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横山大観がモチーフにした「相生の松」 [宮内よもやま歴史絵巻]

1-相生の松.jpg

粡町商店街「歴史溢れて光り輝く街づくり」事業は、平成28年度南陽市商店街まちづくり活性化推進事業補助金をいただいての事業で、なんとか年度内完成を目指してがんばっている。「よもやま歴史絵巻」、今回も10枚作製に挑戦中。そのうちの一枚「日本一の相生の松」を作成中、大発見があった。その経緯。


「妹背の松 長部功」.jpg

《日本には男女和合のめでたい松としていくつかの「相生の松」がありますが、双松公園の相生の松は、姿においても大きさにおいても日本一と言っていいすばらしい松です。夫婦相生の松として「妹背(いもせ)の松」ともよばれ双松公園の名の由来となりました。


 昭和三十年代、当時東大名誉教授であった植物学の権威本田正次博士が枯れ死寸前のこの松を見て驚かれ、博士自らすぐ県に連絡して天然記念物に指定されたといわれます。その後婦人会や地元の方々の献身的な手入れによって今の姿に回復したのでした。


 この松にまつわる伝説もいくつか伝えられており、古来この松に願えば縁むすびに効験があると云われ、代々寺子屋を開き琴平神社の神主でもあった長部功が歌にしています。
  


  結ばんと思ふえにしはわが里の妹背の松に祈れ諸びと   


(この歌は宮内岳鷹会の持ち歌のひとつ。10年前、10周年記念での構成吟「美(うま)し地(くに)みやうち」の中にある。平岳謙先生に節調をつけていただいた。)


大観「相生の松」.jpg

このブログにも相生の松については何度か書いているので、それをまとめればいいと思ってここまで書いてきて、何の気なしに「相生の松」で画像検索したら、横山大観の「相生の松」を発見。なんとこれ、ここの相生の松ではないのか!?


ちなみに双松公園の「相生の松」は樹齢350年、たまたま大正8年発行の「宮内案内」口絵写真に、当時の相生の松の写真があった。大観の絵は東側から見た構図だが、写真は西側から。

相生の松 大正8年.jpg

宮内よもやま歴史絵巻にも、横山大観については「横山大観と多勢亀五郎」がある。横山大観は大正から昭和にかけてしばしば漆山の金上製糸に長逗留している。その間、漆山の金上の屋敷の中でじっとしていたわけではない。酒を飲むにも当時隆盛を極めた宮内の料亭が多かったにちがいない。双松公園まで足を運んで相生の松を目にしなかったはずがない。(それに当時公園に上るにはわが家の前を通るしかなかったはず。)あたりまえのこのことにあらためて気づかされて、にわかに大観が身近な人に感じられるようになった次第。


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明るい未来へ(『光の子ども』寄稿) [こども園]

28年度「光の子ども」表紙.jpg

毎年この時期恒例です。今年で12回目になります。その時々いちばん頭にあることを書くようにしています。一年間でいちばん力が入る文章です。

今年ははじめに提出した文章の一部を数日後急遽差し替えました。最後の方の大きく時代が動き出しています。・・・若い世代の思いがけない思いが時代を切開いてくれると信じています。》のところ、はじめは私とは同世代トランプ大統領の出現によって、思いがけないほど世の中が明るくなりそうな気がしています。「正義」とか「民主主義」とかのきれいな言葉の裏で「経済第一」金まみれ、陰謀渦巻いていた世界が、思いっきりあけっぴろげになってきつつあります。一体これまでの世界は何だったんだ。どんどん霧が晴れて太陽がくっきり現れてきます。若い人に期待します。》だったのです。その経緯は「遠のいた?イハトビラキ」に書いた通りです。

「後生畏るべし、いずくんぞ来者の今に如かざるを知らんや」『文殊菩薩』ブログからです。


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ねじれから本格的な「殺し合い」の段階へ入った?日本の政治 [現状把握]

