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「男女共同参画推進は人類を滅ぼす!」 [思想]

18日、地区長連絡協議会代議員会の議事終了後、懇親会までの間にということでアンケートを渡された。東北公益文科大学の修士課程の学生からの依頼ということで男女共同参画についてのアンケートだった。ゆっくり考える時間がないので条件反射的に答えていたが、結構な分量でだんだんイライラしてきた。どうもそのイライラが上から目線の問いかけであることにふと気づいた。「男女共同参画は絶対正しい」ことが前提の質問なのだ。その前提には大事な視点がすっぽりぬけ落ちている。女性が子供を生み育てたいと思える、そういう世の中こそがほんとうにいい世の中ななのではないか。最後の「なんでも書いてください」の欄にこう書いた。「男女共同参画推進は人類を滅ぼす!」


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谷川俊太郎・正津勉/吉野弘/團伊玖磨 [思想]

表題の名前は、昭和59年から61年まで宮内幼稚園を会場に開催された「詩人の会」に来られた方々。このたび亡くなった大岡信は昭和62年。大岡氏の時以外にもその時々、「週刊置賜」に感想を寄せていた。それらを引っ張り出してきたので記録しておきます。30年前のことでした。当時の気分が甦ります。

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詩人の会 谷川・正津.jpg

IN南陽1984 ポエトリィフォーラムに寄せて


 「現代詩」というものがひとつの社会的役割を担って、時代の表舞台に登場しつつあるのではあるまいか。そんな予感を抱かせられた集いであった。

 「現代詩とは理解するに最も難解な文学形態である」という一般通念を作者の肉声によってぶち破り、「現代詩とは作者の心情を最も直截に表現しうる文学形態である」ことを納得せしめようとする。特に最後の正津勉氏の「青春の闇」の朗読においてその方向性を感じとったのは払だけではあるまい。

詩人の会 チラシ.jpg

 おのれの切迫した心情をどこまであるがままに他者に語り伝えることができるものだろうか。正直になろうとすればするほど芝居じみてしまう。他者が面前に存在する限り、おのれ自身に徹することは不可能に近い。しかし、他者とは全く関わりないところでいったん文字として書きあらわしたものを、その時の心情に立ち戻って他者の前で読み聞かせる、このことで聴き手は表現者の切迫した心情に直接触れることも可能となる。正津氏のシンナー体験の中から生まれたという「青春の闇」が朗読された時、会場を覆ったのは活字を見ただけでは決して触れることができないであろう、正津氏の「体験」のイメージであった。

 意地悪く『露悪趣味」といえぱたしかにそうである。しかし、正津氏のその思いっきりのよい朗読に拍手が起こったのも確かである。誰も気恥かしくてできないことをぬけぬけとやってしまう人がいてまたそれを期待する人もいる。そこに何かがぶち壊れてゆく小気味よい感覚が生まれる。そういう状況が生じたのである。

 かつて、戦後を代表する詩人のひとり吉本隆明は、『ぼくが真実を口にするとほとんど世界を凍らせるだろう』と妄想した。こうした集いの試みが「口にできなかった真実」を口にしようという試みだとしたら、なんと刺戟的なことではないか。正津氏は「近く山形で事件を起こす」と宣言した。(四月二十八日、山形市で同様の会が開かれる。)

 ゆきつく果ては見えぬまま時代は大きく動いている。いま「たしかなもの」があるとすれぱ、吉本隆明のいう「心の状態」(『エリアンの手記』)だけなのかもしれない。そうした時代の必然の中で開かれたこのたびの集いであった。(59.4.14



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大岡信氏の訃報に接して(3) 脈打つ世界 [思想]

先の質問の後さらに調子に乗って、まったく酔っ払った勢いに違いないのだが、大岡氏のこの話を聴いたら、おそらく今の自分でも同じ問いを発したのではないかと思える質問をやっていた。それに対する大岡氏の答えがいい。地球ってのは全体が息してますから、こうやって。宇宙も息してる。》これは、ちょうど今、私がいちばん関心を向けている栗本慎一郎氏の、「社会は比喩でなく生命そのものである」論に重なる。また、最初の日本人の叙情的な表現が結集した時代》である八世紀論から説き起こされた話は、大岡氏の大局的歴史観がわかってうれしい。さらに、(敗戦によって)ペシャンコになった筈なのに、四十年足らずの間に、ある種の分野では全世界をリードする立場になってトップを走ってる。文学の方が後れているけれど、文学はあと数十年の内にすごく仲びると思うんですね。》それから30年経ったわけで、このことを大岡氏はどこまで確認して逝かれたのだろうか。ともあれ、その時はどの程度理解したか定かではないが、今読んでみて、こういう答えを引き出した当時の自分を褒めてあげたい気持ちになった。記録に残してくれた「週刊置賜」にあらためて感謝したい。

