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市道整備完成 [こども園]

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11月に足立アヤコ先生が亡くなられました。昭和34年に守先生とともに宮内にお出でになり、47年間の宮内在住の後、12年前に守先生の故郷の出雲で過しておられました。守先生が最後まで傍にあっての大往生、満92歳でした。お悔やみの手紙をと思いながらバタバタしていて、昨日ようやく出すことができました。献体されているとのことで、正式なお別れ会は来年3月の予定とのことです。

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人事評価を賞与に反映するかどうか [こども園]

昨日は官公庁の賞与支給日。「南陽市は2.25ヶ月、平均75万円」の報道に家内が「エーッ!」と声を上げていたが、「生きてる世界が違うんだから・・・」と心で思うしかない。稼ぎが悪くてごめんなさい。一生働きます。こども園も「10日に支給お願いします」と言われていて、今年は早いなと思っていたが,官公庁に合わせていたのかとその時気づく。

さてこのたびの賞与支給、人事評価を賞与に反映するかどうかが理事会で議論された。職員間の話し合いでは、金額的にはわずか(上下の差2,000円)ではあるが反映してほしいという事で理事会に諮られた。議論の末、「反映しない」という結論になった。理事会のどういう考え方に基づいてそういう結論になったのかを理解してもらわねばならないということで、以下の文章になりました。

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「手をつなぐ育成会」(続) 母親と父親 [こども園]

萩生田.jpg昨日の記事をアップした後、「手をつなぐ育成会」の役員会で話されたもうひとつ大事なことを思い出した。書き加えねばと思いつつ新聞を開いたら、「自民・萩生田氏の子育て論『ママがいいに決まっている』」の記事が目に飛び込んで来て驚いた。前夜の大事な話というのが、知的障害児をもった母親と父親の違いだったからだ。その席にいた知的障害者をもつ母親二人(OさんとSさん)と父親ひとり(会長のEさん)の話なのだが、Oさんが「障害児がふたりいるみたい」と言うほど、障害をもった子どもに対して父親はあてにならないのだそうだ。OさんとSさん、このことひとしきり、それを聞いてE会長、「たしかにそう。私もこの役職についてはじめて子どもに本気で関わるようになった面も多い。」と反省の弁。その翌朝の萩生田氏の子育て論、一理も二理もある。傾聴すべし。以下、萩生田氏の発言要旨。(山形新聞 30.5.31)

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新年度(LED防犯灯/辞令交付式講話「未来へ!」) [こども園]

3月31日の粡町町内会通常総会をもって2年間の地区長役を無事修了。前地区長時代からの懸案だった街路灯(防犯灯)のLED化工事ががぎりぎり27日に完了して総会に臨むことができた。25年前に私の父や髙橋俊信さんが苦労して(補助金をもらうため粡町商店街組織をつくり、さらに全戸から寄附集め)設置した街路灯を廃することにはためらいがあったが、11月22日の臨時総会で俊信さんの息子信彦くんからの「安くできるんだったら街路灯をやめて全部防犯灯に替えた方がいい」という意見でみんなふっきれた。結果的に水銀灯の街路灯をいずれ撤去することとして、電力柱7本、NTT柱2本に新設9灯(15W)、従来の防犯灯(蛍光灯)のLED化5灯(8W)、しめて工事費46万円、うち市からの補助28万円、持ち出し18万円で計14灯がLED防犯灯になった。市の試算では電気料は現在の12万円が5万ぐらいになるという。いい選択だったと思う。↓街路灯と防犯灯両方が点いている貴重な写真です。3年前、電気料倹約のため西側街路灯を消していましたが(21万円→12万円)、こんど街路灯は東側も消えて西側電柱のLED防犯灯だけになります。LEDの輝きが際立つのがわかります。


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4月1日が日曜で2日から新学期。こども園、午後から辞令交付式。幼稚園時代は1時間ぐらい講話の時間をもらったが、0歳児から保育のこども園になってからはその時間が取れない。文章にして読んでもらうことにしている。この際、ということで、「放知技」板で学ばせていただいたことなどを自分なりに整理してみることにして書いたのが以下。「◎若い人への期待」の項は卒園式後に書いた文章ほとんどそのまま。


