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平成22年9月14日、日本の運命の岐路となった日。この日を忘れてはならない [小沢一郎]

これでも風評被害と言い続けるのか?

http://ameblo.jp/usinawaretatoki/entry-11592931012.html


14日、東電は福島原発2号機から超高濃度汚染水約210トンが地下水
として拡散し、海へも流出していると発表しました。


 
http://livedoor.blogimg.jp/jyoushiki43/imgs/7/f/7f40a985.jpg

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130814-00000144-jij-soci

その濃度とは放射性セシウム1リットル当たり23億5000万ベクレル
という途方も無い超高校濃度汚染水なのです。

わずか1リットル当たり23億5000万ベクレルですよ!

厚生労働省食品衛生法の暫定規制値(1キロ当たり500ベクレル)です
から、23億5000万と言う数字がどれだけ凄いかわかりますね。

少し前、福島産牛肉から放射性セシウム(2300ベクレル/Kg)が検出された
ということで世間が大騒ぎしたことがありますが、その100万倍です。

当時は風評被害で片付けられましたが、ここまで超高濃度だと風評被害だ
なんて惚けてられないでしょう。

何しろコップ1杯で致死量の汚染水が210トンもあるんですから。

しかもそれが地下水や海に流出してるのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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よくわかる小沢氏側の主張 『控訴方針決定に対する声明文』 [小沢一郎]

 こんな大事な声明文を山形新聞、一切触れず。 

 

   *   *   *   *   *


『 控訴方針決定に対する声明文 』

 

新しい政策研究会(新政研)一同

平成24年 5月10日

 

声  明

 

 4月26日に東京地裁で決定した「無罪」判決を不服として、昨日、3人の指定弁護士が控訴した。

 いたずらに裁判を長引かせ、我が新政研の会長であり、この国の最も重要な政治リーダーである小沢一郎衆議院議員の政治活動を妨害しようとするものであり、到底許されるものではない。強く抗議するものである。

 検察審査会の起訴議決は、法廷での事実確認を要請するものだ。判決は無罪である。裁判で無罪判決が出た以上、「推定無罪」の原則はより強く尊重されなければならない。従って、小沢一郎衆議院議員は現在、その政治活動に何の制約も受けないことをまず確認しておく。

 そもそも、検察が2年間に亘る執拗な捜査にもかかわらず、証拠が無く起訴できなかった事件であり、この裁判の元となった東京第五検察審査会の起訴議決自体が、検察当局の捜査報告書の捏造という犯罪によって提起されたものである。既にインターネット上で広く国民が知るところとなった「捏造捜査報告書」を、指定弁護士も当初から入手していたのであり、指定弁護士は、検察が何故このような重大な組織的犯罪を犯さなければならなかったのかを、まず検証すべきであった。

 また、指定弁護士に対して控訴権が付与されているかについては、明文規定がない。明文規定の無い手続きによって活動の自由を奪い、刑罰を科すことは、基本的人権を保障する日本国憲法第31条に違反する。

 弁護士法第一条は、「弁護士は基本的人権を擁護し、社会的正義を実現することを使命とする」と高らかに宣言している。指定弁護士であっても弁護士としてこの崇高な使命を負っていることに変わりはない。ましてや、政治主導で「国民の生活が第一。」の政治を実現しようとする主権者の代表、とりわけそのリーダーである小沢会長の活動を更に妨害する権利が無いことは明らかであり、その責任は重い。

 小沢裁判とは一体何であったのか。

 政権交代を目前にして代表の座から小沢会長を引き摺り下ろした西松建設事件は、結局、ダミー団体ではないと検察側証人が法廷で証言し、「訴因変更」という姑息な手段で検察は裁判から撤退。事実上裁判自体が無くなった。

