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心霊独立  鴨居清雲 [神道天行居]

『古道』3月号に再録された鴨居先生の御文章。何度も読みたいので貼付けておきます。


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 心霊独立           

                          鴨居清雲


 この人間世界といふものは、現前の手の施しやうもない葛藤を眺めて居ると、たしかに仏教でいふところの苦海であり火宅であると、一応はうなづかざるを得ないやうでもある。

 ところが、「神道は世を楽しむもの」といふ考へ方があり、「中今」の思想に立って、永久の「神遊び」を理想とするものであるが、この現状に直面してさやう手放しで喜べるかどうか自己のたましひを見つめて、いささか不安なきを得ない。いついかなる時も磐石不動の金剛信念に立って居ると言ひ切ることができるかどうか、かへりみて恥ぢ入る思ひに堪へないものがある。

 イザナギ・イザナミの大神の国生みの御艱難、コトドを渡されてから後の御交渉や、大国主・少彦名の神の国造りの御苦労を思ふと、どうしてこの中から楽天的な宇宙観が出てくるのであらうかと深く考へさせられる。

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韮崎行(3)堀 秀成のこと [神道天行居]

堀秀成肖像 .jpg

ホテルのロビーにあった韮崎市ふるさと偉人資料館第6回企画展「韮崎の礎を築いた偉人たち—未来の韮崎を創造—」のチラシに驚いた。「★峡北地方に学問の種を蒔く★堀 秀成 1819(文政2)年〜1887(明治20)年」とあったのだ。堀 秀成については、錦 仁『宣教使堀秀成 だれも書かなかった明治』(三弥井書店 平24.12)に目を通したことがあったからだ。


錦 仁新潟大学名誉教授は南陽市赤湯出身、錦三郎先生の次男で錦昭先生(筆名天見玲さん)の弟さんです。私の高校同級生で中学時代から知っていますが、一際抜きん出ていました。山形新聞書評欄でこの本を知りました。


関心を引いたのは同級生の著ということもありますが、「堀秀成」という名前が友清歓眞全集で見おぼえがあったからです。調べると『友清歓眞全集』2巻の中の『石門漫録』にありました。30歳足らず若き宮地水位先生と名のある堀秀成先生60歳とのいい交流が友清先生の筆によって紹介されています。貴重な文章に思え、この記事の最後に写しておくことにします。


それにしても韮崎が堀秀成と関係ある土地とは全く知りませんでした。『宣教使堀秀成』にも韮崎についてはとくに言及はありません。ネットで見て、幕末のころ3040歳にかけて甲斐の国にたびたび滞在、韮崎にもすぐれた文人を育てていたことがわかりました。以下の記事です。


韮崎市の歌人 教育家 栗原信利・保信と 堀秀成

 

(肖像写真は『宣教使堀秀成 だれも書かなかった明治』からです。明治13年61歳の時の撮影で唯一の写真だそうです。昭和19年版【古河史跡写真帖』からです。)


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日拝鎮魂法(相曾誠治) [神道天行居]

8月下旬から9月上旬、太陽から見放されたような日が続きました。東北太平洋側の8月下旬は、旬間日照時間が平年比19%で少ない記録1位タイだったそうです。しかし9月中旬から持ち直し、このところずっと明るい太陽と澄んだ青空が拝めます。ほんとうにフクイチ好転?このままつづいてくれることを切に願います。「日の光を増さしめたまへ」、天行居道士のみなさん、さらに五十八言秘詞の熱祷を!


相曾誠治『サニワと大祓詞の神髄』(山雅房 平成13年)の中に太陽拝の意義について書いてありましたので転載させていただきます。


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「第3章 新世紀への胎動と天孫降臨」より


太陽神経叢と鎮魂

 修行のお話でついでに申し上げておきたいのは日拝鎮魂法のことです。お日様を仰いで太陽神の分魂(わけみたま)をちょうだいし、毎朝、魂を更新するのが日拝鎮魂法です。

 光の微粒子を体内に摂取するのですが、口を細めに開けて吸い込みます。それを漢字では”呑”という字を使います。天を仰いで口を開けると”呑む”という意昧になるからです。お日様をのみ込むわけです。

