長 深山洋副委員長 大泉満佐子委員  田澤薫委員 髙橋勝幸委員 赤沼明男委員 松田道雄委員 井上智博委員
4. 議事
 テレビ番組 『ダイドードリンコスペシャル 日本の祭り「宮内熊野に獅子が舞う」』
5. 議事の概要
  本間社長の挨拶のあと、社側からは「視聴率調査の結果」「視聴者からの声」「今後の自社制作番組と編成」「テレビ・ラジオの10月改編」などについて報告をしました。
 次にYBCのテレビ番組『ダイドードリンコスペシャル 日本の祭り「宮内熊野に獅子が舞う』の制作担当者が番組の企画意図などについて説明の後、番組を視聴合評しました。
 委員からは、「冒頭の太鼓のBGMの迫力や活気と、神殿で行われる神聖で厳かな神事とのコントラストが良かった」「この祭りのことを知っている人も知らない人も興味をもって、来年には行きたくなるような作りだった」「30年前の映像を使うなど今と昔を対比させることで歴史の深さを知ることができ、説得力があった」「神事の行程を丹念に追うことで祭り全体の仕組みが分かった。貴重な映像資料にもなる」といった意見がありました。
 一方、「今後の推移も気になる。継続して報道していくことで番組が生きる」「それぞれの神事の名前がすべてカタカナ表記だったのはなぜかなと思った」「拝殿や石段の場所、みこしの出る場所など熊野大社の見取り図のようなものがあれば理解しやすかったと思うといった意見も出されました。



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「東の麓」新藤製造部長の話 2.純米酒とアルコール添加酒 [地元のこと]

2.純米酒とアルコール添加酒

日本酒についていささか関心を持つようになったのは、高畠町夏刈の紅一点酒造の長谷川平内さんとの付き合いからだった。30数年前にさかのぼる。

長谷川家の歴史は古く伊達、長井の時代からこの地に在ったという。平内さんは昭和3年生れ。若くして父親を亡くし、女傑と言われた母親とともに戦後の酒造界を生き抜いてきていた。仙台国税局長だった黒金泰美の政界進出に大きな力になったのが平内さんの母親だったと聞く。黒金代議士は衆議院議員を9期務め、第二次池田内閣の官房長官として入閣を果すが、吹原産業事件に絡んで大成には至らなかった。

この事件に題材をとった梶山季之の小説『一匹狼の唄』1967)、平内さんもモデルのひとりとして描かれている。同じくこの事件がテーマの映画『金環触』1975)では仲代達矢が黒金泰美を演じている。昭和20年から40年代、置賜の保守政界は黒金泰美(1910-1986/議員歴1952-1976)と木村武雄1902-1983/戦後議員歴1952-1983)の両代議士が激しく勢力を争っていた。事件が大きく取り上げられた背景にはその争いがあったのかもしれない。

私たちが平内さんと出会った時には母親はすでに亡く、政治の世界からも離れて、酒造りの傍ら家族とともに屋敷を解放して「政宗そば」の看板を上げ、こだわりの手打ちそばで結構繁盛していた。商工会青年部の仕事で菊まつりのポスターを貼ってもらうべく訪ねたのがきっかけで、その後われわれ仲間との交流が深まることになる。神道天行居を知ったのも平内さんによってだった。

酒造りには先ずコメを買うための資金力が必要なのだが、平内さんには当時資本力も信用力もない中での、傍目にも大変なやりくり経営だった。そんな中で編み出していたのが、お客様からコメ代金と称して前もって金を集める方法だった。なんと言っても「純米酒」が売りだった。一時期東京で「紅一点」という居酒屋を開いていたこともある。奥さんは結婚前は「主婦の友」だったか「主婦と生活」だったかの雑誌記者で、その時の出会いか。幅広い交遊があった。すぐそばの資福寺跡の縁で伊達藩士会の一員だった。神道天行居のつながりもあった。全国に「紅一点」のファンがいた。

当時は「純米酒」がまだ珍しい時代だった。平内さんは醸造用アルコール添加を酒造りの邪道として批判した。「純米酒ではいくら飲んでも悪酔いは決してしない」ということで、われわれ仲間45人で平内さんに泊まり込んで身体を張っての実験、確かめさせてもらったこともあった。たしかにみんな、いい気持ちの目覚めだった。そういうことで私はずっと「純米酒」信奉者だったのだが、このたび新藤部長からはじめて「醸造用アルコール添加」の意義を聞くことができた。

