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快晴!菊と市民のカーニバル [菊まつり]

02-DSCF7686.JPG晴れにすることが実行委員長の役目と昨年来公言してきただけに、朝起き出して空を見る。東の雲は厚いが西は雲が切れていて、まず大丈夫、8時頃国旗を立てに外へ出たらすごい快晴。一日中、この空がつづきました。

4日再開予定だった菊まつり花公園会場には開園前から50名以上のお客さんということで、後片付けや補強が予定より早く進んだことから、一日前倒しで昨日から再開したとのこと、よかったです。

11時頃、息子が「コスプレの人がどんどん集まってる、すごい!」と言うので、カーニバル出発の蔵楽に行く前に菊まつり宮内会場、双松公園に行ってみたらコスプレグループがいくつもありました。2人の女性グループに声をかけたら福島市からとのこと。そもそもコスプレグループにはカーニバル実行委員会が参加して欲しいと声をかけたのですが、コスプレは人に見てもらうのが目的でないというこだわりがあるようで、「まむコス」と銘打った独自企画での開催となったものです。撮影には500円の会費を払った上でとのことで、公民館に受付が設けられていました。最終的には80名が集まってくれたそうです。毎年恒例になってくれるといい。新たな可能性が開けました。

実行委員長の開会挨拶「カーニバルはまず参加する人のためにあります。参加する人が楽しむことで、その楽しさが観る人に伝わり、町中が楽しくなります。十分楽しんで下さい!」。喉がかれるほど大きな声を張り上げました。

山形新聞が大きく取り上げてくれました。

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突風被害、菊まつり花公園会場 [菊まつり]

中央花公園会場の菊まつり会場が、昨日(10/30)の昼過ぎ突風に煽られて大変なことになってしまったと夕べ聞いて、今行ってみました。言葉がありません。昨日は菊花を出展した人にとっていちばん大事な審査日。ちょうど審査がすべて終わった時の出来事だったそうです。

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「南陽の菊まつり」宮内会場がいい!(祈・林部智史さん 紅白出場) [菊まつり]

1-DSCF7412.JPG10月13日に始まった「南陽の菊まつり」。昨日ようやくいい青空が広がった。今年から宮内にも一部「菊まつり」が戻ってきた。菊人形場面は一場面、人形は一体のみ。ところがこれが抜群にいい。「感動した!」とあちこちで言ってきたが、昨日中学時代の同級生の飲み会があり、その席でいつもはとびきり口うるさいおばちゃんの口から「宮内の菊人形がよかった!」との言葉が出て、自分だけの買いかぶりではなかったことに自信をもった。菊人形一体だけでもああいう感動的な場面ができることを見事に証明してくれている今年の宮内会場。齊藤哲裕くんに拍手! 菊まつりの可能性が開けてきました。21日から始まった「菊花秋月」も見頃です。

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「南陽の菊まつり」を考える(市民大学講座資料) [菊まつり]

昨日(9日)、宮内ふるさと資料館「時代(とき)のわすれもの」の鈴木孝一館長とともに「南陽市民大学講座」の講師を務めて来ました。会場は南陽市役所の大会議室。ちょうど9月9日、重陽の節句の日に「菊まつり」について語ることになりました。全部で40人ぐらい、20代の聴講者が5、6人ありました。おおすじ、5年前に「置賜の民俗」に書いた『南陽の菊まつり』百年」の内容ですが、プロジェクターで写真を見ていただきながら二人で話しました。南陽の菊まつりの大元である百花園齊藤善四郎から数えて6代目齊藤喜一さん(81歳/獅子冠事務所頭取)も自転車で駆けつけてくれました。

 

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014-歴史 画像1.jpg1.はじめに
◎今年(2017)第105回、正確には大正元年(1912)から数えて105周年。(戦中中断あり)

2.菊まつり前史
◎齊藤善四郎(1789寛政1791年間–慶応19673年/初代百花園)
・代々獅子冠事務所頭取を務める旧家。菊の種苗を関西から取り寄せたり、菊人形も試作。造花の技にもすぐれ、藩主斉憲公赤湯に入湯の折献上して御嘉賞を賜り、宮内の面目を一新。桜田屋敷の御殿奉公のため娘を連れて上京の折、善四郎の造花が「江戸にて見たこともなきめずらしきもの」との評価を受け、日光大楽王院宮(ありすがわのみや-つなひと有栖川宮韶仁親王の第2王子)へ献上の栄を賜り、東叡山不忍寳珠院より白銀一斤、茶一斤のほか「花菖蒲根分け50株」を賜る。錦三郎先生によれば、この菖蒲によって菖蒲沢の由来となり、また長井古種もこの菖蒲が由来ではないか。
001-百花園善四郎 齋藤篤信賛PICT1258.jpg・伊藤木梯画/斎藤篤信讃の肖像画がある(明治5年)。讃にいわく「士而僊 非僊非士 此翁愛百花・・・」。善四郎は百花園實秀を名乗っていた。以後齊藤家は「百花園」を号して現在に至る。菅原白龍揮毫の「百花園」号額が残る。
・善四郎は花弁を愛して多種の珍草百花を栽培して無料で愛好者に分与、宮内に菊や菖蒲、牡丹等花づくり気運の種を蒔いたという。
・没後画かれた、斎藤篤信(1825-1891)の賛がある肖像画が残る。
◎齊藤登輿(二代目善四郎の妻。明治34年没。享年70歳)
・田畑仕事を嫌って表具師となった二代目善四郎に代わり、妻の登輿が菊を作る。秋になると菊見の客がたくさん来るので、餅を搗いて売ったところが一日に二斗も売れて大変儲かった。ここに後の興行としての菊まつりの原点がある。
◎佐藤大覺(横町佐藤医院/明治24年に米沢から移住)
・宮内菊づくりの先駆者。屋敷に菊を飾り、道を行く人が足を留めて見入ったとの記録がある。

