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まよちゃん登場! [幼稚園]

まよちゃん270424山新.jpg

昨日の山形新聞の「ヤマガタ青春群像」にまよちゃんが取り上げられていました。取材した滝口克典さん、まよちゃんの気持ちによく寄り添っていい記事になっています。娘と同世代、早速まよちゃんと似た歩調の娘に読ませたいと思ってここに取り上げました。「宮内幼稚園(こども園)的感覚」に通ずるような気がして、「幼稚園」のカテゴリーに入れておくことにします。

 

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ヤマガタ青春群像

ふつう” 逃れ自由に


ぷろぺら商店

 手塚真世さん、鈴木公人さんによるものづくりユニット。「南賜えぼし窯」を拠点に、2012年4月に活動開始。陶芸(陶芸教室も含む)、似顔絵、各種企画などに多角

的に取り組む。


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宮内認定こども園開園記念式・祝賀会(附・やまあらしぼうやのクリスマス) [幼稚園]

5-全景2DSCF2143.JPG
新園舎が竣工なった宮内幼稚園が「宮内認定こども園」としてスタートする。その記念式及び祝賀会を昨日終えてきた。朝9時から竣工礼拝。11時から記念式と祝賀会。終ったのは2時を過ぎていた。朝は気が動転するほど忙しかった。感謝状作成を安易に引き受けてしまったものの、これが予想以上にたいへん。会場看板もつくらねばならないがまだこれからの状態。何より今日の式辞が気がもめる。朝4時前にとりかかったものの、感謝状のめどがついたのが6時過ぎだった。看板は息子の手を借りて、式辞がなんとか形になったのが8時半すぎ。竣工礼拝が終ってから、会場の準備を抜けさせてもらって家に戻ってまとめた式辞を載せておきます。

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「ほんとうの教育」の出発点 [幼稚園]

今日幼稚園の教職員歓送迎会だった。米沢の農村文化研究所の遠藤宏三氏から川田順造先生が基調講演するシンポジウムへの誘いを受けていたので、それに間に合うように時間をずらしてもらっていたのだが、「置賜自給圏推進機構設立総会」が午前10時からあるということが後でわかって、やむなく歓送迎会はパスさせてもらうことなった。そして今朝になって園長先生から歓送迎会のメッセージをとの要請。急遽書いたのが以下の文。ばたばた書いたのがかえってホンネのところが煮詰まった文になったと思う。


 昨日、山形の友人から電話が来て10数年ぶりに話しました。山形市の中心部で鍼灸マッサージの治療院を開いています。最近、小中高の先生や生徒を治療する事が多くなっているのだそうです。学校現場のストレスが身体や心にきてその友人をたよってくるのです。現場のいちばん大変なところを見せられているからと思いますが、学校教育の窮状を切々と訴えてきました。ずっと幼稚園のことを思いながら聞いていました。せめて幼児教育の段階では「ほんとうの教育」を守ってゆかねばならないと切実に思いました。


 「ほんとうの教育」とは何か。それはみんなのひとりひとりの心の中にあります。「こんなふうにしてもらえたらいい」、その気持ちが「ほんとうの教育」の出発点です。きっと学校になると、そういうことは二の次になって、「ああしなければならない、こうしなければならない」ということばかりが頭を占めてしまうのです。その結果、教師相互の、教師と生徒の、生徒同士の、ほんとうの心の交流が遠のいて、ほんとうの心がどこにあるかわからなくなってしまって、それがストレスになっているように思いました。


 宮内幼稚園のねうちは、教育の本道を見失わずに60年を超える歴史を積み重ねてきたことです。このことに自信をもって、これからも歩みつづけて下さい。


 K先生、Sさん、これまでの宮内幼稚園の歩みを支えつづけてくれたことにほんとうに感謝します。そして新しい教職員のみなさん、先輩のスタッフから宮内幼稚園の伝統をよく受け継ぎ、さらに「ほんとうの教育」「ほんとうの保育」を目指して邁進されんことを心から願います。


