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オカネの起源 [思想]

年末切貼素描.jpg昨日、昭和36年生まれというO君を交えて、竹さんと思い出話になったのだが、昭和56年(1981)、この年はわれわれにとって記念碑的な年だった。高畠の講演会で徳田虎雄さんと出会ったのが3月14日。4月11日に「週刊置賜」発刊。5月22日に宮内修道館を埋め尽くして徳田さんの講演会。ちょうどその頃、出たばかりの『パンツをはいたサル』を山形の八文字屋で見つけ、栗本慎一郎の名をはじめて知った。この年の暮れ、『週刊置賜』に「年末切貼素描」という記事を書いている。「はぐらめい」のペンネームを使った最初だ。ペンネームにしたのは、親父に知られたくない一心だった。その記事に『パンツを・・・』からの引用がある。K・ポランニーの弟、マイケル・ポランニーに依りつつ、《近代科学の影響の最も大きなものは、人間が人間の精神を信じることができなくなり、その外に外部的な真実があると考えるようになったことである。》で始まり《新しい科学的発見は、けっして学校化されてしまった社会のそのまた学校で積み重ねられた教育の結果生まれるものではなく、ヒトの、あるいは科学者の深層の知によって、問題が与えられ、解決が与えられる、ということなのである。もし、あなたが新しい発見の方法を求めるときには、あなた自身がすでにもっている内知に依拠すること、それ以外に方法はないのである。》と〆る。「放知技」感覚に通ずる。私にとって栗本氏との出会いは、一般的世界認識を相対化し、きっちり自分なりの視点を持つことへの導きとなった。そういえば栗本氏は徳田さんの自由連合に所属したことがある。

と、こんなことを書き出したのは、亀さんの発言に発して、「オカネの本質」をめぐる重要な議論があったから。その議論、亀さんによる『パンツをはいたサル』からの引用《今日でも私たちは、「支払う」という言葉を使っている。この払うは、オハライのハラウである。シハライはオハライからきているわけだ。穢れをハラウための道具が御幣であり、貨幣の「幣」は、まさしく穢れをハラウためのものを意味している。/日本語だけではない。英語のpay(支払う) の語源は、pacify(鎮める、なだめる)で、:穢れた状態を脱して危険をなくすという意味がある。そうでなければ、精神とおカネが、同じ秤にかけられるはずがない。それを、すべて投入労働量などという「モノ」的尺度で測って、なんとか等量のものを探り出そうとしたところに、『資本論』の根本的間違いがあった。》に始まり、suyapさんの住むヤップ島のいわゆる「石貨」についての現地証言、その使われ方ですが、西洋に毒された現代人が想像するマネー、おカネではありません》《共生社会では、人と人の結びつきが何より大事です。そういう結びつきを作るひとつのツールが石貨なのです。》。「人間関係確認ツール」とでも言えばいいのだろうか。「オカネ」の発生は「物々交換」ではない、そもそもは「心の交流」を物象化したことに発する。

*   *   *   *   *

713:亀さん:2019/06/18 (Tue) 15:26:47

今回の投稿は、かなり長くなってしまったwww 最初にヤップ島のsuyapさんにお尋ねしたいことがあります。そして、後にメスさんに質問するかもしれません。その時はよろしくお願いします。

>>704

メスさん、東洋経済に載った中野剛志氏の記事紹介ありがとうございました。
> MMTが、こんなにも「エリート」に嫌われる理由
> 主流派経済学の理想は「反民主的」な経済運営
> https://toyokeizai.net/articles/-/285053

実は、紹介していただく前に小生も同記事にサーッと目を通し、「アレ???」と思った箇所が目に飛び込んできました。それは、経済と歴史が深く絡む内容となります。それは、中野氏の謂う「貨幣の理解」であり、中野氏は二通りの貨幣に対する考え方の違いを示しています。

■貨幣の理解 その1
__________
主流派経済学の標準的な教科書は、貨幣について、次のように説明している。

原始的な社会では、物々交換が行われていたが、そのうちに、何らかの価値をもった「商品」が、便利な交換手段(つまり貨幣)として使われるようになった。その代表的な「商品」が貴金属、とくに金である。これが、貨幣の起源である。

