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戦争には勝ち負けがある [日本の独立]

参院特別委員会での安保法制審議、山本太郎議員のがんばりを見れるのが楽しみです。国会審議にこんな関心のもち方をするようになったのははじめてです。この山本議員のがんばりを受けて、TBSがこれまでとはちがう踏み込んだ報道をしました。
http://news.tbs.co.jp/sp/newseye/tbs_newseye2578365.html
必見です。あいば達也氏はこの報道をこう見ています。

《TBSが取材を申し込んできた時点で、彼ら勢力には、安倍晋三がアップアップし始めたので、援護射撃をどのように行うか思案していたところ、日本の比較的リベラルなメディアが、インタビューを申し入れてきたので、それを貴貨とした可能性もある。或いは、インタビューを申し込んでくるように誘導したのかもしれない。どのような安倍政権への援護射撃かと言えば、安倍や中谷の答弁が、糞詰まる理由は、アメリカ様のゴリ押しゆえである。いやしくも、独立国を演じている日本政府に恥をかかせるのも得策ではない。この際、日本国民にも、支配国の命令なんだから、安倍の答弁がメチャクチャないのも、理解しろよジャップ!とメッセージを送ったと解釈するのが、一番妥当だ。》

実際日本人はどう反応するか。「これではだめだ、日本のほんとうの独立を本気で考えねば」と思える気概在りや無しやが問われる極めて重要な報道と受けとめました。

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天皇は日本だけの天皇ではない [日本の独立]

山本太郎議員の参院特別委員会質疑を聴いた。


イラク戦争に於けるアメリカ軍の暴挙の数々、ゲーム感覚での人殺し、民間人宅に侵入しての11人殺害、生々しいファルージャ攻撃の実相を語る山本議員の迫力。しかし安倍首相は「実態を承知しないのでコメントできない」と逃げまくる。「それでは総理、広島、長崎への原爆投下、東京大空襲、日本各地での空襲、民間人50万人以上の無差別殺戮、これは戦争犯罪ではないんですか、総理。」この追究に総理は答えず、岸田外相が答弁。


山本太郎議員「総理は宗主国に対して何も言えないんですね。」


70年経った敗戦国日本、敗戦の重みを日本人は巧みにすり抜けながら70年を過ごしてきたのではなかったか。経済の成長に酔い痴れつつ、「敗けてよかった」という言葉がいかにも賢(かしこ)げに語られた時代がずっとつづいていた。そうしていつのまにか、宗主国アメリカに首根っこをつかまれて、理の通せぬ国になってしまっていた。そのことをまざまざと見せつけられた今日の質疑であった。

 

与えられた短い質問時間(17分とか)にぐいぐいと問題の本質に入ってゆく迫力ある山本議員の質問の興奮を書き留めておきたくて、聴き終わってすぐ(6時の定時ニュースのため、イラク戦争検証のための第三者委員会の設置を求めたところで中断されたのだが)、強烈な記憶のままに書きはじめつつ、山本議員の果敢な姿勢に触発されたか、なんとか自分の中で決着つけておかねばと思っていることに踏み込むことにした。

 

実はこのところずっと、昭和天皇の「原爆投下はやむをえないことと、私は思ってます。」(1975年10月31日の記者会見発言について考えていた。

 

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武藤貴也議員へ「状況に斬り結べ」 [日本の独立]

自民党武藤貴也衆院議員のツイッター発言が問題になっている。かつてある公的な場で「あなたの座右の銘は?」と問われて思わず「一旦緩急在れば義勇公に奉ず」と言ってしまったことのある自分としては、あながち無視できない問題なので、武藤議員の発言がなぜダメなのかを考えてみた。

問題となった発言。

SEALDsという学生集団が自由と民主主義のために行動すると言って、国会前でマイクを持ち演説をしてるが、彼ら彼女らの主張は「だって戦争に行きたくないじゃん」という自分中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義がここまで蔓延したのは戦後教育のせいだろうと思うが、非常に残念だ。》

