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どうなる!?お祭り「子供神輿問題(琴平神社)」 [地元のこと]

粡町から双松公園を望む12-DSCF7978.jpg02-双松公園 石段.JPG双松公園から粡町通り05-DSCF7943.jpg01-DSCF5942.JPG

20日の琴平神社祭典の反省会で子供神輿存続が問題になった。今年の準備の段階で子供みこし実行委員会から存続問題が提起されていた。

 

明治時代、この地域(宮内東部)に大きな火災が相次いだ。以下は『おみきばばちゃの夜噺』巻末年表にある火災の記録。

明治51872)年49日 宮内大火。戸数500戸中300戸焼失。死者2名。火元は鳥居の場掛舞台。

明治241891)年 宮内町役場、宝積坊等焼失。火元宝積坊。

明治261893)年5月 宮内大火。粡町27戸焼失。火元片平浅右衛門豆腐屋。

明治331900)年9月 宮内大火。105戸焼失。火元十文字風呂屋。

 

もう神様に願うしかない、高橋弥藤次という人が四国讃岐の金比羅宮に参詣祈願、御分霊を勧請して火伏せの神様としてお祀りしたのが双松公園琴平神社のはじまり。粡町、足軽町、久保、仲ノ丁、横町、五町内住民が氏子である。

 

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400年くすぶる課題解決(遺恨解消)に向けて [地元のこと]

宮内の根底にくすぶる歴史問題がある。安部右馬助による嵐田左近闇討ち事件である。遡ることほぼ400年前の出来事が今も尾を引いている。

 

慶長3年(1598)、この地を直江山城守兼続が治めることとなり、直江に近い(母の実家)尾崎重誉が熊野の森の北、宮沢城に入る。どういう事情か、尾崎は半年そこそこで福島に去る。しかしその家臣の幾人かはこの地に関わりつづけ、現在の宮内の基礎を造ったのが嵐田左近であり、安部右馬助である。それまでは宮内の中心は熊野の森の背後、宮澤城のある今の菖蒲沢だった。信州飯山から移った、信玄謙信の流れを汲んで土木に長けた一統は、吉野川の水に着目、金山に堰を築き宮内の町に水を流し込み、その先に田地を開いた。近代になって宮内は製糸の町として稀に見る隆盛を誇る。その名残りが100年の歴史を重ねた菊まつりだ。

 

太々神楽百周年パンフ.jpgしかしどうもすっきりしない、何か事あると表面化する影がある。それがこの闇討ち事件だ。熊野大社太々神楽奉奏100周年に向けた動きの中での協賛金集め、その中でまた浮上した。いつか解決したいとずーっと思っていた。この際押し込めずに出してしまった方がいい。そういう思いで、「宮内文化史資料」第8集から「嵐田口伝記 全」をがんばって読み込んだ。薄れかかっているガリ版文字だが、89歳という嵐田源作翁の思いが伝わって一気にできた。ここからどんな展開が待っているかわからないが、400年来の課題解決に向けた第一歩でありたい。

 

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「東の麓」新藤製造部長の話 2.純米酒とアルコール添加酒 [地元のこと]

2.純米酒とアルコール添加酒

日本酒についていささか関心を持つようになったのは、高畠町夏刈の紅一点酒造の長谷川平内さんとの付き合いからだった。30数年前にさかのぼる。

長谷川家の歴史は古く伊達、長井の時代からこの地に在ったという。平内さんは昭和3年生れ。若くして父親を亡くし、女傑と言われた母親とともに戦後の酒造界を生き抜いてきていた。仙台国税局長だった黒金泰美の政界進出に大きな力になったのが平内さんの母親だったと聞く。黒金代議士は衆議院議員を9期務め、第二次池田内閣の官房長官として入閣を果すが、吹原産業事件に絡んで大成には至らなかった。