しかし、金そのものを貨幣とすると、純度や重量など貨幣の価値の確認に手間がかかるので、政府が一定の純度と重量をもった金貨を鋳造するようになる。

次の段階では、金との交換を義務付けた兌換(だかん)紙幣を発行するようになる。こうして、政府発行の紙幣が標準的な貨幣となる。

最終的には、金との交換による価値の保証も不要になり、紙幣は、不換紙幣となる。それでも、交換の際に皆が受け取り続ける限り、紙幣には価値があり、貨幣としての役割を果たす(N・グレゴリー・マンキュー『マンキューマクロ経済学I入門篇【第3版】』110~112ページ)。

このような貨幣論を「商品貨幣論」と言う。
https://toyokeizai.net/articles/-/285053
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
以上、経済学で主流とされる「貨幣の理解」、すなわち「商品貨幣論」に対して、中野氏は以下のようにキッパリと否定しています。

■貨幣の理解 その2
__________
しかし、この「商品貨幣論」は、実は、誤りなのである。

第1に、歴史学や人類学における貨幣研究は、軒並み、貨幣が物々交換から発展したという「商品貨幣論」を否定している(フェリックス・マーティン『21世紀の貨幣論』)。

第2に、1971年にドルと金の兌換が廃止されて以降、世界のほとんどの国が、貴金属による裏付けのない不換通貨を発行している。しかし、なぜ、そのような不換通貨が流通しているのかについて、商品貨幣論は納得できる説明ができない。主流派経済学は「他人が受け取ることがわかっているから、誰もが不換通貨を受け取るのだ」という説明をするが、そんな脆弱な大衆心理に依拠した通貨では、価値が不安定すぎて使い物にはなるまい。
https://toyokeizai.net/articles/-/285053?page=2
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さて、今日の世界において主流とされる、「商品貨幣論」を否定した中野氏に小生は賛同するものの、残念ながら中野氏の謂う『21世紀の貨幣論』(フェリックス・マーティン著)には未だに目を通していないので、今回の中野氏の記事だけでは、具体的にどのように歴史学や人類学における貨幣研究で、「商品貨幣論」が否定されているのかは分かりません。そこで、念のため、アマゾンの商品説明を読むと以下のような記述がありました。
__________
物々交換の不便さから、マネーという最強の発明が生まれたという定説はウソ!?

・ケインズとフリードマン、なぜ2人の偉大な経済学者が
『ヤップ旅行記』という地味な本を賞賛したのか? 

斬新な着想で次々と定説を覆す、知的刺激にあふれた本。
https://www.amazon.co.jp/%EF%BC%92%EF%BC%91%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AE%E8%B2%A8%E5%B9%A3%E8%AB%96-%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3-ebook/dp/B00O8JQXOG/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=21%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AE%E8%B2%A8%E5%B9%A3%E8%AB%96&qid=1560834456&s=books&sr=1-1
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
この「ヤップ島」という言葉から思い出したのが、『パンツをはいたサル』(栗本慎一郎 現代書館)でした。栗本がヤップ島について言及した箇所だけ、以下に抜き書きしておきます。大分長くなりますが、同書の「おカネが穢れを清める」(p.72)という小節から…
__________
★お力ネが、穣れを清める★

ここまできて、ようやく「お力ネ」つまり貨幣なるものの本質が浮かび上がってきた。

贈り物をされた側では、「借り」が残る。「借り」は返さなければならぬ。そのために支払われるものが、おカネなのであった。

借りた相手は、人間だけとはかぎらない。自然の神さまが、獲物や収穫物をくださったことも、借りのうちである。その借りを返さないと、神さまは怒り狂って、大水や早魅をお起こしになったりする。それには根拠があり、われわれ近代人がそれを笑うことは誤りだ。