 

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これからどうなる?「南陽の菊まつり」 [菊まつり]

じっくり書こうと思っているうちにほとぼりが冷めてしまったりして書けなくなっている記事があります。11月30日に書き始めたこの記事もそうです。幹事会も実行委員会もいろんな意見が飛び交ういい会でした。そこからどう発展させるかじっくり考えねばと書き始めたのですが、そこで止まったままでした。16日に幹事会があるとのことで読み返してみて、出発点の確認として自分には大事なことが書いてあると思えたのでアップしておきます。中味のないただそれだけの記事ですが、言いたいことは要するに、「いま、可能性に満ち満ちた”南陽の菊まつり”」です。


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これからどうなる?「南陽の菊まつり」


一昨日(28日)の幹事会、昨日(1129日)菊まつり実行委員会を経て、あらためて今後の方向性を打ち出す必要に迫られることになっている。この際これまでの経過を踏まえつつ、自分なりのイメージを考えてみたい。


先ず言えることは、「これからの菊まつり」を「考える」上で、「いまわれわれは非常にいい環境にある」ということだ。それは、われわれの「立ち位置」がはっきりしていることによる。


その「立ち位置」とは、

1. 「104回の歴史」を誇るとはいえ、「現状」の菊まつりレベルは全国レベルからすればいかほどでもないことを認識させられている。これは「笠間の菊まつり」「二本松の菊まつり」視察によって決定的になった。


2. 新しい形を生み出すために、不要なものを切り捨てる覚悟ができている。(菊人形を一場面にした今年の決断は、その是否はともかく、よくできたと思う。入場料無料化もそう)


3. 以上によってわれわれは、「ゼロポイント」の位置を獲得している。「ゼロポイント」とは「無」ではなく「すべてが在る状態」です。あらゆるものが「拮抗し合っている状態」ですhttp://ameblo.jp/mademoiselle-ai/entry-12210725180.html(「ゼロ・ポイントとは、宇宙の中のすべての場所になり得る中心点、あるいは、すべての時間と空間を内包する中心点ということです。」http://waku2bashar.info/9670


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笠間・二本松の菊まつり視察報告(3) 二本松の菊まつり [菊まつり]

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二本松の菊まつりにはこれまで2回か3回行っています。二本松市の公式サイト二本松には、藩政時代から菊の愛好者が多く、昭和の初期から町に菊人形が飾られていました。昭和30年から「二本松の菊人形」として、霞ヶ城公園で開催されるようになり、現在の姿となっています。今年、「二本松の菊人形」は第62回を迎えます。/当市において本年は、「インバウンド元年」と位置づけし、二本松の菊人形では、日本の良さ、日本らしさをアピールする絶好の機会と捉え、テーマを「あっぱれ!ニッポン!世界に誇れる日本人」として、国内外を舞台に活躍してきた日本人を、菊人形で表現します。》とあります。(上の写真はいずれもこのサイトからお借りしました) 

宮内の菊まつりポスターE3808CE58D97E999BDE381AEE88F8AE381BEE381A4E3828AE3808DE799BEE5B9B4.1960E3839DE382B9E382BFE383BC-729ce.jpg
昭和30年といえば菊まつりの全国的な勃興期、昭和三十年代は全国的に菊まつりの最盛期。菊人形展を開催した都市は全国で一三〇都市、一五〇会場にも及んだ。山形県では昭和三十八、九年、少なくとも宮内のほか、赤湯、上山、西川(間沢)、米沢、天童、寒河江、新庄の八会場で開催されている。》「南陽の菊まつり100年」)と書いています。当時の宮内の菊まつりポスターには「東北一」を謳っています。「二本松の菊まつりは宮内が伝授した」との話を聞いたこともありました。その後淘汰の時代を経るわけですが、東北自動車道からすぐという地の利をもつ二本松の菊まつりは大きく成長を遂げ、昭和50年代には、「予算規模、観客数、宣伝費すべて南陽の10倍」と言われていたものでした。たしか南陽が3000万円の時代に二本松は3億円という記憶があります。

