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落合莞爾史観(1)『日本教の聖者・西郷隆盛と天皇制社会主義』より [落合莞爾]

朝起きていちばん頭が冴えているうちに、落合莞爾氏の『日本教の聖者・西郷隆盛と天皇制社会主義』を少しずつ読み進めてきたが、ちょうど半分にさしかかったところで、次の箇所に行き当たった。第4章「西郷の『征韓論』とは何であったか」の一節、「『満鮮経略』の基盤は國體史観と國體参謀」の冒頭部分です。


《大東亜戦争に敗れた日本は、GHQの干渉によって皇国史観を脱却しましたが、これに替わって戦後思想界を支配したのが、日教組と朝日新聞・NHKなど大手メディアによる「敗戦史観』ないし「自虐史観」です。

 これは、ソ連の要求ずる東日本進駐を拒否したアメリカが、その代りにソ連に、日本への思想侵略を認めた「米ソ秘密協定」によるもので、東西ドイツ・南北朝鮮・南北ヴェトナムのように領土的分割匯家にならないで済んだ日本は、その代わりに思想的分裂国家になったのです。》(122p


ソ連は東日本に進駐しない代りに日本を思想的に支配(侵略)する権利を得た、その「米ソ秘密協定」があるという。しかして日教組の登場となる。ネットでその「秘密協定」の存在を確かめることはできなかった。ほんとうだとして、戦後日本はこのことについてどれだけ認識していたのだろうか。ともかくそうして敷かれたレールに乗って今の日本がある。この克服こそが、私にとって「国」を考える上での最重要課題であるし(それゆえの「新しい歴史教科書をつくる会」の運動への関わりだった)、それゆえこの課題の根底からの解決可能性を示唆する落合秘史に惹かれてきた。次の文章が続く。

 

《戦前の学校歴史を規定した「皇国史観」は、「天孫神話」を基盤とした[国家神道」を裏付けとしました。

 天孫史観は国家神道を管轄した内務省神社局が御用学者に創作させたものですから完全な「政体史観」ですが、戦時中に政体陸軍が「国体明徴」などと騒ぎ立てたため、國體本来の意義が国民に誤解されている現状は真に残念です。》122p

 

落合史観の根底にある「政体」と「國體」を理解しなければならない。国家と呼ばれる特定社会の統治権を掌握する政治機関、つまり「時の政府」が「政体」であるのに対し、その根底にあって、「国」という共同体そのもの、まるごとの在り様が「國體」である。

 

和傘の構造と日本社会.jpg

落合氏は「國體」と「政体」を和傘にたとえて説明している。

《わが列島社会は、太古から、キミ(君)—オミ(臣)—タミ(民)が垂直に階層をなす構造をタテとし、各種の職能を保有するカバネが並列にならふ構造をヨコとする格子構造を成してきました。

 私は和傘が好きですが、それは桐油の匂いばかりでなく、傘を差すたびに日本社会に想いを致すからです。

 和傘を開いて見上げると、真ん中に「頭ロクロ』かあり、そこから放射状に広がる「親骨」に「平紙」が張られています。「親骨」の中ほどの「頭ロクロ」寄りに「中節」があり、ここと「手元ロクロ」を「小骨」が繋いでいます。広がった「平紙」が日本社会で、「中節」の外側がタミ、内側がオミです。頭ロクロはもちろん天皇です。雨を訪ぐ機能としてはここまでで充分で、これが日本の「政体」なのです。

 ところが相傘の構造は立体的で、「頭ロクロ」から「平紙」に直交して下がる『柄竹(えだけ)」が『手元ロクロ」を貫いています。可動性の「手元ロクロ」を「柄竹」に添って上下すると、その動きが「小骨」から「中節」を中継して「親骨」に伝わり、「頭ロクロ」を軸として「平紙」が開閉するのです。

 要するに、雨水を遮断する和傘の機能は、「親骨」に張られた「平紐」の平面的な広がりで得られるのですが、そのためには「柄竹」をしっかり握って「手元ロクロ」を上下に操作せねばならず、結局[柄竹」と「手元ロクロ」と「小骨」の立体構造(体)が和傘の機能(用)を発揮させているのです。