だから、人間も神さまにも借りを返さなければ、自分は純潔ではないし、罪を犯しているという意識にとらわれる。贈り物のお返しをするとか、天地の神々に使え物をするということは、とりもなおさず、借りを返し、穢れを祓うことであった。

 おカネとは、まずそのために存在したのである。今日でも私たちは、「支払う」という言葉を使っている。この払うは、オハライのハラウである。シハライはオハライからきているわけだ。穢れをハラウための道具が御幣であり、貨幣の「幣」は、まさしく穢れをハラウためのものを意味している。

 日本語だけではない。英語のpay(支払う) の語源は、pacify(鎮める、なだめる)で、:穢れた状態を脱して危険をなくすという意味がある。そうでなければ、精神とおカネが、同じ秤にかけられるはずがない。それを、すべて投入労働量などという「モノ」的尺度で測って、なんとか等量のものを探り出そうとしたところに、『資本論』 の根本的間違いがあった。

 では、同じものがどこへいっても穢れを祓う聖なる威力があるのかというと、それが違う。それぞれの共同体、それぞれの社会によって異なってくる。あるところでは、ブタやイヌの歯が価値がある。あるところでは、円形に削った大きな石とか、子安貝などの貝類に価値を与えている。また、あるところでは、金銀銅といった貴金属となる。変わったものとしては、コウモリの顎の骨とか、クジラの歯がおカネになつているところもある。つまり、文化によって、威力が与えられているモノが違うのだ。

 地中海域では金、日本では銀、西アフリカでは青銅が、それぞれ高い価値を認められていた。ということは、日本や西アフリカは金の産地でもあったわけだから、その土地でなにがとれるかには関係なかったことになる。

 いずれにせよ大切なことは、これらのおカネ、経済学者が貨幣と呼ぶところのお力ネなるものが、ところによって、さまざまに異なるということだ。

 つまり、ところによって、穢れを祓う聖なる威力を秘めたものが、それぞれに違うということである。

 逆に言えば、ある共同体が、共通の理解をもって、ある物を「聖なる物体」と認めなければ、貨幣などが生まれるわけがないのである。その共通の理解の仕方こそ、その社会の価値観、文化、その他もろもろのことを理解するカギになっている。イヌの歯がおカネとして通用するんなら、ネコの歯でもいいんじゃないか、というわけにはいかないのだ。これは、むずかしく言えば、社会の共通の幻想、すなわち共同幻想なのである。

 たとえば、同じ貴金属である金と銀にしても、ヨーロッパと日本人のあいだには、大きな価値観の差があった。

 先に述べたように、ヨーロッパ人が思うほど、日本人は金の値打ちを高くは見ていなかった。

 結果として、幕末期にヨーロッパ人は、合法的に銀を日本国内の金と交換することで、莫大な利益をあげた。そのとき流出した日本の黄金の量は、いくら研究してもはっきりわからないほどのものだ。

 しかし、だからといって、日本人はそのために損をしたわけではなかったのである。日本人は、自分たちにとって大切な銀をヨーロッパ人から安く買い付けることに成功したからだ。ただ、その後、日本が金本位制というヨーロッパ型価値観を採用した(させられた?)ために、「あれは損だったな」ということになっただけの話である。

 以上のことを別の立場から観察すると、次のようなことも言える。たとえば、コウモリの顎の骨を神聖なるお力ネとしている共同体のメンバーから見れば、同じコウモリの顎の骨を大切に持っている人間は、同じ共同体のメンバーと考えてよい。

 つまり、お力ネは同じ共同体に属していることの「しるし」にもなるわけだ。

 あの有名な南太平洋のヤップ島の巨大な円形石貨を、ヤップ島の住人は、遠く離れたパラオの島から切り出し、さらに磨きに磨いて、カヌーで運んで自分の家の入り口にでんと据えておく。これがあれば、村のなかで欲しいものが「買える」というのだ。だが、実は「買う」のとは違う。この石貨を家の前に置いておくことで、自分がその村に所属する者であることを証明しているというわけだ。