 今朝突然園長先生から「メッセージを」をと言われて思いつくままに書きました。今日午前中は「置賜自給圏推進機構設立総会」、午後からは人を神に祀ること」というシンポジウムに参加してきます。私なりに「ほんとうのこと」を求めるための大事な会合です。せっかくのこの場に参加できなくて申し訳ありませんがご理解下さい。どうか楽しいひとときになることを祈っています。


「新しい歴史教科書をつくる会」が頭打ちになったところで立ち上げたのが「これからの子育てを考える会」だった。思いがけなくまだHPが残っていた。そのとき合流したのが、昨日電話をくれたHさんだった。いま、現場で苦しむ先生方のための講演会を企画しているのだという。今もこういう形でがんばっておられるのを聞いて、ほんとうに懐かしくまたうれしかった。私が今何を考え、何をやっているかを知って欲しくてこのブログを教えた。またお会いする機会を楽しみにしたい。 


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藤森平司先生講演メモ「見守る保育―主体性を育てる」(3) [幼稚園]

母子孤立化の危機


3歳までの育休。その子供達はどういう環境の中で育てられるか。

昔の部族のような中で育てられるのなら大賛成。

しかし家族のいない娘の場合。→ 赤ちゃんが一人で寝かされている。赤ちゃんが泣くと近所から苦情を言われる。

泣くことは、言葉を発声するために極めて重要。泣くことで息継ぎを覚えてそれが言葉となる。

泣き声は騒音、という最近の風潮→ 泣かすことができない

みんなで食事をしない。

ハイハイする広さがあまりないマンションの一室。

そういう中で育てられていると人と関わることがない。関わる力が育たない。

昔はいろんな人の出入りがあったのに、娘の家にくるのは宅急便のお兄ちゃんだけ。

赤ちゃんがいる間外出がたいへんなのでネット販売の利用が多くなり、外に出る機会もどんどん減ってゆく。

人に会わない。

この状況で3歳までをすごさせるということがどういうことか。

これはとても危険なことだと思う。

娘の子供。非常に好奇心が強く、あちこち歩き回りたがる子供だったのに、毎日一人で寝せられているうちに日ごとに無気力になってゆく。→ できるだけ子供のいるところに連れてゆきなさい。子育て支援センターなど。しかしそういうところがない。公園に行っても子供がいない。ようやく見つけた場所が塾。しかしそこは週一回。これで果たしてもつのだろうか。

