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草莽の志士たらん [落合莞爾]

飯山一郎氏が主宰する『放知技』板で、3/14から非常に意味深な議論というかやりとりが交わされてきました。当該落合史観の根底にも関わります。15日の朝の段階で落合莞爾史観(2のコメント欄に議論の流れをメモしておこうとしたのですが、なぜか何回やってもうまくゆきません。とりあえず手元にメモっておいたところでした。今日(17日)の午前中、飯山氏の仕切りでほ見事におさまったようなので、アップしておくことにしました。


それにしても、飯山氏の

《日本文化の根底にある天皇と天皇制の問題は,「好き嫌い」や「善悪」で語っても「あたちはこ~思う」と言うだけの話。「あ~そ~」で終り。/何より…,大人(オトナ)が集まっている場では,個人的な「好き嫌い」や「善悪」でモノを語ることは止めたほうがE~。その人の幼児性がバレて恥かくだけだし。←こんなことが分からない「とっちゃん坊や」が多すぎるな,最近の日本は。》

という一喝は見事でした。すっかり静かになりました。


これまで「落合史観(落合秘史)」に本気で付き合ってきた者(半分まで読み進んだ『京都皇統の解禁秘史 天皇とワンワールド(国際秘密勢力)』も含め、秘史シリーズ一通り目を通してきました)としては、今後のその行方にも大注目です。

「明治天皇すり替え説」も総崩れになる》《鹿島昇の『裏切られた三人の天皇明治維新の謎』から始まって、ここ『放知技』で「終わる」可能性が出てきた…》!!?


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落合莞爾史観(2)『京都皇統の解禁秘史 天皇とワンワールド(国際秘密勢力) 』より [落合莞爾]

『京都皇統の解禁秘史 天皇とワンワールド(国際秘密勢力) 』を読んでいます。驚きつつ蒙がひらかれるのをおぼえます。アマゾンレビュー、落合ファンとおぼしき二人、端的に言い当てていると共感します。(太字は引用者)

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投稿者 TQ 投稿日 2015/10/20
著者落合莞爾氏の博覧強記と事象を結び付ける鋭い洞察力が相俟って展開される記述は美しい叙事詩
とも言える。歴史をここまで広い視野で捉えた歴史家が今まで存在したであろうか。一人でも多くの
人に読んで頂きたい。
コメント  20人中20人のお客様がこれが役に立ったと考えています。
なんでこれがオカルトでっか?
5つ星のうち 5.0
投稿者 菊地健司 投稿日 2015/10/30
楔形文字を創造したシュメル文明を一般には始原文明とするが、精神文明であったウバイド文化こそ
始原文明という落合氏は、また史家が大乗密教という日本宗教を、仏教に潜入したマニ教であり、マ
ニ教化した仏教でもある、という。さらに、個別宗教を超えたスーパー宗教としてのマニ思想が、ウ
バイド文明の西極としての北西欧において、ユニテリアン教会とフリーメーソン思想になったという。
まさに従来の常識とかけ離れているが、言われてみれば合理的で、論理の飛躍はない。これがなぜ、
オカルトや超常現象に分類されるのか、分類者の知性を問いたい思いがする。
コメント  21人中19人のお客様がこれが役に立ったと考えています。
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以前、落合莞爾史観(1)『日本教の聖者・西郷隆盛と天皇制社会主義』よりで書いておいた「國體」と「政体」についての、さらにわかりやすい説明箇所があったので、貼付けておきます。

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落合莞爾史観(1)『日本教の聖者・西郷隆盛と天皇制社会主義』より [落合莞爾]

朝起きていちばん頭が冴えているうちに、落合莞爾氏の『日本教の聖者・西郷隆盛と天皇制社会主義』を少しずつ読み進めてきたが、ちょうど半分にさしかかったところで、次の箇所に行き当たった。第4章「西郷の『征韓論』とは何であったか」の一節、「『満鮮経略』の基盤は國體史観と國體参謀」の冒頭部分です。


《大東亜戦争に敗れた日本は、GHQの干渉によって皇国史観を脱却しましたが、これに替わって戦後思想界を支配したのが、日教組と朝日新聞・NHKなど大手メディアによる「敗戦史観』ないし「自虐史観」です。