武藤議員は自分のサイト「国民に課せられる正義の要請」と題してその真意を述べた。

《・・・まず、読んで頂きたいのは、砂川判決における田中耕太郎元最高裁判所長官の補足意見、以下の箇所です。/「要するに我々は、憲法の平和主義を、単なる一国家だけの観点からでなく、それを超える立場すなわち世界法的次元に立って、民主的な平和愛好諸国の法的確信に合致するように解釈しなければならない。自国の防衛を全然考慮しない態度はもちろん、これだけを考えて他の国々の防衛に熱意と関心とをもたない態度も、憲法前文にいわゆる『自国のことのみに専念』する国家的利己主義であって、真の平和主義に忠実なものとはいえない。
我々は『国際平和を誠実に希求』するが、その平和は『正義と秩序を基調』とするものでなければならぬこと憲法9条が冒頭に宣明するごとくである。平和は正義と秩序の実現すなわち『法の支配』と不可分である。真の自衛のための努力は正義の要請であるとともに、国際平和に対する義務として各国民に課せられているのである。」/このように、田中裁判長は自国の防衛を考慮しない態度も、他国の防衛に熱意と関心を持たない態度も、憲法が否定する「国家的利己主義」だと言っています。そしてその上で、真の自衛の為の努力は、正義の要請であるとともに、国際平和に対する義務として「各国民に課せられている」と言っています。/つまり、「SEALDs」の方が仰る「だって、戦争に行きたくないもん」という自分個人だけの感情で、今議論されている平和安全法制に反対するのは、田中最高裁長官の言うように「真の平和主義に忠実なものとは言えない」と私も考えます。/誰もが戦争に行きたくないし、戦争が起こって欲しいなどと考えている人はいないと思います。しかし他国が侵略してきた時は、嫌でも自国を守るために戦わなければならないし、また世界中の各国が平和を願い努力している現代において、日本だけがそれにかかわらない利己的態度をとり続けることは、地球上に存在する国家としての責任放棄に他ならないと私は考えます。・・・/世界にいる日本人は、各国の軍隊や警察組織によって守られています。・・・「みんながみんなを守りあっている」ときに、日本が、しかも日本人自身の安全に、我関せずという態度をとり続けることは、日本人の命と財産を守るリスクと負担を他の国に押し付けるということを意味します。/以上述べたように、世界中が助け合って平和を構築しようと努力している中に参加することは、もはや日本に課せられた義務であり、正義の要請だと私は考えます。》

一方89日、長崎原爆記念式典で長崎市長が言った。


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「憲法第九条(戦争放棄)は日本人の発案」 [日本の独立]

昨日の参院平和安全法制特別委員会の質疑を聴いていた。民主党の桜井充議員が、安倍首相が首相就任前の2000年5月の衆院憲法調査会での発言を取り上げ、現行憲法について「日本人の精神に悪い影響を及ぼしている」と発言していることを問題にした。あらためてその2000安倍発言を読んだ。


要旨

制定過程は(日本が)占領下にある。誰が考えても、大きな強制の中で憲法が制定された。これは日本人の精神に悪い影響を及ぼしていると思う。私たちの手で新しい憲法をつくることが極めて重要だ。
 憲法の前文に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とある。国連の常任理事国は、(第2次世界大)戦後に全て戦争をしている。しらじらしい文だと言わざるを得ない。この前文によって、私どもの中から安全保障という観念がすっぽりと抜け落ちている。まず前文から全面的に見直していく必要がある。
 国連憲章の中に9条に似た条文がある。しかし同時に、集団的自衛権と個別的自衛権が明記してある。日米安全保障条約でも、両国に個別的自衛権と集団的自衛権が存在することを確認している。その中での安保条約であって、国連の中での活動である。集団的自衛権を、権利はあるが行使できないというのは、極めて無理がある。
 集団的自衛権は自然権だ。憲法をつくる前からある権利と考えるべきではないか。権利はあるが行使できないというのは極めておかしな理論で、わが国が禁治産者であると宣言するような極めて恥ずかしい政府見解だ。9条にかかわらず、集団的自衛権は、権利はあるし行使もできると思う。


これはこれでいい。このレベルで議論しても問題は何も見えてこない。山本太郎議員の質疑のすごさは、このレベルを抜け出たことにある。


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山本太郎旋風が起きているにちがいない [日本の独立]

