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「置賜定住自立圏構想」 [置賜自給圏構想]

E585A8E699AF.jpg今朝の山形新聞社説は「置賜定住自立圏構想」についてだ。「一体感高める事業期待」とある。社説を読む限り、国の「非常に”使い勝手”がいい」財政支援期待での動きであることはよくわかるが、置賜全体についてどういうイメージを画いた動きであるのかは全くわからない。せっかく出来ている置賜自給圏推進機構とも絡めて、官民一体、党派性を超えた置賜挙げての取組みが必要なのだと思う。3年前、「置賜自給圏構想を考える会」設立総会に向けた置賜のあの熱気を呼び戻して欲しい。大事な社説なので転載しておきます。

 

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置賜定住自立圏構想 一体感高める事業期待

 

 置賜地域の3市5町が「定住自立圈」推進に取り組んでいる。既に首長間では米沢市を「中心市」とする方向を確認しており、同市は年度内の「中心市宣言」を目指している。ただ肝心の連携事業については具体的な検討が始まったばかり。これを機に置賜の一体感を高めるような新たな事業展開を期待したい。

 定住自立圏は、人口減少や少子・高齢化が進む中、圈域内の市町村が役割分担して医療や福祉、インフラ整備を行うことで、定住促進を目指す制度。2009年度にスタートした。人口規模など一定の要件を満たす中心市には年間8500万円、連携市町村には同1500万円を上限とした特別交付税措置など、国の財政支援が受けられる。県内では既に山形、庄内南部、庄内北部、新庄最上の各圈域で取り組んでいる。

 定住自立圈の形成は、生活に必要な機能が集積する都市が中心的な役割を担う意思を表明する「中心市宣言」を行うことでスタートする。宣言した中心市と、周辺市町村との間で議会の議決を経た上で、1対1の「定住自立圈形成協定」を結び、さらに中心市がおおむね5年を想定した「定住自立圈共生ビジョン」を策定。その後は「ビジョン」に基づいて中心市と周辺市町村が役割分担し、具体的な取り組みを展開することになる。

 置賜地域では当初、長井市が西置賜4市町での構想実現を目指したが、中心市の要件を満たせず断念。その後、8市町の首長が、置賜広域行政事務組合を活用した構想推進で一致した。米沢市は本年度中に「中心市宣言」を行う考えで、中川勝市長は早ければ来年6月の各市町議会で協定議決を目指す考えを示している。手続きが順調に進めば、19年度には事業実施できる見込みだ。

 定住自立圈に関する取り組みは市町村が自主的に行うものであり、その手続きに際して国への事前の申請や国の承認を必要としない。つまり国の財政支援は受けても、その使い道は独自に決められるわけで、非常に”使い勝手”がいい制度と言える。極端な話、各市町はゴミ処理や合同職員研修など、広域で取り組んでいる既存事業の負担金に特別交付税を充てることもできるという。

 しかしそれだけでは各市町の財政に多少の余裕が生まれるだけで、実質的には何も変わらないし、圈域の新たな魅力づくりにもつながらない。「定住促進を目指す」という制度の趣旨にもかなわないのではないか。

 準備期間となる本年度は、首長の視察や担当職員対象の研修、勉強会などを通じてどんな連携が可能か検討を重ねている。連携事業の方向性について中川市長は市議会で、地理的表示(GI)登録を受けた米沢牛の振興や来春オープン予定の新道の駅の活用を挙げた。これらはまさに時宜を得た取り組みであり、大いに期待したい。

 率直に百って置賜3市5町にはこれまで、「置賜は一つ」と言えるだけの一体感は欠けていたように思う。定住自立圏は、そうした意識を変えていく格好の機会になり得る。置賜全域の魅力を一層高められるよう、連携の中身については十分検討を尽くしてほしい。

 

2017812


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プラチナ構想ネットワークinおきたま シンポジウム(承前) [置賜自給圏構想]

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シンポジウムの間、『限界費用ゼロ社会』のことがずっと頭にありました。副題に「〈モノのインターネット〉と共有型経済の台頭 」とあります。以下その内容紹介です。