 のみ込んだ太陽の気を臍下丹田までぐっと下ろします。そうするとおへその裏側にある太陽神経叢が刺激されます。太陽神経叢というのは、太陽の光線のような形をしていて腹部と背骨との間にあります。ちょうどお日様のように十六条の光芒を放っている神経の束のことです。自律神経で、大脳の延髄のほうから脊髄を伝わってきています。

 太陽神経叢は自律神経を調整しますが、自律神経が調整されますと五感が適当に鎮静化され、感覚はだんだん六感、七感に移っていきます。いわゆる雑念妄想が遮断され、ほんとうの霊感や直感の世界に参入することが可能になります。

 太陽の微粒子をのみ込んで下腹部にぐっと収めますと、徐々に安らかな境地に導かれてまいります。これを日拝鎮魂法と称します。ヒノミタマシズメです。

 内宮に風日祈宮(かざひのみのみや)というお宮があります。カゼと読まずにカザと読ませています。神官に「カザヒノミノ宮はどういうお杜ですか?」と尋ねても、「風とお日様の御神徳をお願いします。虫がついたり、日照時間が足りないと稲が実りませんので、そんなことがないようお日様に祈願するのです」という説明が返ってくるだけです。

 風と太陽なら、カゼヒノミノミヤと呼べばよさそうなものですが、あくまでもカザと読むそうです。神宮ではきちんとした理由を説明できないようです。

 『古事記』や祝詞などを見ますと、榊をかざして日を仰ぐ例がたくさん描写されています。風をカザスというふうに読んでいる例もたくさんあります。前方頭上に榊の枝をささげることをカザスといいます。ですから幣をかざすとか、榊をかざすという意味は、高く掲げて太陽がまぶしくないようにすることが本来の意味だったのです。


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「宇宙における最高の意識は、たった一つの命を共有している意識です。」 [神道天行居]

マドモアゼル愛さんの「愛の日記」9月25日号■ 宇宙人における人間の位置」は、「人類にとっての『希望』とは何か」という問いに本源的なところで答える味わい深い文章として読みました。要するに、「宇宙における最高の意識は、たった一つの命を共有している意識です。」ここに収斂してゆくのです。9月22日に書いた「『希望』のほんとうの内実」にリンクしました。翌9月23日にはこう書iいています。

《「国民連合政府」実現の鍵は、天皇が握っておられるような気がします。裏返せば、共産党が「天皇」という御存在を素直に理解できるようになるかどうかです。私は共産党にその可能性は十分あると信じています。いわゆるサヨクが「天皇」を理解できるようになった時、風通しがよくなります。日本の空がすっきり晴れ渡るようになります。そうなることを切に願います。》

この時点では、天皇をどう理解するかについて帰納的な方法によって考えていました。問題点をひとつひとつつぶしてゆくやり方です。しかしマドモアゼル愛さんによって、思いっきり演繹的な方法があることに気づかされたようです。「宇宙における最高の意識は、たった一つの命を共有している意識です。」ここから出発して考えるのです。

私にとって忘れられない熊野先生の言葉があります。平成3年11月修斎会の御講話の最後をこの言葉で締めくくられました。

《大祓詞や禊祓詞の巻頭にある皇(スメ)の気線に入ること。皇の線以外では霊的なことがあってもありがたくはありません。結果は悪いです。》

「皇の気線」は「たった一つの命を共有している最高意識」が起点と理解しました。これでひとつ晴れわたるようになりました。ここ数日来唱えはじめた「五十八言秘詞」の導きです。

以下、マドモアゼル愛さんの文章、転載です。


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もろもろ見えてきた物質主義の限界 [神道天行居]

月初めに届く『古道』の一面に掲載される友清先生の文章は、いつもその時々タイムリーです。九月号、読んですぐここに載せておかねばと思った文章でした。友清先生の書簡を集めた『魚雁集』からです。

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    かくべつな意味

友 清 歓 真


 拝啓 ちかごろは日一日と人間の生活から潤ひが消えて行き、ひからびた物的幸福への妄執のみ強くなり、春のあけぽのの花の匂ひのやうな美しい愛から遠ざかつて行く世相を見せつけられることは慨(なげ)かはしいことでございますが、それもこれも、所詮は私どもの本統の愛の足らぬ反影でありませうから、その点お互ひに且つ省み且ついましめねばならぬことと存じます。