 そして、陸山会事件は担当した検事が法廷で「検察の妄想」による壮大な虚構と証言したように、捜査当局による「でっち上げ」である。

 検察のでっち上げだから、証拠が無く、起訴出来なかった。

 だから検察は捜査報告書の捏造という大犯罪を犯してまで、検察審査会を悪用した。

 また秘書裁判において、裁判所は、証拠が無いにもかかわらず、推認に次ぐ推認という到底許されない方法で石川知裕衆議院議員議員らに有罪を言い渡し、裁判が続いている。

 2009年3月3日からこの3年と2ヶ月余り、前述した検察と司法の暴走に、マスコミはメディアスクラムを組んで協力し、それを、改革を阻む政治勢力が利用してきたことも決して忘れてはならない。

 これは、明らかに政治弾圧である。

 世界の歴史を振り返れば、真の改革者は常に不当な弾圧を受けてきた。インド独立の父であるガンジーは、独立運動を理由として度々投獄されたが、決して屈することなく粘り強い運動を続け、賢明なる民衆を率いて、祖国を宗主国からの独立へと導いた。

 我々新政研は、不当な政治弾圧に決して屈することなく、これからも、小沢一郎会長の下に一致結束し、民主党政権が政権交代で国民に約束した「国民の生活が第一。」の政治を実現するために、全力を尽くしていくことをここに宣言する。

 

平成24年5月10日

 

 

新しい政策研究会(新政研)一同

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あたりまえにもどるだけ [小沢一郎]

  

 いくらか光が差し始めたかと思わされたのも束の間、やっぱりの控訴決定。
 
≪表面は「政治とカネ」の問題で刑事事件と思わされているが、本質は政権交代による統治構造の変革を阻止する勢力の仕掛けである事を国民は見抜かなければならない。これは事件ではなく国民主権に対する挑戦なのである。≫」(田中良紹 の「国会探検」http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2012/05/post_299.html#more
 
暗鬱な気持ちになる。しかし、絶望へと向かう道とは思わない。「陰極まれば、陽生ず」、そのための陰極まらせる動き。深いところでの地殻変動が始まっているのかもしれない。希望へと向けて。その思いが、マドモアゼル愛さんの「愛の日記」5月1日付けを読んだときから次第にふくらんでいる。
 

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「小沢一郎支援行動」に向けてのぼり等作らせてください! [小沢一郎]

小沢支援作例.jpg

12月19日午後7時より六本木で、世川行介氏の呼びかけによる「小沢一郎支援行動」が行われます。要点を引用します。

(引用はじめ)

19日。午後7時。六本木の歩道に、僕は立つ
2011年11月12日 00時56分16秒

・・・11月19日、午後8時30分から、
 小沢一郎が田原総一郎と、徹底討論をします。

 場所は、六本木です。 ・・・・・

 皆さんご存知のとおり、
 田原総一郎という評論家は、小沢一郎に対して、きわめて批判的な人物でした。
 僕は、いつだったか、彼が、
 森善朗か誰かに向かって、
「小沢さんだけは駄目ですよ。
 あの人にだけは政権を取らせては駄目ですよ」
 と言ったのを、今でも記憶しています。
 少し真面目に物申せば、
 田原総一郎という人物は、
 社会主義の毒を飲み込んで、その毒を吐き出せずにここまで来た男でした。
 その田原総一郎と、小沢一郎は、徹底討論するのです。

これは、小沢一郎が、
 たった独りで、  
 世間に向かって、
「自分は、これから、どんな障害物とも戦って行く」
 という覚悟を示したものなのです。・・・・・

 はっきり言って、
 今の状況では、
 小沢一郎が国家権力に「勝つ」は難しい。
 法権力を握った官僚システムに、今の孤独な小沢一郎は、どうしても、勝てない。
 であるなら、
 勝たないまでも、「敗けない戦い」の道を探すべきではないのか、
 と思うに至りました。

 といったことを考えた挙句に、僕は皆さんに訴えたい。

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昨日、2件発送しました [小沢一郎]