一般マスコミも、それに距離を置くはずの阿修羅板も「森友学園問題」一色で、安倍首相そして昭恵夫人を攻めたてている。そんな中で今朝、田中良紹氏の「古来から『將を射んと欲すれば馬を射よ』で権力者夫人は狙われる」で、昭恵夫人が最も影響を受けた人が江本勝氏であることを知った。江本勝氏については、「雲消しゲーム」と「水からの伝言」で私にとっても親しい。このブログにも書いている。10年前のことだ。

・幼稚園創立五十五周年にあたって http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2007-05-04

・「お祈り」の習慣 http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2008-03-09


さらに昭恵夫人と思想が近い人として荒井広幸氏の名前が出た。荒井氏と言えば、2005年の郵政民営化選挙の時だったか郡山市での集会に駆けつけたことがある。荒井氏も「医療用大麻解禁」を唱えているという。大麻については、青苧からの絡みで私もおおいに関心がある。

・第4回青苧フェスティバル、高安淳一大麻博物館長講演!多勢久美子さん新作民話! http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2013-07-07

・「大麻以上!」と言われて、どうする!?青苧 http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2016-03-27

 

その昭恵夫人が森友学園を応援することになる気持ちも私にはよくよくわかる。その昭恵夫人が攻められることについて他人事ではない。トランプ当選後の状況理解については折々その都度書いてきた。その変化がわかる。 

・トランプ氏勝利、よかった! http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2016-11-10
・なぜトランプ大統領で「よかった」か http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2016-11-13
・見事なトランプ大統領就任演説分析(田中宇氏)http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2017-01-26
・「日本はもう一度敗戦を迎える」 http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2017-01-30
・今まさに歴史的大転換の秋(とき) http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2017-02-08
・副島v.s.飯山 どちらが正しい?  http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2017-02-11
・「豊かになるには働けばいい。そう思える社会」への転回 http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2017-02-12
・遠のいた?イハトビラキ 
http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2017-02-15

 

ネットで出会う心に懸かった記事はそのたびにコメント欄にメモしてきたが、「遠のいた?イハトビラキ」のコメント欄にメモした堺のおっさんの状況整理がよくわかるのであらためて書いておく。《日本の政治も、ねじれから本格的な「殺し合い」の段階へ入った。》という。

http://grnba.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=16034724




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祝!県知事賞「出番前」 [熊野大社]

「出番前」.jpg今朝の山形新聞にびっくり。第51回県写真展の最高賞、山形市の須藤佐重さんの「出番前」、モデルが熊野大社総代で獅子冠事務所員の川合嘉雄さん(76)でした。まさに「一幅の絵」といっていいできばえ。「たしかに絵になる人だなあ」とあらためて思ったところです。歴史と伝統を背負った人です。川合さんは太々神楽100周年記念事業の副実行委員長、事業に弾みがつきそうです。神様のおはたらきを感じました。




2017年02月12日 20:53
解説を交えながら入賞作品などを選ぶ大西みつぐさん=山形市・山形美術館
解説を交えながら入賞作品などを選ぶ大西みつぐさん=山形市・山形美術館
 第51回県写真展の公開審査が12日、前日に続き山形市の山形美術館で行われた。写真家大西みつぐさん(東京都)が審査し入賞・入選作を決定。最高賞の県知事賞に須藤佐重(さじゅう)さん(74)=山形市深町3丁目=の「出番前」が選ばれた。

 須藤さんの作品は薄暗い屋内で祭りに出る支度をしている男性に窓から一筋の光が差した場面。大西さんは「自然の光が晴れの舞台に出る人を美しく照らした瞬間を生き生きと捉えた。静かな空間だがプリントの隅々から情感があふれている」と評価した。

 大西さんは出品者が詰め掛けた2日間の公開審査について「山形の写真熱をうれしく思う」とし、作品レベルを向上させる要点として「写真の絵作りがパターン化しているようだ。技術だけではなく、自らの感性、個性をさらに掘り起こす努力が必要。名作を数多く見て学んでほしい」と話した。