 この「柄竹」が國體天皇、「手元ロクロ」が國體奉公衆の棟梁で、その動きを「小骨」の國體奉公衆たちが「親骨」すなわち政体オミ衆に伝えるのです。「平紙」はむろんタミ(人民)です。》(26-28p

 

《職能を異にしたカバネ(族種集団)がそれぞれの特性を保持しながら、他のカバネと協業して社会活動を営む集合体の中心に天皇がおられる。これが列島社会の理想的な在り方で、これを「國體」と呼びます。》(42p)《他文明・他地域は知らず日本列島においては、古来カバネ(職能族種)による分業・協業を根本的な社会体制とする社会思想が成立していますから、カバネのキミの命令とあらば、あたかも企業内の人事異動のごとく、タミの移住が円滑に行われてきたことです。/この点が、人民の地域活動に関して日本社会が他国と著しく異なるところです。》(43p)《國體を、「至上の政治・社会理念」と心得て、いかなる社会変動があろうとも絶対に護持しようとする考え方が國體思想です。/國體にとっての最大の危機は、何と言っても列島社会の分裂です。建国以来、孜孜として積み上げてきた國體天皇と先人の努力が大きく損なわれる国家分裂は、国難これに過ぎるものはありません。》(44p)《日本では二千年も前から國體の理念を「天皇制社会主義」として、常にこれを護持してきたのです。/國體の理念と政体の都合とが矛盾することは、しばしばありました。いや、むしろ両者は常に矛盾をはらんでいるのです。なぜなら、和傘は開くことで役立ちますが、広げたときには強風に弱く、傘を守ろうとすれば、手元ロクロを下げて傘を閉じなければならぬ場合も訪れるからです。/一旦緩急のある場合は、「雨に濡れることを承知で傘を閉じる」のが國體側の役割ですか、その動きは、「降り往ぐ雨の下で機能を果たすために傘を開いておきたい」政体側から邪魔されるのか当然です。國體側は、その行動の理由を政体に説明しません。國體が危機に瀕した以上、情報を公開することは直ちに外敵を利するからです。國體側の把握する外敵の情況と、これに対する施策は「特定秘密」ですが、これを公開しないことから犠牲か生じます。もとよりそれを承知の國體側は、犠牲を「大義のため」として納得しているのです。/江戸幕末の大老井伊直弼・将軍徳川慶喜・京都守護職松平容保らはまさにその例で、西郷隆盛もこれに加えるべきでしょう。》(46p

 

「政体」にとっては、先ずもって「いま」生きている「ここ」が問題であるのに対して、「國體」の視野は過去から未来、過去からつながって今在ることの持続可能性(サステナビリティ)こそが問題である。「国」の持続可能性の前で「個の死」は相対化される。「國體」に殉じた吉田松陰の「辞世」の詩の世界。ちょうど614日の温習会で合吟するため練習中です。


 吾今爲國死
 死不背君親
 悠悠天地事 
鑑照在明神
 (吾今国の為に死す 死すとも君親に背かず 悠悠たり天地の事 鑑照は明神に在り)

流派はちがうがここの吟がいちばん心に響きました。
歌謡吟詠 吉田松陰 辞世 詩吟 奉観流 矢橋奉城

 

それにしても、天皇の思いに逆行する安倍政権の現状は、松陰的世界からは大きく隔たっているとしか思えない。

 

 


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めい

落合氏の「人類全体を見渡すトップエリートの視座」。落合秘史は馬野史観とつながっています。馬野著『人類文明の秘宝「日本」―世紀破局救済の「使命」その根因を探る 』(1991)は私にはかけがえのない本です。

新井俊介氏「『平和な日本を引き渡す』って、一体誰に?」より。
http://www.k2o.co.jp/blog4/2015/09/post-38.php

   *   *   *   *   *

 20日の午前中、幸いにも、落合莞爾氏とお会いすることが出来ました。

 落合氏と初めて会ったのは、北京駐在を終えた後で、馬野周二博士のご自宅ででした。 落合氏さんと会ったのは9年ぶりでした。この間、落合秘史が完成です。

 この日の落合さんは、とんでもないオーラを発していました。落合さんの説、そして、落合さんの存在そのものをきちんと理解するのは、ネットに溢れる通常の歴史ファンには、とても出来ないでしょう。重すぎる。濃すぎる。衝撃が大きすぎる。落合さんは、戦後の日本の官僚たちが基盤とする国家の枠組みを、全部、そう洗いした上で、どんな問題にも、緻密で、しかも、人類全体を見渡すトップエリートの視座をもって、一気に話してくれます。