 

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大岡信氏の訃報に接して(2) 大岡氏、置賜の印象を語る [思想]

すっかり忘れていたのだが、昭和62年、宮内幼稚園を会場に大岡氏を招いて開催された「詩人の会」、その時の講演録を読んだら、ワインですっかり酔っ払った私が質問を発して、それに対して大岡氏がそれこそ丁寧に答えておられるのがしっかり記録されていて驚いた。ほんとうに全く忘れていたことだった。

大岡氏の一通りの話が終って懇談の場に移り、私の前にどなただったか記憶にないが、宮沢賢治と信仰についての質問があった。これについても多くを語られているが、中にこんな発言もあった。
《宮沢賢治は、稲が凶作の場合、或いは風雨があっても耐えられる強い茎を持ち、そして一つの穂から多くの米が探れるようにする為にはどうしたらいいか、死にもの狂いで考えて、そして薬品を調合して農民に与える訳ですね。/ しかし、その年は運悪くひどい凶作の年であった。つまり天候がメチャクチャだった訳ですね、それで彼は、その為に肺炎になって死んだ。あれは自殺とみてもいいようなものなんです。》

私が聞いたのは、まず置賜の印象。

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日本の詩歌を語る

「言語の神秘性」


置賜のイメージ

 ――前に井上ひさしさんとお話する機会があった時に、井上ひさしさんにとって一番大事な文学者は宮沢賢治さんだ、とたしか ”さん” づけで言われました。その井上さんや吉本隆明さんなどと関わりのあるこの置賜を、大岡さんの観点で捉えて、どんなイメージを持たれたでしょうか。

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大岡信氏の訃報に接して(1) イルカの話 [思想]

大岡信.jpg

大岡信さんの訃報で、宮内幼稚園を会場にした「詩人の会」を思い出した。昭和62年、大岡さん56歳のときだ。

 

詩人の会は、昭和59年に谷川俊太郎氏と正津勉氏、60年に吉野弘氏、61年に團伊玖磨氏、そして62年大岡氏。幼稚園のホールに50人ぐらい、ワインをチビチビやりながら当代一流の詩人の語りに耳を傾けるという、実に贅沢な集いだった。足立守園長のほか、錦三郎先生や武田正先生等が中心になっておられた。私は4回とも参加させていただいた。そして4回とも、その感想を「週刊置賜」に書いている。「週刊置賜」は、團さんと大岡さんのそこでの語りそのままを再現して連載してくれた。そのコピーが私の手元にある。「週刊置賜」はほんとうにいい仕事をしたとあらためて思わされた。テープ起こしを担当していた木村陽子さんは、80歳を過ぎたいま、松倉とし子さんの後援会でがんばっておられる。

 

以下、大岡さんの講演を聴いて「週刊置賜」昭62.5.16号に書いていた文章。私もまだ40歳、かなり気負っているが、イルカの話はよかった。ディカリズムの行き求める先はこの感覚に在り》。たしかに今もそう思う。演題は「日本の詩歌を語る―言語の神秘性」だった。


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川田順造氏講演会(付・今上天皇は靖国神社参拝についてどうお考えか) [思想]

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建国記念日の211日、『日本の稲作文化の将来を世界大の視野で考える』と題した、川田順造氏の講演会に行ってきた。(公益財団法人)農村文化研究所(遠藤宏三理事長)の主催。

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川田氏の講演を聴くのは今回で4度目。今回のが一番面白くよくわかったように思う。レヴィ=ストロースの紹介者として著名な川田氏、昭和9年生れ82歳ということで、あらかじめ用意された資料そのままを語られた後、佐野賢治神奈川大教授がその内容についてかみくだいて説明された。復習しておきます。

 

・イネ科植物の葉の細胞成分「プラント・オパール」の発見によって、日本の稲作のはじまりは6000年前縄文前期に遡ることになり、稲作に関しては縄文・弥生の時代区分は意味をなさない。