 未開社会のお力ネは、一般に、何でも買えるのではなく、ある特定のものやサービスのみを買える。さらに逆に言えば、ある特定のものは、ある特定のおカネによってしか買うことができない。同じ石貨でも、一つひとつは違う歴史を持っているし、貝の貨幣でも、用途別の番号がついていたりする。これを経済人類学では、「限定された目的の」貨幣と呼ぶ。ともあれ同じ貨幣を用いるということは、同じ共同幻想を持つあかしでもあり、ゆえに共同体の一員として、財物やサービスの分配にあずかれるということになる。

 おもしろいことに、ヤップ島の石貨は、必ずしも家の前にある必要はない。切り出してきてカヌーで運ぶ途中、カヌーが沈んでしまっても、「たしかにお力ネを切り出した」ということを目撃し、証言してくれる人さえあれば、カヌーもろとも沈んだ男の遺族は、それを使ってモノが買えるのである。また、人類学で「石貨銀行」と呼ばれる石貨置き場に置いたままでも、売り買いに使うことができるのである。
『パンツをはいたサル』p.72~76
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ここで、suyapさんにお尋ねします。

栗本の言うヤップ島の話が本当なのかどうか、お時間のある時でけっこうですので、suyapさんの率直なご意見をお聞かせください。いまでも、栗本の言う「貨幣観」がヤップ島に残っているでしょうか…

それからメスさん、小生は拙稿「蘇我一族 04」で栗本の『シリウスの都 飛鳥』のp.12から、以下のように一部引用しました。
__________
ともあれ、中大兄皇子と藤原鎌足が構築した古代初期や縄文時代晩期に関わる歴史像は大きな嘘であった、という結論は明らかだ。真実の再構築には、ポランニーの経済人類学が新たに知的ツールとして投入されるべきだと思う。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-1693.html
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今すぐはできませんが、飯山史観の総編集の最終段階に入ったら、ポランニーの経済人類学の観点も採り入れてみたいと思っています。その時は色々とお聞きするかもしれませんが、よろしくお願いいたします。

亀さん@人生は冥土までの暇潰し

720:suyap :2019/06/19 (Wed) 01:24:41

>>713 亀さん、

ボーっと半分眠りながら放知技を読み進めているとき、突然、亀さんの呼びかけで目が覚めました。「時間のあるとき」にお預けするといつ書けるかわからないので、夜も遅いけど、いま一気に書いちゃいます。まず、フェリックス・マーティン著の「21世紀の貨幣論」は読んでませんが、もしケインズやフリードマンが取り上げた、フィラデルフィア出身の医者、William Henry Furness IIIが1910年に出版した"The Island Of Stone Money UAP Of The Carolines"を孫受けしているなら、ヤップ島の石貨に関するその記述は噴飯モノと断言できます。


まずFurnessがヤップ島に滞在したのは1903年のたった2ヶ月でした。当時のヤップ島はすでにドイツに占領されていました。Furnessはヤップ在住のアメリカ人宅に身を滞在していたという話もあります。それはともかく、その後のハンブルグ民族博物館によるSüdsee-Expedition(South Seas Expedition)1908- 1910に先立って、いくばくかの貴重な民俗写真やイラストを残していることは評価できます。しかし所詮西洋人。アジア太平洋の民とはまったく違う価値観に生きていた人間の目を通した旅行記です。ヤップ島の文化や価値観についての理解も、彼ら西洋人の理屈を捏ね回した創作です。それにケインズが目をつけ、さらにフリードマンまで「飛びつき」、最近はビットコインで再び頓珍漢な注目を浴びるようになり、外国人に作り上げられた石貨ファンタジーを抱いて訪れるツーリストやメディア、研究者への対応に、ヤップ人もガイドの私もいささか辟易しています。


