So-net無料ブログ作成
検索選択

照明寺秘仏御開帳(50年に一度) [地元のこと]

照明寺チラシ.jpg06-DSCF6800.jpg50年に一度の照明寺秘仏御開帳ということで拝観してきました。双松まちづくり委員会の面々がこんにゃくやあんびん等の店を出して賑わっていました。照明寺については「平維盛伝説」ということで宮内よもやま歴史絵巻に取り上げていますので、ここでも何度か記事にしています。

宮内よもやま歴史絵巻「平維盛伝説」http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2013-03-24-2

宮内の歴史(4) 宮内熊野大社縁起諸説(続)http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2015-01-21-1『羽前国置賜郡宮内村 金幣山照明寺縁起』http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2015-07-02-1

08-DSCF6804.jpg

「芸文なんよう」最新号に掲載された菅野昭彦さんによる論稿「郷土探訪 400年の歴史をもつ地域の宝 照明寺の秘仏」を拝観した方々に配布していただきました。照明寺についてよく尽くされています。(クリック拡大)

照明寺の秘仏1.jpg照明寺の秘仏2.jpg

続きを読む


南陽市がバルバドスの「ホストタウン」に! [上杉鷹山]

5月17日の記事「バルバドスからの手紙」の最後を「『世界に届け!鷹山公精神』、今後どのような展開が待っているのだろうか。」と締めたのだが、2020年東京五輪・パラリンピックにおいて南陽市がバルバドスの「ホストタウン」になることが決定したとの報道。
ホストタウン決定(山形新聞290708).jpg今朝の山形新聞。
《丸川珠代五輪相は7日の閣議後の記者会見で、2020年東京五輪・パラリンピックに参加する海外選手らと自治体の交流を促す「ホストタウン」構想の第4次登録41件を発表、本県の申請4件全てが認定された。第1〜4次の登録件数は全国で179件、対象国・地域数74。本県の累計は登録件数‥11件、対象国・地域13で、都道府県別でともに全国トップとなった。/ 政府は今年中に第5次の申請受け付け、認定作業を実施する見通し。/ 本県で第4次登録されたのは▽米沢市(相手国・地域=香港)▽寒河江市・県(同=韓国)▽東根市(同=ドイツ)▽南陽市(同=バルバドス)。/・・・・・/ 南陽市は中米・カリブの島国バルバドスの陸上や水泳、射撃、トライアスロンなどの合宿誘致を目指している。現地日本大使館に村山市出身職員がいることなどがきっかけ。/ ホストタウン構想は、自治体が相手国・地域を狭め、政府から登録を受ける制度。合宿誘致や交流事業に対する国の財政支援がある。・・・》

続きを読む


プラチナ構想ネットワークinおきたま シンポジウム(承前) [置賜自給圏構想]

限界費用ゼロ社会515pSMiKUWL._SX346_BO1,204,203,200_.jpg

シンポジウムの間、『限界費用ゼロ社会』のことがずっと頭にありました。副題に「〈モノのインターネット〉と共有型経済の台頭 」とあります。以下その内容紹介です。

《いま、経済パラダイムの大転換が進行しつつある。その原動力になっているのがIoT(モノのインターネット)だ。IoTはコミュニケーション、エネルギー、輸送の“インテリジェント・インフラ”を形成し、効率性や生産性を極限まで高める。それによりモノやサービスを1つ追加で生み出すコスト(限界費用)は限りなくゼロに近づき、将来モノやサービスは無料になり、企業の利益は消失して、資本主義は衰退を免れないという。代わりに台頭してくるのが、共有型経済だ。人々が協働でモノやサービスを生産し、共有し、管理する新しい社会が21世紀に実現する。世界的な文明評論家が、3Dプリンターや大規模オンライン講座MOOCなどの事例をもとにこの大変革のメカニズムを説き、確かな未来展望を描く。21世紀の経済と社会の潮流がわかる、大注目の書!》

続きを読む


プラチナ構想ネットワークinおきたま シンポジウム [置賜自給圏構想]