いまたてつづけに山本太郎議員の委員会質疑を聴いた。「国家の體をなしていない」のコメント欄にメモしたが、あらためてここに書く。まちがいなく必見!の質疑です↓。山本議員の誠心の質疑に、心ある議員は、きっと心を揺さぶられているにちがいない。そして、参議院が変わる、国会が変わる、日本が変わる、・・・そう思いたい。

◎山本太郎議員「航空自衛隊がイラクで輸送した6割は米軍、軍属だ」「イラク戦争の片棒を担いだ日本、総理は総括が必要だ」
http://www.asyura2.com/15/senkyo189/msg/688.html
◎山本太郎!「国がサラ金や武富士やってどうすんだ!」と激怒 「経済的徴兵制:奨学金の延滞者を防衛省でインターン」

イラク派遣に関するやりとりの最後のところ。

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国家の體をなしていない [日本の独立]

7月29日、参議院平和安全特別委員会での山本太郎参院議員の質疑を聴いた。ログミーをもとに、その骨子の一部を書き抜いてみた。

1.弾道ミサイルによる原発への攻撃は想定しているか

山本:川内原子力発電所に対する他国等からの弾道ミサイルによる武力攻撃を想定していますか

政府:政府としては国民の生命、財産を守るため平素より弾道ミサイル発射を含むさまざまな事態を想定し、関係機関が連携して各自のシミュレーションや訓練を行っている。原発に対するテロ攻撃を想定した訓練も行っております。

山本;川内原発の稼働中の原子炉が弾道ミサイル等の直撃を受けた場合、最大でどの程度の放射性物質の放出を想定していらっしゃいますか?

政府:航空機衝突を含めて原発が大損壊した場合の、対象施設は規制要件として求めてはおりますが、弾道ミサイルが直撃した場合の対策は求めておりません。放射能が放出されるという事態は、したがって弾道ミサイルによって行使されるという事態は想定しておりません

山本:我が国を取り巻く安全保障環境は著しく変化してるんでしょ! 飛んでくるかもしれないんでしょ、ミサイルが。中国が、北朝鮮がっていろんな話されてるじゃないですか。10分で到達します。で、飛んできた時に何もできていませんじゃ困りますよね。本気で守る気があるんですか?

2.原子力災害が発生した場合の避難計画について

山本:避難計画、防災計画の必要性は最大で何キロメートル圏の自治体に及ぶと想定していますか?

政府:事態の推移等を正確に把握して、それに応じて避難等の範囲を設定する

山本:「事態の推移」この意味わかりますか? 原発にもし事故があったとしても、福島原発のような事故があったとしても、そしてその他に今一番危険をされている安倍総理が声高に叫び続ける、中国・北朝鮮からのミサイルが原子力施設に着弾し、被害があった場合、一度被爆していただくという話ですよ。実測値ではかっていくしかないんだという話ですよ。
こんないい加減な話があるのかと。誰の税金で食べて、誰のお金でこの国会が成り立っていて、霞ヶ関や永田町も誰のおかげでやってきてるんだって。誰の命を守るって話でしょ、どうして真剣にやらないんですか! 一日3億円かかるという国会費用、それを95日間も延長しておいて、ミサイルが飛んできた場合の最悪のパターンを考えていないんですか。あきれてものも言えない。国民の生命財産、国民の幸福追求権、これを守れるとは到底思えない。なにもやっていないに等しい。

なるほど今の日本は政府を見る限り国家の體を成していない、そう思うと腑に落ちる。上滑りな言葉での国会のやり取りにイラだっている中での山本議員のホンネの質疑だった。本来こうあるべきであることに気づかせてくれた。上記の後も10分間ほどあり、うわずる言葉の安倍総理の答弁を受けて最後は、「原子力規制委員会への安倍総理の責任転嫁でこの質疑を終わりたいと思います。ありがとうございました。」そしてこれだけの山本議員の問題の本質に迫る質疑に対し、拍手がまばらという国会の現状もつらい。

実は急に今日この記事を書くことにしたのは、飯山一郎氏による重大情報があったからだ。「国家の體を成していない」日本政府の現状では納得してしまわざるを得ない。なるほどこういう道もあったのかと。イハトビラキに向けての本格的なヤマトビラキの始まりか。まだまだ遥かな道です。しかしいずれ陰極まりて陽生ず、このことを信じたい。