まずヤップ島の丸い石に穴が開いたオブジェクトをStone Moneyとか石貨と呼び始めたのは外国人です。ヤップ人も私もいちいちそれを否定するのも面倒くさいので、外向きにはStone Moneyとか石貨とか呼んでいますが、ヤップ島の言葉では、raay(ライ)、あるいはfeaq(フェ)と呼びます。このヤップ語の呼び名も日本のウエブサイトをチラ見しただけでも、しったかぶりでいーかげんな改鋳が見受けられますが(フェイと書いてみたり...)、原音に近いカタカナ表記は上記の通りです。

raayというヤップ語にはという意味もあり、ヤップ島の伝説によると、大昔、ヤップの男たちが遠くパラオまで出かけて石貨の切り出しを競うようになったきっかけ(オリジナル)は、パラオのロックアイランドを形成するキラキラ輝く石灰岩で大きな魚=鯨を彫ってヤップに持ち帰り、みんなを驚かせようとしたとな始まりとなっています。ところが大きな鯨を彫りだしてみると、でかすぎてカヌーには乗らないし、鰭が尻尾もじゃまだし...。え~い、なら鰭と尻尾を削り落としてしまえっ。でもこれ、どーやって運ぶべさ?ということで、真ん中に穴を開けて棒を通し、それを筏に結わいつけ、500キロの海路をカヌーで曳いて戻ることに落ち着いたと。ま、私的には、ある程度の高さ(最高で標高178メートル)のある大陸島であるヤップ島までたどり着いたヤップ人の祖先たちは、かつて大海原を渡ってきた民として若い世代に航海術を忘れさせないために、こういうイニシエーション的なことを始めたのじゃないかと。島がある程度大きいということは、再び海を渡らなくても食べていけるということを意味します。それがまた人口増大を招いたので、生きの良い男共が競ってパラオまで冒険旅行をすれば、人減らしにもなっただろうし。たぶん、ヤップ人の祖先は無意識でこういうプロセスを文化に組み入れたのではなかろうかと。現在ではraayという呼び名は島の東半分の地域で使われます。そして西半分の地域ではfeaqが石貨の呼び名です。え~っと、feaqというのは、ヤップ語ではなく、近隣の島(言葉は日本語と朝鮮語くらいの違いがある)の言葉で「オマ○コ」のことです。女っ気のないパラオのロックアイランドの洞窟で、何ヶ月も、何年も、こつこつ石を彫って、最後に穴を開ける作業。でも自分らの言葉で隠語を口にするのは憚られるw...というわけ。なぜこういう呼び名が西側だけに残ったかというと、東側は近隣の島々(ヤップ州離島)から定期的に交易や儀礼で人々が渡ってきていたからで、さすがに彼らの前で、彼らの隠語を口にはできなかったでしょうからね(笑)

さて、その使われ方ですが、西洋に毒された現代人が想像するマネー、おカネではありません、キパッ。

ヤップ島(を含む近隣諸島)に今のようなキャッシュ・エコノミーがはびこり始めたのは、太平洋戦争後、アメリカが入ってきてからです。日本統治時代には日本人は日本のおカネを使って日本人の商店でモノを買っていましたが、ヤップ人におカネが渡ることがあっても微々たるもので、基本は自給自足。今でもヤップ人の暮らしのかなりの部分は、キャッシュレスで成り立っています。それが可能なのは、食糧生産の場と技をフツーに持っているし、大家族で支えあう、共生社会のシステムがまだ生きているからです。つまり、「宵越しの銭はもたね~」で生きていけるのです。

ははは、なかなか石貨の使われ方にたどり着けませんが、そういう共生社会では、人と人の結びつきが何より大事です。そういう結びつきを作るひとつのツールが石貨なのです。つまり、交換を通して、両者(人対人、人対コミュニティ、コミュニティ対コミュニティ)が結ばれる。結ばれているということは、何かあったら助け合うということです。そして石貨を含め、こういう結びつきを作るツールをやり取りするとき一番大事なのは、その場面(両者が繋がろうとする場面)で、一方から差し出されたツール(たとえば石貨)が、その目的(相手から提供されることを期待している便宜)と「釣り合うか」ということです。両者が「釣り合った」と認めないと、結びは成立しません。現代でも石貨は上記のように使われますが、多くのケースで「詫び」のも使われます。つまり壊れた関係(結び)を修復するために。ある村からドロボーを出したら、当然刑事罰も食らいますが、それだけでは済まないのです。ドロボーを出した村は、迷惑をかけた村やファミリーへの詫びに、「どの石貨(あるいは貝貨)が『釣り合うか』」、ほんとうに真剣に吟味します。以上、ざっとですが、本来のヤップの石貨の使われ方を説明しました。