 これは、ソ連の要求ずる東日本進駐を拒否したアメリカが、その代りにソ連に、日本への思想侵略を認めた「米ソ秘密協定」によるもので、東西ドイツ・南北朝鮮・南北ヴェトナムのように領土的分割匯家にならないで済んだ日本は、その代わりに思想的分裂国家になったのです。》(122p


ソ連は東日本に進駐しない代りに日本を思想的に支配(侵略)する権利を得た、その「米ソ秘密協定」があるという。しかして日教組の登場となる。ネットでその「秘密協定」の存在を確かめることはできなかった。ほんとうだとして、戦後日本はこのことについてどれだけ認識していたのだろうか。ともかくそうして敷かれたレールに乗って今の日本がある。この克服こそが、私にとって「国」を考える上での最重要課題であるし(それゆえの「新しい歴史教科書をつくる会」の運動への関わりだった)、それゆえこの課題の根底からの解決可能性を示唆する落合秘史に惹かれてきた。次の文章が続く。

 

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大室天皇問題 [落合莞爾]

51ef5QrpsKL._BO2,204,203,200_PIsitb-sticker-arrow-click,TopRight,35,-76_AA300_SH20_OU09_.jpg金融ワンワールド516+ZJjtYEL._BO2,204,203,200_PIsitb-sticker-arrow-click,TopRight,35,-76_AA300_SH20_OU09_.jpg明治維新の極秘計画51zXej63XtL._BO2,204,203,200_PIsitb-sticker-arrow-click,TopRight,35,-76_AA300_SH20_OU09_.jpg南北朝こそ日本の機密51RaadTXzBL._BO2,204,203,200_PIsitb-sticker-arrow-click,TopRight,35,-76_AA300_SH20_OU09_.jpg国際ウラ天皇と数理系シャーマン

 

飯山一郎氏が「明治天皇『すり替え説』の真相は この本で!」ということで、落合莞爾氏の四部作を紹介された。私も切実な関心を持ってまもなく4冊目を読み終えるところだ。先ほど全体を要約してあると思われるところを読んだばかりだった。「『明治天皇落胤説』は虚伝である」の項。以下その部分。


《・・・(堀川辰吉郎が明治天皇の落胤であるという)この虚伝は、「明治維新で南朝を復元するために、睦仁親王が大室天皇に入れ替わった」とする南朝革命説に発したものと観られます。


「大室天皇交替説」そのものは、歴史教科書には載らないものの、間違いなく歴史上の真実ですが、その真の意味は世上の「南朝革命説」の説くようなものではないのです。・・・明治維新を機に孝明天皇が堀川御所に京都皇統を立て、国體(国体)天皇として外事を専管することとなりました。同時に、大塔宮末裔の大室寅之祐が東京皇居に入り、政体天皇(明治天皇)として内政を担うという、国事を分担するための天皇交替だったのです。


伏見宮家から出た朝彦は、俗親王の宮号を中川宮から賀陽宮に変え、維新後に久邇宮家を新しく建てた目的は維新後の伏見殿の在り方を変えるためと聞きます。国際ウラ天皇の役割を、維新後に京都皇統に引き渡した伏見殿が、以後どんな役割を担ったのか、具体的に知る由もありません。


しかしながら、「堀川戦略」の究極の目的は「国體の護持」にあります。そのために堀川御所で京都皇統を秘かに建てたのですから、伏見殿の役割を引き継ぐ堀川辰吉郎は京都皇統から出る道理はないのです。


「その筋」を除く日本国民のほぼ全員がこれまで信じていたのは、崇光天皇以来、孝明天皇までの皇統が持明院統すなわち北朝皇統であるということで、かく言う私もこれを信じていました。・・・


その後に「その筋」が明かしてくれた秘史は、建武元(1334)年に南北両首脳の合意で両統が秘密統合された崇光天皇の後に後光厳→後円融→後小松→称光の「新北朝」の四代が続きますが称光に継嗣がなく、崇光の曾孫後花園が継ぐことによって遂に皇統を一本化したことです。・・・》(『国際ウラ天皇と数理系シャーマン―落合秘史[2]p289-290


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