《いま、経済パラダイムの大転換が進行しつつある。その原動力になっているのがIoT(モノのインターネット)だ。IoTはコミュニケーション、エネルギー、輸送の“インテリジェント・インフラ”を形成し、効率性や生産性を極限まで高める。それによりモノやサービスを1つ追加で生み出すコスト(限界費用)は限りなくゼロに近づき、将来モノやサービスは無料になり、企業の利益は消失して、資本主義は衰退を免れないという。代わりに台頭してくるのが、共有型経済だ。人々が協働でモノやサービスを生産し、共有し、管理する新しい社会が21世紀に実現する。世界的な文明評論家が、3Dプリンターや大規模オンライン講座MOOCなどの事例をもとにこの大変革のメカニズムを説き、確かな未来展望を描く。21世紀の経済と社会の潮流がわかる、大注目の書!》

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プラチナ構想ネットワークinおきたま シンポジウム [置賜自給圏構想]

Microsoft Word - プラチナ構想シンポジウムチラシ.jpgやすえちゃんを国会に送り出してからはすっかり影を潜めていた「置賜自給圏推進機構」が一瞬息を吹き返したかに見えた4日のシンポジウムだった。題して「プラチナ構想ネットワークinおきたま シンポジウム」。半月ほど前だったろうか、届いた案内を見てすぐ参加することに決め、手帳に記した。10時開始の15分ほど前に会場に着くと、添川しらさぎ荘のバスから、大きな荷物を抱えた遠来らしい一行がゾロゾロ降りてきた。これはただごとではない。全国レベルのシンポジウムらしい。会場に入るとタコ爺こと織田洋典さんを見つけてその後ろに坐った。タコ爺、「ぜひ出てきて」と乞われての参加で、前日日程からフル参加とのこと。87歳、置賜自給圏の看板爺さんと言っていい、小宮山会長も講話の中で何度か織田さんの名前を出された。私の後ろが毎日新聞の佐藤良一記者で、その記事がネットで見れた。概要がわかる。

 

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プラチナ構想シンポ

置賜地方の課題議論 飯豊 /山形

毎日新聞201775日 地方版

プラチナ構想シンポ6.jpg 

発言する小宮山宏・三菱総研理事長(中央)と、(右へ)中川勝・米沢市長、原田俊二・川西町長、後藤幸平・飯豊町長ら=飯豊町椿の町民総合センターで

 

 シンポジウム「プラチナ構想ネットワークinおきたま」が4日、飯豊町の町民総合センター「あ~す」で開かれた。プラチナ構想とは環境と調和する社会を目指した全国的な取り組み。住民と産学官の連携による自立した地域社会の実現について、置賜地方での課題が議論された。

 三菱総合研究所(東京)と一般社団法人「置賜自給圏推進機構」の共催。三菱総研はプラチナ構想に基づいたネットワーク作りを全国的に進めており、同構想ネットワークの会員企業、県、置賜地方の自治体関係者、住民など約130人が参加した。

 長井市のレインボープラン(生ゴミを有機堆肥(たいひ)にする事業)、飯豊町の木質バイオマス製造施設などの事前視察を踏まえ、同構想ネットワーク会長の小宮山宏・三菱総研理事長は「夢や希望を熱く聞けたが、若者にどのように伝えていくかが大きな課題だ」と指摘。置賜地方の取り組みを評価しつつ、「具体的に見える形で、ビジョンを早く示すべきだ」と強調した。

 置賜地方の自治体首長はそれぞれの取り組みを紹介。「定住自立圏の中心都市として、各市町と連携し交流人口を増やしたい」(中川勝・米沢市長)、「公立置賜総合病院の周辺をメディカルタウンとして開発し、地域医療を充実させる」(原田俊二・川西町長)、「大量生産・大量消費社会とは異なる循環型の新しいコミュニティーを目指す」(後藤幸平・飯豊町長)などの発言があった。【佐藤良一】

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「経済第一」の行き着くところ [置賜自給圏構想]

内田樹氏のすごい文章を読みましたのでメモしておきます。かなりの長文です。先に要所を書き出しておきます。あらためて置賜自給圏構想の意義を思わされたところです。


《もう現代の経済活動は人間の生理的要求を充たすためではなくて、お金の自己運動になっている。ただ、ぐるぐる回っているだけです。もう人間は関係ない。・・・(しかし)今のビジネスマンたちは無限に右肩上がりし続ける経済モデルでしか思考できない。だから、どうやって人口を増やすのか、ということしか考えない。でも、増えるわけないんです。・・・経済成長なんかするはずがない。この人口推移でなお経済成長しようとしたらできることはいくつもありません。一つは戦争をすること。戦争というのは極めて活発な経済活動を導きます。・・・もう一つもこれに関連しますが兵器産業に産業構造をシフトすること。兵器産業というのは資本主義にとっては理想の商品です。・・・兵器には「飽和」ということがない。・・・「永久機関」という夢のテクノロジーがありますけれど、兵器は「永久商品」なんです。・・・》