だから、

>栗本の言うヤップ島の話が本当なのかどうか、

残念ながら、栗本センセの話も、ブーッです(笑)

721:suyap :2019/06/19 (Wed) 01:38:42

>>720

ちょっと尻切れトンボで端折っちゃったので続き書きます。
___________
おもしろいことに、ヤップ島の石貨は、必ずしも家の前にある必要はない。
切り出してきてカヌーで運ぶ途中、カヌーが沈んでしまっても、「たしかに
お力ネを切り出した」ということを目撃し、証言してくれる人さえあれば、
カヌーもろとも沈んだ男の遺族は、それを使ってモノが買えるのである。
また、人類学で「石貨銀行」と呼ばれる石貨置き場に置いたままでも、売り
買いに使うことができるのである。
『パンツをはいたサル』p.72~76
___________

海に沈んで現物のない石貨も確かに「あるもの」として「名前」だけが移動されます。栗本センセの言う「証明」なんて西洋的なことは必要なく島ではみんな、どんな石貨がどこにあるか、知っているから、大きな石貨をいちいち動かす必要もないし、石貨を盗られる心配も無いのです。
また、「人類学で「石貨銀行」と呼ばれる石貨置き場」は大勘違いです。外国人がStone Money Bankやら石貨銀行やらと勝手に命名した場所は、100カ村以上あるヤップの集落のどこにもあるp'eebaay(ペバイ=公民館)の前に必ずしつらえてあるステージ、舞台です。日本だときれいな緞帳で飾るでしょ。ヤップでは村の財産の石貨で飾ってあるのです。栗本センセが書いている「モノが買える」というのも、大間違いということは、先の投稿でお解りいただけたと思います。

722:mespesado:2019/06/19 (Wed) 06:43:11

>>720 >>721
 suyapさま
 こういう話を聞いていると、西洋発の「お学問様」の化けの皮がどんどんはがれていくような気がして痛快です。
 現地からのダイレクトなレポート、どうもありがとうございました。

725:亀さん:2019/06/19 (Wed) 09:05:42

mespesadoさん、フォーローありがとうございます。

さて…

>>717
> 「租税貨幣論」、破れたり!

加えて、

>>715
> 財務官僚はわかってんのかよ、コノヤロー!

普段は温厚な(?)mespesadoさんの言葉とは、トテモトテモ思えないほど過激www(爆)

mespesadoさんが貨幣の観点(経済学)で租税貨幣論を叩くのだとすれば、小生やsuyapさんは石貨の観点(人類文化学)で、主流派経済学を叩くつう戦法が成り立つかも…。いわゆる、「前門の虎、後門の狼」戦法…。蟷螂の斧ではあるけれども、〝連中〟(財務官僚・主流派経済学者)の正体、そして企みを暴き、白日の下に晒すのも、長い目で見れば決して無駄骨折りで終わらないかと…。人間、辛抱だ。

それにしても、「貨幣信用論」ならぬ「貨幣信仰論」とわ、けだし名言。

>>720
suyapさん、回答多謝!!! それにしても、せっかく南の島でのんびりしていたところ、しかも寝ようとしていたところ、急に叩き起こしてしまったようで申し訳ない m(.___.)m でも、お陰様で大変助かりました。近く、ブログ記事にして纏めるかもしれません。それだけ、貴重なヤップ島についての人類文化論でした!!