結局注文は2件だけでした。これだけではこちらも不完全燃焼ですので、お二人にはこちらで勝手に作った3枚を加えて4枚ずつ送りました。Hさん、Yさん、ご面倒かもしれませんが、どなたにでもお渡ししてデモの盛り上げにお役立て下さい。

こんなことやって、単に「営業」と取られるのは嫌だなあという思いがあったのですが、案の定、天橋立の愚痴人間さんからご指摘がありました。おかげでいろいろ考えることが出来ました。そのスレッドはもう消えてしまっているので、手元に残してあった分をアップしておくことにします。

   *   *   *   *   *

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小沢一郎支援11.5デモに向けてのぼり(又は横幕)を作らせてください! [小沢一郎]

1024日のデモ成功のニュースはうれしかった。一筋の燭光を見た思いだった。次につながる1000人の参加だった。

 

今から10数年前の平成7年、村山内閣の時代、「戦争謝罪」国会決議阻止の請願デモに参加してきたことを思い出し、当時書いたものを引っ張り出してきた。

 

≪「戦争謝罪」国会決議阻止の請願デモが2月3日行われ、同志と共に参加してきた。

 

出発会場となった日比谷野外音楽堂は立錐の余地もない人々で埋め尽くされた。定員3119名の会場ということなので4000名近い参加者だったと思う。

 

デモは13梯団に分かれて整然と行われ、われわれは第一梯団に属して行進した。

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小沢氏強制起訴の報道に触れて [小沢一郎]

 平成9年9月「週刊置賜」に、「『公』と『私』」と題した次のような文章を書いていた。丹羽達哉氏が議員表彰制度に対して異議を唱えられ、それについていささかの紙上議論が展開された時のものだ。先日、整理していてたまたま出てきた。

  (引用はじめ)

・・・(丹羽氏による議員表彰制度への違和の指摘は)「公の私物化」という極めて現代日本的な課題への問題提起であると受け止めた。

戦後社会の中で否定され尽くしてきた教育勅語の中でも「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」のくだりは、その否定の極みに位置しよう。占領軍の意図した「戦前国家の解体」とは即ち「公意識の解体」にまで通ずることに、半世紀を経てようやく現実のこととして気づかされつつある。

共同体内部の対立を前提に「国家とは階級支配の道具である」と考えるマルクス主義的国家観は、社会主義の失敗が明確になった冷戦終結後も日本人の観念の奥深いところで蝕みつづけている。それは戦後の日教組主導の教育によるところが大きい。昨年来の教科書問題の奔出はこのことへの深刻な反省の上に立っていることは言うまでもない。

国家解体路線を行く人は、「国家」に代えて、個人を原理とする「市民社会」を持ち出す。しかしそれ自体明確な実体も何もない。たかだか個人の集合体である。そうした考えの人が権力を持つとどうなるか。「公」を建て前とした「私権」の拡大である。

では、単に「私」の集合感覚ではあり得ぬ「公」の感覚とは何か。一言で「まとまり」感覚である。まとまるためには自ずと「私」は身を引くこともある。しかしそこに不満は生じない。「自由」に対する「秩序」の感覚に重きが置かれ、また「平等」を求める前に「分度分限」の感覚が己れを律する。西洋合理主義の勝手自由なデカルト的「思う我れ」を原理にするのでなく、「共感の体験」こそが世の中の原理なのだ。理屈以前に日本人はこの原理に立って生活している。頭の先っちょはかなり占領政策にやられてしまった日本人も、決して根っこまではやられていない。いずれ何らかのきっかけで「公」をわきまえた「本来の日本人」にきっと還ることができるにちがいないという確信がある。丹羽氏の指摘もこの流れの中で受け止めることができた。良識を葬ってはなるまい。

(引用おわり)

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世川行介著「泣かない小沢一郎(あいつ)が憎らしい」を読む [小沢一郎]