昨日来書いてきた徳友会総会記念講演「男性不妊治療」菅藤哲先生コメント欄をそのまま転載します。

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敗戦の結果としての「理の喪失」。踏ん張れ!日本 [日本の独立]

安保法制、一昨日の委員会強行採決、昨日の反対派退席の中での衆議院通過。戦後70年の岐路となる重大な事態であるはずなのに、誰かも書いていたが、与野党ともに本気度が見えない、要するに、だれも「身体を張っていない」。岡田党首、不破党首の顔になぜか「薄ら笑い」さえ透け見える(ように見えてしまう)。副島氏の言うごとく今や「余剰の時代」、人間の命は「消費の時代」に入っているのだろうか。その流れの中での安保法制。だれも踏ん張れなくなっている日本。

今日、福島会津の摺上原での426年前の慰霊祭に行ってきます。伊達政宗の父輝宗の重臣遠藤基信の子孫遠藤富博氏が主宰される祭に参加させていただきます。伊達政宗が蘆名軍に勝利する摺上原の合戦は天正17年6月5日、伊達軍500人 蘆名軍1800人が戦死しています。遠藤氏に「踏ん張れ!日本」の先祖の声が届いているのだと思います。「敗戦」した国にもはや「理」は期待できない。先祖とともに立て直さねば立ち直れない日本になっているということでしょうか。

下記の田中良紹氏の記事をコメント欄のどこかにメモしておかねばと思い立ったところからの今日の文章です。

《この国会審議を見てつくづく感じるのは、昔の自民党と異なり米国の兵器セールスに洗脳された政治家が与野党共に多いという現実、また朝鮮戦争以来の米国の願望である「日本人に血を流させろ」という主張を受け入れないと、日本は生きていけないと考える人たちが集団的自衛権の行使容認を推進しているという事実である。/従って米国の必要からこの安保議論はスタートしている。武力発動の議論が抽象的であいまいになる理由はそこにある。武力発動の条件を日本の国益に沿って厳密に定義すると、米国の要求に臨機応変に対応できなくなるからだ。米国の利益を守る話を日本の利益を守る話にすり替える事が議論を何度聞いても分からなくしている原因である。

「踏ん張れ!日本」です。何が大事かが問われているのだと思います。

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「スマート・テロワール」(番外) オランド仏大統領演説に寄せて [日本の独立]

フランスのオランド大統領の勝利演説を読んで、「スマート・テロワール」の次の文章を思い起こしました。


《プラットフォームとは、地域の産業に横串を通すような仕組みです。スマート・テロワールの住民が困ったときに、その問題を地域の研究所や大学に持ち込んで解決してもらえるような仕組みづくりが必要なのです。社会は常に変化しています。その変化は関係者に不利益をもたらしますので、それぞれの立場を超えて最良の解決策を研究するところがプラットフォームになります。そのようなブラットフォームがないことが、日本の農業を弱体化させ、自給率を下げることになった大きな要因の一つだと私は思います。》155p


ここを読んだ時、「地域の産業」「農業」という言葉を「日本という国」に置き換えてもいえることなのではないかと思っていたのです。とすると、日本の「プラットフォーム」はどこにあるか、これがいつも頭にありました。そして出会ったオランド大統領の演説の次の言葉です。


《今晩あるのは対決する二つのフランスではありません。ただ一つのフランスしかありません。ただ一つの国家、同じ運命の中に集結したただ一つの国家です。
フランスの女性、男性の一人一人は、共和国の中で、権利と義務において平等に扱われます。共和国の子どもの誰も、放っておかれたり見捨てられたり追いやられたり差別されたりすることはありません。そして、成功の約束を、一人一人の、その人生の、その個人的運命の達成のために守ります。あまりにも多くの断絶、あまりにも多くの傷、あまりにも多くの分裂、あまりにも多くの切断が私たちフランス市民を引き裂いてしまいました。しかし、それももう終わりです。》

 

私から見える安倍政権は、自分に合わないと思うものは「切り捨てる」という考えが根底にあります。この判断については、安倍晋三という人が代議士に当選してまもなくからの指南役である、日本政策研究センターの伊藤哲夫所長に対して抱いた危惧に発しています。安倍首相の突っ走りを見るにつけ、この「危惧」はいよいよ大きくなっています。根底にあるのが「善意にもとづく思い込み」であるのがわかるだけに恐ろしいのです。