入場者数グラフE88F8AE381BEE381A4E3828AE585A5E5A0B4E88085E695B0E381AEE68EA8E7A7BB-747e3.png
南陽の場合は昭和62年の「独眼竜政宗」で入場者数6万5千人を超えたのをピークに低迷の時代に入る。数年前、二本松も菊まつりをやめたとの話を聞いたことがあったが、今回あらためてがんばっている様子を確認できたのが嬉しい。しかし現在の予算規模は現在約1億円、その中での必死の取組みぶりが見て取れました。

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笠間・二本松の菊まつり視察報告(2) 笠間の菊まつり(後) [菊まつり]

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菊人形の会場は神社の裏手になっています。表の賑わいに比べて静かな感じ。テーマはNHK大河ドラマ「真田丸」、定番で10場面。昨年の入場者数は18,830人ですから、昨年の南陽(16,000人)と比べてもちょっと多いだけです。(ただし昨年の入場料、南陽300円に対して笠間800円) 菊人形はここも苦戦なのでしょう。説明のパネルには人形を作る人と背景を描く人、双方の名前が記されています。(人形師 岩田健一 背景師 鎌田節郎) 書き割りに人物が多く描かれているのに驚きました。菊の着せ替えは女性6人体制、その他水かけ要員一人だそうです。菊人形のできるまでが音声でもていねいに説明されていました。菊人形の方は笠間稲荷神社による運営で、笠間市は菊まつり連絡協議会として宣伝部門やイベント部門に関わっているようです。(協議会予算869万円 うち市支出650万円)
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笠間・二本松の菊まつり視察報告(1) 笠間の菊まつり(前) [菊まつり]


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1119日、茨城県笠間と福島県二本松の菊まつり視察に行ってきました。二本松は何度か行っているが笠間は行ったことがない、歴史のある笠間の菊まつりはぜひ見てみたい、商工観光課の企画にすぐ飛びつきました。


見事に晴れわたった最高の一日でした。7時集合、齊藤喜一さんを迎えに向うと、色づいた大銀杏が朝日に輝いています。お月さんと大銀杏のツーショットを撮ることができました。


東北道、磐越道、常磐道を経て水戸インターで高速を降りて20分、笠間までちょうど4時間でした。

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笠間の町、店々に菊の鉢が飾られまさに町を挙げての「菊まつり」の雰囲気に圧倒されました。南陽でこの雰囲気を出すにはどうすればいいのか。笠間の賑わいが笠間稲荷を抜きに考えられないのと同様、宮内を会場にするとすれば、熊野大社を抜きには考えられないことは自明です。笠間稲荷への参拝客、上天気とはいえ、平日にしてこの賑わいはすごいです。

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第37回菊と市民のカーニバル、晴れた! [菊まつり]

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「菊と市民のカーニバル実行委員長」というのもまったく思いがけない宛職だった。実行委員長といっても飾りものだが、肝腎のお天気の責任だけは実行委員長にありそうな気がしていた。幼稚園の園児たち、せっかく準備したのに雨模様だったり寒かったりでパレードに参加できず、残念な思いをしたことが何度もある。31日(月)のこども園の朝礼で「3日の天気は?」と聞いたら「雨の予想みたいです。」それからずっと天気予報を気にしてきたがどうもよくない。「荒れる」との予想も出ている。


「晴れますように」と念じつつ迎えた当日の朝、しっかり降っている。今降るだけ降ればいい、昼には晴れてくれる。7時半、「カーニバルあります!」の合図、花火の音が鳴り響いた。外を見る。やはりしとしと降っている。


会場へは11時半ごろ行くことにしていた。遠来の客があったが、話しながら外が気になる。青空も見えたがまた降り出す。家の前まで雨にあたりながら客を送ってから、十分厚着して出陣。さらに防寒具と傘も持って家内に送ってもらったが、蔵楽に着いてから防寒具も傘も持って帰ってもらうことにした。天への信と不信に揺れつつも、「大丈夫、晴れる。」そこに賭けることにした。


ちょうどこども園のバスが着く。「こどもたちどうする?」と聞くと「オープニングセレモニーだけにします。」小降りだが寒いし、この空模様ではしょうがない。オープニングセレモニー、開会式の会場は蔵楽の中に設えてあった。


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秋たけなわ、10年前の菊まつりが思い出される [菊まつり]

01-DSCF5553.JPG2-DSCF5466.JPG秋たけなわ、今年の粡町通りの菊はひときわ見事です。「見に来て!」と声がけしたいくらいです。

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昨日(11月1日)から1ヶ月間、宮内公民館で「宮内よもやま歴史絵巻展」をやっています。粡町に飾ってある絵巻の縮小版を中心に、鷹山公の「伝国の辞」碑とケネディ大使関連、小田仁二郎関連等も展示しています。「宮内文化」をテーマに、田島賢亮先生を軸にした展示になっています。平日の午前9時から午後5時まで開いています。

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30日に菊まつり会場に行ってきました。平日の午前中ですがけっこう賑わっていました。無料効果が大きいようです。券がないので正確な入場者数は把握できませんが、昨年(16,000人)の3倍ぐらい、今年は5万人を超えるかもしれないとのことです。特に週末、いい天候に恵まれているのも幸いしています。花公園周辺、まつりの雰囲気、いい感じでした。



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