Microsoft Word - プラチナ構想シンポジウムチラシ.jpgやすえちゃんを国会に送り出してからはすっかり影を潜めていた「置賜自給圏推進機構」が一瞬息を吹き返したかに見えた4日のシンポジウムだった。題して「プラチナ構想ネットワークinおきたま シンポジウム」。半月ほど前だったろうか、届いた案内を見てすぐ参加することに決め、手帳に記した。10時開始の15分ほど前に会場に着くと、添川しらさぎ荘のバスから、大きな荷物を抱えた遠来らしい一行がゾロゾロ降りてきた。これはただごとではない。全国レベルのシンポジウムらしい。会場に入るとタコ爺こと織田洋典さんを見つけてその後ろに坐った。タコ爺、「ぜひ出てきて」と乞われての参加で、前日日程からフル参加とのこと。87歳、置賜自給圏の看板爺さんと言っていい、小宮山会長も講話の中で何度か織田さんの名前を出された。私の後ろが毎日新聞の佐藤良一記者で、その記事がネットで見れた。概要がわかる。

 

   *   *   *   *   *

 

プラチナ構想シンポ

置賜地方の課題議論 飯豊 /山形

毎日新聞201775日 地方版

プラチナ構想シンポ6.jpg 

発言する小宮山宏・三菱総研理事長(中央)と、(右へ)中川勝・米沢市長、原田俊二・川西町長、後藤幸平・飯豊町長ら=飯豊町椿の町民総合センターで

 

 シンポジウム「プラチナ構想ネットワークinおきたま」が4日、飯豊町の町民総合センター「あ~す」で開かれた。プラチナ構想とは環境と調和する社会を目指した全国的な取り組み。住民と産学官の連携による自立した地域社会の実現について、置賜地方での課題が議論された。

 三菱総合研究所(東京)と一般社団法人「置賜自給圏推進機構」の共催。三菱総研はプラチナ構想に基づいたネットワーク作りを全国的に進めており、同構想ネットワークの会員企業、県、置賜地方の自治体関係者、住民など約130人が参加した。

 長井市のレインボープラン(生ゴミを有機堆肥(たいひ)にする事業)、飯豊町の木質バイオマス製造施設などの事前視察を踏まえ、同構想ネットワーク会長の小宮山宏・三菱総研理事長は「夢や希望を熱く聞けたが、若者にどのように伝えていくかが大きな課題だ」と指摘。置賜地方の取り組みを評価しつつ、「具体的に見える形で、ビジョンを早く示すべきだ」と強調した。

 置賜地方の自治体首長はそれぞれの取り組みを紹介。「定住自立圏の中心都市として、各市町と連携し交流人口を増やしたい」(中川勝・米沢市長)、「公立置賜総合病院の周辺をメディカルタウンとして開発し、地域医療を充実させる」(原田俊二・川西町長)、「大量生産・大量消費社会とは異なる循環型の新しいコミュニティーを目指す」(後藤幸平・飯豊町長)などの発言があった。【佐藤良一】

   *   *   *   *   *

続きを読む


田中角栄を葬った愚をくり返してはならない! [舟山やすえ]

都議選翌日(3日)、出先で永年の盟友からケータイへの電話を受けた。彼曰く「昨日から今日で日本の政治は変わった!」都議選結果を受けての歓喜の電話だった。とりあえず「出先だから」と電話を切ったが、さてどう話せばいいものかと思いあぐねているうちに田中角栄さんのことが思いうかんだ。「角栄逮捕」の時の国民挙げてのの「ヤッター!」感。今と似ている。立花隆による「田中角栄研究〜その金脈と人脈」(文藝春秋)から2年経った1976年(昭和51年)7月のことだった。しかしそれから41年、角栄さんを頭ごなしに批判する人はいない。むしろ立花隆の胡散臭さが際立ってくる。国民的立場に徹する政治を嫌ったアメリカによる陰謀説が浸透し、かえって国民的英雄との評価が定まりつつある。次の記事があった。

   *   *   *   *   *

反グローバリズムだから潰された田中角栄
http://maruko-trend123.blog.so-net.ne.jp/2017-04-14-2 

続きを読む


粡町自主防災会避難訓練(6月25日) [地区長]

粡町のみなさんへ290601.jpg1-DSCF6719.JPG6月25日(日)、南陽市水害対応訓練にあわせて粡町自主防災会避難訓練を行いました。40世帯中32世帯80%(昨年75%)、119人中48人40%(〃38%)の参加でした。各家避難するにあたって、昨年配布の黄色い旗を掲示してもらいました。黄色い旗2-DSCF5417.jpg