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「東の麓」新藤製造部長の話 1.「山形清酒」GI指定 [地元のこと]

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身近かに自信を持って薦められる酒があるのはうれしく誇らしい。記憶の中に南陽市内5つはあった酒蔵も、今ではひとつだけの「東の麓」。その酒蔵を見学、そのあと席をすぐそばの老舗割烹長門屋さんに移して、新藤栄一製造部長の講義を聴きながらじっくり日本酒を味わう宮内公民館主催の「日本酒と食の講座」。今年で第五回というがはじめての参加。公民館運営委員長ということでの数合わせ的参加だったのだが、たしかにこれは一度参加すればやみつきになる。参加者22名(ほかに公民館3名と新藤部長)同士のいい気持ちになっての交流も楽しかった。初めての出会いも久しぶりの出会いもあった。


長門屋さんに移っての新藤部長の話をメモしてきたのでまとめておきます。


1.山形県産の清酒がGI指定なったこと


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初めて聞いた「GI(ジーアイ)」という言葉。Geographical Indication(地理的表示)の略で、「地域で育まれた伝統と特性を有する農林水産物食品のうち、品質等の特性が産地と結び付いており、その結び付きを特定できるような名称(地理的表示)が付されているものについて、その地理的表示を知的財産として保護し、もって、生産業者の利益の増進と需要者の信頼の保護を図ることを目的」とする「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」(地理的表示法)があって、日本独自のGIマークと清酒「山形」のオリジナルのGIロゴマークによってブランドイメージが高まることになるという。「山形清酒」が「ボルドーワイン」「シャンパン(シャンパーニュ地方で生産されるスパークリングワイン)」的地位を目指す第一歩を踏み出したということらしいからすごい


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今ぜひ知ってほしい人― 元陸軍中将遠藤三郎(講話資料) [遠藤三郎]

今ぜひ知ってほしい人

元陸軍中将遠藤三郎(川西町出身)

平成29221日 熊野大社證誠殿 南陽市倫理法人会

 

遠藤三郎という人

 明治261893)年12日、川西町(旧小松町)に呉服商・遠藤金吾の三男として生まれ、仙台幼年学校、陸軍士官学校を経て陸軍大学校を優等で卒業(34)、野戦重砲第五連隊長、参謀本部第一課長、関東軍参謀副長、陸軍士官学校長等を経て、航空兵器総局長官で終戦。戦後は埼玉県狭山市陸軍士官学校跡地に入植、一農民としての生活の傍ら政治的社会的活動に取組む。護憲運動、日中友好の先覚者。昭和341959)年の第5回参議院議員通常選挙に全国区から無所属で立候補したが落選の経験あり。明治371904)年81日から昭和591984)年99日まで一日も欠かさぬ93冊の日記を残す(現在狭山市立博物館所蔵)。昭和591011日、狭山市にて逝去。著書『日中十五年戦争と私 -国賊・赤の将軍と人はいう』(日中書林 1974)。紹介・研究書として、宮武剛『将軍の遺言 遠藤三郎日記』(毎日新聞社 1986)、吉田曠二『元陸軍中将遠藤三郎の肖像―「満洲事変」・上海事変・ノモンハン事件・重慶戦略爆撃』(すずさわ書店 2012)、吉田曠二『将軍遠藤三郎とアジア太平洋戦争』(ゆまに書房 2015)、張鴻鵬いま甦る遠藤三郎の人と思想(陸軍高級エリートから反戦平和主義者へ)桜美林大学北東アジア総合研究所 2016.12遠藤三郎関連本.jpg


遠藤三郎との出会い

平成172005)年、小松生れの黒沢昭夫さん(昭和7年生れ/赤湯 双葉商事社長)によって初めて知る


遠藤元中将の自己紹介 

・衆議院予算委員会公述人として第28回衆議院予算委員会公聴会 昭和33225日)