・大陸渡来のイネの灌漑による栽培によって2300年前には本州北端の青森にまで達していた。

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・灌漑によるイネは、同じ土地で連作可能な唯一の穀物→農耕可能な土地の狭い日本に最適→労働生産性無視→「骨身惜しまず働く」日本的価値意識の労働観

連作不向きな小麦が主食のヨーロッパ→小麦と休耕=放牧(二圃制・三圃制)

・土地の広い南アフリカ・サバンナ地帯は高稈性穀物(トウジンビエ、モロコシ)中心→焼畑農法(無施肥・移動性)

・日本の灌漑水田稲作の特殊性→水利の共同管理という地域的連帯→五人組・十人組・隣組

「石高制」は世界でも稀な給与体系→表向きの米(低稈性)と山間地の「雑穀」(高稈性/ヒエ、キビ、アワ)の混合(→無理にイネを作ろうとした宮沢賢治は農業指導者として失格

水からコメを炊く日本は特殊。

棚田(世界農業遺産)

はせがけ(葉や茎の養分が穂に溜まってうまみが増す

「水田漁撈」の意義に注目

農作業の伝承をどうするか→世代間交流/週末農家/義務教育に織り込む

・不当に貶められてきた「雑穀」に光を。世界視野でみれば、高稈性穀物を主食にする人の方がはるかに多い→新しい南北協力を(北が南に学ぶ)

 

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天皇のお言葉(4)『天皇「生前退位」の真実』を読む  [思想]

天皇「生前退位」の真実.jpg

高森明勅著『天皇「生前退位」の真実』を読んで、アマゾンにレビューしてきました。


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「御意のままに」


「譲位を認める典範改正によって、天皇はいつでも勝手に天皇を辞めることができるようになる」という論を”上から目線”としてしりぞけ、《皇室の存在は天皇や皇族方強い責任感、使命感によって”こそ”支えられているのであって、その自由を「封印」しているからではない》のだから、《圧倒的多数の国民が譲位へのご希望を受け入れているのも、陛下のご判断への健全な信頼があるからだ。この場合、あるタイプの知識人の妄想より庶民の直感の方がはるかに正しい》144p)とする。後付けの理屈ではなく、庶民の直感レベルにとっての「天皇」という存在、それが第一義なのである。


大相撲初場所初日、帰られる両陛下を見送る国技館観衆の姿とそれに応える両陛下のご様子に胸を熱くした。一昔前、二昔前に比べてどうであろうか。ここまで両陛下と国民の間に心が通い合うには、「象徴たるべき」両陛下の並々ならぬ努力があったことをわれわれは知るべきである。《ところで、GHQの意図以上におとしめられ、もっぱら消極的・否定的な概念として扱われてきた「象徴」という言葉を、極めて積極的・肯定的・能動的な概念として位置付け直された方がいる。鮮やかな概念上の”逆転”劇と言ってよい。その方こそ、ほかでもない天皇陛下ご本人だ。》207p)この書の中で最もドラマチックな件(くだり)である。《もともと”押し付け”られたはずの「象徴」天皇のあるべき姿を、妥協なく徹底して追求する。そのことで、かえって「天皇の伝統的在り方」の最も大切な部分が現代によみがえる。壮大な歴史のパラドックスだ。》242p)天皇はこのことを「論」ではなくまさに生身の「御姿」をもって私たちに示された。88日のおことばはその生身の「御姿」をもってお示しになられたおことばである。真摯に、そして直(すなお)にそのままに、受けとめるべきである。この著の帯に言う。「御意のままに。」



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『死ぬ前に後悔しない読書術』を読んで [思想]

適菜収著『死ぬ前に後悔しない読書術』(KKベストセラーズ 2016.3)、たまたまめぐりあって一気に読み終え、アマゾンにレビューしてきました。いちばん根幹をまとめたつもりですが、ほかに納得させられるところいっぱいありました。波長が合った感じです。


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近代「悪」の摘発とそこから脱け出るための処方の書


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近代に内在する「悪」からいかに自由になるかについての処法の書として読んだ。その論調はおのずと過激にならざるを得ない。