 国家権力の内側にいたことのない私にとって、落合さんとの会話は、知的興奮がマックスになります。

by めい (2015-09-28 04:33) 

めい

放知技板で超重要議論(飯山一郎説)が展開されつつあります。とりあえずこれまでのところメモっておきます。
http://grnba.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=16117851

   *   *   *   *   *

160:飯山一郎 : 2017/05/22 (Mon) 11:26:29 host:*.ocn.ne.jp 
首相動静(5月21日)
・ 午前10時22分、東京・芝公園の増上寺着。
・ 昭恵夫人、岸信夫外務副大臣ら親族と父安倍晋太郎元外相の二十七回忌法要。
・ 森喜朗元首相、細田博之自民党総務会長同席。
・ 同11時45分、同所発。同48分、東京・芝公園の東京プリンスホテル着。
・ 同ホテル内の宴会場「サンフラワーホール」で森元首相、細田自民党総務会長、岸外務副大臣、昭恵夫人らと食事。
・ 同2時、同ホテル発。同11分、私邸着。
http://www.jiji.com/jc/article?k=2017052100196&g=pol

昨日の安倍家の法要は,岸家との関わりの深さが垣間見える.
さらに…
(明治以降から現在に至る)近代日本の「国家のカタチと,闇の歴史」までが,見えてくる.

【来客につき,続きは,後刻】

163:飯山一郎 : 2017/05/22 (Mon) 13:05:01 host:*.ocn.ne.jp 
>>160 で,ワシは↓↓こう書いた.
>昨日(21日)の安倍家の法要は,岸家との関わりの深さが垣間見える.
>さらに…
>(明治以降,現在に至る)近代日本の「国家のカタチと,闇の歴史」までが,見えてくる.

さて,昨日の安倍家法要の参会者には,岸信夫外務副大臣の名前がある.
岸信夫は,安倍晋三の実弟である.信夫は,生後間もなく岸家に養子として入籍した.
岸信夫の本籍は,山口県熊毛郡田布施町である.
岸家は,現在の天皇家(東京皇室,南朝系!)とは…
閨閥関係にあり,非常に近い!
戦後も,天皇家と岸家とは閨閥関係=姻戚関係を強化してきた….

つまり…
(明治以降,現在に至る)近代日本の「国家のカタチと,闇の歴史」とは…
山口県・熊毛郡田布施町に関係する一族がつくってきた!という歴史だ.

ちなみに,南朝系(後醍醐天皇の末裔)の「おタネ」は…,
鹿児島県・熊毛郡田布施町の沖合に浮かぶ下甑島で温存されてきて…
やがて,江戸中期以降,南朝系の「おタネ」は…
鹿児島県・熊毛郡田布施町から 山口県・熊毛郡田布施町に移行し…
両者は,合流する.
ここから↑↑「近代国家としての日本国」の歴史が始まるのである.

言ってはいけないことかも知らんが…↓↓あえて言っておこう.
両者が合流した時点では…
岸・佐藤・大内家は(満州・百済国の貴族の末裔として)…
下甑島出身wの天皇家を(下に見て)「指導」した! と.

↑↑これで…
見える人(たとえば亀さん)は,「全て」が見えてきたのでは内科な?

167:飯山一郎 : 2017/05/22 (Mon) 15:15:49 host:*.ocn.ne.jp
>>160 >>163
日経や時事が報じる何気ない『首相動静』.
21日(日),安倍晋三は,父・安倍晋太郎元外相の二十七回忌法要を執り行った.
参会者の顔ぶれのうち,岸家から総代格で出席した岸信夫(=安倍晋三の実弟)については,>>163 に書いた.
もうひとり,「岸家の総番頭」とも言える人物が出席している.
それは森喜朗元首相である.
森元総理の初回当選は,岸信介の全面的な応援・支援によるもの.
従って,森元総理にとって,岸信介と孫・安倍晋三は,終生変わらぬ恩義でもって仕える家系なのである.
細田博之自民党総務会長(現在,清和会の会長)も,森元総理と同じで,自民党を(安倍晋三のために)取りまとめていく要(かなめ)である.
森元や細田博之が強力に支えている安倍政権の強靭さは,歴代最強であり,憲政史上比類がない.
たとえば…
海部俊樹や森喜朗のように,ポット出のフロック(まぐれ)で総理・総裁になった人物もいたが…
安倍晋三は,先祖代々国家の中枢部を取り仕切ってきた家系のなかで幼少時から帝王学を学んできた貴種なのだ.
しかも,天皇家(京都皇統ではなく,田布施系・南朝系・東京皇室)とは「対等」なのである.
(つづく)