3歳までの育休をとらせるのだったら、その受け皿を地域に作ってあげなければならない。

そうしないと母子はどんどん孤立していってしまう。子供の育ちが大変なことになってしまう。

社会の一員として子供を育てることでホモサピエンスは生き残ってきた。

数あるヒト属の中で、ホモサピエンスはその傾向がいちばん強かった。

ネアンデルタール人は体力、運動能力をつけた。しかし、滅びた。

ホモサピエンスの生存戦略のみが成功した。社会を作り、協力しあうこと。人と人との関係の中で生きる力を養うこと、その結果としての勝利。

われわれはそのホモサピエンスの遺伝子を受け継いでいる。

私たちは「協力しあう」ということを思い出さなないといけない。

人は一人では生きてゆけないことをあらためて思い起こさせられたのが東北大震災。

ホモサピエンスは一人で生きてゆくようにはできていない。

それを学ぶために赤ちゃんは小さいうちから多くの人と交わることが大切。母子関係だけではダメ。

娘の行っている子育て支援センター。昔の相談は「おむつがなかなかとれない」→今は「言葉が出ない」

大声で泣かせない。人との関わりがない。

もともと人同士で生きてゆくイキモノであるホモサピエンス。

このことを法的に整備すべきが本来の制度であるべき。

孤立させてゆくような制度ではなく。子供はどういう環境で育つべきかのきちっとした議論が必要。

幼稚園がいい、保育園がいいというような議論ではなくて、どんな環境がいいかと言う議論をしないとダメ。

家でも保育園でも幼稚園でも、どの場所にあっても子供にとって必要な環境を用意すべき。

そのことを現場から発信すべき。

子供にとっての正常な「発達」が人類にとっての正常な「進化」となる。

そういう中で幼児期を過ごしてはじめて8歳頃からの知識の吸収が可能となる。

世界の趨勢で幼児教育とは8歳までを言う。

臨界期以前の知識はすぐ覚えるがすぐ忘れる。

赤ちゃん学会 赤ちゃんにものをあげる時、自分の国の言葉でくれる人からものをもらう。

母国語という基本が必要。バイリンガルではどうなるか。

基本をつくるまでが幼児教育。

絶対音階を身につけさせるのは5歳までという。 

では、絶対音階は必要か。

絶対音階を持っていると生きにくい。音階から外れた歌を聞くと気持ち悪くなる。一般の人の音階に合わせることができない。

ほとんどの人は相対音階。絶対音階ではみんなに合わせて歌を歌うことができない。 

赤ちゃんを保育者が育てるよりも祖父母が育てる方が語彙が豊富になるという研究結果。

しかしそもそもこの年齢で語彙が豊富になることが必要か。

語彙の豊富な子供程、後で学力が下がる。

幼児期に必要なことは、語彙を覚えることよりも、知らないことへの興味。

不思議に思う心、好奇心、なぜなのか、どうしてなのか、そのことが後の学力に繋がる。

保育者と共に吉良邸散策。「この橋が吉良上野介の首をもって渡った橋だよ。」

半数の保育者が忠臣蔵を知らない。

「知らない方が保育者としての資質がある。知っていればああそうで終わるけれども、知らないことで『それ何?』と知ろうとする行動が始まる。その行動こそが幼児期の子供には大切」

保育者の資質は、なんでだろうか、どうしてだろうかという好奇心の働き。

この遺伝子こそがホモサピエンスたるゆえん。

これがあるからホモサピエンスがアフリカから始まって世界中に散らばっていった。

赤ちゃんが部屋から出て行きたがるわけ。これがあるから人類は生き延びることができる。「行っちゃダメ」は、人類として存続するための遺伝子の働きを否定すること。

危険ということに対して

出て行っても安全な状態にしておくこと。

出て行ってダメな場所とはどこまでか。園内全てを「部屋」と考えれば・・・

「ダメ」は保育者の頭の中でつくっているもの。

赤ちゃんは、必要のないことはやらない。赤ちゃんがやりたいこと、やろうとしていることをどうやって安全にやらせてあげる環境を整えるのが保育の専門家の役割。

「ダメ」というなら素人でもできる。

場所をつくる→人間としての本来の力を発揮させる。

われわれが受け継いでいる遺伝子を十全に活動できるような環境を整えること。

「幼稚園は、幼児を保育し、適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的とする。」(学校教育法第77条)

 


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藤森平司先生講演メモ「見守る保育―主体性を育てる」(2) [幼稚園]

本論  現代における育児をどう考えればよいか  

3歳神話の終焉 

○3歳までの育休について

働く女性に手厚い支援 首相「育児休業3年」表明 2013/4/18 21:40 (日本経済新聞)

安倍晋三首相は子供が1歳半になるまで認められている育児休業を3歳まで延ばし、5年間で待機児童ゼロをめざす方針を決めた。19日の経済3団体トップとの会談で協力を要請する。少子高齢化に伴う労働力人口の減少に歯止めをかけるのが狙いだ。仕事と子育ての両立に悩む家庭には朗報と言えるが、実現に向けて給付負担や企業のコスト増大などの課題を克服する具体策が問われる。政府は今後、産業競争力会議(議長・安倍首相)で議論し、成長戦略に織り込む。2014年度の導入をめざす。           

3歳まで育児休業が取るようにしなさい!」と言っても、農家の方は、取れるはずはありませんし、自営で働いている人たちも無理です。大切なのは、子どもを母親だけに押し付けることではなく、社会で育てるという意識だと思います。いつも母親が抱っこしなければならないとか、いつも一緒にいないと愛着形成されないというのは、人類がどのような育児をしてきたかということを見ても間違った考え方のような気がします。       