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卒業(園)式に参列して(落合陽一『日本再興戦略』) [こども園]

こども園卒園式.jpg16日に中学校、18日に小学校、そして昨日はこども園と卒業(園)式に参列してきた。そして思うのは、今の教育環境の安定ということだ。小中はきっちり「君が代」斉唱に始まる。(キリスト教保育のこども園は歌わないが、あえて国歌斉唱を求めようとは思わない。園歌→聖句あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。」→おいのり→讃美歌「かみよわたしの」、この流れがきっちり心に沁みとおる。)中学校も小学校もそれぞれ感動があったが、その度合いは「中学校<小学校<こども園」だった。特に今年のこども園の子ども達の懸命さはただごとでなかった。式の終了後、来賓の方々はそのまま帰途に就かれるのが通例なのに、このたびはみんな一言言いたい風で、また控え室に戻って感動を伝えあった。小中の校長先生もおられる中で、園長に引き続き挨拶させていただいた。「3つの卒業式に参列させてもらったが、いずれも感動させていただきました。思うのは豊かな世の中になったんだなあということです。60年前のわれわれの頃とは大きくちがう。われわれが70年かかってやっとたどりついた感覚を、若い人がこともなげに身につけている。AIの進歩もあって世の中はさらに大きく変わってゆくことだろうが、これからの若い人、大丈夫おおいに期待できるし心配ないと思ったところでした。」こう言った背景には、1987年生まれという、まだ若い落合陽一氏の『日本再興戦略』が頭にあった。曰く、

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「実存感覚」(「光の子ども」原稿) [こども園]

この時期、認定こども園の卒園文集に原稿を依頼されます。今年で13回目。9日が締め切りだったのですが間に合わなくてなんとか10日に出したところです。毎年その時その時いちばん頭(心)にあることを書くようになっています。一年の総まとめのような気がしてかなり頑張って書いてきました。いつもは文集が発行なってからここでの記事にするのですが、このたびはとりわけ書くのに苦労したので、まだ新鮮なうちに記事にしておくことにします。文中、仙台に向かう車の中で感じた体験を書いていますが、何をしに仙台に向かっていたかと言うと、天行居の東北神咒奉唱大会のためでした。このこととそのとき「実存感覚」と名付けた体験は無縁ではないはずです。今、落合陽一さんの『日本再興戦略』を非常に興味深く読んでいるところですが、読みつつ、「こんな世界もあるんだよ」と言っておきたくて急に思い立って記事にしました。

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感動のチェロコンサート [こども園]

1-DSCF7887-001.JPG2日の晩、こども園のホールでチェロのコンサートがありました。今年度新たに牧師・園長に就任された林原先生による企画です。教会100周年記念イベントとして発案され、こども園65周年もあわせて銘打つことになりました。この土地にまだ慣れない中でのご苦労を、終わってみてあらためて思わされているところです。

チェロ走者は川上徹さん、ピアノ伴奏が町田育哉さん。二人は桐朋高校から桐朋学園の同級生、息がぴったり合って、チェロとピアノだけでこんな迫力のある音楽ができものかと感動しました。昨日、夫婦で聴かれたピアノの先生から「感動した!」の電話をもらって話したのですが、「同じ床の上で本格的なチェロ演奏が聴けるなんて!」と言われてなるほどと思いました。演奏合間の川上さんのお話で「チェロを床に付けた時と付けない時の音を床に手を当てて聞き分けてみて下さい」と言われて実際に体験していたのですが、舞台と観客席が分かれているのが普通なわけで、今回は同一平面、ほんとうに贅沢な体験だったわけです。

記念コンサート.jpg記念コンサートプログラム表.jpg記念コンサートプログラム.jpg

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日本基督教団宮内教会創立100周年 [こども園]