 県内の21~90歳の愛好家584人(昨年比41人減)が出品した計2444点(同100点減)から入賞12点、準入賞と努力賞各10点、入選466点が選ばれた。審査員と無鑑査認定者などの作品を加えた計523点を23日~3月20日、山形美術館で展示する(月曜休館、最終日20日は開館)。入賞・入選者名簿は20日付、入賞作品は3月初めの本紙で紹介する予定。須藤さん以外の入賞者は次の通り。

 県写真連盟会長賞=江部誠吉(米沢)▽山形新聞社長賞=芳賀長悦(寒河江)▽山形放送社長賞=斎藤妙子(上山)▽山形美術館長賞=冨樫馨(酒田)▽県議会議長賞=早坂武弘(尾花沢)▽県教育委員会賞=須貝国男(山形)▽県生涯学習文化財団賞=石垣弘一(遊佐)▽山形市長賞=冨樫美穂(鶴岡)▽山形市議会議長賞=黒田清美(米沢)▽山形市教育委員会賞=高橋克巳(天童)▽県写真材料商組合長賞=小田原光穂(酒田)

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農家伍什組合掟書屏風 [上杉鷹山]

1-1-3-DSCF1604.JPG一昨日の記事、純米酒の事から高畠町夏刈の長谷川平内さんを思い起こし、鷹山公も訪れたという長谷川家のその座敷にあった「農家伍什組合掟書」屏風について書き留めておきたくなった。そもそも伊達政宗公両親の墓のある資福寺跡の荒れ様に驚いた鷹山公が幾許かの墓守料を長谷川家に給するようになった経緯があると聞いている。上杉による伊達遺風一掃政策の異様さは、他藩から米沢に入った鷹山公によってはじめて一部正されることになる。

さてこの屏風、廃家となった長谷川家にあってもはや廃棄寸前のところなんとか救い出したく、とはいえ大型六曲の上、表装もボロボロ、どうしたものかと(公財)農村文化研究所の遠藤宏三理事長に相談して引き受けてもらったのだった。今はきれいになって研究所内民俗資料館にある。大きいので直筆かと思っていたら、遠藤理事長の見立てで刷り物とわかった。どういう技術だったのだろうか。あらためて江戸期のレベルの高さを思う。古文書読解の格好の教材です。(写真上クリック拡大なります)

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4-6-_K206368.JPG

百姓の天職は農桑にて候、其農桑を勤めて父母

妻子を養ひ貢を上に納て四民御世話の料となし候故、

人々安く家々さかへ候といへとも人一人立にてハ遂難きもの故、

其組合を立置互に助て其生涯を安く過す事に候、是迄も

組合ハ有之といへとも頼母しき申定も聞へす候付、

農民の天職は農(農作物を作る)と桑(蚕を育てる)にある。これに励んで父母妻子を養い、税を納めて藩からの世話を受けつことで人々は安心を得て家々も栄えつづけてゆく。とはいえそれは一人がんばってできるものではない。互いに助け合う組合があって生涯の安寧も可能となる。これまでも組合はあったが十分頼りになるものではなかったようである。


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『宮内熊野に獅子が舞う』全国発信。本日午後6時〜 [熊野大社]

29年年賀状抄.jpgダイドードリンコの「日本の祭り」2016年版のひとつとして、『宮内熊野に獅子が舞う』が、本日(25日)午後6時より全国に紹介されます。3月11日には関東圏のみの放映も予定されています。日程は下記の通りです。

BS12(トウェルビ) 2月25日(土) 18:00~18:55(全国放送)
東京MXテレビ     3月11日(土) 12:00~12:55(関東圏)


527回山形放送番組審議会でこの番組が取り上げられ大変好評だったということで、12月27日に山形県内YBCで再放送されました。今日の放映については今年の年賀状でも知らせたところでした。→

