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「新春なんよう49」で前市長のいらだちを聞きました [南陽市長選挙]

「新春なんよう49」に行ってきました(49は南陽市になって49年)。帰って一眠りしたけれども酒がさめ切っていないかもしれません。

 

塩田前市長が来ていました。現市長の年頭挨拶を聞いていらだっていました。「市民の暮らしを少しでも向上させようと言う意欲がなくて"身の丈に合った市政”なんて言っていたらどんどん縮小してゆくのは見え透いたことだ。何をやろうという意気込み、具体性が全く感じられない。あれでは職員連中が楽で楽でしょうがない。何のために市長やってるのか!」大筋こういうことでした。同じテーブルだったはずの現市長は酒を注ぎにあちこちまわっています。こっちも酒が入っているので、選挙の結果が出た時書いたこともあり、「直に言った方がいい、ここにきてもらおう」とけしかけたのですが、「それはしなくていい。それよりブログに書いてくれ。」と言われて、その時は聞き流したのですが、せっかくですので書くことにしました。

 

白岩市長も一年半も経つと、初々しかった最初の頃にくらべ、壇上の挨拶も時々笑いをとったりで、だんだん板に付いて来た様子が見えます。選挙戦のさなかにも書きましたが、人がいいのです。言ってしまえば、如才ない。そのレベルに安住してはならない。前市長とは全く対照的です。前市長が酒を注いで回ったりというのはあまり記憶にありません。そのかわり、壇上では「ああやる、こうやる」、自分の思いをたっぷり語ったものでした。今日の挨拶を聞いていても、正直言って、現市長、笑いをとろうとするだけ虚しいのです。なまじ、市長の席に狎(な)れてしまいつつある様子がつらいのです。


ずっと言わずにいたことを言うことにします。忘れていたのを思い出しました。


半年前のことです。南陽市が「南陽創生」の市民提案を募集していることを締切の六日前に知りました。「提案書2」は締切に間に合わせたのですが、「提案書2」はまとめきれずに迷ったあげく締切に三日遅れて出しました。箸にも棒にもかからなかったのか、突拍子もない提案で反応しようがなかったのか、(今思ったのですが、あるいは届いていなかったのか。それだったらごめんなさい。)とにかくその後何の反応も無し。メール送信したきりで電話かなにかしなかったのも悪かったけど、もし届いていたら何らかの反応が欲しかった。


要するに言いたいのは、現市長、前市長が持ち合わせなかったその人柄のゆえにあれだけの大差で市民から選ばれたのだからそれはそれでいい。あえてないものねだりをしようとは思わない。その職責に本気であればおのずと見えてくるものもあるにちがいない。ただとりあえず少なくとも今は、市民の真剣な声には真剣に向き合ってほしい。私の提案が市長にまで届いていたのかどうか、その後何回か顔を合わせる機会もあったが、そのことについては何もなかった。わたしも、ずっと頭にあることではあるものの、一週間足らずのやっつけ仕事みたいな負い目もあってこちらから言うこともなかったのも悪かった。


今日の市長の挨拶の中で、昨年の画期的な出来事のひとつとして、南陽市民文化会館の完成を挙げられた。ここで目の前に居る前市長の名前が出るか、と私は一瞬期待しました。あの文化会館に心血を注いだ前市長、その思い、エネルギーについては十分知っておられるはずだ。あそこで一言前市長への敬意を示せば、参会者の気持ちをどれだけ和ませたことか。

 

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職責とは、修行のために与えられた場であることを日々深く思いつつその任務にあたるということなのではないか、とふと思ったところです。だれでも不完全なところから始まるのですから。現市長の今後の「修行」の成果に期待したい。だてに頭を丸めておられるのではないと思うので。

 

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未練がましく、半年前の提案貼付けておきます。

 

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自民党の常套手段?(南陽市長選挙) [南陽市長選挙]

昨日の朝、こう書いた。


《「塩田市政」という公的レベルにはあえて本気に目を向けず(ピントをわざと外したとしか考えられない批判をくりかえし)、「塩田秀雄」という私的レベルに焦点を合わせて攻撃するという選挙戦略が効を奏しての選挙結果だ。》


ここには「白岩陣営は塩田市政を理解した上で選挙戦略を考えた」という含みを持たせたのだが、どうもそうではなかったらしい。大沼みずほ参院議員がこんなことを書いていた。