《私は過去半生を軍人として生活しました老兵にすぎません。終戦後約一年巣鴨米軍拘置所に入りましたが、戦犯の事実がなく、裁判も受けずに、わずかに東京裁判の証言台に立っただけで出所いたしました。自来今日まで一開拓農民として農業を営んでおる六十五才の老農夫にすぎません。政治家でもなく、宗教家でもなく、学者でも評論家でもありません。また自民党、社会党、共産党等いずれの政党にも属しておりません。ただ一個の国民として申し述べるのであります。従って私の申し上げる意見には何人のひももついておりませず、また感情に走ったり、片寄ったイデオロギーにとらわれたものではございませんので、全く私自身の学習、特に体験を基礎としたものでございまするから、その点を御承知おきを願いたいと存ずるのであります。/
 そうしてその学習のおもなるものは、陸軍の幼年学校、士官学校、砲工学校、砲兵学校、大学等、日本の諸学校のほかに、フランスのメッツの防空学校、パリの陸軍大学、ヴェルサイユの通信学校等の課程を経たこと、並びに各国の著名な兵学書等によって自習したことであります。また体験のおもなるものは、明治四十年から昭和二十年に至るまでの軍人生活、ことに大正の末期には参謀本部部員兼海軍軍令部参謀といたしまして、直接国防用兵、作戦計画立案の任務を担当したこと、昭和二年ジュネーヴの海軍軍縮会議に列席し、次いで国際連盟の全般軍縮会議の準備委員といたしまして、軍縮問題に直接ぶつかったこと、また実戦の体験といたしましては、満州事変及び上海事変には参謀本部からの派遣参謀として、もしくは軍参謀として、北支事変には砲兵連隊長として、ノモンハン事件の末期には関東軍参謀副長として、支那事変及び大東亜戦争の初期には、飛行団長として直接第一線に従軍いたし、また教育関係では陸軍大学の兵学教官、大本営の教育課長、航空士官学校長等の実務につきました。また軍政方面では、航空本部総務部長として、次いで軍需省の航空兵器総局長官として軍需生産の業務等に携わったこと等でございます。》

自らの生涯を凝縮して綴った、昭和491974)年の年賀状「御挨拶
」『日中十五年戦争と私』より/太字は引用者)

《 幾度も死線を越えて八十一年を過しました。逆縁の悲しみもなく二曾孫まで儲けましたことは天地の恵み、神仏の加護、皆様のお情けによるものと感謝しております。/ 前半生は軍人、後半生は農民、功罪は別として随分我武者羅に我が路を歩み続けたものと思います。関東大震災の際は江東方面の警備に当てられ、孤立した数万の罹災者に独断深川の糧秣倉庫の米を分け、鮮人騒ぎの最中数千の鮮支人を習志野廠舎に護送して現地司令官に叱られ、二・二六事件には武力鎮圧に反対して単身反乱将校を訪ねて自首を勧め、自決した野中大尉を弔問して当局ににらまれ、聯隊長の時部下一等兵の所罰問題で軍法会議と争い師団長から「現代の法規を無視し新たに法を作ろうとする悪思想の持主」と烙印を捺され、関東軍副長の時中央の対ソ攻勢作戦に反対して消極退嬰恐ソ病者として職を追われ、飛行団長として中支および東南亜の戦場に出されましたが皮肉にも四回も感状を授けられたことは面映いことでありました。航空兵器総局長官の際は軍需産業を民間の営利事業に委するのを誤りとして国営に移し赤の将軍と呼ばれ、本土決戦に反対して徹底抗戦組から狙われ、敗戦直後軍備の全廃を日本の黎明と新聞に発表して軍人の激怒を買い、巣鴨戦犯拘置所に入れられてはマッカーサー司令官に報復的野蛮の裁判と抗議し、朝鮮動乱の際は「日本の再軍備反対と国際警察部隊設置の提唱」を公にして特審局から箝口令を敷かれ、一九五五年に新中国を視察し速かに中国と国交を結ぶべきを訴えて国賊と罵られるなど思い出は尽きません。/ 幸いにして日本の非武装は憲法に明示され、時の流れは日中の国交を正常化し、札幌裁判も自衛隊違憲の判決を下し、国連もまた私の主張する「国籍を離れた個人志願による国際警察」とはまだ隔りはありますが、国際監視部隊を紛争地に派遣する様になりました。/ 先のベトナム戦争も今回の中近東戦争も共に軍隊の価値の限界を示し、日本国憲法の正しさを証明しました。/ 私も恥なく祖先の許に行けると思います。老化も進みましたので今後御無音に過ぎるかもしれません。失礼の段は何卒御宥恕賜りたく、永い間の御厚誼誠にありがとうございました。/ 皆様の御多幸を御祈りして御挨拶と致します。》  

