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 「活動(action)」「仕事(work)」「労働(labor)」(ハンナ・アーレント) [思想]

ハンナアーレントindex.jpg昨日、こども園の賞与支給日。急に思い立ってハンナ・アーレントについて話してきました。(手の離せない保育の合間を縫っての支給になるので、みんなに聞いてほしい時は文章にして渡すしかない↓)

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 最近読んだ本でハンナ・アーレントという女性の思想家を知って、保育の仕事について考えさせられました。
 ハンナ・アーレント(Hannah Arendt、1906年10月14日 - 1975年12月4日) は、ドイツ出身ユダヤ人の哲学者、思想家です。ユダヤ人ゆえのナチによる弾圧を身をもって体験し、「ナチも同じ人間なのに・・・人間がそうしたことをなし うる、そういう世界があったという言語を絶した恐れ」を出発点に、全体主義という政治現象、そしてその悪を人びとが積極的に担うことになった原因について 考え続けました。

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「ひきこもり」問題、解決のみちすじ [思想]

8年前にこう書いていた。http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2010-02-27

 

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 「全国引きこもりKHJ親の会」の推計によると、不登校やニートを合わせた引きこもりの総数は160万人(2015.12内閣府調査 15歳から39歳 推計54.1万人にも及び、子どもを持つ家庭の40軒に1軒が該当するという。 実に穏やかならざる数字である。本人はもとより、その周囲の心労はいかばかりか。しなくて済むならしないで済ませたい苦労の最たるもののひとつ。日本全体に積り積った、そのために費やさねばならぬ精神的消耗の集積を思うと気が遠くなる。本来世の中に役立つ事が人として生れてきての生き甲斐につながるとするならば、そしてそうした人材を育てることをもって本来公教育の使命とするならば、その数字はそのまま日本の教育結果のおぞましき現況を表わす数字といえるわけで、事は重大なのである。横峯吉文氏が雑談中にふと語った言葉、「できる子どもはほおって置いてもできる。できない子どもをできるようにしてやること、それが私のいちばんのテーマだ。」できないとは、単に勉強ができない、運動ができないを意味するだけなのではない。実は、160万という数字も横峯氏からはじめて聞いた数字だったが、それは世の中にうまく適応できないという意味で、まさに「できない」子どもの数なのだ。日本の教育がこの問題に真摯に向き合うことなくして日本の将来はない。決して「うちの子どもは大丈夫」で済まされる問題ではない。この付けはいずれ日本国民全体に及ぶと考えていい。

 

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「リベラル」とは何か(mespesadoさん) [思想]

mespesadoさんによる実に見事な「リベラル論」です↓(太字引用者)。「思想」のカテゴリーに入れました。

「放知技」板ではわかりやすく政治的思想的時代的最先端が語られます。毎日数万のアクセスがあり、訪れる人も日々数を増しているようです。議論の流れについてゆくのに毎日何回もアクセスしています。消えてしまうのがもったいない議論をその都度メモしてきましたが、今回のmespesadoさんの「リベラル論」はとりわけ秀逸です。世界の思想の歴史が一挙に見渡せます。その中で日本の意義も。「放知技」の議論から、日本人にとっての共通意思の可能性が見えてきそうな気がしています。

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672:mespesado : 2017/10/12 (Thu) 20:24:32 host:*.itscom.jp
 あなた方リベラルの土俵とは…?
 ズバリ!「自由・平等・博愛」です。いや、もうちょっとメタな立場から言うと、ポリコレ(Political correctness )です。
 これ、もともと西洋人が築き上げたもので、日本人でこれを土俵にしている、というのは、ぶっちゃけて言えば「西洋かぶれ」ですね。では、このポリコレって要するに何か、というと、「人類本来の本能に基づく“善”ではなく、思想家が人工的に構築した“善”」ということになります。

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「ゼニカネ」でない日本人の「あたりまえ」 [思想]

社会福祉協議会の副会長の立場で、2ヶ所の高齢者の集い(敬老会)の席によばれた。中川地区では来賓挨拶の任を負った。たいていどこでも日本人の平均寿命の話が出る。出かける間際になって、なぜ日本人の平均寿命が高いのかと思って、そのことを検索していい記事が見つかった。