今日は亀岡偉民・内閣府大臣政務官が南陽市入り。吉野川、白滝(ママ)湖周辺ぶどう畑などの現場視察。想像以上の被害だとして、早期に対応してくださることをお約束してくださいました。鈴木憲和代議士とともに私も関係機関への働きを行ってまいります。南陽市からの要望書では、公共土木関係想定額を10億円と想定。文化施設には60億円以上かけているのに、この甚大な被害にたったの10億円!去年の教訓がまったく活かされていません。原状復帰のみだけでは不十分です。二度とこうした被害がでないためにも、強度を増した堤防の整備、砂防や治水対策に対し少なくとも3倍から5倍の財政支援が必要です。》


「文化施設には60億円以上かけているのに、この甚大な被害にたったの10億円!」。仕事を継いでくれる息子のことを考えて60万円投資して工場の整備を進めているところに、大水で住宅が被害。それに対して「住宅にかける費用が10万円じゃあ間に合わない。工場への投資をやめて住宅安全対策を」というようなわけのわからぬ言いがかりでしかない。塩田市政が将来の南陽市最大の政治課題を人口減対策と認識した上で、極めて戦略的に構想して進められている事業について、彼女は全くわかっていないし、わかろうともしていない。(彼女についての昨年の見立ては間違ってはいなかった。)白岩陣営、おしなべてそうだった。個人演説会の録音を聴いた時そう思って情けなかった。

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・・・・・・・・・(南陽市長選挙) [南陽市長選挙]

白岩 孝夫(45) 無新 12,716
塩田 秀雄(61) 無現 5,733

昨晩、家に戻って間もなくK氏から電話が来て「この選挙勝った。市民はバカではない」と言う。どこか頼りなく思いながらも、選挙の読みに関しては私よりずっと長けているはずのK氏の言葉を信じて眠りについたのだが、朝目覚めるとどうもまた悪い予感に襲われる。何かしなければと思い立って、今朝のブログを書いた。また間もなくK氏からの電話。K氏の声に昨日の勢いがないことに不安が増幅。とにかく一日ばたばた仕事をして、午後9時過ぎS氏を誘って事務所に出かけた。第一回の開票発表は9時40分とのこと。負けるかもしれないという話はだれからも出ない。ただ、前にそろった報道陣の顔ぶれを見ていて急に不安になってきた。主力がいない。ここへ来る前に知り合いの記者に電話してみればよかったと思っているうちに、一回目の発表。開票率20数%で双方2000票ずつ。何となくいやな感じがさらに高まって、その記者さんに電話。「いま一回目の発表があったところ」「それはわかってる、何か裏の情報は?」「票の積み上げた高さ、目分量3:2で白岩有利」「そこは開票所?」「いや白岩事務所」と気の毒そうに答えが返る。電話を切って「間違いかもしれない」という思いもありつつ、隣りの友人二人に「やばい」と目配せ。二人は驚きながらも理解。もう次の発表まで心の準備を整えるしかないと観念した。

そしてこの結果。今日一日いろいろ最悪予想が心をよぎったのだが、この結果は想像をはるかに超えている。選挙に関しては、相手は徹底したプロだったのだと思う。あるいはこっちがあまりに素人だったともいえる。その場では、だれも涙も出なかった。

帰り際に前市長に言った。「市政レベルにおいてあなたがやってきたことは何も間違っていない。たいしたことをやってきたと思っている。」人口減対策を最大の政治課題と認識し、しっかりした戦略的発想(南陽まるごとブランド化構想)をもって斬新なアイデア(教育日本一・ニューイヤー駅伝出場・大型耐火木造文化会館建設・・・)を次々と打ち出して実行し、実績をあげてきた。その政治手腕にただただ舌を巻く。ただこのことを私がほんとうに理解したと思ったのは、その前日に誘われて、たまたま出かけた事務所開きで塩田市長の挨拶を聴いた。そしてその内容を紹介したのを手始めに南陽市長選挙について書くようになってからのことだ。しかし多くの市民はほとんど理解していなかった。それがこの結果なのだと思う。無念でならない。