 やがて来らんとする暴風の前、静かなるベタニヤの村の小宴は、イエスと其の周囲の人たちに清らかな感激をつつましく秘めた美しい繪でありましたでせう。マルタの妹のマリヤは高価な香油の壷を砕いてイエスの足にぬりました。ユダは憤って「なぜそんな無益なことをするか、この油を売ったら三百デナリの金が得られる、その金で貧しい人々を助けることが出来るではないか」と申しました。イエスの弟子となって三年、日夕その崇高な人格と愛と教へとに恵まれた十二使徒の一人ユダは悲しくも物質主義から目ざめることが出来ませんでした。しかもユダの言葉は一応論理的であり、多少の同感者をも獲得したでせう。しかし、けっきょくユダはイエスにそむきやがて自身も気の毒な結果になりました。口頭では立派なことをいっても、ユダと其の一味のものは、金銀以上の価値あるものを見ることが出来ませんでした。


 山間の明月、江上の清風、金銭に換算できないものを愛する人々によって、人間性は守られて行かねばなりません。


 かくべつな意味に於いて、あなたの御健勝を祈ります。


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マドモアゼル愛さんもイエスに関心が向いたようです。私の思いとも重なりました。

http://www.love-ai.com/diary/diary.cgi?date=20150910


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「われ平安を汝らに残す。わが平安は世の与うるが如きにあらず」(承前) [神道天行居]

賀川先生の文章の中に「われ平安を汝らに残す。わが平安は世の与うるが如きにあらず」(ヨハネー四・二七)があって心に掛かった。この節は、先の賀川先生一連の文章に目を通す中で行きあたったのだが、中にこんな箇所があった。


《私は神戸の四万五千人の大労働争議の時、捕えられて刑務所の独房に入れられた時の感謝を今も忘れる事は出来ない。独房は私の最もよき訓練所であり、道場である。/『小人閑居すれば不善をなす』と孔子はいっているが、閑居して最善をなし得るものにのみ天下をまかせ得ると私は考える。独居を楽しみ得るものに全能者は顔を見せ給う。》(「独居」)


熊野先生の言葉を思い起こしていた。


《斎行の時と次第を定めて厳修する御神前でのお祭を、タテと致しますれば、世俗の事に従うとき、人知れず修するものはヨコであり、顕斎と幽斎との別ちに似たものがあります。バスを待つ間とか、読書に疲れて閉目し椅子によるひとときや、朝のめざめの直後、或は就寝の直前床上に端座閉目して行うも宜しく、神気充溢の折は、事務室で人と雑談していても尾てい骨に熱気の移動を感じる人は多いと存じます。寸暇を惜んで常住座臥到る処で「保豆祢神語(ホズネノカムコト)」や「返本魂霊唱(ヘンホンコンレイショウ)」「招運魂神語(ショウウンコンシンゴ)」等を、口中に唱え奉る喜びは何ものにも替え難い黄金の時間帯であります。この自修鎮魂の妙味を知るときは、車中、週刊誌や新聞を読むなどは泥水で手を洗う愚であります、天行居同志にとってはまさに光陰の惜むべきを知らぬ行為でありましよう。通勤の電車の中などは誰に気兼ねも無い世に得難い独りの時間であります》


そして、まだ読み切らないまま埃をかぶっていた『シュタイナー ヨハネ福音書講義』はどういう見解かと引っ張りだして驚いた。賀川豊彦、熊野秀彦、シュタイナー、この三人が私の中でリンクしたのだ。『ヨハネ福音書講義』の最終講を見る。


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御神示「速やかに生まれ変われ」 [神道天行居]

昨日3号機の巨大ガレキ撤去作業が行われたということでフクイチ関連報道が活発です。

ちなみに福島富岡町付近の空間線量です。
graph_mext_7543.png
山形県です。これで見ると南陽市は0.05程度ですが
graph_mext_6.png
同時刻に家の庭で測ったら0.24になりました。
DSCF3248空間線量0.24.jpg
どうして5倍もの差が出るのでしょうか。
こんな説明があります。

・このサイトは「放射線量が変化したときに素早く察知する」のを目的に作成されています。
 数値ではなく動きを知るためのグラフですので、グラフに表示されている数値は参考程度にとどめておくようにしてください。
 どうしても数値の正確性や妥当性が気になる方は原子力規制委員会へ問い合わせてください。

