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宮内よもやま歴史絵巻 ブログトップ
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斎藤茂吉と宮内(2) [宮内よもやま歴史絵巻]

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美子さんが茂吉から貰った色紙「最上川の流れのうへに冬虹のたてるを見れば春は来向ふ」

 

先月30日、南陽鷹の会の「伝国の辞」碑除幕式お手伝い慰労会でのことだ。隣り合わせたSさんから思いがけない話を聞いた。「斎藤茂吉が宮内に来たとき、Sさん(昭和11年生)のおばさんがお手伝いした縁で茂吉さんから色紙をいただき、その色紙が家にある」というのだ。これから10枚つくらねばならない「宮内よもやま歴史絵巻」のひとつに「茂吉と宮内」を考えていたので、これは使わせてもらえると思い、「ぜひ写真を撮らせて」とお願いして快諾を得ていた。

 

その事が頭にあってのことだったろう、市立図書館で『窿應の生涯と茂吉』を借出したのは今月4日だった。その本から友清磐山先生に至るまでの縁の広がりについてはすでに述べた。

斎藤茂吉と中林梧竹、そして副島蒼海(種臣)

磐山友清歓眞先生と的伝海老塚四郎兵衛

 

Sさん宅を訪れたのは22日のことだった。『窿應の生涯と茂吉』の「童馬先生随聞」に、お手伝いした女性として、高橋美子、菅野てる子、瀧澤シズカの3人の名前があったので、その部分をコピーしてお持ちした。

 

Sさんの話を聞いて驚いた。Sさんのおばさんとは、茂吉がいちばん気に入って1時間半も二人だけでの密談を交わした高橋美子さんのことだった。その密談の内容について知る手がかりは『茂吉日記』にあるらしいが、その3月に奥さんを亡くした著者(黒江)自身に関わる事で、黒江はそのことを匂わせているだけだ。

 

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齋藤茂吉と宮内(1) [宮内よもやま歴史絵巻]

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わが家から見た、茂吉が泊まった蔵座敷のある黒江宅の蔵


斎藤茂吉は黒江太郎との縁で2回宮内を訪れている。


以下《 》内、黒江太郎「童馬先生随聞」(『窿應の生涯と茂吉』昭和47年白玉書房所収)より。


《齋藤茂吉先生は置賜の歌會に行ってみたい希望のことを、昭和22年の四月中ごろに板垣家子夫氏から内報を受けた。先生はかねがね私の家に行きたいと申されたことがあったが、まるで夢のやうな話がいよいよ實行に移されたので、まったく戸惑ひするほど感激した。》

 

宮内アララギ短歌会の発足が昭和218月、91日に宝積坊で第一回歌会。参加者7名。発起人の黒江と宮内女学校の国語教師原知一以外は女性。


茂吉の日記にこうある。

《五月十七日、土曜、ハレ、クモリ、(黒江は快晴だったという)・・・(上山駅で)一時五分汽車が来タノデソレニ乗り、赤湯デ降リタ。結城哀草果、西村モ同車デアッタ。徒歩ニテ宮内町ノ黒江太郎方二著イタ。○ソノ夜、女流ノ骨折ニテ鯉ヲ主二シタイロイロノ料理ガ出タ、酒、ぶだう酒、○黒江氏の蔵ニ臥、入浴》

 

この時の会話の様子が黒江によって記録されている。

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「宮内よもやま歴史絵巻」設置 [宮内よもやま歴史絵巻]

「よもやま歴史絵巻」山新記事250413ミニ.jpg
(25.4.13 山形新聞)

昨日、粡町商店街に「よもやま歴史絵巻」(90×180cm)を設置しました。今回は5枚。3年目になる「南陽天地人絵巻」7枚と併せて12枚になります。いずれも南陽市商店街まちづくり活性化補助金をもらってつくったものです。
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以前は、たばこや塩を売っていた中山商店さん前です。ポストもあってハガキや切手も扱っていたものです。もう90歳を超えたおばあちゃんは赤湯の娘さんのところに行ってしまいました。粡町商店街の加盟店も、20年前の発足時から比べて半減です。ただ、今回「インターネット企画」さんに入っていただいたのはうれしいニュースです。昨年からは、果樹農家で無人販売の草分け「山耕園」さんからも入っていただきました。今回の作業に、トラックや果樹用ハシゴが活躍しています。

粡町通りは、江戸初期宮内の街が整備された当時から、小滝街道を通って山形へ通ずる主要な通りで、吉野鉱山のトラックが行き交い、バスも通るにぎやかな通りでした。私の子どもの頃は馬車の往来も頻繁で、隣は鍛冶屋さんでした。製造直売のお菓子屋さんが3軒もありました。もう一軒もありません。藤屋お菓子屋さんは「アリス」と名前を変えて南陽高校の近くで繁盛しています。「佐佐木信綱と須藤るい」のるいさんの実家は粡町の山﨑染屋さん。染物屋も私のところとで2軒あったのです。醤油やさんもありました。水が良かったのでしょう。いまでも井戸水を使っているところは多いと思います。我が家も水道と使い分けています。

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ここは中学生の通学路になります。「横山大観と多勢亀五郎」を掲げました。

絵巻チラシ表.jpg絵巻チラシ裏 小.jpg
今回は宣伝チラシを2000枚つくって、宮内地区の回覧板で回してもらったり、あちこちに置いてもらったりしようと思っています。
「粡町商店街」のロゴは自慢のロゴですが、粡町出身のデザイナー赤沼明男さんにつくっていただいたものです。

(25.5.9 追記)
朝日新聞山形版に紹介していただきました。
よもやま歴史絵巻 朝日新聞.jpg

宮内よもやま歴史絵巻「横山大観と多勢亀五郎」 [宮内よもやま歴史絵巻]

  1.  横山大観と多勢亀五郎.jpg

       (大観による絵の衣装姿の6代目菊五郎)

 「昭和の初め頃、羽前宮内に多勢亀五郎という紀文大尽のような男が出た。」


 すぐれた審美眼と持ち前の侠気で名を成した米沢出身の美術商木村東介は「不忍界隈」(大西書店1978)の中で、亀五郎(延太郎)の桁外れの御大尽ぶりを紹介しています。

 

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