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527回 山形放送番組審議会

宮内熊野の獅子祭り放送チラシ.jpg1. 開催日時 平成28年9月21日(火)午後1時30分~
2. 開催場所 山形メディアタワー
3. 出席委員 長南博昭委員長 深山洋副委員長 大泉満佐子委員  田澤薫委員 髙橋勝幸委員 赤沼明男委員 松田道雄委員 井上智博委員
4. 議事
 テレビ番組 『ダイドードリンコスペシャル 日本の祭り「宮内熊野に獅子が舞う」』
5. 議事の概要
  本間社長の挨拶のあと、社側からは「視聴率調査の結果」「視聴者からの声」「今後の自社制作番組と編成」「テレビ・ラジオの10月改編」などについて報告をしました。
 次にYBCのテレビ番組『ダイドードリンコスペシャル 日本の祭り「宮内熊野に獅子が舞う』の制作担当者が番組の企画意図などについて説明の後、番組を視聴合評しました。
 委員からは、「冒頭の太鼓のBGMの迫力や活気と、神殿で行われる神聖で厳かな神事とのコントラストが良かった」「この祭りのことを知っている人も知らない人も興味をもって、来年には行きたくなるような作りだった」「30年前の映像を使うなど今と昔を対比させることで歴史の深さを知ることができ、説得力があった」「神事の行程を丹念に追うことで祭り全体の仕組みが分かった。貴重な映像資料にもなる」といった意見がありました。
 一方、「今後の推移も気になる。継続して報道していくことで番組が生きる」「それぞれの神事の名前がすべてカタカナ表記だったのはなぜかなと思った」「拝殿や石段の場所、みこしの出る場所など熊野大社の見取り図のようなものがあれば理解しやすかったと思うといった意見も出されました。



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「東の麓」新藤製造部長の話 2.純米酒とアルコール添加酒 [地元のこと]

2.純米酒とアルコール添加酒

日本酒についていささか関心を持つようになったのは、高畠町夏刈の紅一点酒造の長谷川平内さんとの付き合いからだった。30数年前にさかのぼる。

長谷川家の歴史は古く伊達、長井の時代からこの地に在ったという。平内さんは昭和3年生れ。若くして父親を亡くし、女傑と言われた母親とともに戦後の酒造界を生き抜いてきていた。仙台国税局長だった黒金泰美の政界進出に大きな力になったのが平内さんの母親だったと聞く。黒金代議士は衆議院議員を9期務め、第二次池田内閣の官房長官として入閣を果すが、吹原産業事件に絡んで大成には至らなかった。

この事件に題材をとった梶山季之の小説『一匹狼の唄』1967)、平内さんもモデルのひとりとして描かれている。同じくこの事件がテーマの映画『金環触』1975)では仲代達矢が黒金泰美を演じている。昭和20年から40年代、置賜の保守政界は黒金泰美(1910-1986/議員歴1952-1976)と木村武雄1902-1983/戦後議員歴1952-1983)の両代議士が激しく勢力を争っていた。事件が大きく取り上げられた背景にはその争いがあったのかもしれない。

私たちが平内さんと出会った時には母親はすでに亡く、政治の世界からも離れて、酒造りの傍ら家族とともに屋敷を解放して「政宗そば」の看板を上げ、こだわりの手打ちそばで結構繁盛していた。商工会青年部の仕事で菊まつりのポスターを貼ってもらうべく訪ねたのがきっかけで、その後われわれ仲間との交流が深まることになる。神道天行居を知ったのも平内さんによってだった。

酒造りには先ずコメを買うための資金力が必要なのだが、平内さんには当時資本力も信用力もない中での、傍目にも大変なやりくり経営だった。そんな中で編み出していたのが、お客様からコメ代金と称して前もって金を集める方法だった。なんと言っても「純米酒」が売りだった。一時期東京で「紅一点」という居酒屋を開いていたこともある。奥さんは結婚前は「主婦の友」だったか「主婦と生活」だったかの雑誌記者で、その時の出会いか。幅広い交遊があった。すぐそばの資福寺跡の縁で伊達藩士会の一員だった。神道天行居のつながりもあった。全国に「紅一点」のファンがいた。