以上はすでに多くの理解があることについて、さらに非常にわかりやすく説いてくれた文章。私には次の指摘がほんとうに恐ろしく思えました。思うほどになるほどです。

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副島隆彦著『日本が中国の属国にさせられる日』を読んで [置賜自給圏構想]

 副島氏はいつも読者の気持ちを抉(えぐ)ろうとして著作に挑む。その姿勢に惹かれて氏の著を買う。このたびの本の主たるモチーフは、団塊までの世代にいまだきちんとした総括もされぬまま憧憬を伴って影を引いている「マルクス主義」的気分に引導を渡すことにあったのではないか。共産主義を目指したロシア革命史と中国革命史についての十分腑に落ちる副島流解釈が貴重だ。そしてそこから次の結論が導かれる。

 《国民意識の成長と豊かな社会の実現(経済成長による先進国入り)が無いのに、形の上だけ国王(王国)制度(キングダム)を無理やり廃止してもいいことはない。大混乱になるだけだ。だから日本の天皇制と同じように、中国皇帝を形だけ残して、「虚君」でいい。形だけの王を残して、国民が団結して、その間に国民生活の向上を実現していく、という堅実な政治体制を作らなければいけなかった。/だから、中国で言えば、前述したとおり康有為と梁啓超が正しい。ロシアで言えばケレンスキーやトルストイやヴェラ・ザスーリチが正しい。無意味な暴力革命(武装蜂起、クーデター)などやってはいけなかった。そのあとが大変だ。/それなのに孫文型の暴力革命をやってしまった。これが間違いだった。このことをはっきりと言わなければいけない。》259-260p)そして言う。《副島隆彦の人生における結論は、「暴力の肯定はダメだ」である。》261p)私にとって副島氏から学ぶべき言葉として、「アジア人同士戦わず」と双璧を成して重い。


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生産力の借金返済への流出(Paul Craig) [置賜自給圏構想]

本業の染物業、それなりに働いているはずなのに、家内にはいつも「金がない、金がない」と言われて頭が上がらない。一年前に『お金の秘密』(安西正鷹著)を読んでアマゾンレビューにこう書いた。

《お金の仕組みのいかがわしさは「信用創造」において極まる。銀行から借金して通帳に書き込まれる数字には原価も何もない。しかしその数字が記入されるやいなや、その対価として、その数字に利息を加えて「稼ぎ」によって小さくしてゆかねばならない義務が生ずる。こうして国も企業も個人もこの幻に過ぎない数字に追いまくられた日々を強いられる世の中になってしまっている。》

世界中が、この「いかがわしさ」に絡めとられている。置賜自給圏構想が目指すべきは、このことからの解放であると、以下の記事を読んであらためて思った。みんなが豊かになるための道を足もとから築いてゆく。


Paul Craigさんについては、TPPに至る歴史的経過と根底的問題点でも書いています。

 

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『限界費用ゼロ社会』(5) ホモ・エンパテクス Homo empathecus (後) [置賜自給圏構想]

《何もかもお金に換算されてしまう世の中になってしまった感がありますが、日々の暮らしの現実をみれば決してそんなことはありません。お金に代えることのできないひとりひとりの思い、お互いの思いやり、そこから生まれる助け合い、そういうものがわたしたちのくらしを、そして世の中を支えているのです。》これは、一昨年宮内認定こども園開園記念式での式辞の中の言葉だが、私の世の中についての基本認識と言っていい。リフキンの歴史に対する姿勢も同じと見てうれしかった。


人類の歴史の大半は《本来異常な出来事や破壊的な事件から成り立》つものではなく、生物種としての私たちの本質《が略奪を旨とし、凶暴で、攻撃的で、激しやすく、怪物のように恐ろしいもので》はない。人間の意識は、《より広く包括的な領域への共感の拡大》に向けて進化してきた。《共感を抱くとはすなわち、文明化することであり・・・・・文明化するとは、共感を抱くことにほかならない。》・・・柳田の考えた「民俗学」は「心意伝承」の解明を目指した、その意に通ずる。


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『限界費用ゼロ社会』(4) ホモ・エンパテクス Homo empathecus (前) [置賜自給圏構想]