この事件に題材をとった梶山季之の小説『一匹狼の唄』1967)、平内さんもモデルのひとりとして描かれている。同じくこの事件がテーマの映画『金環触』1975)では仲代達矢が黒金泰美を演じている。昭和20年から40年代、置賜の保守政界は黒金泰美(1910-1986/議員歴1952-1976)と木村武雄1902-1983/戦後議員歴1952-1983)の両代議士が激しく勢力を争っていた。事件が大きく取り上げられた背景にはその争いがあったのかもしれない。

私たちが平内さんと出会った時には母親はすでに亡く、政治の世界からも離れて、酒造りの傍ら家族とともに屋敷を解放して「政宗そば」の看板を上げ、こだわりの手打ちそばで結構繁盛していた。商工会青年部の仕事で菊まつりのポスターを貼ってもらうべく訪ねたのがきっかけで、その後われわれ仲間との交流が深まることになる。神道天行居を知ったのも平内さんによってだった。

酒造りには先ずコメを買うための資金力が必要なのだが、平内さんには当時資本力も信用力もない中での、傍目にも大変なやりくり経営だった。そんな中で編み出していたのが、お客様からコメ代金と称して前もって金を集める方法だった。なんと言っても「純米酒」が売りだった。一時期東京で「紅一点」という居酒屋を開いていたこともある。奥さんは結婚前は「主婦の友」だったか「主婦と生活」だったかの雑誌記者で、その時の出会いか。幅広い交遊があった。すぐそばの資福寺跡の縁で伊達藩士会の一員だった。神道天行居のつながりもあった。全国に「紅一点」のファンがいた。

当時は「純米酒」がまだ珍しい時代だった。平内さんは醸造用アルコール添加を酒造りの邪道として批判した。「純米酒ではいくら飲んでも悪酔いは決してしない」ということで、われわれ仲間45人で平内さんに泊まり込んで身体を張っての実験、確かめさせてもらったこともあった。たしかにみんな、いい気持ちの目覚めだった。そういうことで私はずっと「純米酒」信奉者だったのだが、このたび新藤部長からはじめて「醸造用アルコール添加」の意義を聞くことができた。

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「東の麓」新藤製造部長の話 1.「山形清酒」GI指定 [地元のこと]

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身近かに自信を持って薦められる酒があるのはうれしく誇らしい。記憶の中に南陽市内5つはあった酒蔵も、今ではひとつだけの「東の麓」。その酒蔵を見学、そのあと席をすぐそばの老舗割烹長門屋さんに移して、新藤栄一製造部長の講義を聴きながらじっくり日本酒を味わう宮内公民館主催の「日本酒と食の講座」。今年で第五回というがはじめての参加。公民館運営委員長ということでの数合わせ的参加だったのだが、たしかにこれは一度参加すればやみつきになる。参加者22名(ほかに公民館3名と新藤部長)同士のいい気持ちになっての交流も楽しかった。初めての出会いも久しぶりの出会いもあった。


長門屋さんに移っての新藤部長の話をメモしてきたのでまとめておきます。


1.山形県産の清酒がGI指定なったこと


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初めて聞いた「GI(ジーアイ)」という言葉。Geographical Indication(地理的表示)の略で、「地域で育まれた伝統と特性を有する農林水産物食品のうち、品質等の特性が産地と結び付いており、その結び付きを特定できるような名称(地理的表示)が付されているものについて、その地理的表示を知的財産として保護し、もって、生産業者の利益の増進と需要者の信頼の保護を図ることを目的」とする「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」(地理的表示法)があって、日本独自のGIマークと清酒「山形」のオリジナルのGIロゴマークによってブランドイメージが高まることになるという。「山形清酒」が「ボルドーワイン」「シャンパン(シャンパーニュ地方で生産されるスパークリングワイン)」的地位を目指す第一歩を踏み出したということらしいからすごい


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消防出初式 [地元のこと]