いよいよ今日、民主党代表選。日本の道筋を考える上で、この選挙ほど、日本にとって重大な岐路と意識される選挙は私にはかつてなかった。その朝、世川行介著「泣かない小沢一郎(あいつ)が憎らしい」を読み終えた。

小沢一郎という人をすんなり納得させてくれた。あわせて小沢一郎とともにあった政治ドラマの流れのひとつひとつが腑に落ちた。

「『かれ』はね、まあ、ぼく(羽田孜)もそうだけど、政治改革を実現させるために、自分なんか、とうの昔に捨てているんだよ。/一口に、自分を捨てると言ったって、人間、なかなかできるものじゃないさ。/たとえば、普通の政治家は、仮に政権実現交代の日が来たら、まあ、総理大臣になるのは無理としても、閣僚とか党の要職とかに就きたいと思うものだ。それがあたり前の政治家心理だ。/だけど、『かれ』は、そんな欲をまったく持っていない。かけらも持っていないんだよ。そんな嘘みたいな男が、『かれ』なんだ。」(151P)

このことを、「個」を原理としてすべてを組み立ててきた戦後日本は決して理解しようとはしなかった。しかし、日本人の、いやすべて人間の根底の感覚はこの感覚なのだ。このことを私はメルロ―・ポンティから学んだのだと今思う。人間の根底にあるあたりまえの感覚をあたりまえと思えなくしてきたのが戦後日本の教育であり、敗戦ゆえの戦後日本だったのだ。

「あの頃。/あの昭和四〇年代―。/ぼくたちは、みんな、/<彼方の夢>を見ていた。/田中のおやじさんも。/竹下さんも。/金丸さんも。/ぼくも。/『かれ』も。/敬和さんも。/梶さんも。/誰も彼も、みんな若く、<同じ一つの夢>を見て、同じ一つの道を歩き、毎日を瑠璃色に輝かせていた。/そうだ。/今なら断言できる。/あの頃こそが、ぼくたちみんなにとって、幸福な『黄金の日々』だった。

だけど、田中のおやじさんの内閣が、あんな不本意な終わり方をさせられて、あそこで、何もかもがねじれてしまった。/あのねじれが、本当の意味で、全ての始まりだった。」(317P)

覚醒しつつあった日本をさらに悪い方向へと捻じ曲げてしまったのが「ロッキード事件」だった。徳田虎雄という人もその中での登場だった。もしロッキード事件がなかったら・・・、徳田さんの政治的役割ももっと別の(もっとまっとうな)ものになっていたに違いない。

日本が敗戦のつけを払い終えるのはいつになるのか。そもそも精算しようとする正気の感覚が残っているのかどうか、今日の代表選はそのことが問われる選挙のような気がしている。


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小沢さんの評価をめぐって [小沢一郎]

ここ数日、テレビを見るたびにおかしな世の中になったものだと思いつづけてきた。要するに小沢さんの評価をめぐってである。小沢さんの評価については次の文章を支持する。http://www.asyura2.com/10/senkyo87/msg/805.html

   *   *   *   *   *

小沢一郎氏は、戦略を持った政治家です。マスコミ抹殺された稀代の政治家田中角栄の様にしてはならない

投稿者 sagakara 日時 2010 年 6 月 05 日 23:26:31: Va70ZvAvjnToE 
 

民主党の政策で評価するのは子供手当です。
中学まで年間31万円の予算を子供に使う。将来、医療・年金を財政的に維持出来ないという問題の発端は、少子問題です。それを解決するには、少子問題を解決する意外にない。
このマニフェストで子供をつくるのが投資の対象となり、若い世代が子供つくるのは損から、つくるのが得になれば問題が解決する。
財政問題を解決するには少子問題を解決する以外にない。
一時的に財政赤字が高まってもベビーブームが起きれば、財政は健全化出来る。