3歳まで家で育てられるということはどういうことか。その検証をきちんとして欲しい。昔の「3歳神話の復活」というなら間違っている。

○一家族に67人も子供がいる時代とは違う。少子化になって、地域の連帯も少なくなって、しかも核家族になって、その家庭環境で同じような保育をしていたらどんどん歪みが起きてくる。それがいまの若者において問題化している。

→人と関わる力がない。人と関わる経験が薄くなっている。子供集団の力が希薄になっている。

70万人〜150万人とも言われる引きこもり。働こうとしない、現代鬱病、虐待、いじめ

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藤森平司先生講演メモ「見守る保育―主体性を育てる」(1) [幼稚園]

昨日、幼稚園の初出式で1時間程講話をと言われていたので、この機会に昨年6月に仙台で聴いた藤森平司先生の講演のテープを起こしてまとめてみました。これまでもっぱら幼稚園の立場から見ていた幼児教育でしたが、保育園の立場から見るとこうなんだ、ということで目からウロコの講演でした。ミラーニューロンを知ったのもこの講演会でした。そんなわけで、いつかまとめてみなければ、と思ってそのままになっていたのでした。あらためてじっくり聴くとほんとうに値打ちのある講演でした。昨日はまとめたものをずらーっと説明したのでしたが、それなりにインパクトがあったようです。藤森先生が8年半にわたって毎日2000字書き続けてきたブログ「臥竜塾」を参照しながらまとめたものです。その引用などは飛ばして話したので、帰ってから必ず読み直してみて下さいとお願いしました。これからの乳幼児教育をどう考えていったらいいかの基本が見えてくるお話でした。特に幼稚園関係者に読んでいただきたいです。時代は大きく変わってきているようです。

 

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「見守る保育―主体性を育てる」   2013.6.5  仙台

藤森平司先生

保育環境研究所ギビングツリー 代表
せいがの森保育園 園長 

大学で建築を学ぶ。他大学で小学校教諭の資格を得、小学校へ勤務、主に低学年を担任。昭和54年、八王子市に省我(せいが)保育園開園。平成9年、多摩ニュータウン(八王子市)にせいがの森保育園(子育て支援センターわくわく併設)を開園。平成147月、保育環境研究所ギビングツリー代表、才能開発財団評議委員も勤める。インターネットブログ「臥竜塾」をはじめ、グッドデザイン賞を2度も受賞するなどその活動範囲は幅広い。園での確かな実践の傍ら、全国からの見学や研修の受け入れ指導を行い、合間を見て、全国に新しい保育を広めるために駆けずり回っている。


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「アベノミクスが成功する確率は12%、88%の確率で失敗する」星岳雄スタンフォード大教授 [幼稚園]

星岳雄教授は宮内幼稚園の卒園生です。

賀川先生色紙.jpg
賀川豊彦先生が講演の折画かれた色紙。
「幼児を我に来らせよ 天国に入る者 かくの如し 1951105 宮内 トヨヒコ ○賀」

宮内幼稚園は、昭和26年10月5日に宮内熊野講堂(現熊野大社證誠殿)で講演された社会運動家賀川豊彦先生が、「宮内に50100年後のための人材を育てなさい」とその日集った8,000円をそっくり地元に寄託されたことからはじまります。賀川先生の陰からのご尽力もあり、その翌年5月、宮内幼稚園がスタートしました。今年の3月に60周年記念行事を開催することができました。来年8月から認定こども園として新園舎で新たにスタートします。昨年春から構想してきたことですが、ようやく12月6日に起工式を行い、建築確認許可も下りて工事にとりかかったところです。こういう折星教授の発言が注目され、そしてこれからまともな日本を取り戻すための大きな力になろうとしていることに感慨を禁じ得ません。

星教授の本は、私ごときが読もうとしても到底読み切れるレベルではありませんが、12と88という数字の根拠はともかく、この発言は感覚的に即納得です。さらにこれからの、歯に衣を着せぬ発言をおおいに期待したいです。