【ここからは7/14の朝。前の文章にも一部追加、修正】

白岩新市長にお願いする。

「塩田市政」という公的レベルにはあえて本気に目を向けず(ピントをわざと外したとしか考えられない批判をくりかえし)、「塩田秀雄」という私的レベルに焦点を合わせて攻撃するという選挙戦略が効を奏しての選挙結果だ。選挙は勝たねばならない勝負事なのだからそれはそれでしょうがない。しかし、当選したことであなたは公的レベルに身を置くことになる。その公的レベルにおいて、塩田市政が南陽市の現状をどう考え、今後の南陽市をどう構想していたか、このことをとにかくご自分の頭で自分なりに、しっかり理解することから始めていただきたい。ここで捨てるにはあまりにもったいないことがおわかりいただけることと思う。いいものをいいものとして継承することはなんら恥ずべきことではない。私とて「対話」するに吝(やぶさ)かではない。

今朝目覚めてこう思うようになった。

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南陽市長選挙 塩田秀雄候補を強く推します [南陽市長選挙]

街頭から訴えてきました。

 

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南陽市政を守る会です。ずっと南陽市を廻っております。この度の大雨の被害は想像を超えて大きな被害をもたらしています。あちこちで山が崩れ、土肌をむきだしにしています。白竜湖近辺の田畑は水を冠ったままです。赤湯の市街地は乾いた泥が粉塵となって舞っています。必死に復旧に取組む多くの市民の方がおられます。ほんとうに大変なことですが歯を食いしばってがんばってゆかねばなりません。


私たちが推す候補者は、厳しい選挙戦の最中ではありますが、雨の降る夜中に市役所に出向き、ただちに災害対策本部を設置して陣頭の指揮にあたってきました。あらためて誰にでもできる仕事ではないことを見せつけられております。やる気があればできるという類いの仕事ではないのです。


ほんとうに舵とりの難しい時代です。このたびの大雨災害のようにいつ何が起きてくるか知れません。経験のないトップが「対話の市政」などと言ってまごまごしているうちに、事態はどんどん進んでゆきます。結局のところ、声の大きい人、力の強い人の言うままにならざるを得なくなることは目に見えています。市民のための市政などは到底おぼつきません。たしかな理念、強固な信念に支えられた的確な判断力をもったリーダーシップがトップには必要であることを、この度の災害は私たち南陽市民に教えてくれたようです。


ウソやデタラメ、あらぬ誹謗中傷、マイナス志向の考えといったものに惑わされずに、素直にいまの南陽市を見つめてみて下さい。


しだいに南陽市民の心にもしみ込み出してきている「教育日本一」のかけごえ、駅伝のがんばり、そして、これからの日本の大型建築の概念を変えるほどのインパクトをもつ夢溢れる新文化会館。


この新文化会館は国の大きな期待を担った木造耐火大型建築です。日本の国土面積の2/3を占める森林、南陽市も同じくらいですが、外材に圧されるようになって荒れるにまかせたきた森林でした。しかし、地元材をふんだんに使える木造耐火大型建築が広く普及することになれば、森林を甦らせることができるのです。なんとうれしいことには、この耐火木造大型構造物の開発にあたっては、わが町が生んだ、「耐火ボード」で戦後日本の建築を変えた吉野石膏株式会社が大きな役割を果たしていることです。


ここに至までの2期8年、必死の努力、命がけの取組みがあってのことでした。いまや私たち南陽市民が知らぬ間に、南陽の名は全国に轟き、市内よりもむしろ市外から評価の声は高まっています。50年近い南陽市の歴史の中で、南陽はいま最も輝き出しています。この灯を消すようなことがあってはなりません。明日の投票日、どちらの候補者がほんとうに力を持っているか、どちらの候補者がこれからの南陽を担うにふさわしいかを、曇らない目でしっかり見つめ、正しくご判断の上、投票していただくことを切に切にお願いして、南陽市政を守る会、街頭からの必死のお願いとさせていただきます。どうかよろしくお願い申し上げます。


   *   *   *   *   *


これまで南陽市長選挙について書いてきた記事です。お読み下さい。


・みんなの意見を聞く政治家がいいか 夢にこだわる政治家がいいか(南陽市長選挙)

 


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みんなの意見を聞く政治家がいいか 夢にこだわる政治家がいいか(南陽市長選挙) [南陽市長選挙]

南陽市長選挙もあと3日、終盤戦に入ってきた。昨晩、熊野大社證誠殿で塩田陣営の総決起集会。一方白岩陣営はわが家からすぐ近くの東会館と琴平会館で個人演説会。息子に「総決起集会に行くか」と言ったら、白岩陣営の話を聴いてもみたいと言う。若い者の感覚はあっけらかんとしてこだわりがない。せっかくだから録音を頼んだ。

