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mespesadoさんによる1億人のための経済講座〈Ⅱ〉(番外編2) mespesadoさんの思考の原点 [mespesadoさんによる1億人のための経済講]

議員定数についての議論.jpg県内議員報酬.jpg昨日、地区長連絡協議会の会合があり、議員定数についての議論が行われました。3回目です。2回目のとき「日本独立」の感覚という題で記事にしています。今回は前回議長役の副会長も意見を言いたいということで、総務課長が議長でした。副会長の意見は、定数削減を提案したもう一人の副会長の「17→15」案より過激な「17→11」でした。「質のいい議員をあげなければならない。そのためには定数を少なくして高報酬に」というのです。その議論を聞いているうちに、議員定数削減の根底には「財政節約論←国債額肥大」があることに気付きました。そこで当会の事業のひとつだった財務省による国民洗脳研修会での議論を引き合いに出しながら「議員定数削減の底流は財務省的節約感覚。いい議会にするための財政負担をケチる発想はダメ。必要なところにはどんどん金をつぎ込むべき。そもそも国家財政破綻などはない。」と主張しました。しかし現状ではmespesadoさん的議論を理解してもらうのは難しいようなので、懇親会も控えていることもあり深追いは諦めました。
定数については議論が分かれましたが、「選挙が必要」という考えは共通でした。ただ、「朝から晩まで議員活動をするのがいい議員。そのためには高報酬を」という議論には違和感をおぼえました。市会議員レベルで「朝から晩までの議員活動」とは何なのか。現国会の野党からの議論を見るにつけても、「本来議会の役割は何か」の原点から考えねばならない時代と思います。
懇親会の席で、総務課職員いわく「こういう議論の会合って初めて」ということでした。30年、40年前の商工会青年部時代のことを話しました。(ほんとうはそれ以上に徳田さんの「獅子の会」体験が大きい。「”つきあい”とは”突き合いだ!」が徳田流でした。)
酔っ払って帰って「放知技」板を開いたら、なんと飯山御大がこのブログを紹介しておられ、感激恐縮しました。まもなくmespesadoさんが登場し、思考の原点を明かされました。
日本には、世界一(農業も工業も)の品質の製品が、国民全員に行き渡って余りあるほど溢れているというのに、何で景気が悪くて手に入らないで不満足な消費しかできない人がいるのか」が出発点でしたそこから「経済活動を「オカネ」を消去して眺めてみることで、いろんなことがみえる」ようになることに気づきます。そうして見えてきたのが、「オカネというものが必要でない世界」という理想郷です
おおいに共感します。私も、カルビーの松尾雅彦さんから出された「30年後のこうあってほしい置賜を思い描きなさい」という課題の答えが「物やサービスのやりとりが、ほとんど何でもタダでできる世の中」でした。(「30年後の置賜」http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2015-02-17
以下、昨日の「放知技」板からです。

300堺のおっさん : 2018/02/01 (Thu) 15:34:24 

 host:*.ocn.ne.jp
299 猿都瑠さん
かくいう私も、日本は破産する! という刷り込みから、
メッさんのおかげで目が覚めた一人ですが…まだまだ、ネット界も手を変え品を変えた終末思想一色ですな~
・・・・・・・
301:飯山一郎 : 2018/02/01 (Thu) 17:44:49
 host:*.dion.ne.jp
>>300
『移ろうままに』というブログ(http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/)が…
mespesado氏の理論と書き方を(ずいぶん前から)激賞しているが…
たしかにmespesado氏の経済論の真骨頂は,「くらしの実感レベルで経済の仕組みが理解できること」だ.
ワシも…
政府が国債を日銀に買わせた結果である「国の借金」のカラクリが…
親子間のカネの貸し借りのようなもので,永久に返す必要はない!というところまでは気づいていたが…
mespesado氏の経済論を『放知技』で読み続けてきて…
日本という「自国通貨建て」の国が,途轍もない「富」=貨幣の創造を行える国家なのだ!ということを(お陰様で)明確に認識できました.
mesipesado氏には,ほんと,感謝・感激の至りです.
有力な国会議員の秘書さんや,上場企業の役員さんなどからも感謝の言葉をいただいています.>mespesadoさん
302:mespesado : 2018/02/01 (Thu) 22:22:15
 host:*.itscom.jp
>>300 >>301
 どうも、恐縮です。国会議員の秘書の方や会社役員の方にまで関心を持っていただいているというのは、正直言って驚いていますし、またこちらこそ大変ありがたいことだと感じています。
 そもそも日本には、世界一(農業も工業も)の品質の製品が、国民全員に行き渡って余りあるほど溢れているというのに、何で景気が悪くて手に入らないで不満足な消費しかできない人がいるのか、ということが不思議で仕方がありませんでした。
 その原因を一言で言えば「貧富の差」なわけですが、「貧富」とは何を比較して言っているのかというと、持っている「オカネ」の量の差に他なりません。
 そこで考えたのが、それじゃあ、経済活動からこの「オカネ」を消去して眺めてみたら?というアイデアでした。 経済学と言うのは、「オカネの学問」とも言われるように、個々の商品やサービスの特性を無視して、これらを「価格」という一つの指標に置き換えて、オカネの言葉だけで経済活動の実態を把握する学問なわけですから、その一番肝心なオカネという概念を逆に消去して考えよう、というのはかなり大胆な挑戦であり、しかしこの発想のおかげでかえっていろんなことが見えるようになって来たのは事実です。
 スピリチュアルの世界では、技術も人々の精神レベルも頂点に達して「オカネの存在しない世界」「オカネというものが必要でない世界」というのがよく出てきます。まあ、一種の理想郷ですが、だからといって、明日から急にオカネの存在しない世の中にできるか、というと、人類はそこまで「解脱」していないわけで、そのギャップを一体どういったステップで埋めていくのか、という話になります。
 でも、いろいろ観察し、考察していくと、実はこの理想郷に(物理的に可能であるという意味で)一番近いのが、他ならぬこの日本じゃないか、と思うのです。自分が生きている内に、その理想郷が実現するのをこの目で見てみたい、という気持ちはあります。

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