とのことです。

1時間当り空間線量率0.24マイクロシーベルトというこの数字はどんな意味をもっているのか。

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摺上原合戦戦死者慰霊祭 [神道天行居]

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昨日、伊達政宗の父輝宗の重臣遠藤基信の子孫遠藤富博氏が主宰された福島会津の摺上原(すりあげはら/猪苗代町磐根磨上原)での摺上原合戦戦死者慰霊祭に行ってきました。伊達政宗が蘆名義広に勝利し、南奥羽の覇権を確立した摺上原の合戦は426年前、天正17(1589)年6月5日のことです。昨日(717日)は、旧暦62日、ほぼその日に合わせての斎行です。


03-PAP_0004.JPG

摺上原は磐梯山の裾野、猪苗代湖を眼下に望む広々とした一帯です。伊達側21,000人、蘆名側16,000人が朝早くからこの日夕刻まで撃った斬ったの烈しい殺し合い、伊達軍500人 蘆名軍1,800人の戦死者を出す壮絶な戦いだったといいます。一次資料ともいうべき「伊達天正日記」が手元にありました。この日の項。


ミ(巳)五日

天気吉。   

四時分御一家・御一族衆よせ御中御侠之時分、あいつはん中はち(鉢)衛門御出キ、いなハ代へまち二千五百人うつと(討取)らせられ侯。御前へ首さいけん(際限)なく参侯。いなハ(猪苗)代ふもと(麓)より黒河近辺迄三ちう(十)里、お(追)いかけことごとくうち被申侯。

 

これには2,500人討ち取ったとあります。政宗の前にそれら討ち取られた武将の首が次々運ばれた様がわかります。

 

平成23311日の震災後間もない613日のこと、青葉神社の片倉重信宮司(片倉小十郎の直系子孫)がこう語られました


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片倉宮司への御神示「速やかに生まれ変われ」 [神道天行居]

6月7日、仙台青葉神社での神咒奉唱大会。直会の席での片倉重信宮司の御講話をまとめました。


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片倉宮司DSCF3077.jpg

 毎回お話をさせて頂いておりますけれども、こうして毎年続けてこられて、いよいよ大詰めのところにきたのではないかなと、そんな気持ちを抱いております。


 この頃神から言ってこられることは「速やかに生まれ変われ」ということであると感じています。ただ単に気持ちを変えるということではなくて、肉体的にも生まれ変われということをしなければならない、どうもこれからは、この三次元の世界で肉体を持ちながら生まれ変わるというふうにならなければならないのかなという気持ちでおります。ということは霊の世界と通ずるということでしょう。そうして自分の中に神を感じ、永遠に生きる命がいただける。


 私、この2月から風邪で体調を崩し、食欲もなく、水もお茶も喉を通さないというような、断食状態がしばらく続いて、体重が7キロぐらい減ったんですが、その間に思ったことは、生れ変わり、肉体の生れ変わりをしているんじゃあないかなということでした。ずっと食べないでいる中で、今まで肉体の中に貯め込んでしまった毒素が身体から全部出て行って、細胞ひとつひとつが新しい細胞に生れ変わっているような気持ちになったのす。現在普通に食べられるようになると、今までと違って食べるものがおいしい。断食をして思ったのは、いろんな動物植物は、みんな一度、そういう仮死状態から新たな身体に変わってゆく、脱皮する。われわれ人間も脱皮をしている。皮膚が毎日毎日細胞を落として新しい皮膚に変わっている。生まれ変わっている。セミにしてもトンボが、地上を這う状態から蛹の状態を通してやがて天空を飛ぶという大変身をする。われわれもそういうことができる、とその時思ったんですね。今までは地上を歩いて動くしかなかった状態から、自由に天を飛べる羽根が生えてくる。天使の羽根と言われる羽根ができて、この世に居ながらにしても天と通ずる、天と行き来できる。そういう身体に変わるんじゃあないか。魂が自由に肉体を離れて行ったり来たりできるような、そういう身体に変わるような気がしたんです。気持ちだけの生れ変わりじゃあなくて肉体自体も、新しいそういう肉体をいただいて、そして今までとはちがう世界に飛び立つ。そう思って断食していました。