星教授のお父さんは80歳を超えて今なお現役の肥料屋さん(昭和5年生まれ)。いろんな意味でわれわれにとって敬愛すべき大先輩です。この方を思うと肥料設計に取組む宮沢賢治のイメージが重なります。

阿修羅板の経世済民板、12/20 18:43現在、閲覧数8,010でダントツトップ独走中です。

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官邸に配慮 メディアが黙殺した米有名大教授の“爆弾発言” 
”
http://gendai.net/articles/view/news/146753
2013年12月18日 日刊ゲンダイ


 日本経済についての研究で世界的な第一人者が「アベノミクスが成功する確率は12%、88%の確率で失敗する」と断言していた。

 発言の主は、米スタンフォード大の星岳雄教授だ。

 東大卒後、マサチューセッツ工科大で博士号を取得。20年以上米国を拠点にし、日本経済の研究者で知らない人はいないという著名学者だ。その星教授が10月21日に東京のスウェーデン大使館で講演し、冒頭のような“爆弾発言”をしていたのだ。

 講演内容は、日欧ビジネスのコンサルタント会社「ユーロテクノロジー・ジャパン」が国内外に情報発信し、欧米では周知の事実になっているが、日本のメディアは発言を“黙殺”。安倍政権に気を使ってか、これまで全く報じられていないという。

「日本在住の経済学者の中には、アベノミクス擁護の『空気』を読み、経済学の『論理』に基づく発言を控える者が多い。『空気』を読む日本の大手メディアも同様でしょう。しかし、そうした『空気』が皆無のカリフォルニアにいる星氏は経済学の『論理』だけに従って発言していますから、本質を捉えています」(ビジネス・ブレークスルー大教授・田代秀敏氏)

 講演で星教授が指摘したアベノミクス失敗の主な理由はこうだ。

<アベノミクスの成長戦略は、行動すべき分野がメチャクチャに多過ぎる。しかも、明確な優先順位が付けられておらず、焦点が定まっていない>

<『有望とされる産業』を政府が選ぶのは、インターネットがなく、米英のコピーをすることが経済成長をもたらした時代ならともかく、今日では無理だ。現在の政府は、どの産業が将来に栄えそうかを民間よりも知り得る立場にはない。その最悪の例は『クール・ジャパン』戦略だ。政府が何かを支援しようとした途端に、それはもはや『クール』ではなくなってしまう>

<成長戦略は明確な数値を掲げた指標が必要である。しかし、5年以内の数値的な指標が設けられているのは、改革分野のわずか19%だけだ>

 安倍首相は、学界で“引退した学者”とみられている浜田宏一教授ではなく、現役バリバリの星教授の話を聞いた方がいいんじゃないか。


以下は阿修羅板のコメント
抄出 

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幼児を我に来らせよ 天国に入るもの かくの如し 賀川豊彦 [幼稚園]

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幼児(おさなご)を我に来らせよ 天国に入るもの かくの如し
              1951・10・5 宮内 賀川豊彦

宮内幼稚園の宝物、賀川豊彦先生の色紙です。

マドモアゼル愛さんが「愛の日記」5月5日号に「子供の日」と題して書いておられます。
うれしい文章がありました。

誰でも幼子のようにならなければ神の国にはいることはできない、、、とイエスは言ったが、それはすべてが仲間であり、すべてが自分だという意識を持てるかどうかということだ。

3月23日の宮内幼稚園創立60周年の記念品は、この色紙をプリントしたマグカップでした。
DSCF9441.JPGDSCF9438.JPGDSCF9433.JPG
色を何にしようかと迷った末、10何色、いろんな色のマグカップができました。

若干の設備投資が必要でしたが、染物屋の仕事領域が賀川先生のおかげで広がりました。
とはいえ、家内には「儲からない仕事ばっかり」とあきれられています。

以下、マドモアゼル愛さんの「子供の日」全文です。

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芦名定道先生「子どもたちの未来へー幼児期、そして人生における『祈り』の意味」 [幼稚園]