◎当時の感想                                                     遠藤中将の戦後のもろもろの発言に真摯に耳を傾けなければならないと考えるのは、占領軍による「洗脳」以前の、自らの痛哭の体験から発したものであるからです。大東亜戦争から何を学ぶかを考える時、中将の戦後の言葉そして生き様は、戦争を体験しないわれわれにとってのいわば「原石」のように思えるのです。》(「正気煥発掲示板」)

◎遠藤三郎のすごさ 
1. 80年間「日記を書く」という行為によって培われた倫理性。たとえ発表を前提としないものであっても、「書く」という行為によって自ずから「あるべき自己」が顕現し、そのことによって行動も律せられてゆくという典型としての生き様。 

2.. ≪航空兵器総局長の時、兵器産業を営利を目的とする株式会社に委することは不合理と思い、強引にこれを国営として「赤の将軍」のニックネームを附せられた≫とあるように、戦争の拡大が兵器産業の利潤追求と表裏の関係であることを体験を通して痛感し、その関係を断ち切るべく主張し行動されたこと。                

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遠のいた?イハトビラキ [現状把握]

一昨々日(12日)、「豊かになるには働けばいい。そう思える社会」への転回 と題して叡智が活きる明るい未来が見えてくる!「イハトビラキ」か。そう思いたい。》と書きました。一昨日(13日)提出したこども園卒園文集原稿は、若い世代に期待を込めつつ「明るい時代へ」と題し、私とは同世代トランプ大統領の出現によって、思いがけないほど世の中が明るくなりそうな気がしています。「正義」とか「民主主義」とかのきれいな言葉の裏で「経済第一」金まみれ、陰謀渦巻いていた世界が、思いっきりあけっぴろげになってきつつあります。一体これまでの世界は何だったんだ。どんどん霧が晴れて太陽がくっきり現れてきます。》と書きました。ところが昨日(14日)午後の「フリン氏辞任」の報によってにわかに暗転です。混沌への逆戻り、まさに「一寸先は闇」を実感しています。

《アメリカという国家は… またもや,戦争屋ネオコンが支配する国家に戻ったのです./小沢・鳩山が,せっかく政権を奪取したのに… 気がついたら… まわりは,仙谷や前原や枝豆みたいなネオコンばかり! あのときと同じ状況なのです.今のアメリカは….》

今日の題、「遠のいた?イハトビラキ」。「?」に、今後の展開への微かな期待を込めました。

【(追記 29,2,16) 「光の子」の原稿、上記部分、下記のように修正しました。
大きく時代が動き出しています。明るい未来へ向かうのか、重苦しく閉ざされる方向に向かうのか。私は古代神話の岩戸開きを思い起こしつつ、明るい未来に賭けています。思いが先か世界が先か、ニワトリが先かタマゴが先かのようですが、私は断然思いが先です。思うから世界はそのようになるのです。若い世代の思いがけない思いが時代を切開いてくれると信じています。》

以下、放知技板です。

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川田順造氏講演会(付・今上天皇は靖国神社参拝についてどうお考えか) [思想]

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建国記念日の211日、『日本の稲作文化の将来を世界大の視野で考える』と題した、川田順造氏の講演会に行ってきた。(公益財団法人)農村文化研究所(遠藤宏三理事長)の主催。

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川田氏の講演を聴くのは今回で4度目。今回のが一番面白くよくわかったように思う。レヴィ=ストロースの紹介者として著名な川田氏、昭和9年生れ82歳ということで、あらかじめ用意された資料そのままを語られた後、佐野賢治神奈川大教授がその内容についてかみくだいて説明された。復習しておきます。

 

・イネ科植物の葉の細胞成分「プラント・オパール」の発見によって、日本の稲作のはじまりは6000年前縄文前期に遡ることになり、稲作に関しては縄文・弥生の時代区分は意味をなさない。