242:ビビリバビリブー : 2017/05/24 (Wed) 20:22:15 host:*.plala.or.jp
三菱東京UFJ銀頭取に三毛氏=健康問題で異例の1年交代
時事通信 5/24(水) 16:22配信
 三菱東京UFJ銀行は24日、小山田隆頭取(61)が退任し、三毛兼承副頭取(60)が昇格するトップ人事を発表した。
6月14日付で就任する。小山田氏は頭取就任から1年での異例の交代となった。健康問題が理由という。

親会社の三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の平野信行社長(65)は記者会見で、今年2月に小山田氏から「体調が思わしくない」と伝えられ、後任の検討を進めていたことを明らかにした。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170524-00000093-jij-bus_all
これから、こういう事例が増えると思われます。
みなさん健康第一で!

244:飯山一郎 : 2017/05/24 (Wed) 21:59:17 host:*.ocn.ne.jp
>>242
ビビリバビリブーさん
「三菱」の小山田隆頭取(61)の身の処し方は,病が理由とはいえ,見事でした.無念だったでしょうが.
あと,東京を取って,『三菱UFJ銀行』に改名するのも,戦前型の財閥復興!みたいで意味深です.
ところで三菱と言えば,今の時勢では,安倍晋三のことを語らねばなりません..
安倍晋三の実兄・安倍寛信は,現在,三菱商事の執行役員で,実弟の安倍晋三と同じく『成蹊大学』を卒業しています.

なにゆえに,安倍家は,寛信(長男)と,晋三(次男)を,『成蹊大学』に入学させたのか?
『成蹊大学』は,『三菱財閥』(日本国の財閥中枢)を担う人財を要請するための(隠れた)超一流大学だからです.
このことが↑↑分からないと…,この↓↓関係が分からない.
『 安倍晋三 ー 成蹊大学 ー 三菱財閥 ー 日本国の経済中枢 』

上の話は…,>>160 >>163 >>167 と併せて読んで頂ければ,もっと深いことが分かってきます.

本日2回目の入浴の時間ですのでww,また,書きます.

269:飯山一郎 : 2017/05/25 (Thu) 12:37:11 host:*.ocn.ne.jp
>>246
    【日本国は今も田布施の国】
今後は↑↑このタグとタイトルで,天皇家と日本国の秘密を(飯山一郎,冥土の土産のつもりで)語ります.
ワシの語りは…,流れとしては,>>160 >>163 >>167 >>244 の続き,ということになります.
さて…
>>244 で語った「三菱」の問題は,天皇家の秘密=近代日本の秘密に直結する問題です.なぜか?
これから順々に説明します.
さて…,
明治以降,日本は「幕藩体制」を壊して,(英国の主導の下)「近代国家づくり」を進めてきました.
その国づくりの柱(国家目標)は,『富国 強兵』.
明治以降,日本国(大日本帝国)は,『富国強兵』という一本槍で我武者羅に突き進んできました.
国を富ませ,強大な兵力をもつ!
このことを↑↑左巻きの用語を使って言えば,『軍国主義的 帝国主義国家』を目指した! これが明治以降の歴史です.
国を富ませる=富国政策の中心に絶えずゐたのは「三菱」でした.
富国政策を主導してきたのは,天皇の政府と,財閥(三菱)でした.
やがて,大日本帝国は 『富国強兵』に成功し(最も成功したのは「三菱」)…,
アジアに冠たる『軍国主義的帝国主義国家』になりました.
もっと正確に言えば,明治以降の政治体制は,天皇と天皇の政府による『天皇制専制国家(autocracy)』になった!ということです.
さらに言えば,明治以降の日本は,『天皇の政府・三菱』,この二者の国家であった…,
つまり,『朕(と三菱)は,国家なり』と言ってもE~政治経済体制でした.
ここまでは↑↑(些細な定義の違いはあっても)まぁ,(好き嫌い,善悪は別にして)歴史の常識です.