今年の目玉はAED(心臓疾患緊急救命装置)の使い方について、菅野市郎防災士に講習してもらうこと。消防署からダミー人形を借りて行いました。とにかく心臓から脳への血液が9分間行かなくなったらアウト、倒れた人を見つけたらまず耳元で「大丈夫ですか」と声をかけてすぐ心臓マッサージへ。始めたらやめてはダメ。その間、周りの人は近くからAEDの調達、救急車の手配。到着までマッサージはひたすら続けること。緊迫した説明でみんなシーンとして聞き入りました。この近くでAEDを備えるのは、宮内公民館、黒江歯科医院、佐藤クリニックです。

そのあとは例年通り、消火器による初期消火と消火栓使用の放水訓練を消防団員(第三分団二部五班)の協力で行いました。

続きを読む


新版「宮内よもやま歴史絵巻」が山形新聞で紹介されました [宮内よもやま歴史絵巻]

山形新聞290627よもやま歴史絵巻.jpg昨日(627日)の山形新聞で「宮内よもやま歴史絵巻」が紹介されました。会う人会う人に「記事見たよ」と言われました。さすが山形新聞です。

 

あらためて新版「宮内よもやま歴史絵巻」を紹介しておきます。

 

歴史篇

・鷹山公改革につながる北条郷青苧騒動

北条郷を揺るがした大事件が、鷹山公改革の布石となった!?

宮内、賑わいの記憶

日本の輸出最先端を担っていた頃の宮内を知ってほしい!   

場所(地理)篇

宮内四季のうた

宮内の四季の移ろいのすばらしさを和歌で体感!  

日本一の相生の松 

横山大観が描いていた宮内の相生の松!

人篇

宮内繁栄の祖 佐野元貞

この人こそ近代宮内発展のキーマンだ!

独立不覊の精神 須藤永次 

山崎るいとの出会いが永次を変えた!

「菊の宮内」の菊人形師 菊地熊吉

「くまぎっつぁ」あっての宮内の菊人形!

宮内熊野大社中興 北野猛宮司 

今も宮内人の心に生きる「北野さま」!

・日本ハム草創を担った宮内ゆかりの人々

宮内ゆかりの人々あっての一兆円企業スタート! 

・山口蓬春と小関賢一 

小関(おぜき)の画業に今こそ注目!

 

続きを読む


「紅花染め教室」(3) [紅花]

さて、実習の段。

夏やすみ 紅花染めrgb.jpgまず、絞り模様をつける作業から。今回は輪ゴムだけで。2006年の夏、宮内幼稚園で小学生に染めてもらったときの写真をサンプルに用意して、「上手下手関係ないので自由にやってみて下さい。」用意した生地は、綿のローンハンカチ2枚、36cmの絹生地2枚。「紅花摘み唄」を流しながらの作業。

紅花摘み歌(唄 伊藤一子)  
千歳山からナァー 紅花(こうか)の種蒔いたヨー(ハァシャンシャン)
それで山形 花だらけ(ハァツマシャレ ツマシャレ) 
紅花を摘むのもナァー そもじとならばヨー 棘(いらか)刺すのも 何のその  
夜明け前だにナァー 紅花摘みのヨー 唄に浮かれて 飛ぶ雲雀(ひばり)          
咲いた花よりナァー 見る花よりもヨー 摘んで楽しむ 花の唄
おらも行きたやナァー 青馬に乗ってヨー 紅の供して 都まで