昨日、幼稚園の辞令交付式。みんなで芦名先生の講演を反芻すべく、一部テープを起こしながらまとめてみました。正味一時間ですが、早口で内容はぎっしりでした。いずれ全部活字化することで御了承いただいています。なお、先生が用意されたレジメは先生のブログ「自然神学・環境・経済」で見ることができます。

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辞令交付式講話資料 25.4.2


芦名先生の講演

「子どもたちの未来へ―幼児期、そして人生における『祈り』の意味」から

DSCF9253.JPG


宮内幼稚園、ひいては幼児教育そのものが、日本という社会でがこれからどう未来を切り開いていったらいいのか、宮内幼稚園がどこに向かって進むのか、そのことを考えるために、宮内幼稚園のルーツ、原点を考える。そのことでたしかな方向性を見ることができるのではないか。わたしたちはどこから生まれたのか、どこに向かって進もうとしているのか。まず出発点の確認から。


宮内幼稚園ホームページ

昭和2610月宮内で講演された賀川豊彦博士より「この地に幼稚園をつくり50年後の日本を背負う若者を育てよ」の御意思を受けて昭和275月宮内幼稚園は開園しました。》

 

ここから出発して、次の順に考えてゆきます。

                 

1.賀川豊彦

2.「祈り」について

3.宮内幼稚園の未来、将来。70周年、100周年のときの姿はどうなっているのか。その方向性。



賀川豊彦

  キリスト教思想上で非常に重要な人物


  明治21年(1888)〜昭和35年(1960) 明治、大正、昭和にわたって活躍

  ノーベル文学賞候補 19471948 全集24巻のうち後半は文学作品。

  ノーベル平和賞候補 195419551956  


知名度は国際的。しかし、戦後70年を経た現在賀川の名を知る人は少ない。この70年の間に、日本の社会はどうなってしまったのか。日本の社会は大きく変わった。賀川のビジョンはどこへいったのか。


賀川の活動は多面的であった。


ネット検索「賀川豊彦」 膨大な情報→ウィキペディア

賀川豊彦は、大正昭和期のキリスト教社会運動家社会改良家。戦前日本の労働運動農民運動、運動、生活協同組合運動において、重要な役割を担った人物。日本農民組合創設者。「イエス団」創始者。キリスト教における博愛の精神を実践した「貧民街の聖者」として日本以上に世界的な知名度が高い。》

 

教育者としての賀川


1931(昭和6年)世田谷区上北沢松沢幼稚園開園。教育者賀川の第一歩。

神戸の貧民街で活動開始。大正12年(1923)関東大震災→救済活動。以降、東京でも活発な活動。

教育についての様々な文書が残る。その中のひとつ「幼児自然教案」。

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宮内幼稚園60年のあゆみ [幼稚園]

「宮内幼稚園60年のあゆみ」のDVDをつくって式典の中で上映。参列していただいた方に記念品としてお渡ししました。
ナレーターのM先生、付き添いのI先生、編集してくれたT君、あわただしい中ほんとうにおつかれさまでした。

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宮内幼稚園

60年のあゆみ

あ タイトル.jpg

 

 昭和7515日、議会政治を重んじる内閣総理大臣犬養毅(つよし)が「問答無用」のテロの前に屈しました。五・一五事件です。以後日本は、軍人が大きな力を持つようになって敗戦までの道を歩むことになります。


 ちょうどこの事件の翌日か翌々日宮内を訪れ、当時の宮内がしのばれる歌を詠んだ人物がいました。


    花すぎて 緑の山に小鳥なく

       世のさわがしさ 気にとめぬごと


      (もう一度くりかえし)


 桜が散り終わって、緑がかがやき出した心地よい5月の半ば、田町の教会のあたりから山王山や熊野の森を望むゆったりとした宮内の風景が目に浮かびます。あるいは双松公園に上って詠まれたのかもしれません。この作者こそ賀川豊彦先生でした。

 

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