・大陸渡来のイネの灌漑による栽培によって2300年前には本州北端の青森にまで達していた。

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・灌漑によるイネは、同じ土地で連作可能な唯一の穀物→農耕可能な土地の狭い日本に最適→労働生産性無視→「骨身惜しまず働く」日本的価値意識の労働観

連作不向きな小麦が主食のヨーロッパ→小麦と休耕=放牧(二圃制・三圃制)

・土地の広い南アフリカ・サバンナ地帯は高稈性穀物(トウジンビエ、モロコシ)中心→焼畑農法(無施肥・移動性)

・日本の灌漑水田稲作の特殊性→水利の共同管理という地域的連帯→五人組・十人組・隣組

「石高制」は世界でも稀な給与体系→表向きの米(低稈性)と山間地の「雑穀」(高稈性/ヒエ、キビ、アワ)の混合(→無理にイネを作ろうとした宮沢賢治は農業指導者として失格

水からコメを炊く日本は特殊。

棚田(世界農業遺産)

はせがけ(葉や茎の養分が穂に溜まってうまみが増す

「水田漁撈」の意義に注目

農作業の伝承をどうするか→世代間交流/週末農家/義務教育に織り込む

・不当に貶められてきた「雑穀」に光を。世界視野でみれば、高稈性穀物を主食にする人の方がはるかに多い→新しい南北協力を(北が南に学ぶ)

 

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「豊かになるには働けばいい。そう思える社会」への転回 [現状把握]

昨日の記事に追記しようと書き始めたのですが、読むほどに大事なことがいっぱいつまっているのであらためて記事にすることにしました。掲示板のままで流してしまうにはもったいない、「時代の大転回」に心がどうついてゆくかについてのリアルタイムドキュメントでもあります。

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放知技板、堺のおっさんの議論に注目です。投機マネーの時代から実需投資の時代へ。《実需投資時代は株式への投資がメインになってくるので、為替は投資先としては2の次になります。》トランプ率いるアメリカがその舞台です。フクイチを抱える日本ではどうにもならない、とにかく生き延びるに精一杯。しかしそれはそれとして、《長らく、陰謀論渦巻く不透明な情報操作の海の中でほんろうされてきた世界から未来を志向する投資の世界へ》の大転換。まともな世界に変わるのです。トランプのこれからやることの中で一番大きな事はこの心理面でのチェンジ》です。「長らく、陰謀論渦巻く不透明な情報操作の海の中でほんろうされてきた世界」というのは、これまでの心理状況としてほんとうによくわかります。そうではなく、《豊かになるには働けばいい。そう思える社会、これが一番まともな世界でしょう。》その通りです!

「トランプ革命で心理的に明るくなる!!」「アメリカがかつてわれわれがあこがれていたあの底抜けの明るさを取り戻そうとしている!」堺のおっさん、その「心理的チェンジ」のもつ意味の大きさを反芻しつつわが身をふりかえります。今の日本人に決定的に足りないもの。長らくネオコンに刷り込まれ失ってしまった未来志向。その結果の根暗、うつ病などなど…/そして、その裏返しの無責任や自分主義。/ものの見事に、内側に向いてしまう癖をしみこまされている日本人。/わたしの内面にも、それは巣食っている。叩き出さねばならない。》 たしかに。身につまされます。

最後は、飯山一郎氏による『仁義なき戦い』そのままの,騙し合いとドンパチの世界》が、トランプ大統領の出現によって、世界の在り様は一変した!》ことについてのまとめです。アメリカの大変身! 米中の急速な雪解け! 日本の支配者が変わった!
この大きな大きな,ほんとに大きな世界の大変化》を認識せよ、ということです。

叡智が活きる明るい未来が見えてくる!「イハトビラキ」か。そう思いたい。

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副島v.s.飯山 どちらが正しい? [現状把握]

病気説もあった副島隆彦氏が久しぶりに登場。安倍は、アメリカに51兆円も、貢ぎ金をもってゆく。何ということだ。」と題して、日本で、貧者たちの、飢えた若者たち、年金がどんどん減額になっている老人たちも、による 暴動が起きないのが、不思議だ。 このままだと、暴動が起きるだろう。と書いたのに対して、飯山一郎氏が《今回の「51兆円投資」は,日米両政府が厳格に協議をして,厳密に協定する「投資」ですので,「大丈夫なのか?」 といった「心配」は床屋政談にちかい「余計な心配」副島センセが憤慨するような,「貢ぎ(カネを呉れちゃうこと)」ではありませんし…,中国やロシアなど国際社会の注視・監視もありますので…,騒ぐことではなく,逆に「チャンス!」と言い切り、双方真逆の判断。どちらが正しいか。