今朝は10センチ足らず積もっていますが、雪の少なさ、気温の高さ、昨年の暖冬異変以上です、今のところ。昨日は青空の下での出初式でした。観るのははじめてです。とりわけ梯子乗りは見応えありました。写真を撮ってきたので載せておきます。観閲、祝賀放水会場の古堤前でのアビコ洋品店さんの温かいコーヒーとアメのふるまい、表町通りでの赤湯地区商店街の御婦人たちによる玉コンニャクと豚汁のふるまい、ありがたかったです。例年なら考えられない陽気ということで、多くの子ども連れで賑やかでした。

えくぼプラザでの祝賀式典、防火標語入選者の表彰式がありました。小学生の部最優秀賞「火の用心 これがわが家の 合い言葉」(宮内小4年 遠藤夏葵さん)、優秀賞(宮内小4年 山水仁子さん)、中学生の部最優秀賞「消したはず 心で決めず 目で確認」(宮内中2年 歌丸乃愛さん)、優秀賞「おっかねぞ 火ってぜんぶ もってくぞ」(宮内中2年 鈴木尊くん)。宮内勢がんばりました。応墓総数小学校279、中学校252の中からです。

昨年の南陽市の出火件数10件、全焼0、ケガ人0、16年ぶりの少なさとのことです。

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分団旗の傷みがひどい。商売柄気になりました。↑
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↑第3分団2部5班、わが地元です。
↓梯子乗りは第6分団(沖郷地区)と第7分団(赤湯地区)のメンバーです。それぞれ3人ずつの演技でした。

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光り輝くまち「粡町通りで幸せ気分」 [地元のこと]

粡町イルミネーションチラシ.jpgかねたんママカード.jpg夜の粡町通り、前回報告時よりさらに華やかになっています。ぜひ多くの方に来ていただきたくてクリスマスイブの今朝、新聞にチラシ折込みました。高橋呉服店さん、まるみやさん、菊地酒店さん、山耕園さんで「ブログで見た」と言っていただければ「かねたんママコースター」進呈します。ついでにお買物していただけるとうれしいです。ぜひ粡町通りにお越し下さい。1月15日までやってます。

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粡町通り、イルミネーション点灯! [地元のこと]

かねたんママカード.jpg10日をめどに準備していた粡町通りのイルミネーション、昨晩うっすら積もった雪に映えて、粡町通りいちばん華やかな季節を迎えています。この通りはクリスマスより熊野大社初詣のお正月がメインなので1月中旬まで点灯します。まだ全部そろってはいませんが、昨晩ついていたところを撮ってきました。南陽市商店街まちづくり活性化推進事業としての取組みですが、商店街加盟以外の方の協力もいただいてやっています。菊地酒店さんとまるみやさんの店は夜も開いていますのでぜひお立ち寄り下さい。早ければ髙橋呉服店さん、山耕園(果物)さんも開いています。「ブログで見た」と言っていただくと粡町商店街のマスコットキャラクター「かねたんママ」コースターを差し上げます。(いま思いついてこれから準備します。今晩に間に合わせますが、上記の店開いているかどうかわかりません。どこも閉まっていたら高岡染店にお出で下さい。目安9時まで、イルミネーションが点いている間なら大丈夫です。)
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吉野川改修現地視察報告 [地元のこと]

昨日(17日)、一級河川吉野川改修促進期成同盟会の吉野川改修現地視察に行ってきた。この会は平成5年に設立され運動を進めてきたが、平成25・26年のともに7月、2度に亘る豪雨水害の被害で一挙にその目的を達成しつつある。32年に完了予定とのこと。

南陽市を襲った平成25・26年の豪雨災害。25年水害については「吉野川氾濫」と題して書いた記事がある。翌26年は市長選挙の最中だった。街頭からの選挙演説、雨の中が多かった記憶がある。http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2014-07-13 雨は投票結果に大きく影響した。http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2014-07-16-1 25年の豪雨は日中だったが、26年は夜中だった。消防団の息子が夜11時頃召集がかかり、帰ったのは朝4時過ぎだった。起きて外に出て驚いた。水は引いていたが裏の川が溢れて仕事場にまで泥が上がっていた。赤湯の町の水浸しは25年の3倍に及ぶ。後になって聞くほどに驚かされた。この時、千川原公彦氏をリーダーとするボランティアの方々に大きな力になっていただいたことは先日の講演会で知った。