 

白岩陣営の録音を聴いて思ったこと。


財政問題にしろハコモノ批判にしろ、白岩候補の方はあまりに理解不足としか言いようがない。塩田市政の8年間で160億円台の市債を110億円台にした。今後4年で30億減らせる見通しと言う。3期で半減することになる。まして大きな事業をやりながら借金減らしに成功したことに値打ちがある。これをして「夕張と同じになる」という批判はあまりに的外れ。争点のレベルに達しない。ハコモノ批判も、大竹市政の時代とは異なり、塩田市政にとってのハコモノは戦略的なものであって十分必然性がある。決して思いつき的なものではない。それに対して批判が出るというのは、理解不足を責めるべきか、説明不足を責めるべきか(そもそも「政治勘」が何より優先する塩田氏に「説明」を求めるのは最初から難しい)。争点どうこう以前の問題である。ではどこに争点を見ればいいのか。


そもそも出発点からちがっていて議論が噛み合ない。その噛み合なさが争点といえば争点なのだろう。要するに、「みんなの意見を聞く政治家(白岩候補)がいいか、夢実現を目指す政治家(塩田候補)がいいか」ということだ。


白岩候補は「対話のある市政を!!」を言い、一方夢を見ることをしない人が、市民の皆さんに夢を与えることはできるでしょうか」と言う塩田候補は、自らの描く夢実現に脇目も振らず邁進することでこれまで実績を積んできた。対話を求める側からすれば、夢実現は「わがまま」に映り、夢実現の側にすればいちいちかかずりあっていては前に進めない。白岩候補にとっての政治家像とはつまるところ「調整役」。一方塩田候補にとっては、目的をかかげその実現を目指す「先導役」。では、いま南陽(or あなた)にとって必要とされる政治家はどちらか。ここが判断の分かれ目となる。


「政治」とは本来、私的生活とは別次元の公的権力によって世の中を運営してゆくという尊い営みであると思う。したがって本来「政治家」は、私的生活レベルからは一歩抜きん出た存在でなければならない。ところが戦後70年、世の中全体から「公」的感覚がどんどん抜け落ちてしまいます。それに伴って政治は、どんどん私的生活レベルに引きずりおろされてしまうことになる。その結果、私的レベルで走り回る「政治屋」が横行するようになり、本来の政治家はどんどん姿を消してゆく。「みんなの意見を聞く政治家」とは、私的レベルに重点をおく政治家(政治屋)、「夢にこだわる政治家」とは、そこから抜きん出て公的立場に身をおく政治家、そう理解することで、お互いの根本的な違いが見えてきた。塩田候補は絶滅危惧種なのかもしれない。なんとか守らねばならない絶滅危惧種と思う。


南陽市長選挙について書いた記事をあげておきます。お読みください。



選挙公報 市長選26年.jpg
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南陽市長選挙 ネット世界の無気味 [南陽市長選挙]

選挙が始まればさぞやいろんな情報がネット上を飛び交うだろうと思って「南陽市長選挙」で検索(GOOGLE)してみたが、ほとんど通り一遍のものしかヒットしない。ただどうしてか、かつて塩田市政を激しく批判したことのある「よねざわ鬼の会」と、ピント外れの塩田批判らしきものを陰微に展開する「白髪のおじさん」が最初のページに登場する。よねざわ鬼の会を見てもなぜ「南陽市長選挙」検索で最初にでてくるのかわからない。白髪のおじさんについては、「誰でも市長やっても同じだよ我々には関係ない」という声が正論らしくまかり通るところに大きな問題があることを「いい人」がトップに立てばたちまち群がる「たくらみ」の罠にかかる(南陽市長選挙)で指摘した。「白髪のおじさん」のブログには、記事を書く前に同じ趣旨のコメントを送ったのだが、無視されたままだ。

この「移ろうまま」では、これまで南陽市長選挙のカテゴリーで5本書いてきたが、グーグル検索10ページ目まで見ても、3ページ目に市民の「見る眼」が問われる南陽市長選挙 「だいじなことってなんだろう」がヒットするだけ。このブログのアクセス、選挙戦が始まってもさほどの伸びはない。このブログが嫌われているのだろうか。としたら嫌っているのはだれなのか。そういう意志が、見えないところでネット世界を操作しているということが恐ろしい。しかし、もうそんなことはあたりまえ、インターネット社会とは発生当初からそういう世界が目指されていたのであって、それを踏まえた上でネットとは付き合いなさい、ということなのだろう。