宮内教会01-00.jpg一昨日(1112日)日本基督教団宮内教会創立100周年記念ということで、午前中定例礼拝に参列して近藤国親前牧師の説教をお聞きし、午後からは原裕(ゆたか)天童教会牧師による説教の記念礼拝と日本キリスト教団東北教区センターエマオ館長の松本芳哉先生の講演、そして最後は證誠殿での 愛餐会、中味濃く一日を過ごしました。

 

宮内教会は1917年(大正6年)の高畠講義所を嚆矢とし、5年後の1922年(大正11年)当時製糸業隆盛で賑わう宮内に移ります。第二代牧師の川島専助氏が当時を記した書簡が残っています。「宮内、賑わいの記憶(4)」で書いていたので再掲しておきます。

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「宮内認定こども園」の歴史・「祈り」について(平成29年度辞令交付式講話資料) [こども園]

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4月1日は宮内認定こども園の辞令交付式。近藤園長になってから講話の時間が与えられている。幼稚園時代は全員を前にして話したが、0歳児からの保育を担う認定こども園になってからは半数以上が現場を離れることができない。なので、読んでわかってもらえる講話資料をつくるように心がけてきた。今回は新しい園長先生をお迎えするので、宮内認定こども園まで65年の歴史をふりかえってみることにした。そのあと「祈り」の意義についてと思って作った資料だったが、自分の歴史に重なる園の歴史を語っているうちあらかた時間がなくなって、「祈り」のほうは、そのことを取り上げるきっかけになった「稀勢の里奇跡の優勝」についてで終えた。

宮内認定こども園の歴史

昭和261951)年の10月、宮内熊野講堂において賀川豊彦先生講演会開催。この時集まった八千円を50年後100年後の人材を育てるための幼稚園をつくりなさい」と宮内に残す。

(賀川先生は昭和7年5月16日か17日頃も宮内に来られている。熊野大社石段下の土社神社前で撮った写真が残っている。賀川豊彦全集の中に「花すぎて緑の山に小鳥鳴く世のさわがしさ気にとめぬごと 宮内にて」とあるのを見つけたときはうれしかった。犬養毅首相が銃弾に倒れた五一五事件直後の歌だ。今に通ずる当時の宮内を彷彿させる。さくらんぼの木とともに寄附していただいた園裏が整備なるとき、そこにこの歌碑が建てられたらいいなあと思い続けている。)


 賀川豊彦先生:貧困からの解放、戦争のない平和な世の中を目指す社会運動に生涯を捧げたクリスチャン。若くして神戸の貧民街に暮らし、その体験から生まれた自伝小説「死線を越えて」は、大正時代、歴史的ベストセラーとなる。その印税はすべて社会運動に注ぎ込まれたという。働く人の生活安定を目指す生活協同組合の運動を立ち上げるなど、社会事業家、政治家として活動の範囲は世界中に及び、ノーベル文学賞の候補に2回、平和賞の候補に3回あげられる。


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明るい未来へ(『光の子ども』寄稿) [こども園]

28年度「光の子ども」表紙.jpg

毎年この時期恒例です。今年で12回目になります。その時々いちばん頭にあることを書くようにしています。一年間でいちばん力が入る文章です。

今年ははじめに提出した文章の一部を数日後急遽差し替えました。最後の方の大きく時代が動き出しています。・・・若い世代の思いがけない思いが時代を切開いてくれると信じています。》のところ、はじめは私とは同世代トランプ大統領の出現によって、思いがけないほど世の中が明るくなりそうな気がしています。「正義」とか「民主主義」とかのきれいな言葉の裏で「経済第一」金まみれ、陰謀渦巻いていた世界が、思いっきりあけっぴろげになってきつつあります。一体これまでの世界は何だったんだ。どんどん霧が晴れて太陽がくっきり現れてきます。若い人に期待します。》だったのです。その経緯は「遠のいた?イハトビラキ」に書いた通りです。

「後生畏るべし、いずくんぞ来者の今に如かざるを知らんや」『文殊菩薩』ブログからです。


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