当時は「純米酒」がまだ珍しい時代だった。平内さんは醸造用アルコール添加を酒造りの邪道として批判した。「純米酒ではいくら飲んでも悪酔いは決してしない」ということで、われわれ仲間45人で平内さんに泊まり込んで身体を張っての実験、確かめさせてもらったこともあった。たしかにみんな、いい気持ちの目覚めだった。そういうことで私はずっと「純米酒」信奉者だったのだが、このたび新藤部長からはじめて「醸造用アルコール添加」の意義を聞くことができた。

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「東の麓」新藤製造部長の話 1.「山形清酒」GI指定 [地元のこと]

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身近かに自信を持って薦められる酒があるのはうれしく誇らしい。記憶の中に南陽市内5つはあった酒蔵も、今ではひとつだけの「東の麓」。その酒蔵を見学、そのあと席をすぐそばの老舗割烹長門屋さんに移して、新藤栄一製造部長の講義を聴きながらじっくり日本酒を味わう宮内公民館主催の「日本酒と食の講座」。今年で第五回というがはじめての参加。公民館運営委員長ということでの数合わせ的参加だったのだが、たしかにこれは一度参加すればやみつきになる。参加者22名(ほかに公民館3名と新藤部長)同士のいい気持ちになっての交流も楽しかった。初めての出会いも久しぶりの出会いもあった。


長門屋さんに移っての新藤部長の話をメモしてきたのでまとめておきます。


1.山形県産の清酒がGI指定なったこと


gimark.jpgimages-2.jpeg

初めて聞いた「GI(ジーアイ)」という言葉。Geographical Indication(地理的表示)の略で、「地域で育まれた伝統と特性を有する農林水産物食品のうち、品質等の特性が産地と結び付いており、その結び付きを特定できるような名称(地理的表示)が付されているものについて、その地理的表示を知的財産として保護し、もって、生産業者の利益の増進と需要者の信頼の保護を図ることを目的」とする「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」(地理的表示法)があって、日本独自のGIマークと清酒「山形」のオリジナルのGIロゴマークによってブランドイメージが高まることになるという。「山形清酒」が「ボルドーワイン」「シャンパン(シャンパーニュ地方で生産されるスパークリングワイン)」的地位を目指す第一歩を踏み出したということらしいからすごい


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今ぜひ知ってほしい人― 元陸軍中将遠藤三郎(講話資料) [遠藤三郎]

今ぜひ知ってほしい人

元陸軍中将遠藤三郎(川西町出身)

平成29221日 熊野大社證誠殿 南陽市倫理法人会

 

遠藤三郎という人

 明治261893)年12日、川西町(旧小松町)に呉服商・遠藤金吾の三男として生まれ、仙台幼年学校、陸軍士官学校を経て陸軍大学校を優等で卒業(34)、野戦重砲第五連隊長、参謀本部第一課長、関東軍参謀副長、陸軍士官学校長等を経て、航空兵器総局長官で終戦。戦後は埼玉県狭山市陸軍士官学校跡地に入植、一農民としての生活の傍ら政治的社会的活動に取組む。護憲運動、日中友好の先覚者。昭和341959)年の第5回参議院議員通常選挙に全国区から無所属で立候補したが落選の経験あり。明治371904)年81日から昭和591984)年99日まで一日も欠かさぬ93冊の日記を残す(現在狭山市立博物館所蔵)。昭和591011日、狭山市にて逝去。著書『日中十五年戦争と私 -国賊・赤の将軍と人はいう』(日中書林 1974)。紹介・研究書として、宮武剛『将軍の遺言 遠藤三郎日記』(毎日新聞社 1986)、吉田曠二『元陸軍中将遠藤三郎の肖像―「満洲事変」・上海事変・ノモンハン事件・重慶戦略爆撃』(すずさわ書店 2012)、吉田曠二『将軍遠藤三郎とアジア太平洋戦争』(ゆまに書房 2015)、張鴻鵬いま甦る遠藤三郎の人と思想(陸軍高級エリートから反戦平和主義者へ)桜美林大学北東アジア総合研究所 2016.12遠藤三郎関連本.jpg