 

どうして日本人は平均寿命が高いの?

https://matome.naver.jp/odai/2134924418581940901

 

4つの理由が書いてあった。

黄色人種(モンゴロイド)はどんな気候にも適応しやすい。白人は紫外線に弱いし、黒人は寒いところがダメ。

日本人の食事は、外国に比して脂っこいものが非常に少ない。

健康保険の完備。

最後がいい。

日本人は「思いやり」を持って生きている。その結果、ストレスが少ない。

 

ということを、挨拶で語ったのが5日前(910日)でした。そのことを思い出させてくれたのが「お金奴隷脱出計画」というマドモアゼル愛さんの↓の記事、その後半です。(太字引用者)

 

《お金の奴隷状態に至るのは、大体は欲求を優先させた生活の結果ですが、今の情勢では、働いても働いても生きていけないレベルの貧困が訪れつつあります。すでにそうした状態となり、将来の希望を失っている人もいるかもしれません。生活の仕方も生き方も、変えなくてはならない時代に入りつつあります。所有が大きな足かせになっています。持つことで不利となり、私たちをお金の奴隷にしています。・・・横同士の繋がりを、現代は巧みに私たちから奪って生きました。そして会社や組織や国に縛り付けた作戦だったのです。そのため、私たちはすべてのものを一度お金に換算した形でなくては生きられなくしたのです。・・・お金の奴隷状態に落ち込む人は、ですから、横のつながりを失った人であるとも言えます。これを復活させるのです。そのためのシェア生活という位置づけで考えると、非常に楽しくなります。・・・早く、どんな形でもいいので、私たちは、もっと、お金から自由になりましょう。それができるのが、昔とは異なる現代の特典であり、奇跡なのです。それを使わない手はありません。意識次第で、皆自由に生きられるようになったのです。お金奴隷脱出計画、色々な形で実践していきましょう。》

 

「思いやり」が「横同士の繋がり」をつくり、「横同士の繋がり」が「思いやり」を生みます。「お金第一」と言いつつも、心の中では「ゼニカネではない」と思って、なんだかんだいって横同士のつながりを大事にしているのが日本人の「あたりまえ」の生き方なのではないだろうか。長生きの理由の4番目とマドモアゼル愛さんの話がリンクしたのでした。

 

なんとなく始まった家の前でのラジオ体操。昨日の参加者は16名でした。道路にてんでに広がって、特に会話を交わすわけでもなく、顔を合わせて頭を下げ合い、終ってまた頭を下げ合って、そして家に戻ってそれぞれの家庭での一日が始まる、毎日のくり返しですが,「横同士の繋がり」の感覚なのでしょうか、それがなんともいい感じなのです。昨日でちょうどまる3ヶ月になりました。何よりからだの調子もいいようです。

 

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「天皇本来」を体現する金正恩 [思想]

「男系天皇」を主張する中杉弘氏の議論を読んで得心しました。5月に読んでアマゾンに五つ☆レビューした『天皇「生前退位」の真実』の議論、その「象徴としての天皇」論と真っ向対立の議論です。考えを改めます。

天皇は戦争が好きです。竹田恒泰さんは「僕は戦争になったら二等兵で行きますよ」とハッキリ言っています。全然死というものを恐れていません。/戦争に「自ら行きたい」などという人はあまりいません。全然恐れません。ということは、また逆に人を殺すことも恐れません。天皇は人も殺すし、命を失いそうな戦にも出かけていくのです。/昔は、天皇が鎧を着て、先陣に立った時期もあるのです。当然、戦を恐れない資質がないと天皇にはなれません。》https://ameblo.jp/nakasugi-hiroshi/entry-12308880264.html

そして思いうかんだのが金正恩です。

《実は、横田早紀江は皇族の血を引く人間なんです。そのことは家系図からしっかりと発覚している事実なのです。/そのため、北朝鮮は天皇家の血筋を引いている横田めぐみを計画的に拉致したというのです。/横田早紀江は、母親が北朝系の天皇の血筋であり、父親は朝鮮王朝最後の皇太子だったのです。そのため朝鮮王朝の血も流れているのです。そのため、横田早紀江は2つの伝統ある血を引いている人間になります。/そんな母親から生まれた横田めぐみは、北朝鮮から取ってみれば、喉から手が出るほどの血統だったというわけです。そして金正日と横田めぐみから生まれた子供は、北朝鮮にとって最高の子供というわけなのです。それが金正恩だというのです。》https://pinky-media.jp/I0016013