最初に、
__________
>栗本の言うヤップ島の話が本当なのかどうか、
残念ながら、栗本センセの話も、ブーッです(笑)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
やはり…。栗本慎一郎も目から鱗的な良いことを書いているんだが、飯山史観というフィルターに通すと、「アレ?」と思う記述が散見します。同様に、ヤップ島の石貨についての栗本の話も、suyap文化論というフィルターを通せば、「違う!」という記述も出るのではと思って(期待して)いました。
__________
石貨ファンタジーを抱いて訪れるツーリストやメディア、研究者への対応に、
ヤップ人もガイドの私もいささか辟易しています。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
そうなるのも、西洋人とアジア太平洋の民の価値観が全く異なるからこそですね。

ここで我々の祖先を振り返るに、近代以前は文字で遺された中国や朝鮮の史書を通じて、東アジアの歴史習得に努めた日本人、一方、文字を持たなかったツラン民族の存在が欠落していた…。さらに近代以降に及んで、今度は福沢諭吉の脱亜論が示すように、中国から西洋の価値観に飛びついて突っ走るようになり(欧米志向)、アジアの価値観から目を逸らす(アジア軽視)ことを旨としてきた。

しかし、21世紀に突入したあたりから、それではいけいなと多くの人たちが気づくようになった。一万円札の顔が福沢諭吉から渋沢栄一に切り替わるのも、そうした一つの流れを示しているの鴨…(爆)

そして、最後にヤップ島の石貨ですが、
__________
さて、その使われ方ですが、西洋に毒された現代人が想像するマネー、おカネ
ではありません、キパッ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
御意。「おカネではない」という視座、それこそ、飯山史観に織り込みたい視座です。その意味で、以下は重要な指摘だと思いました。
__________
共生社会では、人と人の結びつきが何より大事です。
そういう結びつきを作るひとつのツールが石貨なのです。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ホリエモンに聞かせてやりたい…(笑) 「貨幣信仰論」に倣うとすれば、「石幣合体論」ということですね(浜崎伝助とみち子さんの合体つう具合に、アチラの意味の〝合体〟でわない)。

>>721

> 「人類学で「石貨銀行」と呼ばれる石貨置き場」は大勘違いです。

このあたり、ヤップ島に根を張ったsuyapさんだからこそ分かることで、この指摘がなかったら、小生を含め一般は栗本の言うことを、今でも鵜呑みにしていたことでせう。

ありがとうございました。でわ、ゆっくりお休みください…、てか、モー朝だ。

亀さん@人生は冥土までの暇潰し

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コメント 2

suyap

はぐらめいさん、

初めまして。
放知技で亀さんに「起こされ」て、寝ぼけ眼で書いた誤字脱字満載の文の校正までして整理掲載いただき、ありがとうございました。

寝ぼけてまだ見落としていたところがありました。
栗本センセの文章、以下も、またブーッです。
ーーーーーーーーーーーーー
ヤップ島の住人は、遠く離れたパラオの島から切り出し、さらに磨きに磨いて、カヌーで運んで自分の家の入り口にでんと据えておく。これがあれば、村のなかで欲しいものが「買える」というのだ。だが、実は「買う」のとは違う。この石貨を家の前に置いておくことで、自分がその村に所属する者であることを証明しているというわけだ。
ーーーーーーーーーーーーー
1)石貨は基本的に「磨き」ません。風化も味わい?(笑)
2)家の入り口なんかには置きません。
3)村への帰属(所属)の証明でもありません。

石貨によって、個人所有のもの、コミュニティ(村)所有のもの、それぞれ経てきた道筋が違います。それらの変遷も、次に譲渡されるときの価値になります。古くてやねこい変遷を経た石貨ほど価値があると認められ、名前をつけられ、ある意味、人格として扱われます。

放知技でも述べたとおり、石貨を含め、ヤップ島のこういうツールは、人と人、人とコミュニティ、コミュニティとコミュニティを結ぶツールとして使われます。モノを「売買」するツールではありません。

by suyap (2019-06-22 17:05) 

めい

suyapさん

貴重なコメントありがとうございます。コメントいただいていたことを「放知技」板ではじめて知りました。あらためて「オカネの起源(承前)suyapさんへ」https://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2019-06-25 という記事にさせていただきました。また「放知技」板にそのまま転載しましたので、よろしくおねがいします。 
by めい (2019-06-25 07:17) 

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