遠藤三郎との出会い

平成172005)年、小松生れの黒沢昭夫さん(昭和7年生れ/赤湯 双葉商事社長)によって初めて知る


遠藤元中将の自己紹介 

・衆議院予算委員会公述人として第28回衆議院予算委員会公聴会 昭和33225日)

《私は過去半生を軍人として生活しました老兵にすぎません。終戦後約一年巣鴨米軍拘置所に入りましたが、戦犯の事実がなく、裁判も受けずに、わずかに東京裁判の証言台に立っただけで出所いたしました。自来今日まで一開拓農民として農業を営んでおる六十五才の老農夫にすぎません。政治家でもなく、宗教家でもなく、学者でも評論家でもありません。また自民党、社会党、共産党等いずれの政党にも属しておりません。ただ一個の国民として申し述べるのであります。従って私の申し上げる意見には何人のひももついておりませず、また感情に走ったり、片寄ったイデオロギーにとらわれたものではございませんので、全く私自身の学習、特に体験を基礎としたものでございまするから、その点を御承知おきを願いたいと存ずるのであります。/
 そうしてその学習のおもなるものは、陸軍の幼年学校、士官学校、砲工学校、砲兵学校、大学等、日本の諸学校のほかに、フランスのメッツの防空学校、パリの陸軍大学、ヴェルサイユの通信学校等の課程を経たこと、並びに各国の著名な兵学書等によって自習したことであります。また体験のおもなるものは、明治四十年から昭和二十年に至るまでの軍人生活、ことに大正の末期には参謀本部部員兼海軍軍令部参謀といたしまして、直接国防用兵、作戦計画立案の任務を担当したこと、昭和二年ジュネーヴの海軍軍縮会議に列席し、次いで国際連盟の全般軍縮会議の準備委員といたしまして、軍縮問題に直接ぶつかったこと、また実戦の体験といたしましては、満州事変及び上海事変には参謀本部からの派遣参謀として、もしくは軍参謀として、北支事変には砲兵連隊長として、ノモンハン事件の末期には関東軍参謀副長として、支那事変及び大東亜戦争の初期には、飛行団長として直接第一線に従軍いたし、また教育関係では陸軍大学の兵学教官、大本営の教育課長、航空士官学校長等の実務につきました。また軍政方面では、航空本部総務部長として、次いで軍需省の航空兵器総局長官として軍需生産の業務等に携わったこと等でございます。》

自らの生涯を凝縮して綴った、昭和491974)年の年賀状「御挨拶
」『日中十五年戦争と私』より/太字は引用者)

《 幾度も死線を越えて八十一年を過しました。逆縁の悲しみもなく二曾孫まで儲けましたことは天地の恵み、神仏の加護、皆様のお情けによるものと感謝しております。/ 前半生は軍人、後半生は農民、功罪は別として随分我武者羅に我が路を歩み続けたものと思います。関東大震災の際は江東方面の警備に当てられ、孤立した数万の罹災者に独断深川の糧秣倉庫の米を分け、鮮人騒ぎの最中数千の鮮支人を習志野廠舎に護送して現地司令官に叱られ、二・二六事件には武力鎮圧に反対して単身反乱将校を訪ねて自首を勧め、自決した野中大尉を弔問して当局ににらまれ、聯隊長の時部下一等兵の所罰問題で軍法会議と争い師団長から「現代の法規を無視し新たに法を作ろうとする悪思想の持主」と烙印を捺され、関東軍副長の時中央の対ソ攻勢作戦に反対して消極退嬰恐ソ病者として職を追われ、飛行団長として中支および東南亜の戦場に出されましたが皮肉にも四回も感状を授けられたことは面映いことでありました。航空兵器総局長官の際は軍需産業を民間の営利事業に委するのを誤りとして国営に移し赤の将軍と呼ばれ、本土決戦に反対して徹底抗戦組から狙われ、敗戦直後軍備の全廃を日本の黎明と新聞に発表して軍人の激怒を買い、巣鴨戦犯拘置所に入れられてはマッカーサー司令官に報復的野蛮の裁判と抗議し、朝鮮動乱の際は「日本の再軍備反対と国際警察部隊設置の提唱」を公にして特審局から箝口令を敷かれ、一九五五年に新中国を視察し速かに中国と国交を結ぶべきを訴えて国賊と罵られるなど思い出は尽きません。/ 幸いにして日本の非武装は憲法に明示され、時の流れは日中の国交を正常化し、札幌裁判も自衛隊違憲の判決を下し、国連もまた私の主張する「国籍を離れた個人志願による国際警察」とはまだ隔りはありますが、国際監視部隊を紛争地に派遣する様になりました。/ 先のベトナム戦争も今回の中近東戦争も共に軍隊の価値の限界を示し、日本国憲法の正しさを証明しました。/ 私も恥なく祖先の許に行けると思います。老化も進みましたので今後御無音に過ぎるかもしれません。失礼の段は何卒御宥恕賜りたく、永い間の御厚誼誠にありがとうございました。/ 皆様の御多幸を御祈りして御挨拶と致します。》  