 

ただ、日本には天皇という存在があります。そこから発するところの「プラットフォーム」の可能性を考えると、決してオランド大統領に率いられるフランスに遅れをとっているとは思えない、とも思えます。「落合秘史」はそのことを証しつつあると、私は考えています。


オランド大統領勝利演説をコピーしておきます。一部削って重要ポイントを太字にしました。なお、この演説は飯山一郎さんに教えられましたので、その文章もコピーしておきます。


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天皇陛下、戦争へのご懸念(新年の御感想) [日本の独立]

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年が明けて今日は3日。

今年は元日に日の出を拝することができた。そして結局年賀状書きが年明けにずれ込んで、今朝ようやく初詣。ずっと雪が散らついていたのだが、静かな中での参拝を終えて下に降りたら東の空から陽が差しはじめた。思いがけなく昇り切るまでを小学校の駐車場から凝視することができた。
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朝日に輝く新雪の大銀杏もよかった。

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出かける前に天皇陛下の新年の御感想を読んだ。戦争への御懸念を明確に表明しておられる。(山形新聞がこの御感想に一切触れていないのはどうしたことか。)そんなわけで、招魂殿の前では戦没の御霊に天皇のお思いを念入りにお伝えし、お守り下さいと願った。以下、天皇陛下の新年の御感想(全文)         

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昨年は大雪や大雨、さらに御嶽山の噴火による災害で多くの人命が失われ、家族や住む家をなくした人々の気持ちを察しています。

また、東日本大震災からは四度目の冬になり、放射能汚染により、かつて住んだ土地に戻れずにいる人々や仮設住宅で厳しい冬を過ごす人々もいまだ多いことも案じられます。

昨今の状況を思う時、それぞれの地域で人々が防災に関心を寄せ、地域を守っていくことが、いかに重要かということを感じています。

本年は終戦から七十年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。

各戦場で亡くなった人々、広島、長崎の原爆、東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。

この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています。

この一年が、我が国の人々、そして世界の人々にとり、幸せな年となることを心より祈ります。

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思えば、「なんとか戦争を避けること、それが陛下の大御心に叶うことだと、このごろ切に思わされます」と書いたのは2年前のことだった。


奉祝 天皇誕生日 [日本の独立]

昨夜NHKスペシャル「調査報告 消えた子どもたち」を見た。思わず「政治が悪い」という言葉が口から出た。「小泉総理の時代からこうなった」と。そしていまの安倍総理。「経済優先」の結果がこれ。こうした現実の広がりを差し置いて、いったいなんのための「経済優先」なのか。思えば今から15年ぐらい前のこと、「新しい歴史教科書をつくる会」の運動に必死だった頃、安倍晋三という国会議員は、今は亡き中川昭一議員らとともにたしかに期待の代議士のひとりだったのに。

私の「つくる会」への関わりの根底にあったのは、「まともな歴史教育をとりもどすことによって日本国民共通意思の形成を」という思いだった。歴史教科書問題に関わるきっかけは従軍慰安婦問題だった。平成8年(1996)の12月議会で「中学校教科書より『従軍慰安婦』の削除を要望する意見書」を採択させたことから始まった。

《平成9年度より使用されることになった中学校歴史教科書の中で、とりわけ「従軍慰安婦」の関する記述は、以下3点の理由により、教育上重大な問題があると考えられるので、文部大臣職権(「教科用図書改定規則」第3章第133項)に依って削除されることを強く要望いたします。

1.昭和40年代の一作家による造語である「従軍慰安婦」という言葉は、戦時下における慰安婦がさも事実であったかのごとき誤解を与える。


2.性教育途上にある中学生に「慰安婦」について社会科授業で救えることによる影響への教育的配慮に欠ける。


3.本来公教育においては、自分の生まれた国と歴史に自信と誇りを持てる国民に育てるぺきであって、「日本人であることが恥ずかしい」と思う国民が育つような教育内容であってはならない。》


今もまちがってはいなかったと思う。このことが大きく報道されたことで日教組の先生方との論争が始まった。それは日教組とわれわれとの合同討論会へと発展した。それも「日本国民共通意思の形成」という思いがあってのことだった。

 

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