そして,敗戦後の今も! 日本国は,根っこのところでは,「天皇と三菱の国家である!」 と言ってもE~でしょう.(しかし,その国家は丸ごと米国の属国だった….)
その三菱の幹部養成学校=成蹊大学を卒業した,安倍晋三は,じつは,根っこのところでは,三菱の人間なのです!

しかし! もっともっと深刻な大問題がある.
それは,明治以降の天皇制は,以前の天皇制とは全く違う!ということです.
この↑↑「明治以前とは全く違う天皇制」ということが分からないと,明治以降の歴史が全く分からなくなります.
(つづく)

272:堺のおっさん : 2017/05/25 (Thu) 13:58:47 host:*.ocn.ne.jp
>>269 御大
シベリア開発の先陣を切っているのも、三菱でしたね。
ただ時流に機敏なだけの企業かと思っていましたが、
隠された国策を実施しているのでしょう。

275:飯山一郎 : 2017/05/25 (Thu) 15:31:18 host:*.ocn.ne.jp
>>246
Pokoさん,>>244 の「補足説明」を >>269 に書きましたからね.
ただし,今回の「補足説明」は前編でして,このあとも長い説明が続きます.
そして,その「説明」は,天皇制の秘密=日本国の(とんでもない)秘密を語ることになります.
命懸けで書きます.覚悟を決めて書きます.
覚悟を決めないと書けない!そのような内容の文章を書きます.

276:飯山一郎 : 2017/05/25 (Thu) 15:44:25 host:*.ocn.ne.jp
>>272
堺のおっさん,流石です.
シベリア開発の先陣を切っているのは、三菱でした!
ただ時流に機敏なだけの企業というだけではない.
隠された国策を実施しているのです.
安倍晋三の「隠された野望,国策」=『脱米入露路線』です.
安倍晋三の日本国は,シベリアを「飛び地」にするでしょう.

ワシも,シベリア!シベリア!と騒いで来ましたが…
魔坂! 「安倍晋三の三菱」が…
シベリア開発の先陣を切るとは!
しかも,安倍晋三が,プーチンと協同して…
『脱米入露路線』を進め始めるとは!
この路線は↑↑歴史の必然…のような気がします.
空想ではなくて,実際,現実に進行中の話なのですから.

303:飯山一郎 : 2017/05/26 (Fri) 16:37:35 host:*.ocn.ne.jp 
  【日本国は今も田布施の国】 -2-  「東京皇室を“指導”する家系」
日本は,世界一古い国家である.が,建国の経緯は正確には分かってない.
日本建国の歴史を記したのは,『日本書紀』と『古事記』の二書だけ.
しかし,神話や創作部分が多く,正確な歴史書とは言えない.
天武天皇が,上記二書の編纂を命じ,自らを「天皇」と称し,「日本国」と命名し…
唐の則天武后によって「国家」として(一応)認められた.
このあたりからの歴史が↑↑日本国の歴史である!とは言えるだろう.
天武天皇以来,日本国は,天皇が絶えず(=途絶えることなく)国の頂点に君臨してきた.
天皇が君臨する国家.これが,(今も)日本という国のカタチなのだ.
しかし,大問題がある.
それは,明治以降の天皇制は,以前の天皇制とは全く違う!(>>269)ということだ.
どう違うのか?
先ず,明治以降の天皇制は,「京都皇統」と「東京皇室」の表裏二元構造になったこと.
すなわち,孝明天皇は,皇室を保全するため,「策(堀川政略)」を練り,皇室を秘かに表裏二元に分離した.
そうして,四百数十年ぶりで復元した南朝系の人物(大室寅之祐?)を,東京に派遣し,明治天皇=表の天皇(東京皇室)とし…
孝明天皇の皇子睦仁親王が裏で,秘かに皇統を継いでいく(京都皇統)という表裏二元構造だ.
ここまでの歴史は,落合莞爾氏が説明しきった.いや,ほぼ証明しきった,と言える歴史的な事実だ.
初耳の方は,概略が落合莞爾氏のサイトに書いてあるので,お読み下さい.→ https://goo.gl/HgrD3C