この金額に子供手当を決めたのは小沢氏だったとか。
小沢氏は本当の戦略を持った政治家です。現在の日本に何が必要か解っている。

昔、田中角栄は、その後の経済発展に伴う自動車社会と日本の貧弱な道路インフラ整備の必要性を思い、戦略的に道路を特別会計で造っていった。
当時、今、何が必要なのか分かっていた政治家だったと思われます。
また、これが富の再配分としても必要と分かっていたと思います。
本当の政治家とは、国家に今、何が必要かが分かり、それに財源を振り向ける事が出来る政治家と思います。
今、本当に必要なのは、整備が終わった道路でなく、日本の将来を託すべき子供です。

また、小沢氏が主導した農家の戸別所得保障制度も、国家に何が必要かが解るから出来る政策と思います。
これは、決してバラマキだけでない。
中山間地が多い日本で本格的に農地の大規模化をすれば、耕作放棄地が益々増えて、日本の食糧自給率がまた下がり、日本の食の安全保障が益々怪しくなる。

また、小沢氏が極東の米軍の存在は、第七艦隊だけで良いと言ったのも的を射る発言だと思います。
この発言は、日本は安全保障を米軍に過度に依存しないが、核兵器だけは持たないと宣言した事と同じと思います。
安全保障を米軍に過度に依存しない事は、米国の非情な搾取から逃れるために必要です。対米隷属の小泉政権での米国の搾取は酷かった。
外交・安保に対しても戦略を持っている政治家だと思っています。

また、実現不可能と思われた、小選挙区制を導入したのも小沢氏でした。
小選挙区制度が出来たので16年後に戦後発の政権交代が実現した。
民主党を大勝させたのも彼の手腕でした。
マスコミ・検察の執拗な攻撃にタイミング良く辞め民主党を大勝させた。

稀代の政治家田中角栄はマスコミに抹殺された。
ネットで真実を知った人々は、小沢一郎氏を見殺しにしてはならい。

   *   *   *   *   *

ところが、テレビでは「小沢悪者論」が席巻している。

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近藤洋介政治家失格 [小沢一郎]

小沢代表秘書は政治資金規制法に定められたとおりの記載を行っている。一連の報道を見ていて小沢側に瑕疵があるとすれば、「西松建設の政治団体という認識がなかった」という嘘を言っていることぐらいだろう。しかし、そう嘘を言わなければマスコミから何を言われるか分からない言わざるをえない嘘でしかない。今の時期なぜこんな騒ぎを起こさねばならないのか、あたり前に自分の頭で考えてみればだれにでもわかるはずなのだ。それが近藤洋介にはわからないらしい。「代表の説明に納得していない国民が8割いる」なら、その8割に真実を説明するのが政治家であるあなたの立場なのではないか。小沢代表は「これをそのまま認めるということになると、私個人の政治活動の問題ではなくて、本当に日本の民主主義のあり方ということにかかわってくることだ」と参議院総会で述べているが、マスコミはこの大事な発言を取上げようとはしない。小沢代表がどんな必死な思いで検察とマスコミの情報操作と戦っているか、代表の涙はその必死さの表れであり、またそのことがわからない洋介のような人間が身近にいることの情けなさの涙だろう。洋介を代表として送り出している選挙区の人間として恥ずかしく、また腹が立ってならなかった。ごく親しい友人が洋介の支援者であることもあり、洋介の会合には息子がいつも顔を出していたのだが「今後一切関わるな」と言った。友人にも電話した。友人も洋介についての最近の報道には不審の思いを持っていて秘書に電話したが無しのつぶて、奥さんに電話したら「みんなに小沢代表はおかしいと言われる」と洋介と同じようなことを言っていたという。いずれにしてもこのたびの洋介の行動は許せない。間違いを糾せずに「みんな間違っているからわたしも間違いを選ぶ」という政治家はいらないし、このたびの問題がおかしいことがわからないでの行動だとしたら語るに落ちる。選挙民を甘く見てはいけない。

ちなみに、私が本気になって関わった政党は自由連合と維新政党新風しかない。


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