天皇の血を引き継いで戦う金正恩、では何と闘っているか。↓の記事を見つけた。(太字引用者)
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「男女共同参画推進は人類を滅ぼす!」 [思想]

18日、地区長連絡協議会代議員会の議事終了後、懇親会までの間にということでアンケートを渡された。東北公益文科大学の修士課程の学生からの依頼ということで男女共同参画についてのアンケートだった。ゆっくり考える時間がないので条件反射的に答えていたが、結構な分量でだんだんイライラしてきた。どうもそのイライラが上から目線の問いかけであることにふと気づいた。「男女共同参画は絶対正しい」ことが前提の質問なのだ。その前提には大事な視点がすっぽりぬけ落ちている。女性が子供を生み育てたいと思える、そういう世の中こそがほんとうにいい世の中ななのではないか。最後の「なんでも書いてください」の欄にこう書いた。「男女共同参画推進は人類を滅ぼす!」


谷川俊太郎・正津勉/吉野弘/團伊玖磨 [思想]

表題の名前は、昭和59年から61年まで宮内幼稚園を会場に開催された「詩人の会」に来られた方々。このたび亡くなった大岡信は昭和62年。大岡氏の時以外にもその時々、「週刊置賜」に感想を寄せていた。それらを引っ張り出してきたので記録しておきます。30年前のことでした。当時の気分が甦ります。

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詩人の会 谷川・正津.jpg

IN南陽1984 ポエトリィフォーラムに寄せて


 「現代詩」というものがひとつの社会的役割を担って、時代の表舞台に登場しつつあるのではあるまいか。そんな予感を抱かせられた集いであった。

 「現代詩とは理解するに最も難解な文学形態である」という一般通念を作者の肉声によってぶち破り、「現代詩とは作者の心情を最も直截に表現しうる文学形態である」ことを納得せしめようとする。特に最後の正津勉氏の「青春の闇」の朗読においてその方向性を感じとったのは払だけではあるまい。

詩人の会 チラシ.jpg

 おのれの切迫した心情をどこまであるがままに他者に語り伝えることができるものだろうか。正直になろうとすればするほど芝居じみてしまう。他者が面前に存在する限り、おのれ自身に徹することは不可能に近い。しかし、他者とは全く関わりないところでいったん文字として書きあらわしたものを、その時の心情に立ち戻って他者の前で読み聞かせる、このことで聴き手は表現者の切迫した心情に直接触れることも可能となる。正津氏のシンナー体験の中から生まれたという「青春の闇」が朗読された時、会場を覆ったのは活字を見ただけでは決して触れることができないであろう、正津氏の「体験」のイメージであった。

 意地悪く『露悪趣味」といえぱたしかにそうである。しかし、正津氏のその思いっきりのよい朗読に拍手が起こったのも確かである。誰も気恥かしくてできないことをぬけぬけとやってしまう人がいてまたそれを期待する人もいる。そこに何かがぶち壊れてゆく小気味よい感覚が生まれる。そういう状況が生じたのである。

 かつて、戦後を代表する詩人のひとり吉本隆明は、『ぼくが真実を口にするとほとんど世界を凍らせるだろう』と妄想した。こうした集いの試みが「口にできなかった真実」を口にしようという試みだとしたら、なんと刺戟的なことではないか。正津氏は「近く山形で事件を起こす」と宣言した。(四月二十八日、山形市で同様の会が開かれる。)

 ゆきつく果ては見えぬまま時代は大きく動いている。いま「たしかなもの」があるとすれぱ、吉本隆明のいう「心の状態」(『エリアンの手記』)だけなのかもしれない。そうした時代の必然の中で開かれたこのたびの集いであった。(59.4.14



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大岡信氏の訃報に接して(3) 脈打つ世界 [思想]