最後の日本向け特別章は別にして、最終章である第16章「生物圏のライフスタイル」、私はぞくぞくしながら読んだ。「共感するヒト(ホモ・エンパテクス)」の節は、《人類史における経済の大パラダイムシフトは・・・人類の意識をも転換し、共感の動因を時間的・空間的により広い領域へと拡大して、いちだんと大きな比喩的家族や相互依存を深めた社会という形で人々を団結させるはずだ。》と始まる。まさに「万有和合・世界霊化」ではないか。ちなみにホモ・エンパテクス Homo empathecusはリフキンの造語のようだ。グーグルで検索しても「一致する情報は見つかりませんでした」。この記事をアップしてはじめてネットデビューか。どんどん広がって欲しい。


リフキンによる「共感」という社会関係意識に焦点をあてた人類の発達史。共感の広がり具合によって「神話的意識→神学的意識→イデオロギー的意識→心理的意識」と段階づけられます。ただし、「→」は「変化」を表すのではありません。4段階の意識は並存するのです。したがって、「→」は「広がり」であり「深まり」を表します。読むほどに、リフキンはすぐれた文明史家であることがよくわかります。以下、太字は引用者。

 

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『限界費用ゼロ社会』(3)「善いことをなす」ことを第一義として成り立つ社会 [置賜自給圏構想]

私自身「極右」と言われたこともあり、いわゆる「ウヨク」に括られる人が私のまわりには多い。数日前も思いがけない人が熱心な桜チャンネルファンで、西尾幹二さんやら、藤岡信勝さんやら、渡部昇一さんの講義を熱心に聴いていることを知って、その延長上は安倍政権支持であり、安保法制支持であり、憲法改正支持であろうと思い、どう言っていいのか、とりあえずは沈黙しかなかった。なぜいま私が憲法改正に反対するのか、私のその「ねじれ」については110日に「『憲法改正』をどう考えるか。真の『日本の独立』に向けて」に書いた。読んでわかってほしい人の顔が何人もうかぶ。


いま世界は大きなパラダイムシフトの最中にある。『限界費用ゼロ社会』は、利益第一の発想ではない「『善いことをなす』ことを第一義として成り立つ社会」の到来を予言する。そこでは「カネ」資本ではなく、「共感」を基礎にした社会関係資本こそが基本を成す。そのためには、これまでの枠組みから解放されねばならない。その引導渡しの役を引き受けているのがロシアであり、プーチン大統領ではないか。


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『限界費用ゼロ社会』(2)「息苦しさ」と「のびやかさ」の分水嶺 [置賜自給圏構想]

マイナーだった「アプロプリエートテクノロジー(適正技術)運動」を、ハッカー文化と結びつけることで広範な文化的現象に引き上げたというスチュアート・ブランド1938ー)がこう語った。

《一方で、情報は高価になりたがっている。非常に貴重だからだ。適切な場所で適切な情報が得られれば、人生が一変する。その一方で、情報はフリーになりたがっている。情報を引き出すコストはつねに下がる一方だからだ。そこで、両者の葛藤が起こる。》156p

情報は「私的」に囲い込まれることで高価になりうる。しかしその一方で、どこにでもだれにでもタダで自由に流れてゆくというのが情報の自然のありようだ。高価であろうとする志向とフリーの方に流れようとする志向の絶えざるせめぎ合い、情報はいつもそこで揺らいでいる。


知的労働の結果としてその価値を保護するということなのだろうが、著作権法という法律は、フリーになろうとする情報の本性を殺してまさに「私的」に囲い込む、嫌いな法律だ。そもそもその人が書いたものはたまたまその人を介しているだけで、書かせているのはその人を取り囲む文化の総体、もっと言えば、その人を今そのとき生かしている、あるいは共に生きている、言ってしまえば「霊」と言ってもいいようなもの、そんな気がするので、あえてそうして生まれたものを「おれのもの」と言って囲い込むのは、その「霊」のようなものに対して申し訳ない所業なのではないか、そんな感覚からすると、著作権法はまちがっている。(吉本の「自己幻想」感覚からはまた別に考えます)


個人情報保護法が施行されたのが平成17年だからもう11年になる。個人個人をさらに孤立化に追い込もうとする法律だ。この法の根っこにあるのは、万が一の悪いことを想定してやまない性悪説だ。結果するところ相互不信が加速する。息苦しくてしょうがない。


こんなことを思っていて思いうかんだのが今日の表題「『息苦しさ』と『のびやかさ』の分水嶺」だった。「のびやかさ」を求めて解放へと向うのが自然の流れである。「情報」は「限界費用ゼロ」の象徴的存在なのだから。「のびやかさ」を選びたい。そうして開けてくる時代をリフキンは「透明性の時代」とよぶ。

 

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