◎当時の感想                                                     遠藤中将の戦後のもろもろの発言に真摯に耳を傾けなければならないと考えるのは、占領軍による「洗脳」以前の、自らの痛哭の体験から発したものであるからです。大東亜戦争から何を学ぶかを考える時、中将の戦後の言葉そして生き様は、戦争を体験しないわれわれにとってのいわば「原石」のように思えるのです。》(「正気煥発掲示板」)

◎遠藤三郎のすごさ 
1. 80年間「日記を書く」という行為によって培われた倫理性。たとえ発表を前提としないものであっても、「書く」という行為によって自ずから「あるべき自己」が顕現し、そのことによって行動も律せられてゆくという典型としての生き様。 

2.. ≪航空兵器総局長の時、兵器産業を営利を目的とする株式会社に委することは不合理と思い、強引にこれを国営として「赤の将軍」のニックネームを附せられた≫とあるように、戦争の拡大が兵器産業の利潤追求と表裏の関係であることを体験を通して痛感し、その関係を断ち切るべく主張し行動されたこと。                

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遠のいた?イハトビラキ [現状把握]

一昨々日(12日)、「豊かになるには働けばいい。そう思える社会」への転回 と題して叡智が活きる明るい未来が見えてくる!「イハトビラキ」か。そう思いたい。》と書きました。一昨日(13日)提出したこども園卒園文集原稿は、若い世代に期待を込めつつ「明るい時代へ」と題し、私とは同世代トランプ大統領の出現によって、思いがけないほど世の中が明るくなりそうな気がしています。「正義」とか「民主主義」とかのきれいな言葉の裏で「経済第一」金まみれ、陰謀渦巻いていた世界が、思いっきりあけっぴろげになってきつつあります。一体これまでの世界は何だったんだ。どんどん霧が晴れて太陽がくっきり現れてきます。》と書きました。ところが昨日(14日)午後の「フリン氏辞任」の報によってにわかに暗転です。混沌への逆戻り、まさに「一寸先は闇」を実感しています。

《アメリカという国家は… またもや,戦争屋ネオコンが支配する国家に戻ったのです./小沢・鳩山が,せっかく政権を奪取したのに… 気がついたら… まわりは,仙谷や前原や枝豆みたいなネオコンばかり! あのときと同じ状況なのです.今のアメリカは….》

今日の題、「遠のいた?イハトビラキ」。「?」に、今後の展開への微かな期待を込めました。

【(追記 29,2,16) 「光の子」の原稿、上記部分、下記のように修正しました。
大きく時代が動き出しています。明るい未来へ向かうのか、重苦しく閉ざされる方向に向かうのか。私は古代神話の岩戸開きを思い起こしつつ、明るい未来に賭けています。思いが先か世界が先か、ニワトリが先かタマゴが先かのようですが、私は断然思いが先です。思うから世界はそのようになるのです。若い世代の思いがけない思いが時代を切開いてくれると信じています。》

以下、放知技板です。

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