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「にぎわった頃の宮内を思い起こしてみよう」(鍾秀学)(2)「菊の宮内」「おくまんさま」 [地元のこと]


22-菊まつりポスター1960.jpg宮内の賑わいを思い起こす上でもうひとつ忘れてならないのが「菊の宮内」です。花笠踊り(5番 2:20〜)の歌詞に「菊は宮内 あやめは長井 ばらの名所は東沢」とあるのを知っていますか。製糸業が盛んだった頃、宮内には製糸取引の人などいろんなお客さんが来ました。その人たちをもてなす料理屋さんが宮内にはいくつもありました。今から100年ちょっと前にそれらの料理屋さんで競って菊人形を飾るようになったのが、宮内で菊まつりが盛んになった理由です。私がみんなぐらいの、今から60年前は日本中のあちこちで菊まつりが行われるようになっていました(全国で130都市、150会場)。その頃のポスターを見てください。「東北一を誇る・・・」と書いてあります。数ある中でも宮内の菊まつりは図抜けていたのです。

菊まつりの賑わいRGB .jpgその頃のにぎわいぶりがわかる写真があります。鳥居の場の東西広場が菊人形会場で、鳥居の北側に渡り廊下がつくられていました。そこから十文字方向を撮った写真です。11月3日には仮装行列も行われ、多くの人を集めて町中お祭り騒ぎでした。仮装行列は一時中断しましたが、「菊と市民のカーニバル」と名前を変えて今に伝わっています。

『独眼竜政宗』の昭和62年(1987)が入場者数65,516人で記録に残る中で最高でした。その後、菊まつりもだんだん下火になって平成20年(2008)からは、宮内を離れて花公園での開催になりました。(昨年から少しずつ、また宮内に戻っています。)

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