大雨による農業用施設や農地の被災から現在の復旧状況について(H27.8.25)

現地に向かう前に、山形県置賜総合支庁建設部河川砂防課県南豪雨災害復興推進室の安食・浅井両氏による説明を聴いた。80億に及ぶ大事業だ。以下、配布された資料から。

《平成25年フ月|フ日〜18日にかけて、吉野川流域では昭和42年の羽越水害以来となる激しい豪雨に見舞われ、南陽市赤湯地区、宮内地区の市街地等において、家屋の浸水、農地・通路の冠水など、甚大な被害が発生した。/ この災害を受け、吉野川では、河川改修による効率的かつ早急な治水安全度の向上を図るため、「河川等災害関連事業」及び「河川災害復旧等関連緊急事業」が採択された。/ しかしながら、翌年の平成26年フ月9日〜10日にかけ、前年を上回る豪雨に見舞われ、災害関連事業区間の増破、市街地等における家屋の浸水や農地・道路の冠水など、さらに大きな被害を受けた。/ 「河川等災害関連事業」及び「河川災害復旧等関連緊急事業」の両事業の計画見直しを行い、平成26年の出水に対応する計画規模で再度採択された。》

《■河川災害復|日等関連緊急事業(復緊)■
 事業位置  南陽市大橋〜金山
 延長   L=9、Okm
 事業費  約74 9億円
 事業内容  掘削、築堤、護岸、橋梁、樋門
 事業期間  平成25年度〜平成29年度

■河川等災害関連事業(関連)■
 事業位置  南陽市金山
 延長   L=1,7km
 事業費  約5.5億円
 事業内容  掘削、護岸、樋門
 事業期間  平成26年度〜平成28年度》》

以下、現地メモ。


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菊の季節も終りました [地元のこと]

今朝濃い霧の中、粡町共栄会、菊片付けを終えてきました。粡町通り、今年はこれまでになく見事なでした。一方菊まつりの入場者数、昨年の3倍、45,000人だったそうです。もちろん無料効果が大きいです。「南陽の菊まつり」、転換期というか、新たな胎動も感じます。18日、二本松と笠間の菊まつり視察とのこと、楽しみです。

今朝の片付けの様子です。もう間もなく冬が来ます。
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南陽、その文化の源流 [地元のこと]

昨朝、南陽倫理法人会での講話の機会が与えられた。依頼の時すぐ語ってみたいと思ったのが田島賢亮先生のことだった。「宮内、その文化の源流」としたかったが、「宮内の人だけではないので」と言われて「南陽、その文化の源流」にした。そんなわけで、「南陽市関連、最近のニュース二つ」ということで、佐藤忠宏・広志兄弟を冒頭にもってきた。佐藤兄弟の父佐藤忠三郎氏こそ田島先生が担任した5年甲組の級長であり、とりまとめ役であった。佐藤広志NDソフト社長に「家に田島先生関連の何か残ってない?」と訊ねて「そのうち見ておく」と言われたがそのままになっている。田島先生あればこその社会医療法人公徳会であり、NDソフトウェア株式会社であると思う。


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田島先生はじめ、その継承者達の文章がずらり並んだ貴重な本が宮内小学校百年のあゆみ』だ。編集委員の名前と写真、われわれ世代のもうひとつ前、私の親の世代の懐かしい顔ぶれが揃っている。この本から多くを引用した。


与えられた時間は45分、かなり駆け足になってしまった。わかってもらうより語るだけで精一杯でした。


ほとんどこれまで書いた文章の組み合わせですが、つくった資料を載せておきます。


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