ちなみに、塩田秀雄という人はそういう世界とはほとんど無縁なところで生きてきた人のようです。私はそこに「土着」の強みを感じる、日本人が失いつつあるものを持っている、そこから出てくる「政治勘」です。田中角栄さんに通じます。一方の白岩孝夫候補は非常にネットを重視していることが議員時代の一般質問からわかります。このたびの市長選、白岩氏の立場からは「土着への挑戦」という言葉がいちばんぴったりするように思うようになっています。「土着」社会を守ろうとするのが本来「保守」です。白岩候補は自民党の推薦を得ているようですが、この頃の安倍首相は一見思いっきり「保守」の顔をしながら、結果的に「土着」社会を壊しにかかっています。本人は「いい人」なのでその自覚はなさそうですが。私から見れば、塩田候補は「土着社会」の申し子です。いまの日本の政治家にこうした政治感覚をもつ人物がいるか。貴重な存在に思えます。


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「検証 南陽市政〈下〉」(山形新聞)を読んで [南陽市長選挙]

つぎは、人口減対策と地域活性化について。

検証南陽市政2.jpgクリックで拡大します

塩田市長は人口減少への取組みこそが最大の課題としています。定住人口は、毎年山形市への移動が250人ぐらいあって、南陽市に移り住む人に比べると40人上回ります。したがって、南陽市を山形市以上の環境にすることで、この数字は十分逆転可能であると言います。「教育日本一」や新文化会館はそのための手立てです。

 

しかし定住人口を増やすことは、政策の効率性からいえばあまりよくはありません。「いま定住人口を増やそうというような政策をどなたがやってもなかなか成果が上がりません。」南陽市の当面の経済活性化、雇用拡大そして市民生活の向上を考えるならば交流人口の拡大を図ることが重要です。ならば、交流人口、要するに南陽市に用足しに来てくれる、あるいは南陽市に用があるというような人を引き寄せる、交流人口の拡大ということ以外に、南陽市の経済活性化あるいは雇用拡大、さらには市民の皆さん方の生活の向上、こういったものを達成する手法は私は今はないと思っております。」

 

塩田市政2期目、商工観光課が商工観光ブランド課に名称を変えました。当初は「なんじゃこれ」という感じでしたが、だんだんその意味するところが見えてきたようです。交流人口を増やすというのは、どんな目的、どんな形でもいいからとにかく南陽市により多くの人に来てもらうようにすることです。そのためには、他地域からみて「行ってみたい」と思える地域にならねばなりません。まず注目されることです。


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「検証 南陽市政 〈上〉」(山形新聞)を読んで [南陽市長選挙]

南陽市では、平成203月の市議会議員選挙(定員19名/立候補25名)を最後に市政レベルの選挙はなかった。市長選は平成18年、当時現職の荒井幸昭市長と塩田秀雄現市長の戦い以来8年ぶり。県議会議員選挙にいたっては、平成6年に佐貝全健候補が激戦の末小林啓市候補を敗った後20年間選挙なし、無投票が続いてきた。これからどうなるかわからないが、今回の市長選、これまでなんとなく低調だったのも、市民が身近な選挙から遠ざかっていたからかもしれない。何はともあれ、選挙があるのはいいことだ、と思います。市政の現状について、市の未来について、本気で考える貴重な一週間です。


3日と4日、山形新聞に2回にわたって「検証南陽市政」が掲載されました。3日は財政運営について。

検証 南陽市政.jpgクリックで拡大します

市債残高の推移

平成17年(2005)決算(塩田市長就任時)1636,700万円

平成21年(2009)決算(2期目当初)   1208,700万円

平成24年(2012)決算                  1141,300万円

平成30年(2018)決算見込                    862,000万円


塩田市政、市内全小中学校の耐震化工事や文化会館建設(平成8年芸文協からの請願採択以来の懸案)などの大規模事業の取組みからして、さぞ借金が増えているのだろうと思うとさにあらず、市長就任時から比べると実に50億円も減額しており、このまま4年経てば平成30年には86億円、就任時のほぼ半分にできるということです。


『発行100回記念 なんよう議会だより』(昭和60年から平成19年までの議会だより収録)を引っ張り出してみると、平成9年(19973月議会号に、昭和61年(1986)から平成9年(1997)までの一般会計の推移グラフがありました。