《私は中学校は大嫌いでした。あれは地獄でした。/ただでさえ不機嫌な時期だし、そのうえ毎日学校に行かなければならない。/さらには、授業が終わった後に、合唱コンタールの練習にむりやり参加させられたり。/それをさぼろうとすると、学級委員長みたいな奴につかまえられる。/「先生、収君が帰ろうとしています!」と。/それでいちいち机と椅子を教室の後ろに移動させて雛壇をつくり、そこにクラス全員で上がって『大地讃頌』などのけったいな歌を唄う。/小学校のときも、駄菓子屋で買い食いをしていると、道徳の時間に吊し上げられたりする。女教師がおぞましい顔で、その人民裁判を見守っている。/そのとき、人間とはどうしてここまで卑劣で汚くなれるのかと思いました。この空気は非常に悪いものとつながっているという確信があった。/これを[全体主義」という言葉で説明できるようになったのは大人になってからです。/近代大衆社会が抱える根源的な「悪」です。》92p 太字は著者

《善意の人間、悪の存在を理解できない人間が、悪を増長させるのです。/それが近代特有の悪の出現の仕方です。》172p 同上


しかし結論は真っ当であり、穏健でさえある。


《「われわれは自分の上にあるものをすべて認めようとしないことで、自由になれるのでなく、自分の上にあるものに敬意をはらうことでこそ、自由になるのだ。」(『ゲーテとの対話』)》180p

《「たとえ、世界が全体として、いくら進歩したところで、若者は、やはりいつの時代にも、最初の地点から出発し、個人として世界文化の進化の過程を順を追って経験していく以外にないのだ。」(同上)》188p


読み終えてただちに『ゲーテとの対話』を注文した次第。恥ずかしながら古稀にして。



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天皇のお言葉(3)「天皇は透明な御存在となられた」  [思想]

「象徴としてのお務めについての天皇陛下お言葉」は次の通り。


      ◇


 戦後七十年という大きな節目を過ぎ、二年後には、平成三十年を迎えます。

 私も八十を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。

 本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。

 即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。

 そのような中、何年か前のことになりますが、二度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次

第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。

 私が天皇の位についてから、ほぼ二十八年、この間(かん)私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたってば、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行(おこな)って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。

 天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり

続けることに変わりはありません。

 天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ二ケ月にわたって続き、その後喪儀(そうぎ)に関連する行事が、一年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。

 始めにも述べましたように、憲法の下(もと)、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。

 国民の理解を得られることを、切に願っています。


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淡々と語られるお言葉の中で、「えっ」と思ったのは、殯(もがり)の行事に言及されたことだった。このことの意味を深く受けとめたのが新井俊介氏だった。


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天皇のお言葉(2) 「国民のために祈るという務め」 [思想]

昨日、天皇のお言葉をどう受けとめるかについての或る方の見解を記した文章を、仙台のEさんからいただきました。


天皇のお言葉の中には「祈る」という言葉がニ度出てきます。

私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ました」「天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。」

普通の感覚ですっと読むと「祈る」は「心に念ずる」程度で読み過ごしてしまいます。しかし、天皇の日々のお務めの中で「祈る」行為はその中核を成しています。そのことに気づくと、あらためて天皇のお言葉のほんとうの重大性が見えてきます。以下、昨日いただいた文章をコピーさせていただきました。


ただし最後段、安倍首相は歴代首相の中で最も真摯に「宮中祭祀」に臨んでおられ、御親祭には殆ど全て参列しておられる。そして今上陛下の御真意を謹んで正確に受け留めておられるようである・・・云々》については「えっ!?」と思いました。ネットではもっぱら天皇陛下のお言葉へのコメントを発表した安倍首相の去り際の不敬な態度」というのが一般的評価ですから。とりあえずは、安倍首相がほんとうに「御親祭には殆ど全て参列」なのかどうか確認せねばなりません。(安倍総理が昨日、宮中祭祀の御親祭である「春季皇靈祭」・「春季神殿祭」に参列されました。/総理ご就任以来、私の知る限り天皇陛下御親祭の宮中祭祀に安倍総理は必ずご参列されてゐます。/これは、戰後の宰相では初めてのことではないかと思ひます。/日本に於ける政治家は總べてかうでなければならないと思ふのです。》という小林隆(傳承文化研究所)氏の記事がありました。)さらに、今上陛下の平和への切なる祈りを安倍総理がどこまで理解しておられるかどうか、そのことがいちばんの問題であることはいうまでもありません。

 

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