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今朝のNHKニュース。 日米首脳会談終えての安倍・トランプ共同記者会見どんなサプライズがあるかに注目していたが、淡々とした内容で、経済の分野についてトランプ大統領は「われわれは自由で公平、両国にとって利益をもたらす貿易関係を目指す」と述べ、双方にとって利益となるよう貿易関係を築いていく姿勢を示しました。》で締められて、西日本大雪のニュースに替わった。NY株は2日連続で取引時間中の史上最高値を一時更新。飯山氏曰く、 アメリカという国の在り方が,大きく変わってきているので… 世界も日本も大きく変わってゆく… 今までの世界ではない別の世界になりつつある.そのことを(個人と機関)投資家が認識し,評価しているので… NYダウが2万ドル台!というバカ高い株価水準になっているのです.》 飯山氏の勝ちと見る。今まさに歴史的大転換の秋(とき)。

以下、飯山氏と副島氏の議論転載。

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安倍総理と長谷川三千子女史の対極性 [神やぶれたまはず]

昨日の記事にはその前段階があった。6日に読んだ山崎行太郎氏の「『安倍流言語学』の謎を読み解く。」http://www.asyura2.com/17/senkyo220/msg/280.html が、これまで思ってもみない新たな視点を提供してくれていたのだ。安倍総理を見る目が変わったといっていい。

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国会の答弁演説で、安倍首相は「云々(うんぬん)」を「でんでん」と誤読した。普通なら、内閣が吹っ飛びそうな珍事件である。しかし、何事もなく終わろうとしている。「云々」を「でんでん」とよむ総理大臣がいてもいいじゃないの・・・というわけだろう。むしろ、漢字の読み間違いなどのメクジラを立てて、騒ぐ方がおかしいだろう。他にすることはないのか、というわけだろう。

安倍応援団の代表格の百田尚樹は、『雑談力』という本で、話は面白ければいいのだ、という趣旨のことを言っている。さすが安倍応援団の一人である。よく分かっている。話し言葉や演説用語は、その場を盛り上げることに重点はある。その話が、真実か虚偽か、などはどうでもいいというわけである。むろん、百田尚樹の「トンデモ言語学」に一理がないわけではない。むしろ、安倍の読み間違いを嘲笑する左翼のインテリたちこそ、言語学を知らないというべきだろう。

後期ヴィトゲンシュタインは、「意味が用法である」と言い出して、言語学に革命をもたらした。言語は、意味や読みの正確さや厳密さが、重要な本質ではない。むしろ、誤解であれ正解であれ、会話が成立することこそ重要なのだ。意味や読みを厳密に定義し、その定義に基づいて発語する、ということにこだわるのは、近代言語学の限界である。構造主義言語学の生みの親とも言うべきソシュールが「言語には差異しかない」と言ったのも、別のことではない。同じことである。

ヴィトゲンシュタインもソシュールも、「意味」を解体したのである、安倍も意味や読みを解体している。安倍批判が不発に終わるのは、安倍流言語学の謎を解明出来ていないからであろう。知ってか知らずにか、安倍は、現代の言語革命を生きているのである。

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実はこれを読む前々日、中学の同級生数人と温泉に行って、宴会を終えて部屋に帰ってから、3人で議論になった。こちらの真意を汲み取ってもらえないことにイライラしつつ、とにかく1時間以上やり合ったと思う。得ることがないではない議論ではあったが、その議論についていろいろ思いを巡らせていたときに出会ったのがこの文章だった。考えてみると、ネット上のやり取りも含めて世の中の会話のほとんどは、「正確さ」や「厳密さ」などは二の次となって会話は成立していることに思い到った。言った方が勝ち、おのずと声の大きな人が優勢を占めることになる。

はじめてヴィトゲンシュタインに心を向けてみた。松岡正剛氏が『論理哲学論考』に拠って言っている。http://1000ya.isis.ne.jp/0833.html

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