先の質問の後さらに調子に乗って、まったく酔っ払った勢いに違いないのだが、大岡氏のこの話を聴いたら、おそらく今の自分でも同じ問いを発したのではないかと思える質問をやっていた。それに対する大岡氏の答えがいい。地球ってのは全体が息してますから、こうやって。宇宙も息してる。》これは、ちょうど今、私がいちばん関心を向けている栗本慎一郎氏の、「社会は比喩でなく生命そのものである」論に重なる。また、最初の日本人の叙情的な表現が結集した時代》である八世紀論から説き起こされた話は、大岡氏の大局的歴史観がわかってうれしい。さらに、(敗戦によって)ペシャンコになった筈なのに、四十年足らずの間に、ある種の分野では全世界をリードする立場になってトップを走ってる。文学の方が後れているけれど、文学はあと数十年の内にすごく仲びると思うんですね。》それから30年経ったわけで、このことを大岡氏はどこまで確認して逝かれたのだろうか。ともあれ、その時はどの程度理解したか定かではないが、今読んでみて、こういう答えを引き出した当時の自分を褒めてあげたい気持ちになった。記録に残してくれた「週刊置賜」にあらためて感謝したい。

 

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大岡信氏の訃報に接して(2) 大岡氏、置賜の印象を語る [思想]

すっかり忘れていたのだが、昭和62年、宮内幼稚園を会場に大岡氏を招いて開催された「詩人の会」、その時の講演録を読んだら、ワインですっかり酔っ払った私が質問を発して、それに対して大岡氏がそれこそ丁寧に答えておられるのがしっかり記録されていて驚いた。ほんとうに全く忘れていたことだった。

大岡氏の一通りの話が終って懇談の場に移り、私の前にどなただったか記憶にないが、宮沢賢治と信仰についての質問があった。これについても多くを語られているが、中にこんな発言もあった。
《宮沢賢治は、稲が凶作の場合、或いは風雨があっても耐えられる強い茎を持ち、そして一つの穂から多くの米が探れるようにする為にはどうしたらいいか、死にもの狂いで考えて、そして薬品を調合して農民に与える訳ですね。/ しかし、その年は運悪くひどい凶作の年であった。つまり天候がメチャクチャだった訳ですね、それで彼は、その為に肺炎になって死んだ。あれは自殺とみてもいいようなものなんです。》

私が聞いたのは、まず置賜の印象。

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日本の詩歌を語る

「言語の神秘性」


置賜のイメージ

 ――前に井上ひさしさんとお話する機会があった時に、井上ひさしさんにとって一番大事な文学者は宮沢賢治さんだ、とたしか ”さん” づけで言われました。その井上さんや吉本隆明さんなどと関わりのあるこの置賜を、大岡さんの観点で捉えて、どんなイメージを持たれたでしょうか。

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大岡信氏の訃報に接して(1) イルカの話 [思想]

大岡信.jpg

大岡信さんの訃報で、宮内幼稚園を会場にした「詩人の会」を思い出した。昭和62年、大岡さん56歳のときだ。

 

詩人の会は、昭和59年に谷川俊太郎氏と正津勉氏、60年に吉野弘氏、61年に團伊玖磨氏、そして62年大岡氏。幼稚園のホールに50人ぐらい、ワインをチビチビやりながら当代一流の詩人の語りに耳を傾けるという、実に贅沢な集いだった。足立守園長のほか、錦三郎先生や武田正先生等が中心になっておられた。私は4回とも参加させていただいた。そして4回とも、その感想を「週刊置賜」に書いている。「週刊置賜」は、團さんと大岡さんのそこでの語りそのままを再現して連載してくれた。そのコピーが私の手元にある。「週刊置賜」はほんとうにいい仕事をしたとあらためて思わされた。テープ起こしを担当していた木村陽子さんは、80歳を過ぎたいま、松倉とし子さんの後援会でがんばっておられる。

 

以下、大岡さんの講演を聴いて「週刊置賜」昭62.5.16号に書いていた文章。私もまだ40歳、かなり気負っているが、イルカの話はよかった。ディカリズムの行き求める先はこの感覚に在り》。たしかに今もそう思う。演題は「日本の詩歌を語る―言語の神秘性」だった。


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