できたところで、調理室へ移動。

◎紅花の染め方
 紅花には、水に溶ける多量の黄色の色素(サフロールイエロー)と、水には溶けないがアルカリに溶ける少量の紅色の色素(カルタミン)の二つが含まれています。黄色の色素は絹には染まりますが、綿や麻などの植物繊維には染まりません。一方紅色の色素は両方に染めつきます。そのため絹を染めると、黄と紅の色素の案配でいろんな色が出ますが、綿や麻を染めるといわゆる紅色一色で、濃さの違いだけです。今日は、綿のハンカチと絹のハギレを染めることで、紅花の紅色と黄色に出会っていただきます。
 ①紅花500gを水10リットルに浸してしばらく(一夜間)放置し、その後水に溶ける黄色の色素を流し出します。
 ②黄色の色素を流し出したら布で絞ります。(ふつうは捨てる黄色の液も絹染め用に持って来ています。)
 ③絞った紅花に水10リットル、炭酸カリウム50gを加え、3時間ほど放置した後、再び布で絞ります。絞ってできる赤褐色の液が染めの原液です。
 ④原液にクエン酸75gぐらいを目安に少しずつ加えてゆくと泡が出て赤褐色の液が紅色に変わってゆきます。(ここが紅花染体験でいちばんいいところ!) 泡が出なくなったら染液の出来上がりです。
 ⑤染液に染める布を浸けて、かき回しながら布に色素を付着させてゆきます。染液は紅色の色素が布に付着するにつれ、褐色に変わってゆきます。
 ⑥染めあがった布を水洗いし、陰干ししてできあがりです。(日光に当てると変色してしまいますので注意!)
*紅の色素には血行を良くするなどの薬効があります。少し手が紅色になるかもしれませんが、できれば素手で染めてみましよう。
*今日は炭酸カリとクエン酸を使いますが、昔はワラを燃やしてできた灰の汁、梅酢などを使いました。
*今日の紅花は、中国産の乱花(摘んで乾燥させた花びらそのまま)を使いますが、本来山形産の紅花は、黄色の色素を水洗いで流し出して臼で揚き、せんべい状にして乾燥させた紅花餅(はなもち)として出荷されていました。
*紅花染は日光や熱に弱いので、太陽にさらしたり、高熱でアイロンをかけることは避けてください。

続きを読む


「紅花染め教室」(2) 紅花うんちく [紅花]

明治になって赤の染料としてアニリンが入ってきて紅花は衰退の一途を辿る。ただかろうじて伊勢の御遷宮に際しての調度品新調の伝統がその命脈を保たせた。しかしそれも昭和16年以降姿を消す。紅花の栽培、紅花餅(はなもち)製造は、戦後はほんのわずか山形市漆山の数軒の農家で行われていただけだった。山形における紅花生産の役割は紅花餅出荷までで、実際の染めを行うのは京に届いてからのことだったが、その染めの技術もすっかり忘れられていた。それを苦心惨憺の末復活させたのが米沢の中学教師鈴木孝男(昭和2年生)だった。そこには鈴木自身の情熱もさることながら、妃殿下時代からの皇后陛下の紅花に寄せる並々ならぬご関心がその情熱の大きな支えであったであろうことが、年表からうかがえる。


鈴木孝男氏の父鈴木弥太郎は、東根市出身でかつて紅花を栽培していた家で育ち、染織関係の教育者(東村山郡立染織学校)であった。孝男氏は父の影響で紅花に関心を持つようになり、父の実家の土蔵の中で200粒ほどの紅花の種を発見したことから本格的な研究に取組むようになる。私が鈴木孝男という人を知ったのは高校1年の時だったと思う。というのは、年表に《昭和38年・指導する米沢二中香華クラブ紅染研究作品が第7回日本学生科学賞「学校賞1位」に入賞》とあり、当時米沢二中の3年生でクラブ員のひとりが私の一学年下の従妹だった。山形新聞でしばしば取り上げられ、そのたびに登場していたのを覚えている。その従妹は、2年前に天皇皇后両陛下が河北町の紅花資料館においでの折、招かれて皇后陛下にお会いした4人のひとりになる栄に浴した。その時の記事があった。

続きを読む


「紅花染め教室」(1) 紅花うんちく [紅花]

01-DSCF6632.JPG一昨日(24日)公民館主催の「紅花染め教室」で講師を務めてきました。9時半からの開始で午前いっぱい、たっぷり時間があるので、染め実習だけでなく紅花についてちょっと話してみることにした。

 

まゆはきimg_1_m.jpg佐藤屋まゆはきmayuhaki1.gif最初に思いうかんだのが「まゆはきを俤(おもかげ)にして紅粉(べに)の花」という、芭蕉が尾花沢で詠んだ句。山形佐藤屋の銘菓「まゆはき」によってこの句は広く知られる。どんな意味かは深く考えもせぬままなんとなくなじんできた句だが、あらためてこのたびわかった。rgbまゆはき9b01c58b311e1e0194ff1e966674c72f-300x290のコピーのコピー.jpg「まゆはき」は、顔におしろいを塗ったあと、まゆについたおしろいを払う刷毛のこと。それが紅花を思い起こさせる。納得。一面に咲きそろった紅花ではなく、ちょっとずれて咲いた「一つ咲き」を見ての句ではないかとどこかにあった。だれか女性を連想していたのは、この時詠んだもうひとつの句「行く末は誰が肌ふれむ紅の花」からもわかる。「俤」の言葉がいい。 

 

続きを読む