一般会計の推移(平成10年).jpgクリックで拡大します 

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「いい人」がトップに立てばたちまち群がる「たくらみ」の罠にかかる(南陽市長選挙) [南陽市長選挙]

南陽市在住と思われる「白髪のおじさん」というブログに「山形県南陽市の市長選7月告示赤湯温泉街が静かに作戦は何処で話題にならず」(6月29日)と題してこうあった。

「選挙になると街は静かで何処で作戦しているかわからないよ、誰が市長やっても同じだよ、我々には関係ない。南陽市を良くしようと考えていないよ、仲間が当選するか、しないか得するか得しないかだけの市長選挙だよ」

こういう考え方、政治へのスタンスが世の中ををおかしくしている。物の分かったような(優等生風な)言いぶりで、さも正論のように世にはびこる。敗戦後70年近く、占領政策のレールに乗った教育の成果である。

敗戦の結果日本は、「公的」感覚はずたずたにされ、「私的」関心の肥大化が図られた。私にとっての「新しい歴史教科書をつくる運動」とは、その風潮を改変し、本来の日本を取り戻そうという「国民運動」であり、山形県支部はその視点から取組んで、いい態勢ができつつあった。しかし、ターゲットを教育委員会に絞る本部の方針は結果的に「政治的対立」を生むことになって運動は矮小化され、結局分解した。そもそもこの運動に、ジャパンハンドラーズが関わってはいなかったか。副島隆彦氏はそこを見抜いていた。

政治を甘くみてはいけない。政治とは、私的生活とは別次元の公的権力によって世の中を運営してゆくという、尊い営みである。政治は、単純「いい人」にできるものではない。現実にまっすぐに立ち向かえるタフな精神があってこそ、ほんとうに「いい仕事」ができる。「いい人」がトップに立てばたちまち群がる「たくらみ」の罠にかかる。かつて私が市長選に出馬したとき、私を「いい人」と睨んで、「市長になって私の言うことに聞いてくれれば力になる」と言い寄った人があったが、そういうのは正直な方で、どんな罠が待ち構えているかしれない。

政治を思うままに操り世の中を支配するためには、民心の関心を政治からそらしておくのがよい。今後世界をどう征服してゆくか、そのための手だてを記した文書が存在する。 「シオン長老の議定書」という。この文書については、本物かどうかも含めていろんな議論があるが、白髪のおじさんのブログで引用されたような言葉が出てくる背景を考える上で非常に参考になる。

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南陽市長選立候補予定者公開討論会(附・安倍政権の危うさ) [南陽市長選挙]

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一昨日の晩、南陽JCによる南陽市長選立候補予定者公開討論会に行ってきた。300名の入場制限とあり、用意された席の半分ぐらいの入りの印象だったが、スタッフを除いた外部からの参加者は70名ぐらいだったとのこと。両陣営からの動員もなかったようだ。ヤジはもちろん、拍手も制限されていて、昔の立会演説会とはまるでちがう。討論会というのもあてはまらない。立候補予定者同席意見発表会というところか。


政治が民からどんどん遊離させられている。昔はそうではなかった。地域を思う、国を思うことにみんなもっとエネルギーを注いでいた。いつのまにかみんな個のタコツボに入ってしまっているのがあたりまえになり、政治は特別な人のものになってしまっている。権力をにぎる側にとっては好都合なことだ。いろんな面での二極化と軌を一にしています。


「国民の生活が第一」、政党名にもなった。遠い昔のことのように思えるが、2年前のことだった。政党名になる前、鳩山さんや小沢さんが民主党の実権を握っていたわずかな時代、この言葉をかかげたポスターがあちこちに貼られていたものだった。平成22年914、民主党代表選で小沢さんが敗れた日、この日が日本の分水嶺だった。あの日まっとうに小沢さんが選ばれていれば東北大震災もなかった、そう思えてしょうがない。なぜ今更「集団的自衛権」なのか。自民党のなかにも「アンタらより若い人たちが戦場に行き殺されるかも知れないんだよ?そんな大事なことを・・閣議決定で簡単に決めて良いのか?」(村上誠一郎衆院議員)と正論を吐く人もいるにはいる。しかしそんな声は掻き消されてしまう。公明党も政権与党であり続けるために「平和の党」の大原則を脱ぎ捨てた。

 

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