 案の定、今まで貯め込んでいた毒素のようなものが、身体に必要ないものとしてすべて外へ吐き出されて、食べるものも全く今までとはちがう、同じものを食べていながらおいしさが今までと違うように感ずることができるようになりました。そしてどうも肉体自体が、若々しくなってきたような気がする。


 私が「生まれ変わる」というような話をしますと、「もしかして死ぬんですか」というようなことを言われる方があるんですけれども、死ぬわけではありません。肉体を持ちながら生まれ変わることはできるんだという気持ちでおりますよと。本来神からいただいた肉体に甦る、もどる、そうすることで神と通ずることができてきたような気がするんです。すべての細胞が新しくなって自然治癒力がどんどんと嵩じてくる。肉体を正常に常に保つようなことが自由に行われるようになって、身体が少しずつ軽くなっている。体重が減ったということは多分よけいな毒素が身体から抜けたからではないかなと、そんな感じがする。


 とにかくいま、思いだけでなく、肉体自身が真に生まれ変わらなければいけない、そういう時を迎えている。そして、天としっかりつながった生き方ができるようにと変わらなければいけない。神の世界と自由に行ったり来たりができるようにしていかなければいけない。自分たちの身体は神様からいただいた身体ですけれども、それをあまりにも汚してきてしまっているような気がしてしょうがありません。ですから、浄め浄めてゆきますとやはり、天と通ずるわけで、神と直接通ずるそういう肉体に生まれ変わるんだというように、このたび2月から体調を崩したことによって、信じるようになっております。心なしか、この禿げた頭が少しずつ毛を取り戻してくるような気がします。毎年冬場になると足がしもやけ状態になったんですけれども、薬を使わなくともどんどんどんどん良くなってきれいな皮膚に戻る。人間本来の治癒力が発揮されているからなんですね。そういったものが、勢いよく身体の中で動き始めている。


 この世界をよくしよう、神の世界に近づけようという行も、自分自身が生まれ変わらねばならない。そのことなくしては世界は甦らない。先ずは自ら身体をすっかり浄めた状態で、きれいな心をもって、きれいな肉体をもって、これからなお進んでいただけたらいいなと思います。私の気持ちと皆さん方の気持ちは、以前から一緒であるというふうに申してきてましたけれども、これからも一緒にですね、真の復興、甦りをしていきたいなと思っております。どうぞこれからもよろしくお願い申し上げます。


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後藤四郎『軍命違反「軍旗ハ焼カズ」』 [神道天行居]

御旗会.jpg

靖国神社遊就館に日本陸軍唯一の軍旗が展示されている。敗戦とともに全ての軍旗は奉焼されたはずだった。しかし日本陸軍最後の連隊長後藤四郎中佐の一大決意によって奉焼を免れ、唯一の軍旗として現存する。


歩兵321連隊長後藤中佐が陛下から軍旗を拝受したのは昭和20723日。明治以来日本陸軍に下賜された数百旗のうち最後の連隊旗だった。「その日、宮中で天皇陛下の御手から直接に真新しい軍旗を拝受した時、陛下の御手が私の手に触れられた。全身に強烈な電流が流れたような感激だった。」と回想する。


それからわずか3週間後の終戦。後藤連隊長は奉焼命令の下った軍旗と共に爆死を決意。しかしそれを察した部下の機転がその企てを許さなかった。第二総軍司令部畑元帥による「将校は自決せずに陛下をお護りせよ」との諭しに、「陛下をお護りする気持ちでこの軍旗をお守りせねばならぬ」と翻意。旗手を務める有吉少尉にのみ告げて御紋章と御旗を秘匿し、旗竿のみを納めた軍旗箱を奉焼。


《この夜、旗手の有吉少尉は桐の小箱を持って周防の国、石城山の山頂にある日本神社に向かった。この日本神社は、私がかねて尊信している友清歓真先生が創設されたもので、友清先生は私のひそかな要請にたいして、一身の安危を賭して軍旗の秘匿を快諾して下さったのである。

 軍旗はこの日本神社の神殿の床下に秘匿され、二年後私はまたひそかにこの小箱を長崎の自宅にうつして秘匿をつづけた。日本神社にその筋の臭いがしはじめたと感じたからであった。》


有吉勝少尉の証言がある。


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