さて,ここでの注目点は…,14世紀の南北朝の戦い以降の南朝側の歴史だ.
四百数十年ぶりで復元した南朝系の人物(大室寅之祐)は,長州(山口県熊毛郡田布施村)出身の人物なのであるが…
それでは!
南朝の系統(後醍醐天皇の末裔)は,四百数十年もの間,北朝側の厳しい討伐作戦と追討の追っ手を逃れ逃れて,どこに潜んでいたのか?
このことについて↑↑ワシは,『飯山一郎へ伝言・密告・質問・短信etc -11-』で,けっこう詳しく説明した.  http://grnba.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=15558491
こういうことだ↓↓
南朝系の「おタネ」は鹿児島県・熊毛郡田布施町の沖合に浮かぶ下甑島に温存されてきて…
やがて,江戸中期以降,鹿児島県・熊毛郡田布施町から 山口県・熊毛郡田布施町に移行し…
両者は,合流する.
両者が合流した時点では…
岸・佐藤・大内家は(満州・百済国の貴族の末裔として)…
下甑島出身wの天皇家(南朝)の末裔にあたる大室寅之祐を選び出し…
孝明天皇に推薦するなど…
下甑島出身wの天皇家を(下に見て)「指導」した! と.

この天皇家(東京皇室)を,今でも,(下に見て)「指導」する「伝統」を引き継いでいる家系がある.
現在,その筆頭に位置するのは…,安倍晋三である.
(つづく)

322:飯山一郎 : 2017/05/26 (Fri) 23:05:24 host:*.ocn.ne.jp 
 【日本国は今も田布施の国】 -3- 「天皇は雲上人であるべし!と思う安倍晋三」
ワシは,>>303 で↓↓こう書いた.
>天皇家(東京皇室)を,今でも,(下に見て)「指導」する「伝統」を引き継いでいる家系がある.
>現在,その筆頭に位置するのは…,安倍晋三である.

安倍晋三とは,「田布施」=「東京皇室の閨閥の出自(本籍)」に属する人物である.
「田布施」は,伊藤博文,山県有朋,田中義一,岸信介,安倍晋三など8人もの首相の出自であり,また「東京皇室」の本籍でもあるということだ.
「田布施」は,(南朝の末裔)大室寅之祐を明治天皇に仕立てて東京に派遣し,帝王学を仕込んでいった.これが「東京皇室」である.
下甑島で温存されていた南朝の末裔(おタネ)たちは,じつは,皇統を受け継ぐ秘法(例えば『「眞床追衾」』)を4百数十年の間に忘却していたということもある.
また,百済王国でのヒエラルキー(身分制度)では,天武系・天智系よりも,大内家・安倍家のほうが上という意識もあった.
このように↑↑天皇家(東京皇室)を,今でも,(下に見て)「指導」する「神道の伝統」は,安倍晋三も引き継いでいる.
その現れの一つが,「安倍晋三が,今上天皇を茶化した!」 という話である.
こんな話である↓↓
「ある有力政治家の話ですが、彼が官邸の総理執務室で安倍さんと生前退位の話をしたら、
安倍さんはカーペットに膝をつきながら、『こんな格好までしてね』と言ったらしいのです。
ちょっと何て言うか、天皇陛下が被災者の方々に寄り添うお姿を、そういうふうにちゃかしてみせるというのは……。信じがたいですね」

安倍晋三には…
「天皇は国民よりも一段も二段も上にいなければならない,天皇が国民の前に直接出てきてひざまずくなどもってのほか!」 という考え方があって…
天皇を,いわば,「下に見た発言」 である.
最近は,安倍晋三の側近学者が「天皇は祈っていればいい」という,天皇を,いわば,「下に見た発言」も飛び出した.
一事が万事である.

しかし,安倍晋三の考え方の根底には…
天皇のあるべき姿の問題だけでなく,天皇を天皇たらしめる皇統引き継ぎの儀式…
践祚された新天皇が,誠の天皇となるための皇統引き継ぎの神道の秘法の問題が絡んでいる.
このことを↑↑考えると…,安倍晋三の「上から目線」は,あながち,不敬!とは言えないのである.
稿を改めて説明したい.
(つづく)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

by めい (2017-05-27 07:09) 

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